原発賠償「消滅時効」の壁

鵜呑みにできない東電「柔軟に対応」方針

(2021年7月号より)

 2月に開かれた原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)の会合で、「これまでの賠償の状況、今後の対応について」という議論がなされ、その中で、東京電力の担当者から「昨年末時点で精神的損害賠償の未請求者は765人いる」ことが明かされた。原発事故から10年が経ち、特例法上は、時効(賠償請求権の消滅)を迎えているわけだが、あらためてその辺の対応はどうなっているのかを取材した。

 本誌2019年11月号に「原発賠償未請求者の実態 原賠審が『消滅時効』の論点整理」という記事を掲載した。原賠審の会合で、東京電力福島第一原発事故を受けての賠償請求権の「消滅時効」に関する論点が整理され、その詳細と合わせて、原発賠償未請求者の実態についてリポートしたもの。

 民法では《不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過したときも、同様とする》(724条)とされているが、今回の原発事故に関しては消滅時効特例法が定められた。特例法では、民法で「損害及び加害者を知った時から3年」となっているところを「10年」に、「不法行為の時から20年」となっているところを「損害が生じた時から20年」とされた。

 これに倣うと、今年3月から順次時効を迎えていることになるが、2019年9月に開かれた原賠審の会合では、以下のように論点整理された。

 ◯今回の原発事故による損害賠償請求権の短期消滅時効(損害及び加害者を知った時から10年)の「起算点」は、民法の規定で「加害者及び損害を知った時」とされている。これについては、被害者が「損害」の発生を現実に認識した時とされ、損害の態様や被害者が置かれている状況等により異なる。

 ◯そのため、「起算点」は、発災日である2011年3月11日に固定されるものではなく、その10年後となる2021年3月12日に一律に時効を迎えるものではない。

 ◯今回の原発事故による損害賠償請求権の時効の効果は、時効期間の経過によって当然に発生するわけではなく、東京電力が「援用」(時効による利益を受ける旨の意思表示をすること)したときにその効果が発生する。

 時効を計算するスタート地点は、必ずしも事故が発生した2011年3月11日になるわけではないほか、時効となる期間が経過しても、東電が「援用」しなければ時効は成立しない、ということだ。

 同日の会合には、東電の原発賠償担当者も出席しており、その席で原賠審から東電に対して「消滅時効に関して柔軟に対応するように」との要請があった。これを受け、東電側は「以前の原賠審の会合で消滅時効に関する考え方を公表し、その中で、時効の援用に関しては柔軟に対応することを表明したが、その方針に変わりはない」旨を述べていた。

 一方で、原発被害者の中には、未だに賠償請求していない人がいるのも事実だ。

 以前、対象自治体の賠償支援担当者は「誰が未請求かといった個別の情報は、東電では分かっているが、個人情報保護法の関係で、同社は自治体への情報開示に応じない」と語っていた。そのため、自治体では未請求者を把握できず、個別の働き掛けができない状況だった。

 ただ、そうした問題を解消するため、県内関係自治体が国・東電と協議し、未請求者の同意があれば、その情報を自治体に提供できるようになった。

 2019年11月号記事の取材時、南相馬市被災者支援課に問い合わせたところ、「2018年秋時点で未請求者は約400人。そのうちの約100人はすでに亡くなっている」とのことだった。さらに、賠償請求権は相続できるが、「相続人を把握するのは難しく、そもそも市としてそこ(相続人を把握し、請求の案内をすること)まですることはできない」(同)とも明かした。

 同市では、把握できている未請求者については、年数回、案内を送付しているほか、未請求者の同意を得られず、市で把握できていない分(東電から情報提供を受けられていない分)についても、東電経由で市からの案内を送ってもらうなどの対応をしているという。

 このほか、別の自治体の賠償支援担当者にも話を聞いたところ、未請求者は、大きく以下の3つに分けられることが分かった。

 ①全く請求していない人。

 ②事故当初の当面の生活費用として支払われた仮払い賠償のみを受け取った人。

 ③例えば、精神的損害賠償は受け取ったが、財物賠償は請求していない、あるいは継続的に支払われる賠償で、最初の1、2回分は請求したが、それ以降は請求していないなど、項目によって未請求であったり、賠償が継続されているにもかかわらず、どこかの時点で漏れてしまったりしている人。

