メジャーリーグ、大谷翔平選手MVP獲得のいま、改めて観たい映画『42~世界を変えた男~』
2021年11月19日(日本時間)、アメリカのプロ野球リーグ、MLBのアメリカン・リーグMVP(最優秀選手)にエンゼルス、大谷翔平選手(27)が満票で選出されました。日本人のMVP受賞は、2001年に当時マリナーズ所属のイチローさん以来2人目。投打の二刀流という大活躍でコロナ禍で世の中が暗く沈む中、力強く、爽やかなニュースを届けてくれました。さて、そんな大谷選手の見事な受賞もこの人がいなければなかったかもしれません。その名は、ジャッキー・ロビンソン。彼を描いた映画『42~世界を変えた男~』(2013年)を音楽評論家の藤田正さんとともに見ていきましょう!
――大谷翔平選手、MVP獲得しました! やりました!
藤田 ピッチャーとして9勝、156奪三振、バッターとしてホームラン46本という常人では考えられない成績を残して、文句なしの満票での受賞。盗塁だって26も決めているんだから、まさに超人だよ! 素晴らしい。
――で、今回の映画は『42~世界を変えた男~』なんですが。
藤田 「42」という数字は、MLBの、あるレジェンドの背番号です。映画の予告編にもあるけど、この番号は全球団共通の永久欠番になっていて、年に1回、メジャーリーグの全選手が「42」を付けてプレーします。
――映画の原題はシンプルに「42」だけ。野球好きならその番号だけですべてがわかるという、むちゃくちゃ、特別な番号なんですね。
藤田 42を付けた男の名前は、ジャッキー・ロビンソン。黒人初のメジャーリーガーとなった人物です。1947年、彼がブルックリン・ドジャースに入団するまで、黒人の選手たちはメジャーリーグでプレーすることが許されていなかったんだ。
――MLBはそれまで白人だけの集団だった。
藤田 そう、当時、黒人たちはMLBとは別組織かつ、差別的な言葉を冠した「ニグロリーグ」でしかプレーができなかった。「ニグロ」っていってもアフリカ系の人たちばかりじゃないよ。アジア系やメキシコ系、先住民の血を引く人たち……つまり我々カラード(Colored)はすべて「ニグロリーグ」だからね。
――第二次世界大戦が終結後、1950年代ぐらいからアフリカ系の人たちの間で自由と人間としての当たりまえの権利を求める公民権運動がさかんになります。その先鞭をつけたといえるのが、ジャッキー・ロビンソンのMLB加入でした。アメリカの黒人史におけるとっても重要な出来事です。
藤田 黒人たちは住むところはもちろん、学校、病院、ホテルやレストラン、列車……あらゆる場所で白人とは隔てられ、差別されていた。当然、野球のようなスポーツや芸能の世界にも同じく差別があった。それを変えようとしたのが、ドジャースの当時の会長、ブランチ・リッキー氏(白人)であり、その彼が白羽の矢を立てたのがジャッキー・ロビンソンだったんだ。
――映画ではブランチ・リッキーをハリソン・フォードが、ジャッキー・ロビンソンをチャドウィック・ボーズマンが演じます。
藤田 昨年2020年に惜しまれながら亡くなった、チャドウィックの出世作だったんだよね、この映画は。しかもチャドウィックが天に召された日はブランチとロビンソンが1945年に初めて出会った8月28日だった。
しかも 例年は「ジャッキー・ロビンソン・デー」と定められた、ロビンソンがデビューした4月15日に全選手が背番号「42」を背負ってプレーするんだけど、2020年に限っては新型コロナで開幕が遅れて、8月28日に変更されていたんです。
――ほんと、宿命を感じます……。ともあれ、私はチャドウィック・ボーズマンは野球選手を演じるには、線が細いのでは?と思っていたんですけど、今回改めて本物のジャッキー・ロビンソン氏の画像を見たら、ボーズマンと瓜二つで。ビックリしました。
藤田 再現度が高いんだよ、この映画は。
