見出し画像

【尾松亮】廃炉の流儀 連載8-防災財源を失う廃炉原発立地地域

防災財源を失う廃炉原発立地地域

 原発周辺地域では避難計画の策定が義務付けられ、緊急時モニタリングセンターなど緊急時対応施設・設備が整備されている。原発廃炉が決まったとき、これら周辺地域の防災策はどうなのだろうか。原発廃炉の進む米国で、気になる「先例」が作られつつある。

 米国ではスリーマイル島原発事故(1979年)の教訓をもとに、原発周辺半径10マイル(16㌔)圏に「緊急時計画ゾーン(EPZ)」が設定されている。この16㌔圏(「プルーム被ばく経路」とも呼ばれる)では屋内退避、緊急避難、安定ヨウ素剤の準備など、原発事故に備えた対策が求められる。

 バーモントヤンキー原発(バーモント州ウィンダム郡)のEPZ圏内には近隣3州(バーモント、マサチューセッツ、ニューハンプシャー)の計18市町が位置する。原発事業者E-ntergyは周辺地域に対する「緊急時対策費」を支払い、EPZ内の自治体はこれを原子力防災のための財源としてきた。「州の事故対策予算はすべてEntergyからの緊急時対策費で賄われてきました」とバーモント州緊急事態管理・地域防災局の責任者ボーンマン氏は言う。同原発が立地するブラトルボロ町の緊急時対策スタッフ人件費や避難計画に必要な設備購入費も緊急時対策費から支払われてきた。バーモントヤンキー原発は2014年末に閉鎖されたが、2015年時点でも周辺地域に対して約430万ドルが支払われた。

 しかし2016年4月に、米国原子力規制委員会(NRC)の決定でバーモントヤンキー原発周辺地域のEPZは撤廃された。これに伴い事業者による緊急時対策費の支払いも免除されることとなった。周辺自治体は原子力防災の財源を失ったまま廃炉中原発のリスクと向き合うことになる。

 廃炉決定後とはいえ、なぜ周辺のEPZを撤廃し、緊急時対策費を削減できるのだろうか。NRCの規則は「廃炉中は原発運転中に比べて事故リスクが小さい」という考え方に立つ。使用済み燃料を原子炉から抜き出し、プールに移した後であれば、事業者は「緊急対策免除申請」を出すことができる。バーモントヤンキー原発のEPZ撤廃も、このNRCへの免除申請を経て認められた。さらに同原発敷地内の緊急時対策や対策人員の縮小も進む。2018年には周辺地域住民との連絡業務を担当するスタッフが一人に減らされた。一人ずつ確保されていた技術コーディネーターと放射線防護コーディネーターが兼任となったためだ。

 事故があれば直接被害を受ける周辺地域にとって「廃炉になったから対策縮小」という論理は受け入れがたい。「使用済み燃料がプールにあるうちは、緊急事態につながる数多くのリスクが残っている」と前出・ボーンマン氏は指摘する。

 事業者はプールに残る使用済み燃料を敷地内の乾式保管施設に移送する作業を進めてきた。しかし、冷却済みの燃料が乾式保管施設に移された後も事故リスクが消えるわけではない。バーモント州保健局担当者は「継続的な放射線リスク監視」を求めている。

 原発廃炉に伴う地域や事業者の防災計画見直しは、今後日本でも起こりうる。米国の先例を負の教訓とし、廃炉時代の地域防災を住民目線で考える議論を始めていきたい。

おまつ・りょう 1978年生まれ。東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学。その後は通信社、シンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。現在、「廃炉制度研究会」主催。

よろしければサポートお願いします!!