未請求の理由

 少し古いデータだが、浪江町が集団ADR申し立てに当たり、2012年ごろに行った調査によると、当時で未請求者は2割ほどおり、そのうち「自分の考えにより」、「訴訟を提起するため」といった理由を挙げる人が3割強ほどだった。一方で「請求方法不明」、「多忙等の理由により」、「高齢・病気により」という人が半数ほどを占めていた。

 さらには、こんなこともあった。

 以前、県商工会連合会が実施した調査によると、原発事故の影響を受けているにもかかわらず、賠償請求したことがない事業者が相当数いることが分かったのだ。

 同調査は県商工会連合会が2016年5月に実施したもので、当時、商工業者への賠償では「1倍問題」が課題になっていた。簡単に言うと、2015年8月から新ルールが採用され、それに当たり、東電では「直近1年間の減収率に基づき、年間逸失利益の2倍を一括で支払う」と説明していたが、実際に新ルールの運用が始まると、東電から「2倍」ではなく「1倍」の賠償を提示されるケースが相次いだのだ。そのため、県商工会連合会では「1倍問題」の実態を明らかにする目的で前述の調査を実施したのだが、結果は予想外の事態を浮かび上がらせた。

 営業損害賠償の支払い状況に関する質問で、被害を受けているにもかかわらず、「いままで請求したことがない」と答えた事業所が約40%に上った。その理由は、「自分の事業には賠償が出ないと思った」、「請求できるとは知らなかった」、「請求書の書き方が分からない」、「請求手順不明」、「時間がない」などだった。

 請求権があること自体を認識していない、請求権があることは認識しているが、方法が分からない、あるいはその時間がない――といった事業者が相当数いることが明らかになったのだ。

 個人にしても、事業者にしても、中には東電から案内などを送られてくること自体を拒否している人もいるようで、もちろん、自身の意思で請求していないのであれば、外部からとやかく言うことではない。ただ、請求する意思があるにもかかわらず、請求できることを知らない、請求の方法が分からない、高齢・病気などを理由に請求していないという人への対応は必要だ。2019年11月号記事は、そういった観点から、あらためて呼びかけたもの。

精神的損害未請求者は765人

 そんな中、今年2月に原賠審の会合がオンラインで開かれ、未請求者の詳細が明かされた。

 原発事故発生時、避難指示区域に居住していた約16万5000人のうち、精神的損害の請求を全くしていないのは765人(昨年12月末時点)。東電は、この人たちに対して、電話・戸別訪問・ダイレクトメール送付などに加え、地元自治体の協力を得て、請求案内を行ってきたという。その前の原賠審の会合時(2020年9月)は、未請求者は784人だったというから、そうした取り組みにより19人が請求したことになる。ただ、中には、住所・連絡先を把握できていない人もおり、そこが課題となっている。


 こうして見ると、99%以上は、賠償請求をしており、未請求者は1%未満であることが分かる。

 ただ、これは精神的損害賠償の未請求者のみ。前述したように、未請求者の中には、精神的損害賠償は受け取ったが、そのほかの賠償は未請求になっている人、最初の1、2回分は請求したが、どこかの時点で漏れてしまった人などがいることが明らかになっている。

 その1つの事例として、対象自治体の賠償支援担当者から聞いた話では、賠償項目には一応名称が付けられており、それが対象を分かりにくくしている面があるという。

 賠償項目の名称は、「精神的損害」、「就労不能損害」、「財物」等々、比較的分かりやすいものばかりではなく、「住宅確保にかかる費用」、「移住を余儀なくされたことによる精神的損害」などもある。前者は財物賠償の追加賠償のようなもので、借家住まいだった人も一部対象になるが、そのことを理解していない人もいるという。後者は帰還困難区域の対象者への精神的損害賠償の追加賠償だが、「帰還困難区域だが、いずれは戻りたい(移住しない)から、対象にならない」と思っている人がいるなど、名称(賠償項目)によっては対象になるのかどうなのか分かりにくいものもあるというのだ。その結果、精神的損害賠償は受け取ったが、そのほかの賠償は未請求になっている人が存在してしまっているわけ。

