「核災害」へ、タイトルを変更【春橋哲史】フクイチ核災害は継続中⑳

 本連載のタイトルに用いる文言を、今号から「核災害」へと改めます。

 タイトルを改める最も大きな理由は、東京電力・福島第一原子力発電所(以後、「フクイチ」と略)のオンサイト(敷地内)・オフサイト(敷地外)を問わず、まさに「災害」と形容すべき事態が継続中だからです。

 大気中・海洋中に放出された放射能量は推定・約21京ベクレル(注1)で、オンサイトの収束作業は10年が経過しても終わりが見えません。

 2020年度の放射線業務従事者の月間平均入域人数は約6600人(注2)、年間入域人数は約1万0300人(注3)に及び、10年間の累計入域人数は約15万1000人(注4)に達しています。

 発災以来の作業員の死傷・熱中症者は東電が公表・認めているだけで450人を超え(注5)、増え続けています。

 避難者数は、福島県内だけで最大16万人を超えた(注6)ことが分かっていますが、公式集計に含まれない人数が相当数に上ることは確実で(注7)、実情は把握できていません。

 避難者・被害者が国・東電を提訴した集団訴訟は、北は札幌から南は福岡まで29を数え、原告数は約1万人です(注8)。

 遂には、福島県が避難者を訴えるという、人災の極みとも呼ぶべき事態まで生じています(本誌2021年9・10月号の牧内昇平氏の記事参照)。

 発災以来、11年間(2011~21年度)で生じた国民負担(電気料金+国費)は約19兆円(注9)に上っており、上限が見えません。

 オンサイト・オフサイトを問わず発生している放射性廃棄物の最終処分方法・時期も目途が立っておらず、そもそも、廃棄物の総量がどれくらいになるのかも不明です。

 放射性セシウムは、今もフクイチから放出し続けており、東日本各地への降下量も、発災以前より多い状態が続いています(注10)。

 これらのセシウムの一部は確実に土壌に沈着しており、東日本の1都8県の土壌で放射性セシウムの濃度が高くなっていることも、環境省の毎年度の調査で確認されています(注11)。

 進行中の事態は「事故」の範疇に収まるものでは有りません。空間的・時間的な広がりや対処に必要なリソース(人員・予算・資機材等)の規模から見ても未曽有の国難であり、世界史に残る放射性物質の大規模漏洩です。

 以上の理由から、本連載のタイトルに用いる文言を「核災害」に改めました。

 「撤退」を「転進」と言い換えた、大日本帝国の前例(注12)に見られるように、日常的に用いる言葉は、実態をすり替えたり、矮小化して見せるツールにもなり得ます。

 今、最も避けなければならないのは、フクイチ核災害について「済んだこと」「終わったこと」「収束した」「福島の局地的な問題」と思われることです。そのように思う人・見做す人が多くなるほど、原子力複合体(注13)に都合の良い世論が形成され易くなるでしょう。

 言葉の問題を取り上げたので、タイトルの件から離れますが、もう一つ指摘します。

 私が以前から気になっているのが、東電・政府に最も多くの異議申し立てをしている筈の「市民運動」の界隈で、「福島を忘れない」という言い方が多用されていることです。

 オンサイト・オフサイトを問わず、核災害は今まさに進行中です。「忘れない」という、記憶の問題にすり替えられることでは有りません。

 又、フクイチ核災害を語るのに「福島」を殊更強調するのも気に入りません。この核災害は日本全体の問題であり、現役世代だけでなく将来世代も否応なく当事者として関わることです。

 政府・東電に異議申し立てをしている市民運動界隈が、特定の地域名を強調したり、記憶の問題であるかのような言い方を用いるのは、運動の意図とは逆に政府・東電へのアシストになるのではないかと危惧します。

 特に首都圏の人間は、フクイチ・フクニの電気の消費者でした。その責任を全うする為にも、「福島を忘れない」ではなく、「フクイチ核災害は継続中であり、主権者や消費者の責任として、責任追及・収束・救済に取り組み続ける」という、積極的且つ明確な意志が表示されて然るべきでしょう。

 注1

 「原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書」(2011年6月/添付資料のPDF・76頁)と、東電公表の資料(2012年5月24日)に基づく。ヨウ素131+セシウム137+同134+ストロンチウム90。


 尚、チェルノブイリ原発事故で放出された放射性物質は、推定・約190京ベクレル(UNSCEAR・2008年報告)

 注2

 東電の資料に基づき、筆者にて計算。

 注3

 注4

 2011~20年度。東電公表の資料に基づき、各年度の入域人数を筆者にて合計。

 注5

 死亡21人、体調不良を含む重軽傷315人、熱中症116人(2011年3月11日~21年10月)。東電公表の資料に基づき筆者にて集計。

 注6

 「復興・再生のあゆみ(第5版)」より。

 注7

 「災害からの命の守り方─私が避難できたわけ─」(森松明希子・著/文芸社/2021年1月初版)。

 「避難者」の定義が明確でないことや、「未集計」が多いことについては、同書・第6章に詳述。

 注8

 「弁護士白書・2019年版」資料2―2―6―4より。

 注9

 内訳等は筆者のブログに掲載。「フクイチ核災害に伴う国民負担と、東電の役員報酬」(2021年7月13日付)

http://plaza.rakuten.co.jp/haruhasi/diary/202107130000/?scid=we_blg_tw01

 注10

 放射性セシウム137の、フクイチからの放出量と東日本各地への降下量は、東電と原子力規制委員会の資料に基づいて、筆者のブログで毎月更新。

 注11

 「東日本大震災の被災地における放射性物質関連の環境モニタリング調査:公共用水域」

 注12

 1943年2月、日本軍は南太平洋・ソロモン諸島のガダルカナル島から部隊を撤退させた。作戦終了後、大本営はこれを報道向けに「転進」と発表した。

 注13

 「軍産複合体」になぞらえた言葉。核技術の利用を推進することで直接・間接に利益を得る組織(電力事業者・大学・報道機関・官僚等)の総称として用いている。


春橋哲史 1976年7月、東京都出身。2005年と10年にSF小説を出版(文芸社)。12年から金曜官邸前行動に参加。13年以降は原子力規制委員会や経産省の会議、原発関連の訴訟等を傍聴。福島第一原発を含む「核施設のリスク」を一市民として追い続けている。

*福島第一原発等の情報は春橋さんのブログ


通販やってます↓


いいなと思ったら応援しよう!

月刊 政経東北
よろしければサポートお願いします!!