1969年。50年間、語られなかった音楽フェスがハーレムであった。映画『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命が放映されなかった時)』
1969年は、音楽がアツイ夏だった。そう、多くの人が知る「ウッドストック(Woodstock Music and Art Festival)」がアメリカで開催された年だ。そして――同じ夏、もうひとつの大規模音楽フェスがあった。この、ニューヨーク・ハーレム、黒人街の真っただ中で行われたフェスティバルの映像をまとめたのが映画『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命が放映されなかった時)』だ(2021年8月27日公開)。見どころをブラック・ミュージックをこよなく愛する、音楽評論家・藤田正さんに詳しく解説してもらいます!
――今年は、海外の優れた音楽ドキュメンタリーがこれでもか!というぐらいに日本で公開されてますが、満を持しての『サマー・オブ・ソウル』。藤田さん、これはとんでもないフィルムが出てきましたね!
藤田 と~んでもない名作です。配給するウォルト・ディズニー・ジャパンのおかげで、かなり早くに観せてもらったけど、興奮するシーンばかりだから、試写室の暗闇でメモを取るのもマジに大変だった(笑)。
――藤田さんは、ハーレムでの音楽フェスの存在についてはご存知だったんですか?
藤田 不勉強ながら知りませんでした。1969年は、洋楽ファンなら誰でも知っている「ウッドストック」が開催された年です。でもこの「ウッドストック」ですら、多くの若者がぶったまげたのは、翌年に日本でも公開された映画『ウッドストック/愛と平和と音楽の3日間』を劇場で観たからです。69 年の8月にフェスティバルが開かれて、映画のアメリカ公開が70年3月。日本公開が7月だから、ものすごく早い流れです。日本語字幕制作のことを考えると、驚異的なスケジュールで劇場にかかったわけ。「ロック・ミュージック」がいかに世界的なトレンドになっていたか、です。もちろんぼくもその渦の中で、ロックの虜になった一人でした。
――へー、ロック・ファンだったんですか?
藤田 1970年頃の日本で、黒人音楽を意識して聞いていた人って、ぼくよりも上の世代のジャズ・ファンや、基地の町に育った人たちとかを別にすれば、遊び人系じゃない?(笑) 映画『ウッドストック』での華々しいステージで一気に世界的になったスライ&ザ・ファミリー・ストーンにしても、ぼくは「ロックのバンド」だと思ってた。
――スライは『サマー・オブ・ソウル』にも出てきます。
藤田 「ハイヤー(I Want to Take You Higher)」とかやってます。ぼくは『サマー・オブ・ソウル』を観て初めて、この69年の大ヒット曲が、黒人解放の歌でもあることを知りました。英語で「もっと高く!」って、あの時代だったらマリワナやドラッグ、ヒッピー文化を濃厚にイメージさせるわけだけど、もう一つ、黒人にとっての意味があった。元気あふれるスライらの姿を観ながら「オレってなんて鈍い奴だ!」と情けなかった。
――映画に出てくるアーティストって、ほぼ全員がトップ・スターですよね。
藤田 そうです。そのラインナップだけで感動だけど、映画にピックアップされた曲目、そしてそこに挿入される当時の映像は、すべて意味があり関係づけているのが、『サマー・オブ・ソウル』の素晴らしいところです。さらに、映画『ウッドストック』を観たことがある人なら、この作品が「ウッドストック」の「返歌」になっていることに気づくはず。監督・製作総指揮はザ・ルーツのクエストラブ。クエストラブたちに50年もの間、死蔵されていた原フィルムが渡ったことで、黒人文化史に新たなページが挟み込まれたと言えますね。
多様なジャンル、アフリカ系音楽家がハーレムに集結
藤田 で、この『サマー・オブ・ソウル』の原点ともなったイベントだけど、ニューヨークで「ハーレム文化フェス(Harlem Cultural Festival)」という催しがありました。1969年、黒人文化の中心地、ハーレムの公園(現在のマーカス・ガーヴェイ・パーク)で開かれた無料イベントです。「ウッドストック」が同年8月半ばだったけど、こちらは6月29日から8月24日までの毎日曜日、計6回に分けた催し物で、宗教音楽(ゴスペル)から、スティーヴィ・ワンダー、B・B・キング、ニーナ・シモーン、デイヴィッド・ラフィン(元ザ・テンプテイションズ)、グラディス・ナイト&ザ・ピップス……ニューヨーク・ラテンからはレイ・バレット、モンゴ・サンタマリーア、南アのヒュー・マセケラなどのラインナップです。ジャズではマックス・ローチ&アビー・リンカーン。
B・B・キング
――ゴスペルの女王、マヘリア・ジャクソンを忘れてるじゃないですか!
