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シアスター・ゲイツと音楽と。(シカゴ・ブルーズ&ハモンドB‐3オルガンについて詳しく)

いまアメリカン・ブラックで最も影響力のある現代美術家、シアスター・ゲイツさんの日本初個展「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」が東京・六本木の森美術館で開催されています。ブラック・ミュージックのメッカのひとつであるシカゴ。そのど真ん中からやってきたシアスターさんの音楽的側面を、音楽評論家 藤田正さんとともに深堀ります!

ハモンド B-3 オルガン1台とレスリースピーカー7台で構成されるシアスター・ゲイツさんのインスタレーション《ヘブンリー・コード》 ※トップ画像と作品の写真は「シアスター・ゲイツ展 アフロ民藝」の報道内覧会にて撮影

ミシシッピ州からシカゴへ。同じルーツをもつブルーズマン

森 「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」が話題ですね。私も報道内覧会と翌日に連続して観たのですが、とっても素晴らしかったです! ブラック・アーティストによるこれほど大規模な展覧会はめったにありませんから、ブラック・カルチャーに接する絶好の機会です!

藤田 オー、マイ・ブラザー!

 展覧会については下の記事に詳しく書いたんで、そちらを読んでいただくことにして(ちなみにシアスターさんは民藝ではなく、民藝の哲学を実践しているのでお間違いなく!)、今回のnoteではシアスターさんと音楽の関係ついて語りたいと思うんです。


藤田 そうだね、彼はイリノイ州シカゴを拠点にしているアーティストだけど、そもそものルーツはミシシッピ州です。お父さんが1910~50年代にかけての、黒人の大移動(グレート・マイグレーション)の時期に南部ミシシッピ州から北部のマチへと移住した。この〈ミシシッピ~シカゴ〉は、ブルーズ(Blues)がドラマチックに変化していった中心的ルートの一つであり、例えばマディ・ウォーターズ(1913-1983)がその典型だろうね。ミシシッピの、いわゆる「デルタ・ブルーズ」が土台になって、戦後のシカゴやデトロイトで電気楽器を使ったサウンドに発展していったわけです。

 おお、マディ・ウォーターズ! 私はビヨンセが初めて製作総指揮・主演をした映画で知りました。シカゴ・ベースのレーベル、チェス・レコードをモチーフにした『キャデラック・レコード』に登場しますよね。初っ端に、農場で働くマディの曲を記録に残そうとやってきた白人によるフィールド・レコーディングのシーンが。彼のことはシアスターさんもグループ・インタビューのときに歌いながら、話してました。「ブルーズは・・・ダーティで、とってもいいよね」って。そういえば、藤田さんは実際に、マディ・ウォーターズに会ったことがあるんですよね?

藤田 日本に来日した時にインタビューしました。すっごく迫力あるオヤジさんだった。まさに親分。シアスターは1973年の生まれだから、彼が物心がついた頃は、歴史的な革新者の多くは物故者になっていたわけだけど、黒人文化の大動脈の中で育ってきたんだというプライドは彼にすごくあると思う。シアスターとマディの話をした時も、彼はすかさず「ぼくはミシシッピがルーツなんだぜ!」と返してきたくらいだから。

Muddy Waters - Hoochie Coochie Man

森 で、マディ・ウォーターズといったら、どの曲が筆頭にあげられるんでしょうか?

藤田 
もういっぱいありすぎて(笑)。ザ・ローリング・ストーンズの名前の由来である「ローリング・ストーン」なんかは、ロック・ファンは絶対に聴いておいたほうがいいでしょう。非定住者。文無し。アフリカに根っこがある呪術の信仰。恨みや妬み。男女の激しい裏切り行為。性的能力の、笑ってしまうほどの誇示、、、とかさ、学校の道徳教育なんて冗談じゃねぇよ、というのがブルーズマンの根幹にあるわけで、それが最高なんだ。「フーチー・クーチー・マン」が何を語っているかがわかったら、ひっくり返るよ(笑)。

Muddy Waters - Rolling Stone

黒人教会のカナメ、ハモンド B-3 オルガン

♪ I've been working on this field
   for a long time wailing on this field

Theaster Gates and The Black Monks

 上は、報道内覧会でシアスターさんとそのチーム「The Black Monks」のふたりが登場して、インスタレーション作品のひとつ、《ヘブンリーコード》をつかって披露した歌の一節です。ここにうたわれているのは、まさしく、ミシシッピ州の綿花のプランテーションで、照り付ける太陽の下「うめきながら(wailng)」汗水たらして働いた、黒人の人々のイメージですね。

藤田 前にも話したけど、僕はミシシッピのデルタ地方で、ほんの少しだけ綿花摘みの経験をしました。灼熱地獄の大平原で、朝から晩までこんな過酷な労働を黒人たちは強いられていたんだということが、ちょっとだけわかった。そうか、ブルーズがよくテーマにする「オレは旅に出る」という流浪のイメージの原点って、これか!と思ったね。シアスターたちの「このフィールド」も、同じようなイメージでしょ。ただし、典型的な綿花摘みや農園での強制労働というのはシアスターらよりもずっと以前に、一時代を終えているわけです。だから「このフィールド」という言葉も、さらに文学的に膨らんで、アメリカにおける黒人差別の土台、というイメージが強くなっていると捉えるべきだろうね。

 《ヘブンリー・コード》はシアスターさんが8人(おひとりは早くに亡くなられたので7人)のお姉さんに捧げる作品なんですが、作品を構成しているのが、ハモンド B-3 オルガンで、黒人教会では伝統的にパイプ・オルガンの代わりとして使われてきました。

森美術館での展覧会では毎週日曜日の午後にオルガン奏者による演奏があるようなので、ぜひともチェックしてもらいたいです!

Theaster Gates - ”A Heavenly Chord”
YouTube動画はNEW MUSEUMでの《ヘブンリー・コード》での演奏です。参考までに。

藤田 モダン・ジャズの名盤の一つに、ジミー・スミスの『Sermon!』があります。スミスは、ハモンド B-3 オルガンの演奏で知られた人でした。で、彼のようなプレイヤーが出てくる前までは、ハモンド社などのオルガンは、教会での集会に使われる、いわば「抹香臭い」楽器として、世俗的な黒人音楽では嫌われてきました。それが、スミスらの台頭により、オルガンを象徴的な楽器として世俗と聖なる世界とは結びついているんだという一つのメッセージとなりました。

Jimmy Smith - Sermon!

藤田 上記アルバムの題名は、もちろん意図的に付けられたもので、名器ハモンドB-3を通じて、このようにプレイすると教会の音もまったく新鮮に聴こえるだろ? というニュアンスなのです。ちなみに「ファンク(Funk)」という悪臭を指す言葉とイメージも、スミスらモダン・ジャズが花開いた時代に黒人の意識をポジティヴに覚醒させるために彼ら黒人は意味を「反転」させたわけです。おそらく黒人音楽にとってのオルガンは、米国黒人文化史においては意識変革の土台が同じであろうと思います。

 へぇ。そうなんですね!

藤田 シアスターさんのようなアーティストは、こういった歴史を理解しながら新しい「サーモン」を作ろうとしているのではないでしょうか。


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