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【国家公務員宿舎立ち退き訴訟】県は「自主避難者」への提訴を取り下げよ(牧内昇平)

(2021年9月号)

強制追い出しは人権侵害

 おかしな裁判が続いている。原発事故で「自主避難」し、東京都内の国家公務員宿舎に住む避難者に対して、福島県が宿舎の明け渡しを求める裁判を起こしているのだ。たとえ事情があるにせよ、行政が避難者を訴えるのは「あべこべ」であり、コロナ下で住まいを追い出すのは「弱い者いじめ」ではないか。県には提訴の取り下げを求めたい。

 8月6日、福島地裁で開かれた口頭弁論では、避難者側の代理人と裁判官との間でこんなやりとりがしばしばあった。

 弁護士 えー、本件で原告が強調したいのは……。

 裁判官 「原告」ではなく「被告」ですよね?

 弁護士 ああ、失礼しました。被告が強調したいのは……。

 弁護士が言い間違えるのもやむを得ない面がある。原発事故の避難者たちは行政からケアされるべき存在だろう。とりわけ避難指示が出なかった地域の人びとは「自主避難者」と呼ばれ、十分な補償を受けてきたとは言い難い。本来なら裁判の「原告」として、東電や行政に補償を求めたいくらいだ。それなのに、なぜか「被告」席に座らされ、仮の住まいからも立ち退きを迫られている。まさしく「あべこべ」裁判なのである。弁護士以上に、訴えられた避難者本人たちが混乱し、憤っているに違いない。

「あべこべ」裁判の経緯

 これまでの経緯を振り返ってみよう。

 原発事故が起き、避難指示が出なかった地域からも多数の「自主避難者」が生まれた。そうした避難者たちにも災害救助法が適用され、都営住宅や国家公務員宿舎などが応急仮設住宅として提供された。災害救助法による住宅の提供は原則2年間だが、県は原発事故の影響が長期化していることを考慮し、提供期間の延長を繰り返してきた。ここまではよい。

 ところが、事故から3年経っても4年経っても、避難を続ける人びとがいた。避難が長期化するのは、相手が目に見えず、健康への影響に未解明な部分が残る「放射性物質」なのだから致し方ない部分がある。だが、そうした人たちに対して、行政は非情とも言える対応をした。2017年3月末を期限に住宅の無償提供を終了したのだ。

 一方的に打ち切るのではさすがに乱暴だ。県もそう考えたのだろう。2017年3月までに退去できない人たちのために、国家公務員宿舎に限って2年間限定の「セーフティネット使用貸付」を始めた。避難者が県と契約を結び、国家公務員たちと同額の賃料を支払えば住むことを認める、という内容だった。

 ただ、県が打ち出した「セーフティネット」では救済できない人たちがいた。たとえば、今回の裁判で訴えられている被告の一人、都内の国家公務員宿舎で暮らすMさんは、仕事がなく、病気を抱えているなどの事情で家賃の支払いが難しい。このためセーフティネットに申し込んだものの、実際の契約締結には至れないまま、宿舎に住み続ける結果になった。

 こうした事態への県の態度は冷淡だった。2019年の9月県議会にMさんたちを訴える議案を提出。賛成多数で可決されたため、昨年3月に提訴に及んだ。

 県によると、現在裁判が続いているのは4世帯。Mさんの裁判の訴状によると、県は部屋の明け渡しと2017年4月以降の賃料にあたる金額の支払いを求めている。

 さらに強調したいのは、この裁判が「弱い者いじめ」ではないのかという点だ。これについては、訴えられた「被告」たちの状況を理解する必要がある。

弱い者いじめ?