藤田 アリーサ・フランクリンよりもさらに格上の大マヘリア様! その晩年の御姿がドアップで映ります。涙ぼろぼろよ。あと、ゴスペルではザ・ステイプル・シンガーズにエドウィン・ホウキンズ・シンガーズも。心臓、ばくばく。
マヘリア・ジャクソン(右)&メイヴィス・ステイプルズ
――ブラック・ミュージックといっても、さまざまなバリエーションがあることがよくわかります。
藤田 黒人音楽の祭典であることは間違いないけど、むしろ、ニューヨークのハーレムに結集した多様なアフリカ系音楽家、各ジャンルの筆頭たちのフェスティバルだったわけです。映画は1日で行われたように見せてくれるのが憎たらしい(笑)。延べ30万人ほど集まったという観客も、「ウッドストック」が白人の若者が大半のフェスティバルだったのと対照的に、こちらはまさに老若男女の黒人でびっしり。みんな舞台に合わせて歌って踊って、本当に幸せそう……これがまた感動的なのです。
――男性シンガーなら、スーツを着てうたうのがまだまだ全盛の時代に、スライ&ザ・ファミリー・ストーンだけがまったく違いますね。
藤田 特異性が際立っている。ヒッピー風であり、チンピラ的であり、アフリカ的でもある。男女&人種混合バンドだし、グレッグ・エリコのドラムの位置を見るだけでも、「ありえない!」。ま、これまでの黒人芸能人の在り方を根底から否定するバンドがついに登場、ってことでしょ。映画に映る天才スティーヴィも、大変貌を遂げる直前だもんね。黒人音楽が70年代にさしかかるちょうどこの頃、変革期を迎えていたわけです。『サマー・オブ・ソウル』は、そういった部分もちゃんと理解しながら編集している。クエストラブはすでに現代黒人社会の名士の一人だけど、これから映画界でも面白いことをやってくれそうです。
クエストラブからのメッセージ
――1960年代は黒人解放闘争の時代でもありました。さらに「黒人たちが自分たちの美しさに気付き、表現しはじめた」と藤田さんが書籍『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』でも書かれたことが見事に対応し、描かれていますね。
藤田 ぼくが書いたことを、半世紀も忘れ去られていた映像を正式に編集することによって証明してくれた映画、とも言えるね。個人的にも嬉しいです。あの時代、多様性を極めてきた黒人文化のありようを、「ブラック」という新語の登場、政治、解放運動、コミュニティの苦悩、新しい美の発見、宇宙への視座……といった要素をキチンと織り交ぜながら、名曲を一つ一つ丁寧に紹介してくれるのもこの映画です……で、まだ言い足りないことがたくさんあるんだけど!
――ネタバレはいけません。また別の機会に。
藤田 はい。最後に、映画には実際にフェスティバルに参加した人たちの今の姿と言葉も紹介されます。その中に、ムサ・ジャクソンという年長の男性がナイスな役回りをするんだけど、この人は「ハーレム大使 Ambassador of Harlem」という肩書で知られる、世界的なファッション・モデルだった人です。あれこの人は?と思うと、次々から次へとクエストラブの術中にはまってしまうんだよね、この映画は。
ニーナ・シモンがうたうのは、1969年を代表する名曲!
『サマー・オブ・ソウル (あるいは、革命が放映されなかった時)』
8月27日(金)TOHOシネマズ日比谷、渋谷シネクイント他全国ロードショー
2021年/アメリカ/118分
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン