女王だって、もがき、苦しみ、手に入れた。アリーサ・フランクリン自伝映画『リスペクト』
2021年11月5日、ソウルの女王、アリーサ・フランクリン(1942-2018)の自伝映画『リスペクト』がTOHOシネマズ日比谷他全国の劇場で公開されます。この私のnoteでも何度も取り上げてきたアリーサ。果たしてどのように描かれたのか? 音楽評論家、藤田正さんと早速、試写会で鑑賞してきました。映画をより深く味わうための情報をお届けします!
※トップ画像 © 2020 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved
――昨年からずーっと待ちわびていた映画『リスペクト』がようやく日本公開となります。
藤田 ジェニファー!
――またまた、そんなに興奮しないで! アリーサ・フランクリンの名曲のアレコレや伝説のエピソードが主演のジェニファー・ハドソンによって再現されるので、興奮するな、と止めるのも野暮ですが。
藤田 そうだよ、ジェニファーのボーカルと演技、本当に素晴らしかった!
――さすが、アリーサ直々ご指名の役でした! ともあれ、「ローリングストーン誌が選ぶ史上最も偉大なシンガー100人」の第1位に選ばれたソウル・クイーン、アリーサ。つい最近も、同誌の2021年版「歴代最高の500曲」に代表曲「リスペクト」がベスト1に選出されました。映画はもちろんこの曲のタイトルを引用したもの。彼女は60年もの長きにわたって活躍したアーティストです。
藤田 映画はおよそ2時間30分あります。それでも彼女の人生全体を描き切るには足りません。だから、物語は1960年代~70年代に焦点を当てて進められる。アメリカは公民権運動の時代。黒人の人たちは人種差別の解消と、人間としての自由と権利を求めて闘っていました。
――女性であるアリーサには、もうひとつ闘う相手がいた。
藤田 そう、男です。
――男たちです! それも最も身近な父親と夫が彼女に立ちはだかる相手。名だたる男性アーティストを抑えてトップに君臨する女王が、若いころ、男たちの支配に苦しめられていたなんて、けっこう衝撃です。
藤田 アメリカの黒人女性アーティストの多くが人種差別に加え、同じ黒人男性からのDVに悩まされていたからね。ビリー・ホリデイ、ニーナ・シモン、ティナ・ターナー……挙げればキリがない。
――でも、彼らがいたからこそ、「リスペクト」の歴史的な歌唱を生み出せたともいえるから、ちょっと複雑ではあります……。
藤田 父は「100万ドルの声」をもつと言われた有名な説教師で、バプティスト教会の牧師、C.L. フランクリン。黒人コミュニティの筆頭に並ぶ名士です。そして、デビュー後しばらくしてから最初の夫となり、アリーサのマネジャーにもなるテッド・ホワイト。テッドはまあ、音楽ビジネスを手掛けてはいたけど、父親にしてみればマチのチンピラみたいなものだから、嫌われてたね。フランクリン師の黒人史上の位置づけについては、ぼくの『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』(シンコーミュージック・エンタテイメント刊)を読んでください。
さてーーフランクリン師の自宅にはソウル・シンガーのサム・クックや、劇中メアリー・J・ブライジが演じるダイナ・ワシントンほか黒人著名人がパーティーにやってきていた。しっかし、自宅でのパーティーの存在は知っていたけど、ゲスト同士のラブ・アフェア、男性同士の関係さえも示唆的に描かれている。近年は聖職者の実生活が暴かれて大問題になっているけど、これもその一部。もっと知りたい方には、デイヴィッド・リッツが書いた『アレサ・フランクリン リスペクト』(同上)があります。
――ほんと、時代は性の解放に進むとはいえ……フランクリン師はマーティン・ルーサー・キング牧師とも親しく、公民権獲得のために闘う彼らの活動も支援していた人物。そんな人の家ですからねぇ。
藤田 アリーサはブラック・コミュニティの有名人に囲まれ育ったお嬢さんということが分かります。歌の才能は教会で培い、早くから「天才」と呼ばれました。聖から俗への転向に積極的だった父親の後押しもあり、ショー・ビジネスの世界を目指します。
――けれど、お父さんは「俺はエライ。だまって俺に従え!」という父権制の権化のような人物。レコード会社との契約もどんどん進めていきます。ニューヨーク、業界最大手のコロンビア・レコードは親心から選んだものと思いますが。
藤田 ただコロンビアから発表したアルバムはどれも大ヒットには至らなかった。だからといって、出来が悪かったわけじゃないですよ。例えば、ジャズの巨人、チャーリー・パーカーに『CHARLIE PARKER with Strings』(1949-50)ってアルバムがあるけど、これだって、ジャズという狭い枠でしか捉えない評論家には不評だった。けれど、実際は違うからね。同じように、コロンビアの作品群でのアリーサの歌唱は素晴らしいし、バックを支えるミュージシャンたちの演奏も申し分がない。ただ、彼女を際立たせる「何か」がそこにはまだなかったんだよね。
コロンビアでのレコーディングのひとつ
Aretha Franklin - Won't Be Long (Official Audio)
――そして、歴史が変わる瞬間がおとずれる。
藤田 コロンビアを離れ移籍したアトランティック・レコードで、彼女の「魂=ソウル」が解放されたんだ。ニューヨークから深南部、アラバマ州マッスル・ショールズのスタジオへ向かったアリーサとテッドを出迎えたのは、白人のスタジオ・ミュージシャン。黒人歌手の最高峰になるはずのアリーサのバックに片田舎の白人を付けたもんだから、テッドは気に入らないワケだけど、この奇跡の出会いが50年以上の時を経ても歌い継がれる名曲の誕生につながったんです。
「ソウルの女王」誕生前夜、アトランティックへの移籍後のレコーディング・シーン © 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.
