【知事選直前特集第1弾】検証・内堀県政8年(牧内昇平)
『政経東北』2022年8月号より
定例会見で見えた独自の話法
「政治家は言葉が命」とよく言われる。間もなく2期目を終える内堀雅雄氏はどんな政治家なのだろう。約8年の記者会見をふりかえり、「内堀話法」なるものを考えてみた。10月の知事選を前に、その人物像に迫る3回シリーズの第1弾。
記者会見は政治家の資質をチェックするための大事な場だ。プラスのこともマイナスのこともいろいろ聞かれる。それへの回答の積み重ねが政治家としての人物像を作り上げる。福島県庁のウェブサイトによれば、2014年11月の知事就任以来、内堀氏は合計337回の記者会見を開いてきた(7月11日現在)。サンプル数としては十分なはずだ。これを読んで内堀氏がどんな政治家なのかを考えよう。東大教授の安冨歩氏は、政府高官や東電経営陣、御用学者らいわゆる「東大出」のエリートたちによる原発事故をめぐる無責任な発言を「東大話法」と批判した。法政大の上西充子教授は、国会審議で野党の質問に正面から答えない政府答弁を「ご飯論法」と指摘した。筆者もそれらを真似して「内堀話法」をあぶり出してみたい。
内堀話法①常に「国にお任せ」の姿勢
内堀氏の知事就任以来、県政最大の課題の一つは「汚染水」(トリチウム水、ALPS処理水)をどうするかだ。自らの考えを練り、それを表明する機会はたくさんあったはずだが、内堀氏は常に「国にお任せ」という態度だった。
【2018年11月12日】
記者「今課題になっているトリチウム処理水に関して、2期目でどのような方向性を示すよう求めるのかをお伺いします」
知事「様々な意見が県民の皆さん、あるいは全国的にもあります。直接関わってくる漁業者の皆さん等の御意見もある。そういったものを踏まえて議論を深め、とにかく慎重に検討を進めることを、政府・東京電力に対して広域自治体である県としてしっかりと申し上げていきたいと考えております」
【2020年12月28日】
記者「政府の方針決定が越年することになりました。これに対する受け止めを教えてください」
知事「国において慎重に対応方針を検討しておられるところと受け止めております」
記者から何度聞かれても、内堀氏はその都度、判で押したように「国において慎重に検討を」という当たり障りのないことしか言わなかった。政府が明日方針を発表という段になっても、その「言葉」は変わらなかった。
【2021年4月12日】
記者「政府は、明日にも海洋放出方針を正式に決定する見通しになりました。福島では漁業者を中心に海洋放出に強く反対する声がまだまだあるのが現状です。このような中での方針決定について、知事としてどのように感じているかを伺います」
知事「国においては、こうした全漁連を始め、関係団体や自治体等の意見を真摯に受け止め、慎重に対応方針を検討していただきたいと考えております」
処分方法は国が決める。だから福島県は「情報発信」と「風評対策」を求めるにとどめ、「海洋放出は是か非か」という本質的な問題には口を出さない――。これを「ぶれない対応」と評価すべきだろうか? 筆者はそう考えない。確かに責任者は国と東電だ。しかし、県民に大きな影響を及ぼす問題なのだから、福島県はどうしてほしいのか自分たちでも考え、発表すべきだったろう。
海洋放出への賛否は県内市町村の中でも意見が分かれる。だからこそ県がリーダーシップをとって市町村のつなぎ役となり、地元としての方向性をまとめる必要があったのではないか。何でもかんでも国に歯向かえと言いたい訳ではない。「海洋放出が妥当」が県の結論ならそう言えばよかった。つまり、地元の重要問題は国に任せず、県が矢面に立つという気迫が欠けているように思うのだ。
内堀氏は事あるごとに「県としての意見は述べている」と言う。しかし、県が求める「情報発信」と「風評対策」は、国も「やる」と明言していることだ。それを言うだけではほとんど何も言ってないのに等しいと、筆者は感じる。
内堀話法②難題には通り一遍の回答
「本質的なところでは国にものを申さない」というのが内堀氏の政治的スタンスなのではないか。原発の是非をめぐる会見での言葉を確認すると、そう勘ぐりたくなる。
【2016年4月18日(熊本地震に関連して原発への考え方を問われて)】
知事「一つは、福島県で起きた甚大な原発事故、この反省と教訓を真剣に踏まえること。そしてもう一つは、住民の安全安心を最優先に対応する。この二つの視点に則って、国が責任をもってこの原発問題について真摯に臨むべきであると考えております」
【2020年11月17日(宮城県が女川原発2号機の再稼動に同意した際、福島県が明確な意見を述べなかったことについて)】
記者「福島県は県内全基廃炉という道筋としましたが、原発が県外にあることについて、何も言わないというのはどのような理屈でしょうか」
