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(浅井茂利著作集)在宅勤務の論点整理(1)

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1654(2020年9月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利

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 新型肺炎の感染拡大の下で、事務系の職場を中心に在宅勤務が積極的に採用され、なかには、新型肺炎の終息後も在宅勤務を基本とする方針を打ち出して、すでにオフィススペースを削減しているような企業もあるようです。
在宅勤務は、感染リスクを少なくするだけでなく、通勤時間が不要になるというメリットもありますが、一方で、さまざまな課題もあると思います。本稿ではそのなかでも、
*仕事(ワーク)とプライベートな生活(ライフ)の分離をどう図るか。
*在宅勤務を基本とする働き方を採用する場合、いわゆるメンバーシップ型雇用システムから、ジョブ型雇用システムに転換せざるをえないが、それで競争力を確保できるのかどうか。
という二つの点について、今回と次回の2回にわたり、考えてみたいと思います。

新型肺炎禍において実施された在宅勤務の状況

 日本生産性本部が2020年7月に雇用者1,100名に対し実施した「働く人の意識に関する調査」で、「テレワーク」に関する状況を見ると、「テレワークを行っている」者は、20.2%(5月調査では31.5%)となっています。職種別では、「管理的な仕事」が35.2%(同49.5%)、「専門的・技術的な仕事」が34.6%(同51.9%)、 「事務的な仕事」が21.6%(同42.l%)となっているのに対し、「サービスの仕事」 13.1%(同10.2%)、「販売の仕事」12.3%(同27.3%)、「生産工程の仕事」1.5%(同5.6%)などとなっています。
 また、「自宅での勤務で効率が上がったか」については、「上がった」「やや上がった」の合計が5月の調査では33.8%で、「下がった」「やや下がった」の合計の半分に止まっていたのが、7月調査ではどちらも50.0%と、拮抗する状態となっています。これについて日本生産性本部では、「テレワークにあまり適合していない業務従事者がオフィスに回帰する一方、テレワーク向きの業務に携わる者が残った結果」であると分析しています。
一方、「自宅での勤務に満足しているか」については、「どちらかと言えば」を含め「満足している」が70.3%に適しており、こうしたことから、「コロナ禍収束後もテレワークを行いたいか」については、「そう思う」が「どちらかと言えば」を含めて75.6%に達しています。
 「テレワークの課題(複数回答)」としては、「部屋、机、椅子、照明など物理的環境の整備」が41.0%、「Wi-Fiなど、通信環境の整備」が38.7%、「職場に行かないと閲覧できない資料・データのネット上での共有化」が35.6%となっているほか、「Web会議などのテレワーク用ツールの使い勝手改善」「押印の廃止や決済手続きのデジタル化」「情報セキュリティ対策」「仕事のオン・オフを切り分けがしやすい制度や仕組み」が3割前後あげられています。
 「労務管理上の課題(複数回答)」としては、「仕事の成果が適切に評価されるかどうか不安」「オフィスで勤務する者との評価の公平性」「業務報告がわずらわしい」をあげる者が3割近くとなっています。

在宅勤務拡大の方向性

 新型肺炎禍に対応し、在宅勤務をいわば試行したことにより、これを契機として在宅勤務を本格的に導入したり、拡大したりしようとする動きが出てきています。すでに一部の企業では、新型肺炎終息後も従業員の多くが在宅勤務を行うことを前提に、出勤日数の制限や、オフィススペースの大幅削減に踏み込むような動きも見られます。
 ひと口に在宅勤務の本格的導入・拡大と言っても、出勤を基本とし、社員が必要に応じて在宅勤務を活用できるようにするケースと、在宅勤務を基本とし、社員が必要に応じて出勤するケースとが考えられます。
 もちろん、従業員全員が、在宅勤務を基本とするような企業は限定的です。日本生産性本部の前述の調査でも見られるとおり、たとえば製造部門については、工場にある製造設備を稼働させることによって生産するという性格から、出勤を基本とせざるをえません。
 デジタル変革の展開によるロボット化や遠隔操作化により、製造部門で必要とされる要員の数そのものは変化する可能性がありますが、出勤を基本とすることについては、今後も変わらないものと思われます。
 研究開発部門も、研究施設・設備の利用や、とくに機密保持などの点で、出勤を基本とせざるをえません。
 営業や顧客サービスなどの部門についても、ICTを用いた顧客対応は当然拡大していくものの、商品力に圧倒的な差がある場合を除いて、同業他社との差別化を図るためには、引き続き出勤、対面営業が基本になるものと思われます。
 一方、間接部門などの事務系職場においては、出勤を基本としつつ、書類やプレゼン資料の作成、定型・反復型作業など、在宅で処理が可能な作業、在宅のほうが効率的な作業については、在宅勤務で行えるようにすることが一般化するものと思われます。ただし、こうした作業については、デジタル変革によりICTに置き換えられていく可能性が高いことに留意する必要があります。また、個人情報を扱うような作業については、在宅勤務を認めることは困難です。
 これに対して、クリエイターやICT系技術者など、いわば職人的な技術・技能を発揮する専門職については、在宅勤務を基本とし、定期的な報告や、必要に応じて出勤するというパターンが考えられます。
 またどのような部門や職種においても、私傷病の療養や育児・介護などの必要性に応じて、在宅勤務を広く活用できるようにする環境整備が進むものと思われます。

