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物価は今後も継続的に上昇していく

2025年1月16日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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2024年度の消費者物価上昇率(総合)は2%台後半と見られる

 消費者物価指数は上昇が続いており、2024年9月、10月には電気代・都市ガス代への補助金によって前年比上昇率が鈍化したものの、11月には2.9%、12月には3.5%(都区部速報値からの推計値)、4~12月平均で2.8%(同)となっています。(図表1)

 2024年度平均の消費者物価上昇率予測については、2025年1月時点の民間調査機関の予測の平均(生鮮食品を除く総合)で2.55%となっており、上方修正が続いています(図表2)。消費者物価上昇率「総合」は、現時点では「生鮮食品を除く総合」よりも0.2ポイント程度高い傾向にある(図表3)ので、2024年度平均の消費者物価上昇率(総合)は2%台後半と見られます。

ベースアップの根拠となる消費者物価指数は「総合」である

 総務省統計局が算出している消費者物価指数にはさまざまな指標がありますが、代表的なものとして、次のようなものが挙げられます。
*総合:消費者物価指数の算出に採用されているすべての品目の価格を組み入れているもの。
*生鮮食品を除く総合:天候要因で値動きが激しい生鮮食品を除外することにより、一時的な要因を除こうとするもの。
*持家の帰属家賃を除く総合:消費者物価指数(総合)では持家について、自分に家賃を支払っている(持家の帰属家賃)ものとみなして指数に組み入れている。これを除いたのが「持家の帰属家賃を除く総合」である。

 「持家の帰属家賃」は架空の数字なので、これを含んだ「総合」や「生鮮食品を除く総合」も架空の数字と言えないこともありません。このため、厚労省「毎月勤労統計」や総務省統計局「家計調査」において実質値を算出する場合には、「持家の帰属家賃を除く総合」を用いています。今回のような資源・エネルギー価格の高騰をきっかけにした物価上昇の場合、資源・エネルギー価格の高騰が家賃に波及するのにはある程度の時間がかかるため、「持家の帰属家賃」を含む「総合」よりも、「持家の帰属家賃を除く総合」のほうが高い上昇率となります。このため、「総合」の上昇率を上回るベースアップを獲得しても、「毎月勤労統計」では実質賃金割れになってしまう、ということがあるわけです。

 本来は、ベースアップの根拠としても、「毎月勤労統計」や「家計調査」と同様に「持家の帰属家賃を除く総合」を用いるべきではありますが、「持家の帰属家賃を除く総合」とは何か、という説明の難しさがあり、予測数値も発表されない、という使いづらさがあることから、結局「総合」を使用するしかありません。

 マスコミ報道では、「生鮮食品を除く総合」がよく使用されますが、それは、天候要因で値動きが激しい生鮮食品を集計から除外することによって、月ごとの消費者物価指数の動きから、物価の基調的な動向をとらえて報道しようとするからです。しかしながら、ベースアップの根拠として物価を議論する際には、「年度」の上昇率を用いる場合が多いと思いますので、月ごとの動きを見る指標である「生鮮食品を除く総合」を使用する意味はありません。たとえば入試に備えた模擬試験では、何点とったかは問題ではなく、偏差値が重要ですが、入試本番では、点数そのもので合否が決まります。「生鮮食品を除く総合」は偏差値のようなもの、「総合」は点数そのもの、と考えれば、イメージが近いかもしれません。

 また生鮮食品は、生活必需品の中でも最も重要なものです。賃上げ交渉でそれを除いて議論するというのも、おかしなことです。「生鮮食品を除く総合」は、「総合」よりももっと「持家の帰属家賃を除く総合」から離れてしまうという点でも、不適切と言えます。

 ただし予測については、日本銀行や民間調査機関の予測では、「生鮮食品を除く総合」が用いられているので、それを参考にせざるをえません。その場合、「総合」との差について、意識しておく必要があります。

物価は今後も継続的に上昇していく

 企業物価を見ると、輸入物価や川上の物価上昇率がマイナスに転じても、川下や最終需要への影響は限定的となっています。コストプッシュインフレから、自立的な物価上昇、すなわち、価格を引き上げても市場に受け入れられる状況となったことによる物価上昇という局面に変化しているものと思われます。(図表4)

