急ピッチで進む希釈放出の準備―【春橋哲史】フクイチ核災害は継続中㉔

 東京電力・福島第一原子力発電所(以後、「フクイチ」と略)で増え続ける、所謂「ALPS処理水」については、昨年4月に政府の関係閣僚会議が「海洋への希釈放出を東電に求める」ことを決定して以来、それまでの緩慢な動きが噓であったかのように急ピッチで進んでいます(「経緯・概略」参照)。


 「希釈放出」の決定が、主体性が明確でないものであること(連載16回/2021年7月号/注1)、閣僚会議が決定の出発点としているALPS小委(注2)の報告書が「提言もどき」であること(連載6回/2020年9月号/注3)などは、これまでにも指摘しています。

 政府・東電は、国の内外の懸念・反対の声を押し切るというより、まるで無視するように、ブルドーザーの如く突き進んでいます。

 前回に紹介した私の意見送付にも、首相官邸からは何の返信も来ていません(数年前は、少なくとも「読んだ」という返信はありました[注4]。「国民への誠実さ」が希薄になっているようです)。

 私は、金曜行動に参加している頃から、「フクイチのタンク容量は、何れは物理的な限界を迎えるだろう」との判断から、オンサイトの中でも汚染水の問題に重点を置いて追いかけてきていました。今も、規制委員会の審査会合は必ず傍聴しています(「経緯・概略」の「実施計画に関する審査会合」。1・2回目は新型コロナウイルス感染防止の観点から傍聴不可で、ウェブで視聴/注5)。

 10年近く追いかけてきて改めてつくづく実感するのは、「この国では、殆どの決定が国民不在で下され、実施されている」ということです。

 審査会合を傍聴し、規制庁職員と東電担当者との議論・質疑を見ていると、無力感と徒労感が募ります(3・11を阻止できなかった主権者の責任として、行政と事業者を監視する為、傍聴は続けます)。審査会合での議論や判断は「海洋への希釈放出」という方針に沿ったものです。放出の方針そのものは議論されません。

 「希釈放出」という方針の妥当性

・合理性・倫理性を問い質し、検証し、議論する場は用意されていないのです。

 「国民が何を言おうと何を考えていようと、決めた方針に沿って進める。国の内外の声は、決定に合致するものなら聞く」

 今、政府・東電がやっているのはそういうことです。

 政府・東電を含む、所謂「原子力複合体」(注6)は、この道を突き進んで、何処に向かっているのでし

ょうか? 「関係者の理解なしには(処理水の)いかなる処分も行わず、……タンクに貯留いたします」という福島県漁業協同組合連合会との約束(2015年8月25日付/注7)についても、「約束は破ってない。理解と合意を得られるように最大限努力する」という屁理屈で(政府・東電は「屁理屈」とは思っていないのでしょうが)押し通し、ALPS小委の公聴会や、パブリックコメントで寄せられた懸念・反対の声、海外の声も押し切ろうとしています。まさに政治的なブルドーザーです。

 でも、その果てに待っているのは何でしょう? 希釈放出に踏み切れば、政府や原子力事業者の信用は今以上に徹底的に毀損され、今後、所謂「地元」で原子力事業者を信頼する人はいなくなるでしょう。フクイチの収束や、他の原発の再稼働を進めるには、これからも様々な内容を地元に説明し、或いは約束しなければならないことも多いでしょう。それが徹底的に成り立たなくなるのは必至です。政府・東電は「廃炉を進める」ことを名目に希釈放出の結論を押し通そうとしていますが、押し通すことで、却って進まなくなるでしょう。

 皮肉を込めてのことですが、政府や原子力事業者はフクイチの収束や核発電の利活用に必要な信用を自ら、今以上に毀損しようとしています。

 私には、「原子力複合体」が壮大な政治的自爆の道を歩んでいるように見えます。

 本稿の最後に。

 核災害で生じている放射性廃棄物を大量且つ意図的に環境中に放出する行為を座して認めてはいけません。

 今後、実施されると思われる原子力規制委員会の任意のパブコメ(「経緯・概略」の「今後の見通し」参照)が、公的チャネルで声を上げる最後の機会かも知れません。活用しましょう。

 注1

 希釈放出を「決定」したのは一体誰?

 注2

 正式名称は「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」。

 注3

 ALPS小委の報告書は 「提言もどき」

 注4

 筆者のブログ。2015年11月25日付記事。「首相官邸への意見送信と、官邸からの返信」

 注5

 注6

 「軍産複合体」になぞらえた言葉。所謂「原子力ムラ」を指す。

 注7

https://www.tepco.co.jp/news/2015/images/150825a.pdf


春橋哲史 1976年7月、東京都出身。2005年と10年にSF小説を出版(文芸社)。12年から金曜官邸前行動に参加。13年以降は原子力規制委員会や経産省の会議、原発関連の訴訟等を傍聴。福島第一原発を含む「核施設のリスク」を一市民として追い続けている。

*福島第一原発等の情報は春橋さんのブログ


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