放出開始。「年間22兆Bq上限」は維持されるのか|【春橋哲史】フクイチ核災害は継続中㊸
東京電力・福島第一原子力発電所(「フクイチ」と略)では、8月24日から、「ALPS処理水」(注1)の海洋への希釈放出(≒投棄)が開始されました。
今回は、第一回の放出の情報と、これから危惧されることを取り上げます。
第一回分(8月24日~9月11日)の放出放射能量は、別掲の通りです(東電の資料に基づく/注2~4)。
発災時の推定放出量(まとめの「備考5」)に比べると小さな数字ですが、数字の比較の問題ではありません。
発災時の放出は「意図しない非管理放出」で、今回の希釈放出は「意図的な管理放出(≒投棄)」です。
拙連載でも繰り返しているように、意図的な放出は「核のモラルハザード(倫理欠如)」です(詳細は当連載の過去記事を参照/注5)。しかも、汚染水が未だに発生し続けていますから(但し、発生量は減少傾向)、投棄される放射性物質の総量は未確定です。このままでは、無期限・無制限に希釈放出(投棄)が続けられかねません。
「意図的な放出」だけでなく、「総量が不明」という要素も加わっているのです。政府・東電は、二重・三重に「倫理的にやってはいけないこと」に手を付けてしまったと言えます。
その上で、私が危惧しているのは、今後の政府・東電の対応です。
現在、政府・東電は「(「処理水」の放出は)トリチウムの年間放出量22兆Bq(ベクレル)を上限とし、その範囲で年度ごとに放出計画を策定する」旨を説明しています。
2021年4月の「第5回 廃炉・汚染水・処理水対策関係閣僚等会議」で決定された「基本方針」(注6)には、次のように記載されています。
「放出するトリチウムの年間の総量は、事故前の福島第一原発の放出管理値(年間22兆ベクレル)を下回る水準になるよう放出を実施し、定期的に見直すこととする。」(9頁、⑵―④/傍点筆者)
「見直す」とは、何を意味するのでしょう? どのタイミングでどのように見直すのか、「見直す」際の基準や考え方は示されていません。数値の引き上げも、引き下げも、何れも可能だと読み取れます。
又、2022年4月11日に原子力規制委員会で開催された「第14回 東京電力福島第一原子力発電所 多核種除去設備等処理水の処分に係る実施計画に関する審査会合」に東電が提出した資料(注7)には、「5、1、4 政府方針を踏まえた対応」に次の記載が有ります。
「…トリチウムの放出量は、当面、事故前の福島第一原子力発電所の放出管理値である年間22兆Bqを上限とし…」(全体の661頁/傍点筆者)。
この会議での、伴信彦原子力規制委員と、東電の松本純一氏(福島第一廃炉推進カンパニー プロジェクトマネジメント室長兼ALPS処理水対策責任者)の、以下のやり取りも見過ごせません(全体は長いので抜粋/傍点筆者)。
伴委員「…22兆Bqよりも増やすべきなのか、減らすべきなのかという議論は行われていない…廃炉作業を早く円滑に進めるという観点からは…できるだけ早く流す…選択肢もないわけではないですよね…政府方針として…年間22兆Bqと…決められているので、少なくとも当面この範囲内でやっていく…ここの書き方が非常に微妙だなと思うのは、22兆Bqの中でどんどん減らしていきますと…読めてしまう…、必ずしもそういうこと…ではないと、そこはよろしいですか」
松本室長「政府方針についても…見直すという…書きぶりになっております…、伴先生がおっしゃるとおり、廃炉の進捗に応じて、どういうふうな設定ができるか…今後の検討課題だと思います…」(議事録63頁/注8)。
政府・東電の文書や会議での発言を総合すると、「未来永劫、(トリチウムの放出量)年間22兆Bqの上限を守る」とは、明記も明言もされていません。
官僚が作成する書類や会議では「発言されていない事・記載されていない事」が重要な場合があります(「霞が関文学」という言葉も有ります)。
「トリチウムの放出量上限・年間22兆Bq」は、法律に基づく制限ではありません。政府・東電が国会の承認なしで改訂できるものです。
私は、このまま「処理水」の放出が続けば、今後、数年以内に「廃炉の更なる加速化・貯留タンクの速やかな撤去による現場負担の軽減」等を理由に、放出量上限の緩和や撤廃が提起されるのではないかと危惧しています。
注1/一度でもALPS(多核種除去設備)で放射性核種の濃度低減処理を施した放射性液体廃棄物。当連載では簡略化の為「処理水」と記載。
注2/ALPS処理⽔ 測定・確認⽤タンク⽔の排⽔前分析結果(23年6月22日公表)
注3/測定・確認⽤設備のタンクB群からの放出完了について(第1回放出、23年9月11日)
https://www.tepco.co.jp/decommission/information/newsrelease/reference/pdf/2023/2h/rf_20230911_1.pdf
注4/海洋(港湾付近)への放射性物質の放出量の推定結果について(12年5月24日)
https://www.tepco.co.jp/cc/press/betu12_j/images/120524j0104.pdf
注5―1/第31回(22年10月号)
https://note.com/seikeitohoku/n/n9e8320bf8423
注5―2/第41回(23年8月号)
https://note.com/seikeitohoku/n/n5a678faa258c
注6/東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所における多核種除去設備等処理水の処分に関する基本方針
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/hairo_osensui/dai5/siryou1.pdf
注7/特定原子力施設の保安
https://www.nra.go.jp/data/000386100.pdf
注8/
https://www.nra.go.jp/data/000389150.pdf
春橋哲史 1976年7月、東京都出身。2005年と10年にSF小説を出版(文芸社)。12年から金曜官邸前行動に参加。13年以降は原子力規制委員会や経産省の会議、原発関連の訴訟等を傍聴。福島第一原発を含む「核施設のリスク」を一市民として追い続けている。
*福島第一原発等の情報は春橋さんのブログ
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