見出し画像

突然〝耳が遠くなる〟詐欺師|【高橋ユキ】のこちら傍聴席⑧

 宮内庁の関係者を騙って福島市の農家に対して「皇室へモモを献上するように」と呼びかけ、モモを騙し取ろうとした75歳の男が7月、詐欺未遂容疑で福島県警に逮捕された。

 男は東京都内の自称農業園芸コンサルタント・加藤正夫容疑者。モモを提供した農家には「皇室献上桃生産地」と筆書きされた木札が送られており、市はその木札の写真を道の駅でも紹介していたという。実際にはモモは献上されていなかった。加藤容疑者は同様の手法でモモ4箱(時価1万6500円相当)を騙し取ったとする詐欺容疑で8月に再逮捕されている。逮捕前は「悪いことはしていない」と言っていた加藤容疑者、公判では何を話すのか。

 このニュースに触れ、容疑者の年齢を見たとき、かつて取材したことのある高齢詐欺師を思い出した。

 2018年当時、70歳だったその男・Aは、婚活サイトで出会った千葉県在住の女性から合計320万円を騙し取ったとして、詐欺容疑で千葉県警に逮捕された。当時、高齢になって罪を犯す人々を取材していた私は、手紙で取材を申し込み、警察署でAに面会した。

 興味を持った理由は、本当の年齢は70歳だったにもかかわらず、婚活サイトでは30代と偽っていたからだ。またAは実際には無職だったが「エリートサラリーマン」と職業も偽り、女性にコンタクトを取っていた。「会いたい」と求める女性に対しては「忙しい」などと返し、一度も会うことなく、金を騙し取っていたのだという。

 面会室で初対面したAは、とても30代には見えない、年相応のがっちりとした体型の高齢者だった。大きな声で、事件についての不満をペラペラと訴え続ける。〝独演会〟状態となった面会室でAはポロッと、こんなことを言った。

 「最初ね、38歳と言ったんだよ。でもお金送ってもらった時、実は年齢嘘だと、言ってるんですよ」

 30代と偽って金を騙し取ったという詐欺であったが、実際の年齢を被害者に伝えたというのである。

 これは大事な話だと思い、こちらも聞き返した。

 「ずっと38歳だと偽っていたわけではないんですか?」

 ところがAは突然〝耳が遠く〟なった。「え?」と聞き返される。何度か同じ質問をしたが、やっぱり「え?」と聞こえない様子で、しまいにはこう話を切り替えてきた。

 「何、俺の生き様を聞きたいの?」

 そして〝九州大学の法学部に進学したが父親が亡くなり中退したのだ〟と話し始めた。私も同じ大学を卒業しており、福岡県出身でもある。住んでいた場所など、共通の話題が見つかるかもしれない。そう思って「九大生だったときはどこに住んでいたんですか?」と尋ねた。するとまた〝耳が遠く〟なるのだ。

 「え? ちょっと聞こえない。え? え? ちょっと聞こえないなあ。わかんないや」

 5回ほど大きな声で同じ質問をしたが、この質問も聞こえなかったようだった。

 「次の面会時に10万円を差し入れて欲しい。通帳を渡すから後にそこから引き出して精算してくれ」

 のちに、そんな要求が始まり、文通も面会もやめた。取材にトラブルはつきものだ。

たかはし・ゆき 1974年生まれ。福岡県出身。2005年、女性4人で裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。以後、刑事事件を中心にウェブや雑誌に執筆。近著に『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』。

ニュースレター↓



月刊『政経東北』のホームページです↓

いいなと思ったら応援しよう!

月刊 政経東北
よろしければサポートお願いします!!