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(浅井茂利著作集)いよいよ本格化する人権デュー・ディリジェンス

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1670(2022年1月25日)掲載
金属労協主査 浅井茂利

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 2021年6月号の本欄で、企業に対し、人権デュー・ディリジェンス(人権DD)が求められる状況となっているにも関わらず、いまだ盛り上がりを見せていないことについて、ご紹介しました。しかしながら、12月に発表された経団連の「企業行動憲章実行の手引き(第8版)」では、ついに人権DDを本格的に打ち出すこととなり、あわせて、その具体的方策を示した「人権を尊重する経営のためのハンドブック」がとりまとめられました。国連が「ビジネスと人権に関する指導原則」を策定した2011年以来、なかなか日本ではこれを実践する具体的な動きが見られませんでしたが、経団連のこの動きを契機として、日本企業においても人権DDの実践が加速化することは間違いないものと思われます。
 しかしながら、「ハンドブック」の内容は、人権DDを日本的にアレンジしたものであり、国連の「指導原則」、あるいは「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」に比べると、人権確保のためのレベルとしては不十分、と考えざるを得ません。もちろん、何もかもいっぺんに完壁にはできませんし、「指導原則」でも段階的な実施が容認されているのですが、これがゴールだと誤解し、企業が「ハンドブック」に従っていればよい、と安心してしまうことは、人権DDが人権侵害撲滅に果たす機能を弱めてしまうことになりますし、企業にとっても、結果的に人権侵害や人権侵害に対する加担を放置し、企業価値を棄損することにもなりかねません。人権DDの実践にあたり、企業は次のような点にとくに留意すべきであろうと思います。

人権DDが「ビジネス上の関係先」を対象としていることについて

 経団連「ハンドブック」では、「人権デュー・ディリジェンスはどこまでやれば十分か」ということについて、
*それぞれの企業が、自社・グループ会社、直接契約を結んでいる取引先(Tier1)において、人権リスクの予防と軽減に努め、人権侵害が発生した際には是正する。または是正に協力するのが第一義である。
*しかしながら、人権DDを企業に義務化する海外の法律の多くは、大企業に、上流にある取引先も含めたサプライチェーン全体のDDを求める傾向にある。企業としては、サプライチェーンにおけるリスクに優先順位を付け、優先度の高い事業、サプライヤーおよびその他ビジネス上の関係先から着手する必要がある。
としています。
 しかしながら、人権DDの対象としなければならないのは、自社・グループ会社、そして「Tier1まで」に限りません。国連「指導原則」では、「取引先企業、バリューチェーン上の組織、及び企業の事業、製品またはサービスと直接関係のある非国家または国家組織」であり、「Tier1まで」では狭すぎます。
 OECD 「ガイダンス」では、「企業のあらゆる種類のビジネス上の関係先」と表現されており、「企業の事業、製品またはサービスに関連するサプライヤーやフランチャイジー、ライセンシー、合弁企業、投資家、クライア
ント、請負業者、顧客、コンサルタント、財務、法律およびその他のアドバイザーならびにその他の非政府組織体または政府組織体」を挙げています。直接・間接を問わず、「あらゆる種類のビジネス上の関係先」を対象とするというのが「第一義」であって、ただし、「企業のバリューチェーンに多数の企業体がある場合、企業がそれら全てにわたって人権への負の影響に対するデュー・ディリジェンスを行うことは不当に難しくなる」ので、 「人権への負の影響のリスクが最も大きくなる分野」について、「優先的に取り上げ
る」ことが認められている、という構造であることを忘れてはなりません。

「加担」の概念について

 「あらゆる種類のビジネス上の関係先」が人権DDの対象となるのは、
*「加担」という概念が重要であること。
*最終的には、企業が人権侵害を行っている企業との関係を終了させることにより人権侵害の撲滅を図る、企業同士の相互抑止のシステムであること。
であることによると思います。
 「加担」については、国連「指導原則」では、幇助や教唆だけでなく、 「他者が犯した侵害から利益を得ているとみられる場合など企業はその当事者の行為に『加担して』いると受け取られる可能性がある」としています。例えば、サプライヤーが人権侵害を行い、それによって低廉な価格で製品やサービスの提供を受けていれば、人権侵害に「加担」しているとみなされる可能性がありますが、経団連「ハンドブック」では、そのことははっきりと明示されていません。
*製造期限や価格を調整することなく、納期直前に注文内容を変更し、サプライヤーにおける労働基準違反を誘発
*インターネットサービス利用者に関するデータを政府に提供し、反体制活動家に対する追跡・訴追を誘発
などといった事例しか想定していないように見受けられます。
 また、「ビジネス上の関係先」が人権侵害を行っている場合、国連「指導原則」では、
*企業が人権侵害を防止または軽減する影響力をもつ場合、それを行使すべきである。
*もし企業が影響力を欠くならば、企業力強化またはその他のインセンティブを関係企業に提供したり、他の企業などと協力したりすることで、影響力が強くなりうる。
*企業が負の影響を防止または軽減する影響力を欠き、影響力を強めることもできない場合は、その取引関係を終了することを考えるべきである。
*取引関係が、企業の事業にとって必要不可欠な製品またはサービスを提供し、適当な代替供給源が存在せず、取引関係を維持している場合は、その企業は、影響を軽減するための継続的な努力をしていることを証明できるようにしているべきである。
*取引関係を継続することが招来する結果、すなわち評判、財政上または法律上の結果を受け入れる覚悟をすべきである。
としています。しかしながら、経団連の「ハンドブック」では、たとえば人権侵害を理由に貿易制限措置がとられている事例について、
*企業としては、当該地域や当該企業をサプライチェーンから除外するという対応をとらざるを得ない場合も出てくる。
と指摘しつつも、
*しかし、人権を尊重し経営しようとする企業が撤退や解約をすれば、当該地域や当該企業の人権状況は、一層悪化する可能性もある。企業がサプライチェーンにおける人権デュー・ディリジェンスを強化する必要はあるが、その前提として、人権侵害が発生している国の政府に対して、国際社会とともに人権を保護する義務を果たすよう働きかけることが重要である。
などという主張を展開しています。
 「ハンドブック」でも記載されているように、そもそも「人権を保護する義務は国家にある」のに対して、 「多国籍企業のグローバルなサプライチェーンが発展途上国における労働や人権に影響を及ぼしていることが注目されるようになり、企業に対して、人権を尊重する経営を求める動きが加速した」のが人権DDです。政府が人権侵害の撲滅に機能していないので人権DDを行うわけで、人権侵害の解決をまた政府に求めるのでは、人権DDの意味がなくなってしまいます。