 先ほどのMさんという男性のことを紹介したい。裁判の支援者たちに宛てた彼のメッセージを元に書く。

 《私は3・11当時、福島県に住んでいて、工場で勤めていました。(避難指示の)区域外でしたが、友人から「原発が危ないから避難した方がいい。みんなも避難する」と聞きました。工場も閉鎖されることになったので、私も避難することにしました》

 浜通りに住んでいたMさんは事故後、東京都内のホテルに泊まり、そこからハローワークに通って仕事を見つけた。半年後、勤務先が倒産しホテルに泊まり続けることができなくなった。東京都の紹介で江東区東雲の国家公務員宿舎に入った。

 時期を同じくして、Mさんは体調不安にも悩まされるようになった。心臓などの病気にかかり、医療機関には「避難の精神的ストレスも影響している」と指摘された。病気で新しい仕事に就けず、貯金を切り崩しながら暮らした。

 そんな頃、福島県が「住宅無償提供の打ち切り」を発表した。県は先述した「セーフティネット」を実施するというが、Mさんは契約することができなかった。

 《契約は2年限りとあったので、2年後に引っ越しのメドが立てられるのだろうか不安が募り、契約書にサインする自信がありませんでした。かといって、福島はいまだに土壌汚染はひどいし、地震、原発再爆発の可能性も脅威でした。帰るべき住居もないし、被ばくを心配しながら生活するのではストレスがたまります。行き場を失った状態でした》

 Mさんが憤っていることの一つは、これまで福島県が住まい探しの支援を十分にしてこなかったことだ。

 Mさんは国家公務員宿舎にこだわっているわけではない。都営住宅に応募し、現在まで15回連続で落選している。家賃が安い民間アパートの物件探しも続けてきた。提訴される前には福島県との調停が東京簡易裁判所で行われた。その際に県から提案されたのは、都営住宅への申し込みや都市再生機構(UR)による賃貸住宅、民間アパートへの転居だった。

 前述の通り都営住宅は狭き門である。UR賃貸は家賃の3倍の収入がなければ入居できないと言われた。民間アパートについて、県職員が連れてきた不動産屋がしてくれたことは、インターネットで検索した民間賃貸物件を紹介する程度だった。紹介されたのは築40年超で家賃月4万円、10平方㍍、風呂なしなどの部屋ばかり。療養中の身としては負担が大きかった。

 Mさんは普段から自分でも物件を探しており、県のしてくれたことは「支援」と言えるほどのものではなかった。

 《福島には帰る家はもうありません。勤めていた会社もありません。私は悪いことをして東京に来たのではありません。原発事故の被害者です。たとえ裁判中であっても、並行して、国や福島県は避難者向けの公営住宅の確保に努力していただきたいと願っています》

 原発事故前から賃貸住まいだったMさんにとって、福島に戻っても「帰るべき家」はすでにない。勤めていた工場は倒産し、仕事もない。しかも病気を抱えている。要するに、Mさんは「わがまま放題」で国家公務員宿舎に「居座っている」わけではない。やむを得ない事情により、他に住むところが見つからないのだと思う。そんなMさんに対して福島県は支援を尽くしたのか。強引に裁判を起こすのは「弱い者いじめ」の感が強くはないかと、筆者には思えてしまう。

国際人権法の観点を

 それでもMさんはやはり、「立ち退き」を命じられなければならないのか。代理人の一人、柳原敏夫弁護士の話を聞こう。柳原氏は8月6日の裁判後の集会で、こう話した。

柳原敏夫弁護士

避難者側弁護団の一人、柳原敏夫弁護士

 「原発事故は普通の災害の枠組みには到底収まりきらない未曾有の現象です。しかし3・11後、被害者の人権を具体的に守るための真っ当な法律は作られませんでした」

 現実の問題に対応する法律がないことを「法の欠缺」状態というらしいが、原発事故ではこの状態が起きてしまっているのかもしれない。災害救助法によって避難者への住宅提供が「原則2年」とされていることが、その象徴的な例ではないか。

