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物価動向をどう見るか・・・随時更新

2023年12月12日、12月25日更新
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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消費者物価指数は「総合」を用いる

 総務省統計局が算出している消費者物価指数にはさまざまな指標がありますが、代表的なものとしては、
総合:消費者物価指数の算出に採用されている582品目すべてを集計しているもの
生鮮食品を除く総合:天候要因で値動きが激しい生鮮食品を集計から除外して、消費者物価の基調の動きを見るもの
生鮮食品及びエネルギーを除く総合:原油価格の影響を直接受けるエネルギーを集計から除外して海外要因を取り除き、国内の基調を見るもの
持家の帰属家賃を除く総合:消費者物価指数では、持家について、自分に家賃を支払っている(持家の帰属家賃)とみなして集計しているが、これを除外したもの。毎月勤労統計の実質賃金や、家計調査の実質可処分所得、実質消費支出などの算出には、これを用いる
などがあります。

 マスコミ報道では、「生鮮食品を除く総合」がよく使用されますが、それは、天候要因で値動きが激しい生鮮食品を集計から除外することによって、月ごとの消費者物価指数の動きから、物価の基調的な動向をとらえて報道しようとするからです。しかしながら、賃上げ交渉で物価を議論する際には、「年度」の上昇率を用いる場合が多いと思いますので、月ごとの動きを見る指標である「生鮮食品を除く総合」を使用する意味はありません。たとえば入試に備えた模擬試験では、何点とったかは問題ではなく、偏差値が重要ですが、入試本番では、点数そのもので合否が決まります。「生鮮食品を除く総合」は偏差値のようなもの、「総合」は点数そのもの、と考えれば、イメージが近いかもしれません。
 また、生鮮食品やエネルギーは、生活必需品の中で最も重要なものですし、その長期的な価格の変動は、生活水準に大きな影響があります。賃上げ交渉でこれらを除いて議論するというのは、おかしなことだと思います。

 ただし予測という点では、日本銀行や民間調査機関の予測では、「生鮮食品を除く総合」が用いられているので、それを参考にせざるをえません。また本来は、毎月勤労統計や家計調査と同様に「持家の帰属家賃を除く総合」を用いるべきではありますが、「持家の帰属家賃を除く総合」とは何か、という説明の難しさがあり、また予測数値も発表されないことから、結局、「総合」を使用するしかありません。

2023年度通期では3%程度の上昇率

 消費者物価上昇率(総合)は、前年比で2023年9月が3.0%、10月が3.3%、11月が2.8%、4~11月の平均上昇率が3.2%となっています。2023年度平均上昇率の予測としては、12月時点の民間調査機関平均、第一生命経済研究所がともに2.9%となっていますが、この2つの予測は「生鮮食品を除く総合」であり、「総合」についてはこれよりも若干上振れし、2023年12月の政府経済見通しでも3.0%とされています。

コストプッシュインフレから自立的な物価上昇へ

 今回の物価上昇は、コロナ禍によって供給が滞り、ロシアによるウクライナ侵攻によって資源・エネルギー価格が高騰したことによるコストプッシュインフレとして始まりました。しかしながら、輸入物価や、サプライチェーンの川上の製品の物価は、2023年4月頃より前年比でマイナスに転じているにもかかわらず、最終需要の物価は、プラス3%前後の上昇率が続く状況となっています。最終需要への波及には一定のタイムラグがあるとしても、すでに半年を経過していることからすれば、海外要因によるコストプッシュインフレの段階から、自立的な物価上昇に転じている可能性があります。

物価上昇をカバーするベースアップの必要性

 労働組合の最大の使命は、組合員の
①雇用の安定
②生活の維持・向上
です。物価上昇をカバーするベースアップができない「実質賃下げ」では、「生活の維持・向上」の使命を果たせません。一般的に「生活の維持・向上」よりも「雇用の安定」のほうが優先されますが、「生活の維持・向上」をあきらめるのは、「雇用の安定」が具体的に脅かされている時のみに限られなければなりません。たとえば2年以上の連続の赤字というような場合以外は、世間相場を踏まえたベースアップを獲得していく必要があります。