――アリーサとミュージシャンたちは人種なんて関係なく、音とグルーヴで分かり合えた。
藤田 現場のアラバマ州は、アリーサが暮らしていたミシガン州デトロイトや最初に活動の場としたニューヨークなど北部とは異なるディープ・サウス。「男女七歳にして席を同じゅうせず」どころでなく、「黒人は白人様と同じ学校に通うな!」に代表される人種隔離政策がとられた、アメリカで最も差別が激しかった場所です。そこで音楽の「革命」が起こったことがスバらしい!!
――男女のイザコザをテーマとするラブ・ソングも、アリーサの歌唱でまるで世界が変わってしまうと藤田さんは常々おっしゃってますね。
藤田 そう、字幕ではそうしたキビを丁寧に訳出してくれてる。彼女のもがきや苦しみを知ったうえで劇中歌を聴くと、曲の世界がそれまでと違って聴こえてくるんじゃないかな。
――ところで、藤田さんはアリーサの曲では、どれが一番好きなんですか?
藤田 「ロック・ステディ(Rock Steady)」。映画には登場しないけど。ファンク(Funk)の金字塔のひとつだと思う。これはアルバム『Young, Gifted and Black』(1972)に収録されてます。
――「Rock Steady」って、あのロックという意味ですよね。
藤田 まあ、そういうアレです。
Aretha Franklin - Rock Steady (Official Lyric Video)
新しい黒人女性像をつくったアリーサとアンジェラ
――同じ時代を生きる女性として、立場は違えどもアリーサが認めていたのが、当時の映像がちらっと登場するアンジェラ・デイヴィスです。彼女は現在も活動を続ける黒人解放運動家です。
藤田 もはや生ける伝説である、アンジェラ・デイヴィス(1944-)はマルクス主義者で、革命家。現在はカルフォルニア大学サンタクルーズ校の名誉教授でもあります。同性愛者であることも公言してる。2020年に再び高まったブラック・ライヴズ・マター運動のなかで活発に議論された「Defund The Police(警察予算を削減しろ)」を早くから唱えていた人物としても知られます。彼女の著作『監獄ビジネス――グローバリズムと産獄複合体』をもとにつくられた映画がエイヴァ・デュヴァネイ監督の『13th 憲法修正第13条』です。
――トレード・マークはアフロヘア。
藤田 そう、アンジェラは1960年代後半に沸き上がる「ブラック・イズ・ビューティフル」を体現する女性でした。頭はまん丸のアフロヘア。ダーシーキ(dashiki)と呼ばれる西アフリカ系のゆったりとしてカラフルな服や大きな円形のイヤリング……こんなファッションを広めたのも彼女です。このあたりのことも『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』にちゃんと書いています。
――10代の頃のアリーサが、「髪の毛を(コームで真っすぐに)伸ばしなさい」とおばあさんに叱られるシーンがさりげなくあります。黒人の誰もが白人のような姿に近づけよう、と懸命になった時代が大きく変わり始めるのがこの頃。
藤田 アリーサも「自分」を見つけたあとには、髪型がアフロに変わってる。いまではブレイズやコーンロウのような髪型もブラックの人たちの個性として認められているけど、それもアンジェラのような先駆者あってこそです。現代の日本ではアフリカ系の子どもたちに対して、彼女(彼)らの髪質に配慮がない理不尽な校則を適用する学校がある。あまりにバカげてるよ。
――父には、「アンジェラには関わるな」とずいぶん言われたようですけど、アリーサはずっとアンジェラのことを見守り、サポートをした。
藤田 共産主義者を自認する「アメリカの敵」だからね、アンジェラは。厳格なフランクリン師の思想とは真っ向から対立する。もっとも有名なのが、1970年から1972年の間に巻き起こった「フリー・アンジェラ」運動のときでしょう。裁判所の襲撃に関わった政治犯として逮捕されたアンジェラを解放せよ、という運動が起こったとき、アリーサはアンジェラ解放の身元保証人になり、保釈金の支払いも申し出たんです。
このとき、彼女たちは20代後半~30代。映画に登場する歌で、アリーサがカヴァーしてヒットさせた名曲「Young, Gifted and Black」(ニーナ・シモン作詞作曲)のように、若く、才能があって、ブラックで、しかも女性(+クィア)である。彼女たちが黒人女性の生きる手本をつくったからこそ、現代の若い人たちがイキイキと輝ける。
――最後に、アリーサのオフィシャルYouTubeサイトに「リスペクト」の興味深いビジュアライズ動画があったので貼っておきます。これこそが、彼女(たち)が伝えたかった世界観をダイレクトに伝える動画でしょうから!
Aretha Franklin - Respect (Official Lyric Video)
映画『リスペクト』
11月5日(金) よりTOHOシネマズ 日比谷他 全国ロードショー
© 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.
アリーサについてはこちらにも詳しく!