MMTを考える6 ー高橋是清の財政政策はMMT的だったー
高橋是清は高橋財政で有名であるが、これを見ていくとどうもMMT的な政策であることが分かる。
日本銀行金融研究所というサイトがある。
このサイトで「いわゆる高橋財政について」で検索すると島謹三という方の論文を見ることができるが、高橋財政に顛末を見ることができる。
長文かつ当時の時代背景があまり知られていないこともありハードルが高い文章ではあるが、高橋財政はおおむね以下の三つの要素で成り立っているようだ
1、積極財政
2、低金利政策
3、国債の日銀直接引き受け(財政の赤字ファイナンス)
1と2はまさに安倍政権以降の自民党が行っている財政政策そのものである。
3についてだが、現在の日本ではこれを禁じており、迂回ルートで日銀は国債を買い上げている。
MMT的な考え、すなわち国家財政収支よりも物価を基準に国債発行額を決定し、許容範囲まで国債発行を行うのであれば国債の中央銀行直接引き受けのほうがずっと効率は良いことになる。市中消化は計画どおりに行かない可能性もあり、それを見てから迂回ルートで引き受けるのでは通貨流通量をうまくコントロールできないからだ。
つまりMMT理論の下で国債発行による貨幣流通量の管理を行うのであれば、中央銀行の直接引き受けは普通の政策と思われ、その点、高橋財政はMMT的であったと言えると思う。
(もっとも、私はMMT理論的には、貨幣供給に国債発行という形をとる必要はないと解釈している)。
高橋財政は急激な財政赤字を伴いながらも景気の回復を実現した。また物価の上昇も招き、後半にはその進展が警戒されるようになってきた。もちろん当時でも予想された結果である。
MMTの考え方ではこの場合、国債発行額(貨幣供給量)の縮小と増税を行うことになる。恐らく高橋是清もそれをするつもりだっただろうが、2.26事件により命を失うことになる。
緊縮財政に転換することにより、軍部の予算が削減される恐れがあるため彼は命を失ったのである。高橋財政の一番のデメリットは軍事費の増大と軍部の増長であり、たしかに景気は回復したかもしれないが、最終的には国を滅ぼしてしまったのである。
その反省から、先に書いたように現在では国債の日銀直接引き受けは禁止になっている。すなわち日本はMMTの完全導入には歴史的背景によってむしろほかの国よりも高いハードルがあると言えるのではないだろうか。