  政府やマスコミ報道では、「定昇込み」の賃上げ率について言及することが多いですが、物価をカバーする賃上げは、もちろんベースアップでなければ、生活水準が低下してしまいます。厚生労働省「毎月勤労統計」の一般労働者の所定内給与を見ても、その増加率は、ベースアップ率に相当する動きとなっています。
 定期昇給や、定期昇給相当分(賃金構造維持分、賃金カーブ維持分)は、
*それぞれの年齢における職務遂行能力の向上に見合った、
*かつ、それぞれの年齢で必要な生計費の増加を踏まえた
購買力の引き上げです。従って、たとえば現行で30歳30万円、31歳30万6,000円の賃金水準だとすると、30歳の従業員が31歳になった時に、3%の物価上昇があると、31歳での賃金は31万5,180円(30万6,000円×1.03)ないと購買力が目減りしてしまいます。従って、30歳→31歳の定期昇給6,000円に加え、9,180円のベースアップが必要です。生活水準の向上を図るためにはもちろんこれだけでは不十分で、さらに、実質生産性の向上に見合った「生活向上分」を加える必要があります。

 もし仮に、定期昇給とベースアップを合わせて3%の賃金上昇に止まるとすると、30万9,000円(30万円×1.03)にしかなりません。31歳として必要な31万5,180円に対し、6,180円不足することになり、その分、購買力が目減りし、生活水準が低下することになるわけです。

  なお、ベースアップを全従業員一律(同額ないし同率)で実施するのは、原資がごく小さいなど例外的な場合であり、通常は、賃上げ原資の配分方法について、会社と労働組合とで「配分交渉」が行われます。ただし、従業員の生活防衛という観点からすれば、物価上昇をカバーする分については同率とし、それを超える分については交渉で配分するということも考えられます。

今後の物価動向

 物価上昇をベースアップの要求根拠とした場合、
①これまで物価上昇を要求根拠としてこなかったため、会社側から一貫性のなさを指摘される可能性がある。
②物価が再び下落したらどうするのか。
という懸念があるかもしれません。
 ①については、単組において、これまでどのように要求を経営側に説明してきたかによって異なりますが、
*経済情勢が転換点を迎え、様変わりとなったのだから、要求根拠も変わって当然である。過去の要求や実績に囚われた賃上げでは、組合員の生活を防衛することは不可能で、従業員の流出を加速させることは明らかである。
 
または、
*要求の基本的な考え方は変わっていない。これまでは物価上昇が小さかったので、要求根拠の中での比重が小さかっただけである。

というどちらかの説明で対応が可能だと思います。

 ②については、たとえば日本を除く主要先進国と韓国の計7カ国について、最近50年間の物価上昇率を見ると、物価がマイナスとなったのは、カナダ、フランス、韓国、英国がゼロ、ドイツ、米国が1年、イタリアが2年となっており、7カ国×50年間の合計350年間でわずか4年間にすぎません。物価下落はまさに「百年に1度」の珍事です。日本が12年で異常に多いと言えますが、それでも2000年前後と2010年前後を除けば、物価下落は例外的なものとなっています。

 デフレを容認しないオーソドックスな金融政策が実施されていれば、物価が下落することはほぼありません。2023年4月に黒田日銀総裁が退任し、植田新総裁に交代しましたが、植田総裁もデフレを容認しないオーソドックスな金融政策を踏襲しています。コストプッシュインフレが収束しても、物価は継続的に上昇していくという前提に立って、労使は賃上げに取り組んでいく必要があります。

 そもそもわが国でデフレの状況が長く続いたのは、バブル崩壊以降、「清算主義」という考え方が金融政策の中に反映されるようになり、安定的な成長に必要な資金が供給されてこなかった、という事情があります。清算主義はひとことで言えば、金融政策において、中央銀行(日本銀行)から金融市場への資金供給をタイト(引き締め気味)にして景気を冷やすことにより、人員整理や人件費削減を促し、企業を筋肉質にして競争力を高めるという考え方です。日銀の正式な政策文書に記載されていたわけではありませんが、日銀総裁の講演録や日銀関係の出版物などを見れば、そうした意図は明らかでした。

 2013年の量的・質的金融緩和の導入以来、「清算主義」的な考え方は払拭されており、今後、物価は継続的に上昇していくものと思われますが、たとえばコロナ禍の再来のような非常時には、単年度で物価がマイナスになる可能性も皆無ではありません。しかしながらわが国では、人件費の中で所定外賃金と一時金の割合が高いために、人件費がきわめて柔軟となっており、例外的な物価下落時には、
*所定外労働時間が減少して、自動的に人件費が圧縮される。
*業績の悪化に伴い一時金が抑制され、人件費が圧縮される。
ということで、対応が可能
です。物価下落時に、賃金のベースダウンを検討する必要はありません。むしろ人件費が柔軟であることが、非常時における経済の落ち込みを大きくしているという側面に留意する必要があります。
 いずれにしても、非常時における物価下落のわずかな可能性を恐れて、ふだんのベースアップを抑制していれば、勤労者への配分が過少になることは避けられません。

