5月28日公開。クイーン・オブ・ソウルの歌声再び!アレサの歴史的ライブ・レコーディングを捉えた貴重映像『アメイジング・グレイス』
ブラック・ミュージック評論の第一人者、音楽評論家の藤田正さんに聞く、新しいマガジンをはじめます。話題の音楽と映画を取り上げて、カルチャーの側面からアメリカをひもといていく「歌と映像で読み解く アメリカ」。
第1回目は、待望の日本公開が5月に決まった、クイーン・オブ・ソウル、アレサ・フランクリンの『アメイジング・グレイス』を取り上げます!
女王 アレサ、「魂」の熱唱がついにスクリーンに
――アレサ・フランクリンのゴスペル・ドキュメント『アメイジング・グレイス』が2021年5月28日公開と決まりました。これって、1972年に撮影されたものなんですね。映画は、2018年にアレサが亡くなって、アメリカでは翌年に公開されたものの日本にはやってこず、今か今かと、私はずーっと待っていた映画ですよ。
藤田 同名のアルバムは、かつて大ヒットになってるしアレサの重要作の一つです。
――藤田さん、すでに作品をご覧になられて、むちゃくちゃ興奮されていましたが。
藤田 日本の発給元のGAGAと、広報のポイント・セット社のおかげで公開前に観ることができました。ずっと泣きっぱなし。映画中盤の「アメイジング・グレイス」あたりで、感動し過ぎて胸が痛くなるほどです。先のアルバム制作のために、テレビカメラも入れて、教会でライヴ録音をやったわけだけど、機材トラブルなども含めたその一部始終が映画になっている。一見ざっくばらんなようでいて、カメラ&編集はちゃんとツボを押さえている。もちろんアレサを筆頭とするシンガー&プレイヤーたちは「凄い」をはるか通り越している。とんでもない映画ですよ。
映画『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』公式トレーラー
――音と映像の同期の問題でドキュメント・フィルムとしては長くお蔵入りになっていたみたいですね。
藤田 切れっ端の動画はこれまで観たことはあるけど、全体の印象はまるで違う。アレサにとっても、音楽ドキュメント映画としても、大変に重要な遺産です。同時期でいえば、サルサのファニア・レコードが作った『アワ・ラテン・シング』などと並ぶ傑作ですね。
――バックアップ・ミュージシャンや会場でライブに参加した人たちも有名人がいますね。
藤田 まずはジェイムズ・クリーヴランド牧師ね。彼は素晴らしいシンガーでもあります(ピアノも)。このクリーヴランド師が、ばりばりに緊張しているアレサ・フランクリンを支えている。演奏者は、バーナード・パーディ(ドラムス)、コーネル・デュプリー(ギター)、チャック・レイニー(ベース)ほかのスゴ腕。後方にはサザン・カリフォルニア・コミュニティ・クワイアの合唱団が。会場には、大先輩のクララ・ウォードに、ミック・ジャガーやビル・ワイマンのザ・ローリング・ストーンズの顔も見えました。何より、黒人コミュニティにおける大指導者、C・L・フランクリン牧師がやってきた。
――アレサのお父さんですよね。
藤田 そうです。ライブ録音二日目の最前列に座っていたけど、我慢できなくて会場に飛んできたという檀上での挨拶は、本当だろうね。大変な説教師だった彼の声がうわずっているんだもの。それだけアレサが「支配」する会場のエネルギーが凄まじかったということです。
――観客には、完全に「向こう側」へ行ってしまった人もいました。
藤田 ゴスペル教会ならではのトランス状態。神との一体化した姿です。ただこの映像はレコーディング風景を撮影したドキュメントだから、まだ大人しい(笑)。ぼくもニューヨークや沖縄で黒人教会の礼拝に参加したことがあるけど、そのエネルギーの爆発たるやとんでもない。アレサを筆頭とする、言ってみれば世界一のゴスペル・チームが場を仕切ってしまえば、会場の人たちの心は「破裂」寸前でしょ。それを必死にこらえているのがまた、この映像の感動的な部分なんです。だって、かのジェイムズ・クリーヴランド師がアレサの歌にさめざめと泣いているんだよ。会場である教会に集まった人たちの大半には、アレサに導かれるようにして「神」を見ていたんだと思う。
――ならば、黒人の人々にとって、ゴスペルとはどのようなものなのでしょう?