知事「福島県内の原発の全基廃炉(決定までに)は非常に長い時間がかかりました。佐藤雄平知事、また、私が知事になってからも、東京電力と政府に対し、毎年継続して訴えていく中で、結果として、全基廃炉の方向性が形となりました。(中略)原子力政策については、福島第一原発事故の教訓、現状を踏まえるべきであること、また、住民の安全・安心を最優先にするべきであること、さらには、二度と福島第一原発のような過酷な事故を起こしてはならないというメッセージを、私自身が国内外に発信しているところであります」
①事故の反省と教訓を踏まえる、②住民の安全・安心が最優先。当たり前だ。こう言っておけば誰にも差し障りないだろうという回答。汚染水の問題と同じで、何も言ってないのに等しい。県内の原発は「全基廃炉」を掲げているのに、なぜ全国の原発についてシンプルに「ダメだ」というメッセージを出さないのか。原子力政策を推進する国に歯向かえないからか。官僚としてはそれでいいかもしれないが(内堀氏は元総務官僚)、政治家としては信念が問われるところだ。
内堀話法③異論は「ご意見として」
御意見として承ります――。これは批判的な質問が飛んだ時に内堀氏がよく使う言葉だ。たとえば先ほどの女川原発の件。
【2020年11月17日】
記者「福島県庁で使われる電気も契約を変えなければ、もしかしたら女川(原発)で作られた電気が使われるかもしれない。そのことについてはどうお考えですか」
知事「御意見として承ります」
3年前、台風19号による犠牲者の氏名を県が非公表にした時もこの言葉を使った。
【2019年10月21日】
記者「有識者の方にこのことを聞くと、災害時は公共の利益が前面に出て、プライバシー権は一定程度後退するという考え方があると伺っております。知事は災害時のプライバシー権と公共の利益とのバランスについてどのようにお考えですか」
知事「繰り返しになりますが、今回の県としての対応は、これまでの災害対策本部における対応を踏まえて対応させていただいております。今いただいた部分については御意見として受け止めさせていただきます」
2年前の秋に記者の一人が熱心に質問したのが、双葉町の「伝承館」をめぐる問題だった。同館の資料選定検討委員会の議事録が非公開になっていることを追及した。
【2020年9月7日】
知事「伝承館の検討委員会については、委員の皆さんと御相談の上、丁寧に対応を進めてきたところです」
記者「委員の皆さんに取材した際は、公開しても差し支えないと言っているので、(非公開は)県の判断で決めていると思いますが、その理由を教えてください」
知事「検討委員会の詳細なプロセスについては、担当部局にお尋ねいただきたい」
記者「重要な問題であり、担当部局に聞いても埒があかないので知事に伺っている。なぜ今に至るまで、公共性の高い情報を公開できないのか不思議だが、そこは改善していただきたいと改めてお願いしたい」
知事「御意見として承ります」
丁寧だがクレーム対応みたい、と思ってしまうのは筆者だけだろうか? 内堀氏は概して会見の場で記者と議論しない。あらかじめ用意した文言をくり返し口にするだけで、記者からさらに問われた時、記者の指摘に反論したり、かみ砕いて自らの考えを解説したりはしない。これでは議論はいっこうに深まらない。報道を介して県民、国民と議論する気はないのだろうか。
内堀話法④「遺憾」は使い分ける
遺憾とは、思い通りにいかず心残りなこと。残念。気の毒。公的な場で釈明や不満の意を表すときにも用いる(広辞苑)。政治家の常套句だが、内堀氏もこれまでの記者会見で34回この言葉を使っている。調べてみると、最多は県職員の不祥事。次に補助金などの不正受給が発覚したケース。原発関連では東電に5回この言葉を発した。炉心溶融の公表遅れやサブドレン(地下水)の水位が低下した時などに、「誠に遺憾であります」などと言った。一方で、霞が関や永田町に対しては、少なくとも記者会見でこの言葉を使ったことがない。もっと怒ったほうがよさそうな場面でも、割とマイルドに表現する傾向がある。
【2018年3月27日(森友学園の文書を財務省が改竄していた問題)】
「なぜこの問題が生じたのかについて、財務省が調査をして公表すると言っていますので、その状況を注視してまいります。その上で、こういった公文書の書き換えはあってはならないことと考えています。福島県として引き続き、決裁文書も含めて公文書の適正な管理にしっかりと取り組んでまいります」
【2017年3月13日(安倍首相が3・11政府追悼式で「原発事故」という言葉を使わなかったことについて)】
「東日本大震災追悼式の式辞において、毎年使われてきた『原発事故』という言葉が使われなかったことに、県民感覚として違和感を覚えました。(中略)一方で、安倍総理、政府は、平成29年度の国の予算、福島復興再生特別措置法改正案、イノベーション・コースト構想の具体化などにおいて、福島県や地元自治体の要請を真摯に受け止め、しっかりと対応していただいております」