 日本銀行が企業に対して行うアンケート調査である「全国企業短期経済観測調査(日銀短観)」 では、消費者物価上昇率の見通しについて質問していますが、2023年12月の調査によれば、1年後における消費者物価上昇率(前年比)の見通しは、平均で2.4%、3年後については2.2%、5年後も2.1%となっています。中期的に見ても、少なくとも「2%」の消費者物価上昇率は、企業においてすでに織り込み済みであるということになります。

物価上昇をカバーするベースアップと企業の責任

 2023年闘争では、一部の会社側から、
①物価上昇は企業の責任ではないので、物価上昇をカバーするベースアップを企業に求められても困る。
②企業としても、資源・エネルギー価格の高騰により、業績が圧迫されている。
といった指摘があったようです。しかしながら、以下のような理由により、こうした理屈は成り立ちません。

*仮に、海外の資源・エネルギー価格の高騰によるコストプッシュインフレに関し、企業に責任はないとしても、企業は従業員の生活防衛に対しては責任を負っている。「雇用の安定」と「生活の維持・向上」に対する責任は、労働組合だけでなく、労使がともに果たさなくてはならない。

*すでに輸入物価は大幅マイナスとなっており、海外要因によるコストプッシュインフレの段階から、自立的な物価上昇局面になっているものと思われる。資源・エネルギー価格などが急騰している場合には、企業は必要に迫られてやむを得ず価格を引き上げるが、そうでない場合には、企業は価格を「売れる価格」、「儲かる価格」に設定する。そうした各企業の判断の集積が「物価」であり、物価上昇に関して企業は無関係ではない。

*公正取引、適正な価格転嫁の実現が、わが国産業界における最重要課題のひとつとなっている。商品・サービス市場において、資源・エネルギー価格や人件費の上昇について、適正な価格転嫁を図るだけでなく、労働市場においても、物価上昇という労働力の再生産費用の上昇を、労働力の価格である賃金に適正に転嫁できなければならない。

*会社側が何としても物価上昇をカバーするベースアップを行って従業員の生活を防衛する、という強い気迫を持たなければ、取引先から「安い人件費で」、「人件費を削って」なんとかしてくれる会社、とみなされてしまい、取引先の価格転嫁拒否を自ら招き寄せてしまうことになりかねない。

*仮に、資源・エネルギー価格の高騰による業績悪化があったとしても、それを従業員の生活水準の切り下げによって吸収すべきではない。現実には、これまでの物価高騰の間、総じて企業業績は悪化しておらず、売上高営業利益率はむしろ上昇している。各年7~9月期における金融保険業を除く全産業の売上高営業利益率は、2021年に3.8%だったのが、2022年4.0%、2023年4.8%と上昇し、コロナ禍前の水準(2018年4.2%、2019年4.1%)を上回る状況となっている。これに対し、売上高人件費比率は低下してきており、物価上昇をカバーできないベースアップが適切ではないことは明らかである。

*たとえば3%の物価上昇がある場合、企業において、平均すると3%の価格上昇があったと考えることができる。もし日本全体で物価上昇をカバーする3%のベースアップが行われていれば、価格が上昇しても商品・サービスの購入数量は変わらないはずなので、売上高が3%増加して、売上高人件費比率は変わらず、企業にとって負担増とはならない。

  ちなみに経団連も『2023年版経労委報告』において、「物価動向を重視した賃金引上げ」、賃金と物価が適切に上昇する「賃金と物価の好循環」を主張しており、2023年2月17日の記者会見において十倉会長は、「今年(2023年)は物価動向を特に重視し、できればベースアップ(ベア)、ベアが難しい企業はその他の手段による賃金引上げを強く呼びかけている」と発言しています。

 また、2023年11月15日の「政労使の意見交換」において、十倉会長は、
*物価上昇は、働き手個々人における実際の賃金引上げ率(制度昇給+ベースアップ)と比較すべき。
*物価上昇に対しては、ベースアップ(基本給の水準引上げ)を有力な選択肢として検討。
という、一見、相矛盾する考え方を示していますが、これは、経団連としてはベースアップで物価をカバーすべきと考えるものの、経済団体のリーダーである以上、他の団体に配慮し、そうはっきりと打ち出すことができない、という経団連の立場を反映したもの、と推測されます。

実質賃金の状況

  厚生労働省「毎月勤労統計」の一般労働者の所定内給与は、2023年5月以降 、名目で前年比2%弱の上昇が続いていますが、実質では逆にマイナス2%程度の低下が続くところとなっています。パート労働者の現金給与総額も、ほぼ同様の傾向となっており、こうした実質賃金の低下が、非耐久財を中心とした弱含みの消費に結びついているものと見られます。