 このほか、対象自治体の賠償支援担当者から聞いた事例では、「東電とやりとりをするのが嫌だから」という理由で請求していないケースもあるという。

 これは、比較的余裕があり「あんなところから、賠償金を受け取りたくない」ということもあるだろうし、「東電の対応が酷過ぎて、はらわたが煮えくり返るような思いをしてまで手続きをするくらいなら、しなくていい」ということもあろう。

 こうした理由で未請求になっている人もおり、場合によっては、自治体の賠償支援担当者が間に入って、手続きの手伝いをすることもあるようだが、未請求のままになっている人もいるに違いない。

 加えて、個人だけでなく、事業者にも、請求権があること自体を認識していない、請求権があることは認識しているが方法が分からない等々の理由で請求してないケースがあることも、前段で述べたように確認されている。

 精神的損害の未請求者は1%未満だが、それ以外を含めた未請求者という区分で見ると、もっと多いのは間違いない。ただ、そうした詳細は明らかにされていない。把握しきれていない、と言った方が正確かもしれない。

 一方、消滅時効に関して、東電は、《弊社は、時効の完成をもって一律に賠償請求をお断りすることは考えておらず、時効完成後も新々・総合特別事業計画の「3つの誓い」に掲げているとおり、最後の一人まで賠償を貫徹するべく、消滅時効に関して柔軟な対応を行わせていただく》(同日配布された関連資料より)としている。

 東電は自社ホームページで、「原子力損害賠償について」として、賠償項目の案内などを示しているが、最近はそのトップに「消滅時効に関する弊社の考え方について」といった案内が固定されている。内容は次の通り。

   ×  ×  ×  ×

 (前略)昨今、本件事故に係る消滅時効に関する当社の考え方についてのお問い合わせが多く寄せられています。そこで、消滅時効に関する当社の考え方について、従前の考え方から変更がないことを改めてお知らせいたします。

 〈消滅時効に関する当社の考え方〉

 当社は、2013年2月4日にお知らせした以下の内容のとおり、時効の完成をもって一律に賠償請求をお断りすることは考えておらず、時効完成後も新々・総合特別事業計画の「3つの誓い」に掲げる「最後の一人まで賠償貫徹」という考え方のもと、消滅時効に関して柔軟な対応を行わせていただきたいと考えております。

 ⑴消滅時効の起算点

 被害者の方々が損害を現実に認識し、当社に対して損害賠償請求をすることが事実上可能な状況になった時点であり、具体的には、それぞれの損害について「当社が中間指針等を踏まえ賠償請求の受付を開始した時」と考えております。

 ⑵時効の中断事由

 当社が仮払補償金をお支払させていただいた被害者の方々に対し、当社に対する請求を促す各種のダイレクトメールや、損害額を予め印字する等したご請求書を送付させていただく行為が、民法上、消滅時効の進行を中断させる「債務の承認」に該当すると解釈できると考えておりますので、被害者の方々が当社からダイレクトメール等を受領された場合、その時点から、再び新たな時効期間が進行すると考えております。(なお、2020年4月施行の改正民法により、上記の「時効の中断」については「時効の更新」に改められますが、消滅時効に関する当社の考え方に影響を及ぼすものではございません)

 ⑶柔軟な対応

 上記に該当しない被害者の方々についても、時効の完成をもって一律に賠償請求をお断りすることは考えておらず、時効完成後も、ご請求者さまの個別のご事情を踏まえ、消滅時効に関して柔軟な対応を行わせていただきたいと考えております。

