【南会津町】でくすぶる高校統合問題
文化圏異なる〝東西合併〟の弊害
田島高(南会津町田島地区)と南会津高(同町南郷地区)の統合が検討されている件について、地元関係者が反対運動を展開している。県教委は少子化を見据え町内の両高校を1つにまとめたい考えだが、実情を無視した計画への反発が強く、「こんなことになるなら町村合併しなければ良かった」という嘆きも聞こえてくる。
3月24日、田島高同窓会と後援会の関係者が県庁を訪れ、統合が検討されている同校と南会津高について、〝2校存続〟とするよう求める請願署名を県と県教委に提出した。
湯田良一同窓会長が4315人分の署名を県教委の白石孝之高校改革監に手渡した。
統合は昨年2月に策定された県立高校改革前期実施計画(2019〜2023年度)に盛り込まれたもの。2018(平成30)年5月、少子化に合わせて今後10年で約100学級を減らす改革方針をまとめた県立高校改革基本計画が策定された。それを受けて、前期5年分の方針を示したものが前期実施計画だ。
具体的には「進学指導重点校」、「職業教育拠点校」など学習ニーズに応じて進路実現を図れる高校を地域ごとに配置。そのうえで、〝生徒が社会性を養える集団規模〟を確保しつつ、きめ細かな指導を充実させるため、望ましい学級規模を1学年4〜6学級と定め、1学年3学級以下の高校を統合・再編する方針を示した(別表)。
ただし、1学年1学級規模の川俣、湖南、猪苗代、西会津、川口、只見各校は過疎・中山間地域の学習機会を確保する意味で例外的に存続。安積御舘校と修明鮫川校は入学者減少に伴い募集停止される。
こうした動きを受けて、各高校の地元では「少子化だから仕方ない」と理解を示したが、一方で「高校がなくなれば若い世代の人口流出が加速する」、「地域振興の面で大打撃」、「伝統を消さないでほしい」と反対の声が上がるところも少なからずあった。冒頭で紹介した田島高と南会津高は地元の反対意見が強くなっているところの一つで、〝2校存続〟を求める請願署名を県や県教委に提出するまでに至っているわけ。
田島高関係者のみならず、昨年11月には南会津高の同窓会やPTAで組織される南会津高振興連絡協議会も同様の請願署名(5703筆=113団体分含む)を提出。約1万人が〝2校存続〟を求めていることになる。南会津高存続を求める住民団体なども組織され、中心となって署名活動を展開したようだ。
前期実施計画によると、田島・南会津統合高は、現在の田島高校舎を使用し、2023年度、すなわち3年後の4月に開校する予定。
学科は総合学科3学級体制で、多様な科目群(系列)を設置。食と農業、地域創生、進学指導など、持続可能な地域づくりに向けた探究的な活動・キャリア教育を充実させ、地域を支える核となる人材を育成する「キャリア指導推進校」に位置付ける。特別支援学校との連携、地域企業における就業体験、国内外への発信、連携型中高一貫教育の充実などにも取り組んでいく。
一見問題がない計画のように見えるが、なぜ地元で大きな反対の声が広がっているのか。
「地域の実態や住民の意見を反映せずに計画を進めようとしているからです」と説明するのは、南会津高振興連絡協議会の会長を務める角田厚さん(同校同窓会長)だ。
「統合校(田島高)への通学が難しくなる生徒が多いことを全く認識していないのです。新中学3年生の中には『南会津高に入りたいが、入学後に統合して田島地区に通うことになるのは大変だ』と考える人が多く、困っている状況なのですが、県教委は通学方法などについて具体的な説明をしていません」
実は両校、同じ南会津町に立地しているが、田島高は田島地区(旧田島町)、南会津高は南郷地区(旧南郷村)に位置しており、約35㌔も離れているのだ。同町は2006(平成18年)に田島町、舘岩村、伊南村、南郷村が合併して誕生した自治体であり、総面積は約886平方㌔と、県内市町村でいわき市に次いで2番目の広さを誇る。
バス通学は現実的に困難
田島高は比較的交通インフラが整備されており町役場なども立地する町東部の田島地区に位置しており、田島地区や隣接する下郷町などの生徒が通学している。一方の南会津高は町西部の南郷・舘岩・伊南地区に住む生徒が大多数を占める。統合して南会津高の生徒がそのまま通学するとしたら、西部から田島地区に通う生徒が増えることになる。
ここでネックとなるのが、冬季間の交通の難しさだ。周知の通り、同町は積雪量が多いエリアで、特に町西部は特別豪雪地帯に指定されている。東西に走る国道289号が田島地区と南郷地区を結ぶ大動脈となっているが、標高1135㍍の駒止(こまど)峠は古くから難所として知られ、駒止バイパス・トンネルができた後も冬季の通行には時間がかかる。