 政府は、2023年9月時点の資料(「マクロ経済運営関係資料」2023年9月26日)では、「今後は、賃金上昇が物価上昇を上回ることが期待される」との見方を示していましたが、まったくそうした兆しは見られず、2024年の賃上げにおいて、物価上昇をカバーするベースアップを獲得する以外にはありません。前述のとおり、ベースアップではなく、定昇込みの賃上げで物価上昇をカバーしたのでは、「毎月勤労統計」の実質賃金低下が続くことは避けられません。

減税とベースアップとの関係

 2023年11月2日に閣議決定された「デフレ完全脱却のための総合経済対策」では、

 賃金上昇が物価高に追いついていない国民の負担を緩和するため、デフレ脱却のための一時的な措置として、国民の可処分所得を直接的に下支えする所得税・個人住民税の減税を行う。過去2年間で所得税・個人住民税の税収が3.5兆円増加する中で、国民負担率の高止まりが続いてきたことも踏まえ、この税収増を納税者である国民に分かりやすく「税」の形で直接還元することとし、令和6年度税制改正として本年末に成案を得て、3兆円台半ばの規模で所得税・個人住民税の定額減税を実施する。

ことが打ち出されています。
 あくまで、
*賃金上昇が物価高に追いついていない国民の負担を緩和するため、
*デフレ脱却のための一時的な措置として、
*税収増を納税者である国民に分かりやすく「税」の形で直接還元する
ということに留意する必要があります。

 2023年のベースアップでは、総じて過年度(2022年度)の物価上昇をカバーすることができませんでした。この減税は、その影響を1度だけ緩和するもの、と位置づけることができます。2024年のベースアップにおいて、2023年度の物価上昇をカバーするベースアップを行わない理由にはなりません。
 「1度だけ」という意味は、2023年にベースアップで物価上昇をカバーできなかった分は、物価が下落しない限り永久に目減りしたままなので、2023年にカバーできなかった分を減税でカバーするのであれば、永久に続ける必要がありますが、そうではないということです。
 なお、2023年に物価上昇をカバーするベースアップを行った企業、2024年に2年分の物価上昇をカバーするベースアップを行った企業の従業員・組合員のみなさんは、労使が生活防衛の責任を果たしているわけですから、減税については、いったん納めた税金が税収増によって還元されたものとして、誇りを持って受け取ればよいと思います。

インフレ手当は基本賃金に組み込む

 2024年度に行われる予定の減税については、物価上昇に対し臨時のインフレ手当で対応した場合と似ています。
①物価水準が一時的に上昇したが、短期間で下落し、元の物価水準に戻った場合には、臨時のインフレ手当での対応が可能。
②物価上昇は1年間だけで、そのあとは物価が上昇しなかったとしても、物価が元の水準に下落しない限り、インフレ手当を支払い続ける必要がある。
③物価上昇率が鈍化したとしても、継続的に物価が上昇している場合には、賃金の目減り分がどんどん累積するので、インフレ手当も増額し続ける必要があり、インフレ手当での対応は現実的でない。
ということが言えます。
 例えば、基本賃金30万円で、3%の物価上昇が5年間続いた場合、当初のインフレ手当は月額9千円(30万円×3%)でよいかもしれませんが、5年後のインフレ手当は約48,000円にする必要があります。インフレ手当の割合が大きすぎて、賃金体系が歪んだものになってしまいます。
 2023年春闘で、インフレ手当で対応した企業は、それを基本賃金に組み込んだ上で、2024年春闘以降、物価上昇をカバーするベースアップを行っていく必要があります。

物価上昇率2%の必要性

 最近の物価上昇に対し、物価上昇をカバーするベースアップを行うよりも、物価上昇のない状態をめざしたほうがよいのではないか、という見方があるかもしれません。しかしながら、消費者物価上昇率とGDPギャップとの関係を見ると、消費者物価上昇率がゼロ%の状況では、GDPギャップがマイナスになってしまうということがわかります。GDPギャップは、わが国の潜在的な供給力に対する実際の需要の比率を表したもので、これがマイナスになっているということは、需要不足・供給力過剰の状態であることを意味します。

 需要不足・供給力過剰の状態では、人員整理・人件費削減圧力が高まります。人員整理・人件費削減が行われれば、需要はさらに縮小するという負のスパイラルを招くことになります。また、企業は需要不足・供給力過剰でも増益を確保しなくてはなりませんから、その点でも人員整理・人件費削減が求められることになります。利益が確保されれば、配当や役員報酬、幹部社員の賃金は引き上げられていきますので、格差が拡大してしまいます。経済の持続的かつ公正な成長のためには、消費者物価上昇率2%程度をめざすことにより、GDPギャップがマイナスにならないようにする必要があります。

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