 では、法の欠缺にどう対処すればいいか。柳原氏は「『国際人権法』というメガネを通して見てほしい」と呼びかける。

 国連人権委員会(現・国連人権理事会)は1998年、国内避難民に関する「指導原則」を採択した。その中には、こういう文面がある。

 《すべての人は、自らの住居または常居住地からの恣意的な強制移動から保護される権利を有する。関係当局は、人々の強制移動を伴うあらゆる決定の前に、強制移動を全面的に回避するため、すべての実行可能な代替案が検討されることを確保する》

 柳原氏ら弁護団は、原発事故による避難者はまさに、国連が言う「国内避難民」に該当すると指摘する。裁判の書面によると、その理由として、▽原子力緊急事態宣言が発令中であること、▽市民団体の測定によれば福島県内の土壌はまだ汚染されていること、▽不溶性セシウムの内部被ばくによる健康リスクがあること、などを挙げる。

 これは筆者の個人的な意見だが、原発事故の被害者たちに「避難する権利」があることは明らかなように思える。放射線被ばくが人体に及ぼす影響は未解明な部分が多い。その中で、どれほど不安を感じるかは人それぞれだ。さして心配せずに福島県内で暮らす人がいてもいいし、心配だから県外に避難する人の選択も尊重されるべきである。そうではないだろうか。
 自主避難者は「好き勝手に避難している人」ではなく、「避難せざるを得ず、困っている人」である。その人たちの住まいの安心を確保することは、原発事故を引き起こした行政の責務ではないだろうか(原発事故の法的責任は裁判で現在問われているが、国は少なくとも原子力政策を推進してきた「社会的責任」は認めている)。

コロナ下での「欠席裁判」

 もう一つ心配なのが、新型コロナウイルスの感染問題が深刻さを増している中で、この立ち退き訴訟が進行しつつあることだ。8月6日に実施された口頭弁論には、先述のMさんは都内から移動して出廷したものの、もう一人の「被告」Kさんは出廷できなかった。職場の同僚がコロナに感染し、急に裁判の日も仕事が入ってしまったのだ。非正規職場のため、強引に休むのは困難だ。

 Kさんは結局、住まいを失うかもしれない重要な裁判に参加する機会を奪われてしまった。弁護士が代理人として出てはいるものの、本人不在の「欠席裁判」である。被告側は法廷を東京地裁に移すように求めたが、その請求は退けられている。

 このコロナ下で立ち退きが命じられれば、住まい探しがさらに難航することは目に見えている。せめて感染問題が落ち着くまでは裁判を止めておくべきではないかと思うが、いかがだろうか。

「次は自分たちかも」

 Mさんたちの裁判を支援しながら「次は自分たちかもしれない」と心配している人たちもいる。現在、福島県からいわゆる「2倍請求」を受けている避難者たちである。

 もう一度状況を整理しよう。Mさんが契約できなかった福島県の「セ
ーフティネット」は2年間限定だ。期限の「2019年3月」はとうに過ぎてしまっている。県と契約し、国家公務員と同額を支払って宿舎に住み続けた行き場のない避難者たちは、今どうしているのか。

 「驚くことに、福島県から家賃や駐車場代などを2倍にした金額の請求を受けているのです」

 そう語るのは「避難者の住宅追い出しを許さない会」代表の熊本美彌子さんだ。熊本さん自身も、放射線被ばくを恐れて県内から都内に移った避難者の一人だ。避難生活のかたわら、住まいを奪われそうになっている人びとを支援している。

熊本美彌子代表

「避難者の住宅追い出しを許さない会」の熊本美彌子代表

 2019年4月以降も国家公務員宿舎に住んでいる避難者に対して、県は賃料の倍にあたる金額を「損害金」として請求している。その額は高い人だと月10万円を超えるという。県によると、2倍請求の対象は現在25世帯だ。

 「2倍請求は当然理不尽ですし、実際に2倍も支払える避難者は少ないです。従来通り1カ月分の家賃や駐車場代を支払おうとした人もいますが、県が受け取らないため、今は銀行口座に貯めているところです」と熊本さんは話す。