通学に利用できる交通手段は会津バス(会津乗合自動車)。だが、角田さんによると、朝は伊南地区内川発6時30分―南郷地区山口営業所経由7時3分―会津鉄道会津田島駅着8時の便しかない。仮にそれに乗ったとしても、会津田島駅から田島高まで約3㌔の移動手段も課題だ。田島高校前駅まで電車で一駅だが、時刻表を見る限り、うまく乗り継ぐのは難しそうだ。
帰りのバスも会津田島駅発17時50分、伊南地区・内川着19時20分の便しかなく、バス停や営業所から離れたところに住む生徒は苦労することが予想される。保護者が自動車で途中まで送迎するなどのサポートがないと、通学は現実的に不可能だろう。
後でも触れるが、会津田島駅から南会津高までスクールバスが運行されているので、同じような仕組みを作ることはおそらく可能だが、現時点で県教委からこうした案は示されていないという。
「県教委では『この間、統合について2回にわたり公聴会を開き、住民などの意見は聞いた』と説明していますが、開催の知らせはホームページに掲載されたのみで、会場は南会津町に隣接する下郷町だった。これでは西部地区住民は遠くて参加できない。本当の地元住民の意見を聞かないまま、前期実施計画を策定したのだと思います」(同)
南会津高振興連絡協議会では昨年度、西部地区の児童・生徒保護者257人を対象に高校に関するアンケートを実施した(回答率84・8%)。
「現状のまま統合しないとしたらどこに進学させたいか」という問いに対し、南会津高と答えたのは全体の74・0%を占めた。
一方で、「田島高と南会津高が統合したとしたらどこに進学させたいか」という問いに対し、40・0%が「会津若松市の高校」と回答し、統合校(現在の田島高)と答えたのはわずか18・8%に過ぎなかった。
学区外・県外の高校を指す「その他の高校」の22・9%すら下回っているのだから、いかに西部地区住民にとって統合高(田島地区)への通学は現実的でないか分かるだろう。
南会津高に子どもを通わせていたという南郷地区在住の女性は、この結果の背景を次のように説明する。
「学力や運動など高いレベルの実力を持っている生徒ならば、迷わず高校入学と共に下宿させて、会津若松市や白河市、県外の高校に通わせるが、実際には『高校生から下宿させるのはさすがに早い』と考える保護者が多い。そうした生徒の受け皿になってきたのが南会津高で、只見町、檜枝岐村から通っている生徒もいました。南会津高が統合され、田島まで苦労して3年間通学させなければならないのであれば、思い切って最初から下宿させた方が負担は少ない、という感覚があります。それに、田島高は南会津高と比べて学力的に高いとは言えず、『果たして統合高にそこまでして通う必要があるのか』と保護者も考えているのだと思います」
田島高は1911(明治44)年創立で、卒業生は1万7000人に上る。現在は定員80人で、進学・情報会計・環境科学の3コース制を導入。2018年度の卒業生進路は就職者の方が若干多く、4年生大学に11人進学(うち国公立大1人)した。
南会津高は1948(昭和23)年創立で、過去の卒業生は6400人超。田島高より歴史は浅いが、20年ぐらい前から進学指導に力を入れており、例年就職者より進学者の方が多い。同校ホームページによると、2018年度卒業生は48人中16人が4年制大学に進学し、うち8人が国公立大だった。これでも前年度と比べると半減したそうだが、町村に立地する高校としては驚くべき進学実績だ。そのため、田島地区から通学を希望する生徒もおり、前述した通り、毎日会津田島駅から南会津高までスクールバスが運行されているという。
「平日限定の寮が併設されており、周囲には遊ぶところが何もないので、ひたすら勉強に集中できる。それがいい結果につながっているのかもしれません。統合して総合学科になれば、こうした指導体制が崩れるのではないかと懸念されており、そこも反対意見が多く出るポイントなのです」(南郷地区在住の女性)
複数の町民からは「一昔前の田島高と言えば荒れていて女子は誰も近づきたくなかった」、「先生のレベルが違うのではないか」という話も聞かれた。田島高より南会津高の方が進学指導の点で優れているのに、統合に関しては田島高がベースになることへの違和感も、反対意見が多い背景にあるのだろう。
「合併しない方が良かった」
前出・南郷地区在住の女性はこうこぼした。