 当社といたしましては、「3つの誓い」に掲げておりますとおり、引き続き、被害者の方々に寄り添い、真摯に対応してまいります。具体的には、最後のお一人まで賠償を貫徹するべく、引き続き、当社本賠償をご請求いただいていない被害者の方々に対し、窓口対応に加え、戸別訪問などを実施してまいります。

時効トラブルは未確認

   ×  ×  ×  ×

 あらためて、福島原子力補償相談室(賠償コールセンター)に問い合わせ、「HP上の案内では『時効の起算点』や『時効の中断』の考え方などが記され、どの時点で請求案内を受け取ったか等々は、個々人によって異なるわけだが、少なくとも、『10年』といった区切りでの時効を理由に請求を断ることはない、という認識で間違いないか」と尋ねたところ、「その通りでございます」との回答だった。

 担当者の説明・回答も慣れた口調で、同様の問い合わせがこれまでも相当数あったことをうかがわせるものだった。

 対象自治体の賠償支援担当者によると、「9年目に入った当たりから、国や東電などから、住民の方に配布物(広報誌など)を送る際は、『未請求者の方は早めに請求してください』、『請求漏れはありませんか』といった案内を同封してほしい、との要請がかなりあります。ほぼ毎月のように、そういった案内を送っていると思います」という。

 ずっと周知を図ってきたということだが、それがどのくらい効果があったかは把握できていない。

 一方で、複数の対象自治体の賠償支援担当者などに、「順次時効を迎える『10年』という区切りを理由に、請求を断られたり、トラブルになったケースは確認されているか」と聞いてみたが、どこも「そうした事例は聞いたことがない」とのこと。その点に関しては、ひと安心といったところか。

過去の「不誠実対応」事例

 このほか、同日の原賠審会合では委員からはこんな質問が出た。

 「未請求765人のうち、住所、氏名不明の方以外は電話・ダイレクトメールなどで直接ということだが、実際、電話をして、なぜ対応(賠償受付など)しなかったのか」

 「電話連絡、戸別訪問等、これは住民側がどんな考えをお持ちかを聞くチャンスでもある。知らなかったという人が多いのか、それとも、請求する意思がない人が多いのか、どういう理由が一番多いのか」

 これに対し、東電の担当者は次のように説明した。

 「請求の意思がそもそもあまりない方、ADRや訴訟を考えている方、請求支援を受けてもらえない方もいる。765人の内訳は、一概に申し上げにくいが、架電や戸別訪問等をしていると、知らないというより、請求の意思を明確にしていただけていない方が約400人。これは当社の取り組みが不足していた面もあるかもしれませんが。したがって、今年に入り300人近くの方に集中的に電話したら、約60人が請求意思を示していただいた。引き続きしっかり架電・戸別訪問・ダイレクトメールをして、意思があれば、請求書の作成の支援をしていきたい」

 ここで述べてきたように、少なくとも、いまのところは時効を理由に断られるといった事例は確認されていないようで、東電も「それを理由に請求を断ることはない」と明言している。

 ただ、東電は「ADRの和解案尊重」をうたっておきながら、実際はそれに反する対応が目立つなど、言っていることとやっていることが違う、というケースはこれまでに何度もあった。このほかにも、「丁寧な対応」と言いながら、実際はそれとは程遠い対応をしていたり、前述した「1倍問題」でも当初説明と違う対応をしていたり、といった事例はいくつもあるのだ。

 そうした過去の事例から、東電の言い分を全面的に信頼するのは危険だろう。どこかの時点で「もう時効を主張してもいいでしょう」といった対応をしないとも限らない。

 一方で、請求する側からすると、年数が経てば経つほど、請求のための資料を揃えたり、自分がどういう状況に置かれていたか等々を立証するのは難しくなる。そういう意味では「時効」とはまた違った面で請求の難しさが出てくる。

 東電は、時効を主張しないことや未請求者への柔軟な対応はもちろん、そのほかの賠償請求へのしっかりとした対応や、ADR和解案の尊重などを含めて、被害者救済に向けて真摯に対応すること、国・原賠審などには、それに向けた指導の徹底が求められる。




よろしければサポートお願いします!!