 日銀が企業に対して行うアンケート調査である日銀「短観」では、消費者物価上昇率の見通しについて質問していますが、2024年12月の調査によれば、1年後における消費者物価上昇率(前年比)の見通しは、平均で2.4%、3年後については2.3%、5年後も2.2%となっています。中期的に見ても、少なくとも「2%」の消費者物価上昇率は、企業においてすでに織り込み済みであるということになります。(図表5)

まっとうな金融政策が行われていれば、物価が下落することはない

 今回の物価上昇は、もともとロシアによるウクライナ侵攻をきっかけとした資源・エネルギー価格の高騰が発端でした。このようなコストプッシュインフレの場合、コストプッシュ要因が収束すれば物価は下落し、またデフレに戻るのではないか、と考える人がいるかもしれません。しかしながら、資源・エネルギー価格の高騰などによる一時的なコストプッシュインフレを除けば、そもそも物価の上昇は金融政策如何にかかっています。わが国では2012年まではデフレを放置する金融政策が採られていましたが、2013年以降、デフレを容認しないオーソドックスな金融政策が採用されています。

 「日本を除く主要先進国+韓国」の計7か国について、最近50年間の消費者物価上昇率の推移を見ると、7か国×50年間の合計350年間のうち、マイナスになった年はカナダ、フランス、韓国、英国がゼロ、ドイツ、米国が1年間、イタリアが2年間となっており、合計でわずか4年間にすぎません。物価下落はまさに「百年に一度」の珍事です。(図表6)
 日本が12年間(暦年)で異常に多いと言えますが、それでも2000年前後と2010年前後を除けば、物価下落は例外的です。日銀プロパーの速水・白川両総裁の時代には、グローバル競争の激化と生産年齢人口の減少傾向を背景に、デフレを放置することによって、企業に余剰人員の整理と人件費の削減を促し、国際競争力を高めるという考え方(清算主義)が背景にあったものと考えられます(図表7)。しかしながら長期にわたるデフレの結果、国際競争力強化どころか、わが国の競争力の弱体化と格差の拡大という結果となったわけですから、今後、デフレが放置されることはありえません。労使は、物価が今後も継続的に上昇していくという前提に立って、ベースアップに取り組んでいく必要があります。

 2024年8月7日、日銀の内田副総裁は、函館で行った挨拶において、かつての速水総裁流の清算主義からの完全な決別を宣言する重要発言を行いましたので、速水総裁の発言とともに、下記に紹介します。

速水総裁発言概要(2002年1月29日)
*構造改革とは、日本の潜在力を目に見える形で活性化させていくということ。その間、短期的には、低成長や物価の下落、失業や倒産の増大といった痛みが伴うことは避けられない。
*しかし、そうした短期的な痛みは、長期的には、日本の潜在力を発揮して、新しい発展の基盤を整備するために、どうしても避けられないプロセスである。
 ↓
内田副総裁発言概要(2024年8月7日)
*私自身は、この10年ほど、「日本経済に変革をもたらすドライビング・フォース(原動力)は、人手不足しかない」と言い続けてきた。変革時には摩擦は不可避だが、社会において失業に対する抵抗感が強い以上、一時的な倒産と失業増を経て次のステージの回復を期す、という米国流の変革プロセスは現実的ではない。
*10年超に及ぶ大規模な金融緩和が、この労働市場の状況をもたらす原動力であった。(人手不足を)人口動態の変化だけで説明するのは無理。
*人手不足の状況になってはじめて、企業も社会も変わらざるを得なくなった。日本社会が受け入れ可能な形で、すなわち、多くの失業を生まない形で、新陳代謝が進む素地ができた。

日銀ホームページより一般社団法人成果配分調査会まとめ

非常時に物価がマイナスとなった場合でも、賃金のベースダウンは必要ない

 コロナ禍の再来のような非常時には、単年度で物価がマイナスになる可能性も皆無ではありません。しかしながらわが国では、人件費の中で所定外賃金と一時金の割合が高いために、人件費がきわめて柔軟となっており、例外的な物価下落時には、
*所定外労働時間が減少して、自動的に人件費が圧縮される。
*業績の悪化に伴い一時金が抑制され、人件費が圧縮される。
ということで対応が可能です。物価下落時に、賃金のベースダウンを検討する必要はありません。

 むしろ人件費が柔軟であることが、非常時における経済の落ち込みを大きくしているという側面に留意する必要があります。いずれにしても、非常時における物価下落のわずかな可能性を恐れて、ふだんのベースアップを抑制していれば、働く者への配分が過少になることは避けられません。

