「処理水とは何か」法的定義を ―【尾松亮】廃炉の流儀 連載17

(2021年8月号より)

 2021年4月13日、政府は福島第一原発敷地内タンクに貯蔵中の処理後の汚染水(以下「処理水」)の海洋放出を決定した。

 海洋放出の妥当性や政府決定に至るプロセスについては多くの疑問が残っており、議論を続けなければならない。しかし、一つこれまでの「処理水」をめぐる議論から抜け落ちている論点に注意を促したい。

 そもそもこの「処理水」とは何なのか。「どこで生じたどんな水」を対象に、政府は「海洋放出」を決め、反対する側は「敷地内貯蔵継続」を求めているのか。「処理水」の法的定義をめぐる問題である。

 メルトダウン事故後に大量の汚染水への対応を迫られたスリーマイル島原発事故(1979年3月)のケースから「汚染水(処理後の水も含む)」の法的定義の必要性を考えてみたい。同原発では事故と収束対策時に生じた大量の汚染水(処分時8706㌧)への対応が最重要課題の一つとなった。同原発は周辺住民にとって重要な水源であるサスケハナ川中に位置している。住民が恐れるシナリオは、同原発からの汚染水がサスケハナ川に大量に流出することであった。

 当初、事業者GPUの方針は「原子力規制委員会(NRC)の規制規準に従って直接河川放出できる」というもので、NRCも河川放出を有効な選択肢と認めた。しかし、下流に位置するランカスター市は「汚染水(処理後の水も含む)の河川放出を認めることは国家環境政策法等への違反に当たる」として裁判に訴えた。その結果、翌1980年2月に同市とNRC、GPUが締結した和解協定で「当面、河川放出は行わない」ことで合意する。ここで重要なのは「放出してはいけない事故起源汚染水-Accident generated water」の内容を協定に定め、恣意的な解釈の余地を排除していることだ。

 協定では「事故起源汚染水」について「TMI-2(スリーマイル島原発2号機)の一次系統を含む格納容器、燃料取り扱い施設、その他付属施設内に位置する水」「処理前の段階で1㍉㍑当たり925ベクレルを超えるトリチウムを含む水」など、その範囲が細かく規定された。つまりは「事故炉と関連施設で生じた水」と「処理前に一定程度トリチウムを含む水」を「汚染水」と定義し、河川放出を禁じたのだ。

 この定義は後の「処分法決定(1991年、蒸気化放出)」に際しても引き継がれ、この法的定義が「恣意的な解釈による処理水範囲の拡大」を防いだ。

 日本では海洋放出決定に際して、経産省が「ALPS処理水」の定義を変えた。「トリチウム以外の核種について『環境放出の際の規制基準を満たす水』のみを『ALPS処理水』と呼称することとします」という。この定義は「どこで生じた水なのか」という起源規定を含んでいない。この定義で放出を認めれば、事後的に「処理水」の範囲を無制限に広げることができてしまう。極端な話、別の原発の除染作業で生じた水を持ってきてALPSで処理後に放出することも解釈上は可能だ。

 そしてこの「ALPS処理水」の定義自体、いつでも政府の都合のいいように変更できる。ランカスター市の協定から学び、我々も「処理水」の範囲を法的に規定する必要がある。

おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。

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