――ただ、人種差別に関する表現は抑えているなー、と感じました。まぁ、さすがにメジャーなワーナー・ブラザーズの映画で直視できないほどのキビシイ表現はできないとは思いますが。
藤田 そうだね。白人が襲ってくるシーンも、あの程度の恫喝では済まなかったハズだからね。実際には命が狙われているわけだから……。家に火を付けたり、爆弾をしかけたり、奴らはなんでもやる。まさにブラック・ライヴズ・マターそのもの。
――ロビンソンが同じチームにいることで、ドジャースの白人チームメイトも同じように、(白人から)脅迫状を受け取ったり、ホテルの宿泊を拒否される。
藤田 差別というものの理不尽をチームメイトは身をもって知るわけだ。だいたい、アメリカの人種差別の理由は「肌の色が俺たち=白人とは違う」ってことだけだから。自分たちがこれまで取ってきた行動についても考えるようになる。
――ただ、1つ注意しておきたいのはMLBはジャッキー・ロビンソンら黒人の加入を認めたものの、「ニグロリーグ」で活躍した選手たちの記録を公式に認めたのはほんの1年前。去年の2020年12月16日でした。
藤田 そうだね。これもやはりブラック・ライヴズ・マター運動を受けてのことでしょう。人々の声が大きくなり無視できなくなったから、MLBは対応せざるをえなくなった。
――投打の二刀流の大谷選手は、よく野球の神様ベーブ・ルースと比較されるわけですが、ニグロリーグにはそれこそスゴイ二刀流の選手がゴロゴロいたそうですよ。ニグロリーグ野球博物館の館長さんは過去に、大谷選手の活躍で、二刀流の偉大な黒人選手たちにも日の目が当たると話していました。
藤田 大谷選手より先にMVPを獲得しているイチローさんは特に、ニグロリーグに関心を寄せていたようだね。ミズーリ州カンザスシティにあるニグロリーグ野球博物館には何度も足を運んでいたというし、博物館の設立・運営に尽力を注いだバック・オニール氏が亡くなった際には多額の寄附もしたそうだ。
なにより、ぼくはイチローさんがメキシコオリンピック(1968年)で抗議のこぶしを突き上げた黒人&白人メダリスト3人のシルエットをプリントしたシャツを着ているのを見て、とっても驚いた!
そのころ彼はマスコミの質問にも受け答えせず、「生意気」と捉えられていた。彼にとっちゃ、馬鹿げた質問ばかりする記者を相手にするのも面倒だっただろうし…僕は完全にイチローの対応を支持するけどね。イチロー氏はプレーに対する真摯な姿勢はもちろんのこと、アメリカ黒人の歴史についても彼なりに考え、行動した人という点で本当に尊敬すべき存在だよ。
――まぁ、なんといっても、イチローさんはヒップホップ好きですしね。
藤田 そう! 彼こそがdj hondaのキャップ帽を流行らせた張本人だしね。あの頃は猫も杓子も「h」マークのキャップもかぶったもんだ。
――大谷選手のMVPというニュースが大きすぎて扱いは小さいですけど、イチロー氏はその前日にマリナーズの球団殿堂入りを果たしています。
藤田 ニグロリーグもイチローを独自の殿堂(Hall of Fame)入りさせるという思いがあるそう。
――では最後に、ジャッキー・ロビンソンを讃える曲をご紹介します。
藤田 カウント・ベイシー楽団のDid You See Jackie Robinson Hit That Ball? です。ジャッキー・ロビンソンのヒットを見たか?って、そのまんまのタイトルだけど、当時の黒人たちの間では、「俺たちのヒーロー、ジャッキーはヒットを打ったか?」、「あの見事な盗塁を見たか?」そんな話題で持ちきりだったんでしょう。そんなウキウキした感じが曲にはでてる。
カウント・ベイシーはデューク・エリントンとならぶジャズ界の東西の横綱です。
ロビンソン氏にしろ、イチローさん、大谷選手にしろさまざまな懐疑論を乗り越えて、自らの実力でその存在を証明した素晴らしいプレーヤーに喝采を贈ろう!
Count Basie & His Orchestra/Did You See Jackie Robinson Hit That Ball?