「インフレでもデフレでもない状態」では、需要不足・供給力過剰になってしまう

 デフレで失業が増えるのは困るが、インフレもいやだ、「インフレでもデフレでもない状態」がいい、という考え方があるかもしれません。しかしながら、消費者物価上昇率とGDPギャップの推移を比べてみると、「インフレでもデフレでもない状態」、すなわち消費者物価上昇率がゼロ%の状態では、GDPギャップがおおむねマイナスになっていることがわかります。GDPギャップは、わが国の潜在的な供給力に対する実際の需要の比率を表したもので、これがマイナスになっているということは、デフレの時と同様、需要不足・供給力過剰の状態であることを意味します。需給バランスのとれた経済のためには、2%程度の物価上昇を目標とし、これを実現していくことが必要です。(図表8)

 需要不足・供給力過剰は、人員整理・人件費削減を促しますが、人員整理・人件費削減によって利益が捻出されれば、配当や役員報酬、幹部社員の賃金が引き上げられていきますので、一般社員との格差が拡大します。
 また、人員整理・人件費削減によって、需要不足が拡大する一方で、たとえ供給力過剰であっても、物的(実質)生産性は自ずと向上していくことから、一層の人員整理・人件費削減に追い込まれていくことになります。

物価上昇を根拠としてベースアップを行っても、インフレスパイラルは発生しない

 物価上昇をカバーするベースアップを行うと、それが一層の物価上昇を引き起こす「インフレスパイラル」が発生するのでは、という危惧があるかもしれません。かつては、物価上昇によるコスト増を人件費の抑制によって吸収し、価格引き上げや利益の減少を回避しようとする考え方(旧・日経連の「生産性基準原理」)もありました。

 しかしながら前述のように、資源・エネルギー価格の高騰などによる一時的なコストプッシュインフレを除けば、そもそも物価の上昇は金融政策如何にかかっています。ベースアップは、金融緩和によって生じた物価上昇の後追いにすぎず、それ自体が物価上昇を引き起こすことはできません。自動車を動かすためにはエンジンオイルが必要ですが、自動車を動かしているのはガソリンであって、エンジンオイルではありません。

 たとえば、資源・エネルギー価格の高騰や金融緩和によって、3%の物価上昇があった場合、
<第1段階>
 次の4月にベースアップが行われるまでは実質賃金がマイナスとなっており、賃金の購買力(その賃金で購入できる商品やサービスの量)が低下しているので、潜在的な物価押し下げ圧力が作用している。(ただし、圧力として作用しているだけで、実際に物価が下落するかどうかは、資源・エネルギー価格や金融政策次第)
<第2段階>
 4月にベースアップが行われ、ベースアップによって実質賃金が回復すれば、物価押し下げ圧力が解消される。
ということになります。物価上昇をカバーするベースアップは、潜在的な物価押し下げ圧力を解消するだけで、上昇圧力になるわけではありません。

 たとえば、
①まず、人件費以外の要因で物価が3%上昇し、
②これに対応して人件費を3%引き上げ、
③これを価格転嫁して、
④さらにその価格上昇に見合って人件費を引き上げ、
⑤これを価格転嫁する。
というサイクルを繰り返したとしても、1年目に3%だった価格上昇率は、2年目には1.5%、3年目には0.8%にしかなりません。8年目にはゼロ%となってしまいます。(図表9)
 まさに、「労働組合にはインフレを発生させることはできない。労働の生産性を上回る賃金の上昇はインフレの結果ではあるが、その原因ではない」(ミルトン・フリードマン)ということになります。

 一方、物価上昇をカバーするだけでなく、物価上昇を上回るベースアップで実質賃金がプラスになったとしても、実質賃金の上昇が物的(実質)生産性の向上に見合ったものであれば、物価上昇要因にはなりません。実質賃金の上昇によって賃金の購買力が拡大しても、物的(実質)生産性の向上によって、市場に供給される商品やサービスの量が増え、需要と供給が見合っているからです。
 逆に、
*物価上昇をカバーするベースアップが行われない。
*物的(実質)生産性が向上しているにもかかわらず、その分の実質賃金引き上げが行われない。
ということになると、
*物価押し下げ圧力が解消されず、資源・エネルギー価格や金融政策の動向によっては、実際に物価が下落する。
*需要不足・供給力過剰となって、人員整理・人件費削減が進行し、格差も拡大する。
ということになります。

<図表>

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