「あってはならない」「違和感」と言いつつも、全体としては政権をかばっている印象を残す。対照的に、元首相に対して明確に遺憾の意を示したことがある。
【2022年2月3日(小泉純一郎氏ら元首相5人が欧州委員会に宛てた書簡で「原発事故で多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」と書いた点について)】
「初めて私自身がこの書簡を読んだ時の思いでありますが、特に、元首相を経験された5名の方々の欧州委員会の委員長に宛てた書簡の中に、こうした表現が含まれていたことは遺憾であります」
内堀話法⑤はっきりと答えない
要するに、内堀氏は国そのものや権勢を誇る大物政治家には強く出られないのではないかと筆者は心配している(ただし、2017年に今村雅弘復興大臣が「震災が東北でよかった」と発言した際は、記者会見ではないが、「極めて遺憾」と指摘する知事コメントを発表した)。大物政治家と言えば、首相経験者で当時も財務大臣だった麻生太郎氏が、汚染水を「飲んでも大丈夫」と発言したことがあった。
【2021年4月19日】
記者「こういった発言について知事はどのようにお考えですか」
知事「まず、今話があったことについては、私自身、直接コメントする立場には無いと思います。ただ一方で、政府に対し、トリチウム水が本来どういうものかということを、正確に情報発信してほしいということをお願いしています。また、御承知のとおり、福島県内でも不安、懸念があります。全国にも当然ありますし、世界においても国、地域によって様々な受け止め方があります。そういう中で、どういった情報発信の在り方が、より正確に相手の心に響くのかということが問われていると思います」
なぜ政界の大物の言動について「コメントする立場にない」のか。筆者には理由が分からない。後段を読むと麻生氏を批判しているようでもあるが、歯切れが悪すぎる。ちなみにこのやりとりには続きがあった。
記者「ちなみに、知事御自身は飲めると思いますか」
知事「今、丁寧に説明をさせていただいたところです」
内堀氏の回答は前述の通りで、「飲めるか」という問いに対して自身の考え方を伝えたとは言い難い。それほどいい質問とも思えないが、もっと違う答え方があったはずだ。「先ほどお答えしました」。この言葉は、都合の悪いことを聞かれた時にはっきりと答えず、ごまかすための言葉だと筆者は解している。
【2019年12月23日】
記者「安倍首相は2013年9月に『原発はアンダーコントロールされている』という言葉を使ってオリンピックを誘致しました。福島県知事として今、原発はアンダーコントロールされていると思いますか」
知事「私自身が毎年のように原発へ伺い、一年一年で進展した部分も見ておりますし、一方で、御承知のとおり、燃料デブリの対応や汚染水対策など、まだまだ解決していない、あるいは今後の展望が明確でない部分が残っていると思います。したがって、国、東京電力においては、福島第一原発、また、福島第二原発の廃炉も今後控えておりますが、福島の復興・創生の実現のためにも、安全かつ着実に作業を進めていただくよう、県として強く訴えてまいります」
記者「アンダーコントロールと思うかどうかについて聞いたのですが」
知事「ただ今申し上げたとおりであります」
前の回答を読んでも「アンダーコントロールと思うか」という問いへのストレートな回答はない。まるで「みなまで言わせるな」と家臣に忖度を促す殿様のようだ。
意外と饒舌なのは……
以上、内堀氏は総じて権力には逆らわず、ややこしい問題には型通りのことしか答えない。ただひたすらの安全運転だ。記者会見を調べた筆者の率直な感想である。だが、話題によっては「意外と語るなあ」と感じることもあった。「スポーツ」と「人物」だ。
【2019年1月15日(尚志高校サッカー部が全国大会で勝ち進んだ件)】
知事「尚志高校が全国3位というすばらしい結果を残したことには三つの理由があると思います。一つ目は監督、選手の頑張りです。フォワード陣は、染野選手を始め各選手が確実に得点を重ねられました。特に、準決勝においては、堅い守りの青森山田を相手に……」
【2015年3月23日(箭内道彦氏の県クリエイティブディレクター就任について)】
知事「私自身が、箭内さんと県あるいは知事と言い換えてもいいと思うのですが、情報発信の一番の違いは『言葉の使い方』が違うと思います。(中略)非常に平易で当たり前の言葉を使われるのですが、スッと相手に溶け込んでいく。そこの伝わり方・伝え方というのが非常に違うなと思います。私と箭内さんは同い年ですが……」
原発の問題もこれくらい滑らかに語ってほしいと思うのは筆者だけだろうか。
まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。公式サイト「ウネリウネラ」(https://uneriunera.com/)。
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