在宅勤務におけるワークとライフの時間的な分離について

 在宅勤務では、ともすればワークとライフの分離が徹底されない可能性があり、そうした場合、作業効率の低下を招き、従業員の健全なプライベート生活を阻害することになりかねません。ワークとライフの非分離が当たり前になってしまうと、問題意識も生じなくなってしまいますので、この問題は迅速な対応が必要です。
 時間という面では、厳密な労働時間管理が必須となりますが、一方で、在宅勤務は厳密な労働時間管理が困難という矛盾があり、企業として、どこまで従業員個人による労働時間管理を信頼できるかがポイントとならざるをえません。
 厚生労働省のガイドライン(2018年)では、在宅勤務中に一定程度労働者が業務から離れる時間を「中抜け時間」として、
*その開始と終了の時間を報告させるなどにより、休憩時間として扱い、労働者のニーズに応じ、始業時刻を繰り上げる、または終業時刻を繰り下げる。
*休憩時間ではなく、時間単位の年次有給休暇として取り扱う。
ことを求めています。「中抜け時間」が15分、30分とまとまっている場合には、そのような対応が可能であるものの、電話や来訪者への対応、子どもの世話などで「中抜け」が数分で済む場合には現実的ではなく、少なくとも、避けることのできない「中抜け時間」は、原則的には労働時間に含めるよう、あらかじめルール整備を行っておく必要があります。
 従業員個人による労働時間管理に委ねることができない場合には、裁量労働制、高度プロフェッショナル制度の対象とするしかないわけですが、すべての従業員に適用できるわけではありませんし、すべてに適用できるようにすることは適切でもありません。
 ガイドラインでは、在宅勤務において、
*情報通信機器を通じた使用者の指示に即応する義務がない状態で、かつ、
*随時、使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないため、
*労働時間を算定することが困難
な場合には、「事業場外みなし労働時間制」を適用し、「所定労働時間」または「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」を労働したものとみなすとしています。しかしながら、
*そもそも、在宅勤務における自宅を「事業場外」として取り扱うことが適切かどうか。
*使用者の指示に即応する義務がとくに定められていないとしても、情報通信機器を活用している場合には、一般的に、指示に即応することが期待されている。
ことなどからすれば、厚生労働省は「事業場外労働みなし労働時間制」の適用を推奨すべきではなく、従業員自らによる厳密な労働時間管理を求めるべきだと思います。
 在宅勤務における長時間労働対策について、ガイドラインでは、
*メール送付の抑制
*システムへのアクセス制限
*時間外・休日・深夜労働の原則禁止
*労働者への注意喚起
を掲げています。長時間労働が成果に結びつくとは限りませんが、成果を出すためには時間が不可欠であり、とりわけ短期的な成果を評価する職務給中心のジョブ型雇用システムの下では、長時間労働となりやすいことに、とくに留意しなければなりません。

空間的なワークとライフの分離の問題

 ワークとライフの分離は、時間だけではなく、空間という面でも不可欠です。
 本来、作業スペースは、居間、寝室など生活空間とは独立しているべきだと思いますが、独立したスペースが確保できない場合にどうするのかは大きな問題です。とりわけ同居人が存在する場合、在宅勤務の者の作業が、同居人のワークとライフに影響を与えないようにすることが絶対に必要です。1住戸内に在宅勤務を行う者が複数いる場合、それぞれの独立性確保が不可欠となります。
 パーテーションなどの利用も考えられますが、それはそれで、ライフへの影響が大きすぎるのではないかと懸念されます。
 また同居人に対しても、仕事上の機密が漏れてはならないのは当然です。在宅勤務のために施錠可能な防音室を用意できる従業員は例外的でしょうから、書類の保管やWeb会議などにおいて、機密保持をどう図っていくかが課題となります。 Web会議については、音声ではなく、Slackなどといったシステムを用いたチャットで行う場合もあるようです。
 なお、安全衛生面についてガイドラインでは、「自宅等でテレワークを行う際の作業環境」として、事務所衛生基準規則、労働安全衛生規則、「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」の衛生基準と同等の作業環境となることを求めています。こうした作業環境が整備されているか、企業としてどのようにチェックしていくか、環境整備に向けてどこまで関与していくか、検討する必要があります。
 在宅勤務の場合においても、労働時間中の負傷については、特段の事情がない限り、「事業主の支配・管理下で業務に従事している場合」とされなくてはなりません。また疾病については、「業務との間の相当な因果関係」について、整理する必要があります。(たとえば、エアコンのない部屋で作業することになり、熱中症となった場合はどうなるか)

費用負担におけるワークとライフの分離

 在宅勤務によって、プライベートな生活のために従業員が用意した空間を、会社の業務のために使用するということになれば、当然、会社としてそのぶんの賃料を従業員に支払う必要があるのではないでしょうか。
 在宅勤務を前提として雇用した場合には、基本給などの中に賃料を含めて支給することも可能だと思います。しかしながら、在宅勤務前に雇用した者と併存するわけですから、賃料は別建てとしたほうが合理的です。
 電気料金、通信料金などについても、たとえ在宅勤務によって追加の費用が発生しないような場合においても、企業として負担・分担する必要があるでしょう。
 机、椅子、パソコン、プリンター、ディスプレイなど器具・備品についても、企業として従業員に使用料を支払い、もしくは費用を負担すべきですし、印刷用紙、インクなど消耗品についても、企業が費用負担する必要があります。厚労省のガイドラインにおいて、費用負担のあり方を労使の話し合いに委ねているのは、非常に問題だと思います。
 企業による費用負担を、税制上どのように整理するのかも課題です。給与所得者には、特定支出控除がありますので、企業は費用をいったん賃金として従業員に支払い、従業員のほうで特定支出控除を利用する、ということが考えられます。現行では、特定支出控除は、通勤費、旅費、転居費、研修費、資格取得費、帰宅旅費、図書費、衣服費、交際費に限定されていますので、在宅勤務関連費用についても適用されるよう、拡大する必要があります。

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