藤田 救済でしょ。図式化して言えば、キリスト教なんて白人が黒人奴隷に押し付けたシロモノでしかない。でもブラックの人たちは、この押し付けの教義を長い歳月をかけて、自己そのものとした。歌い、踊り、叫び、感じる。そのすべてを独自に機能させているのが黒人教会であり、ゴスペルという文化です。だから、映画にみるように、黒人たちはゴスペルを支えに驚くほどに堂々としている。みんな一緒じゃないか。この苦難を乗り越えよう。ゴスペルがめんめんと伝えてきたメッセージは、それだけだ、と言い切ってもいい。でもね、それが、ドナルド・トランプを支持するしかないような惨めで、有色人を差別するしか生きがいがない(一部の)白人にとっては、不快極まりないわけです。ぼくの解釈からすれば、白人による押し付けのジーザス・クライストすら、黒人はブラック・ジーザスへ昇華させている。これは勝利ですよ。その最高の姿が、この映画に記録されています。
――7曲目に「ユー・ガッタ・フレンド(君の友だち)」が出てきました。これってゴスペルなんですか?
藤田 キャロル・キングの名作だよね。キャロル・キングやジェイムズ・テイラーが歌えば、穏やかで素敵な友情の歌になるけど、アレサはこれに深い精神性を発見しうたっている。あるいはうたうことができる。「あなたには神様という友がいる」という解釈です。それを万人に、体が震えるほどの感動と共に伝えることができるシンガーは、アレサ・フランクリンのような人しかいないんです。
讃美歌「アメイジング・グレイス」の真実とは
――さて、映画のタイトルでもある、「アメイジング・グレイス」について聞かなくては。これは、アレサも大事にしていた歌なんでしょうね。
藤田 「アメイジング・グレイス」は、えらく古い時代に、イギリスから北米に入ってきた、いわくつきの歌です。最初の歌詞は、ジョン・ニュートンという元奴隷商人が「神の覚醒」を得たのちに作りました。これが流れ流れて、奴隷の末裔であるアメリカ黒人の重要な歌になったわけです。
アレサ・フランクリン「アメイジング・グレイス」
――バラク・オバマ元大統領は、2015年、チャールストンで起こった銃乱射事件の葬儀の場で、「アメイジング・グレイス」をうたっています。
藤田 そうです。「私ごとき愚か者を救ってくださった」という歌詞が、アメリカ黒人にとっては二重、三重の深い意味がありますね。ぼくは『メッセージ・ソング 「イマジン」から「君が代」まで』(解放出版社、2000年)で、日本で初めてこの歌の流転を書きました。映画の中でアレサ・フランクリンが、ほぼ即興的にうたいあげる「アメイジング・グレイス」に会場の多くの人たちが泣いているのは、宗教的な歌という以上に、黒人の全歴史をアレサ・フランクリンという希代のシンガーが蘇らせているからだろうと、ぼくは思います。
◆アルバム『アメイジング・グレイス』プレイリスト
アレサの葬儀の際にも「アメイジング・グレイス」が捧げられた
2018年のアレサ逝去の際のセレモニーで、「アメイジング・グレイス」がジェニファー・ハドソンによって捧げられた。ジェニファーはアレサの伝記映画『Respect』に主演。こちらも楽しみ(日本公開は未定)。
※トップ画像はAmazing Grace | 10 Minute Preview | Film Clip | Own it now on DVD & Digital(YouTube)をスクリーンショットしました。