【政経東北】コロナ禍の見えない損失―巻頭言2021.9
新型コロナウイルスの影響で、入学後、1度も対面授業を受けられていない大学生が、明星大学(東京・日野市)を相手取って精神的損害計145万円を賠償するよう求める訴訟を提起した。8月25日に第1回口頭弁論が行われ、大学側は「学生や教職員の安全確保と学習機会の保障の両立を図った」として請求棄却を求めた。学生側は「大学は対面授業を実施すべき義務があった」と主張した。
報道に対し原告の大学生は「学生に合理的な説明をしてほしかった」、「(過去とは)全く違う大学生活を学生たちに送らせているのに(昨年度の学費は)高すぎる」と述べている。みんなが我慢を強いられる中で大学を訴えるのは極端な行動に映るかもしれないが、若い世代に強い不満が募っているのは確かだ。
コロナ禍により、多くの教育機関が入学式や卒業式を中止。高校総体などの大会も見合わせることになり、部活動の成果を見せることなく引退した中高生も多かった。学校によっては、修学旅行など一生に一度の思い出となる行事も中止・簡略化された。2年生時に長い休校期間を過ごした現在の3年生世代は学習量が不足している可能性が高く、受験業界ではいまからその影響が懸念されている。
大学に進学しても、オンライン授業の連続で、友達を作る機会がない。企業においては、テレワークを導入していたため、新卒者が職場での指導を受けられず孤立した――というケースも聞かれた。
多くが独身者なのに「感染予防のため家族以外との食事は控えるべき」と言われ、孤独に耐えられずに会食すると〝感染の元凶〟のように扱われる。おそらく男女の出会いも減っているだろう。「貴重な青春時代を無駄にした」と嘆く若者は多いのではないか。
震災・原発事故直後に大きな喪失感を抱いたことを思い出す。震災と津波の被害に加え、放射性物質が降り注ぎ、多くの住民が避難生活を余儀なくされた。そのことでそれぞれの営みは崩され、職業や不動産などの財産、長年築いてきたコミュニティーが奪われた。復旧工事や除染が進められ帰還が促進されているが、かつての故郷は戻らない。いまならその心情がより共感を得られるのかもしれない。
こうした〝見えない損失〟が出ていることを理解したうえで、政府・自治体は感染収束に全力を尽くす必要がある。18頁からの記事でも触れている通り、いまやるべきは感染を抑え込む対策を早急に講じ、社会の正常化を進め、経済を回すことだ。震災・原発事故により翻弄された経験があるからこそ、政府には「やるべきことをやれ」と言いたい。
(志賀)