「只見町の只見高、金山町の川口高、西会津町の西会津高は中山間地域の学習機会を確保するということで、1クラスでの存続を認められた。南会津高が統合対象になったのは、おそらく同一自治体にもう一つの高校(田島高)があるからでしょう。こんなことになるなら町村合併などしない方が良かった。そもそも東部地区と西部地区の合併は地理的にも文化的にも無理があったのです」
この〝東西〟の対立は根が深い。本誌2018年2月号「因縁まみれの南会津町長選」という記事では次のように触れている。
× × × ×
南会津郡は、下郷町、旧田島町の東部と、それ以外の西部に分けられる。そんな中、いわゆる「平成の大合併」により、南会津町は、東部の旧田島町と、西部の旧舘岩村、旧伊南村、旧南郷村が混在することになった。
人口比では、西部の旧3村より、旧田島町の方が圧倒的に多いが、現町長の大宅氏は西部の伊南地区在住で、南会津郡選出の県議(定数1)も、23年11月の選挙で旧田島町在住の渡部勝博氏が落選、西部の旧南郷村在住の星公正氏が当選した。さらに、その後の選挙でも大宅氏(町長)、星氏(県議)がそれぞれ再選を果たしている。つまり、現状は西部偏重なのである。
言うまでもなく、田島地区(旧田島町)は人口が最も多く、県の出先機関なども置かれている南会津郡の中心地。にもかかわらず、南会津町長、南会津郡選出県議はどちらも西部在住のため、「田島地区の住民は、大なり小なり、『次は田島地区から町長を出したい』といった思いを抱いているのは間違いありません」(前出の町民)という。
× × × ×
合併してから10年以上経過するが、東部と西部の対立構図は続いている、と。だからこそ、それぞれの高校を何とか残したいと考えるのだろうし、田島・南会津両校の関係者がそろって〝2校存続〟を主張している理由も何となく見えてくる。
学校関係者や住民だけでなく、地元自治体である南会津町も「現実的に考えて通学が難しいという問題がある。それに、南郷地区の名産品である南郷トマトの農家は3分の1をIターン農家が占めており、『近くに高校がある』ことを長所と捉え移住してきた人が多かった。そういう意味では地域産業にも影響を及ぼす」(町教委学校教育課担当者)と、両校の統合に反対のスタンスを示す。
そのため、冒頭で触れた県庁に請願署名を提出した際も、田島高関係者、南会津高関係者、星英雄南会津町教育長など〝南会津町連合軍〟として臨んだ。ただ、高校改革監の前出・白石氏は「統合は既定路線」というスタンスを崩さず、請願署名提出後の協議でも一切譲らなかった。
もう一度丁寧な議論を
請願書では「せめて前期実施計画(2019〜2023年度)ではなく、後期実施計画(2024〜2028年度)での実施に変更して、その間あらためて丁寧に意見を集約すべきではないか」という主張だったが、白石氏は「後期実施計画はほかの高校の統合を検討していく必要があるので、ずらすのは難しい」と回答。話し合いは平行線をたどるばかりだった。
白石氏が譲らない背景には、福島県の高校統合が全国に比べて大幅に遅れていることがある。震災・原発事故もあり、県教委は学校数を維持してきたが、県内の1学年2学級規模の学校数は、全国平均7・5%を大幅に上回る23・5%となっている。
県教委としては小規模校を統合しコスト削減したい思いもあるだろう。本誌2018年6月号で相馬農高飯舘校の村立化について触れたが、1学年1学級規模の高校のランニングコストは年間1億8000万円と試算されていた。西部地区の生徒を受け入れるため、田島高に寮を新設したり、スクールバスを走らせればそれなりの金額はかかるが、それでも〝2校存立〟よりは安上がりで済む。
状況を変えなければならないという思いは分からないでもないが、だからと言って統合を強行していいという話にはならない。明らかな課題があるのに統合を既定路線とするのは無理があるし、地元の生徒・保護者の需要とマッチしない統合計画を進めても誰も入学しない。そのせいで人口流出が加速すれば、近いうちに再び統合の対象となる。これでは県がマッチポンプで高校統合を促しているようなものだ。
ひとまず通学が課題となっているのだから、県は地元住民の意見に耳を傾け、対策を示すしかないのではないか。県教委としては「いまさら反対するのか」という感覚なのかもしれないが、県民は、前期実施計画が策定された昨年2月に全容を知った人が多い。周知の方法が正しかったのかどうかも反省したうえで、あらためて丁寧に議論を重ねる必要があろう。
白石氏は新中学3年生への説明会について「新年度の早い時期、4月、5月の連休明けなどを見据えている」と明確に回答した。ここでどういう方針が示されるか、関係者のみならず、注目したいところだ。
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