 この「2倍請求」を受けている人たちにも、県は「立ち退き」を求めるプレッシャーをかけ続けている。

 昨年12月ごろには、避難者の親族のところへ「協力」を求める文書が県から届いたという。熊本さんが加わる被害者団体「原発事故被害者団体連絡会(ひだんれん)」が情報開示請求を行ったところ、文案の一つにはこういうものがあった。

 《御親族と本県との間では、「国家公務員宿舎セーフティネット使用貸付契約」を締結していましたが、契約期間終了後の転居がないまま長期間に渡り未退去状態となっています。本県としては、引き続き住まいの確保に向けた支援を行いますが、貴殿からも速やかに国家公務員宿舎から転居されるよう、特段のお力添えをお願いします。御親族が自主的に転居されない場合は、訴訟など法的手段に移行せざるを得ませんので、御承知願います》

 実際にこの文案が使われたかは分からないが、脅しのような内容だと言わざるを得ない。

 熊本さんが心配しているのは「2倍請求」を受けている人たちが県から提訴されることだ。親族に文書が届いた後、今度は入居者本人たちに退去期限通知が届き、そこには「住まいの確保に向けた状況確認票」というアンケートが同封されていたという。熊本さんは話す。

 「退去期限は『7月16日』でした。一方、アンケート自体の回答期限は『7月2日』とありました。つまり、退去の意向があると回答しても、転居先探しの期間は2週間しかありません。県は家探しを手助けする気はあるのでしょうか。私たちが心配するのは、このアンケートは福島県が裁判を起こすためのアリバイ作りではないのかということです」

 9月には県議会が開かれる。そこで、立ち退かない避難者たちを提訴するという議案が提出されるのではなかろうか。2年前の9月議会で、Mさんたちを提訴する議案が出てきた時のように。熊本さんはそう心配するのだ。

県は提訴取り下げを

 なぜ、福島県は自主避難者を国家公務員宿舎から立ち退かせることにこだわるのか。避難者の数を減らすことで「復興」をアピールしたいのかもしれない。しかし、そのために一人ひとりの避難する権利を踏みにじっているとしたら……、それは許されない。

 「この裁判は、福島原発事故被害の中心の中の中心だと思っています」
 そう語るのは「ひだんれん」幹事の村田弘さんだ。自身も福島第一原発から20㌔圏内にある南相馬市小高区の出身。現在は神奈川県内に避難している。

 村田さんは「10年経って、なんとなく『原発事故の被害は収まっているんじゃないか』という世論づくりが進んでいる」と指摘。そうした世論に対して伝えるべきなのは、この裁判の被告であるMさんの『私は悪いことをしたわけではない』という言葉だという。

 「自分になんの罪もない。この原発事故さえなければ、福島県を離れる必要もなかった。それを、今度はなんの手立てもなく実力で追い出そうとする。究極の人権侵害じゃないですか。この人たちを守れなかったら、原発事故そのものに対する反省を迫っていくことはできないと思います」

 さらに村田さんの言葉を引こう。大事なことだと思うからだ。

 「集団訴訟ではいま、原発事故の国の法的責任が大きな争点になっています。単に言葉の上で国の責任を認めさせても実益はありません。本当に責任を認めさせるのなら、一人ひとりの被害を回復させていく必要があります。ここに立ち戻らないと、原発事故の責任と被害は曖昧にされていってしまいます」

 「あべこべ裁判」「弱い者いじめ」は許されない。平常時もそうだが、新型コロナウイルスの感染が拡大する中で、避難者たちに立ち退きを求めるのは酷すぎる。福島県には提訴の取り下げを求めたい。もちろん、新たな提訴もやめるべきだ。

 福島県生活拠点課の担当者は筆者の取材に対してこう回答している。

 「(提訴の取り下げは)入居者が退去するなど状況が変わらなければ難しい。(2倍請求の対象世帯への提訴については)申し訳ないが、検討しているとも検討していないとも、お答えすることはできない」


まきうち・しょうへい。40歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。

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