人権DDで確保すべき人権

 国連「指導原則」では、人権DDで確保すべき人権は、「国際的に認められた人権」とされており、それは最低限、国際人権章典、および1998年のILO宣言で挙げられた基本的権利です。そして、
*人権を尊重する責任は、事業を行う地域にかかわらず、すべての企業に期待されるグローバル行動基準である。
*その責任は、人権を保護する国内法及び規則の遵守を越えるもので、それらの上位にある。
とされています。ここで問題となるのは、国内法が国際的な基準を満たしていない場合、さらには国内法と国際的な基準が相容れないものとなっている、すなわち、国内法に従って行動すると、国際的な基準に違反すること
になってしまう場合です。当然、国際的な基準が「上位」となるわけですが、「上位だ、守れ」と言っていれば済む問題ではありません。
 国際的に認められた人権と国内法との齟齬について、経団連「ハンドブック」では、
*可能な限り、国際的に認められた人権の原則を尊重する方法を追求する。
としているものの、具体的には、
*各国の法令が国際規範の要求水準を満たしていない場合があることにも留意する。
というだけで、済ませてしまっています。これでは、企業はどうしたらよいかわからず、結局は、「各国の法令」に従ってしまう可能性が大きいと言わざるを得ません。
 国連「指導原則」では、国内状況により企業が人権確保の責任を完全には果たすことができない場合、具体的に、
*企業は、国際的に認められた人権をその状況のもとでできる限りぎりぎりまで尊重する。
*この点でその努力を行動によって証明することができるようにする。
*その状況を悪化させないようにする。
*どのように対応することが最善であるかを判断する際、企業内の専門知識や部門横断的な協議を活用するだけでなく、政府、市民社会、国内人権機関及び関連するマルチステークホルダー・イニシアティブなどの外部の信頼できる独立した立場の専門家と協議する。
と具体的な対応策を示しています。

ステークホルダー、とりわけ労働組合の参画

 人権DDは、ステークホルダーの関与なしにありえません。そしてステークホルダーの中で最も重要なのは、企業による人権侵害の被害者にも加害者にもなり得る従業員であることは言うまでもありません。従業員の持つ職場の情報や従業員の積極的な行動なしに、人権侵害を撲滅することはできません。労働組合は従業員の代表として、人権DDにおいて、特別な役割を果たしていかなくてはなりません。
 国連「指導原則」では、ステークホルダーとの協議・協力が随所で指摘されており、 OECD「ガイダンス」では、労働組合の役割について、
*人権侵害リスクの大枠を理解するための情報源として、労働者代表および労働組合が挙げられる。
*人権侵害の情報を収集するために、被害者、被害者になり得る者として、あるいは被害者との協議の代替として、労働組合と協議する。
*労働組合の関与した苦情処理の仕組みやグローバル枠組み協定等を通じて、労働者が企業に対して苦情を提起できるプロセスを構築する。
*事業再編または工場の閉鎖を決定する場合、雇用への影響を軽減するため、労働組合が関与する。
*労働組合結成または加入の権利および労働者の団体交渉権の問題に関しては、労働組合または労働者代表が関与することが重要である。
*OECD「ガイダンス」で盛り込まれた内容の多くは、業界内の他企業との協働、労働組合との連携やマルチ・ステークホルダー活動を通じて実施することができる。
*企業は、DDのプロセスの設計および実施、労働者の権利に関する基準の実施および苦情の提起に労働者の参加を促すため、労働組合と連携したり、直接協定を締結することができる。
*労働組合との協定は、労働協約、グローバル枠組み協定、議定書および覚書など職場別、企業別、産業別または国際的なレベルで締結することができる。
*各現場で児童労働の問題に有効に対処されているか否かについて、労働者、労働者代表および労働組合からの意見を収集する。
*監査または評価で発見された調査結果を労働組合と共有する。
ことなどが記載されています。
 経団連「ハンドブック」では、ステークホルダーの関与については、記載されていますが、従業員は、取引先、顧客、消費者と同列のステークホルダーとしてしかみなされていないようです。労働組合に至っては、労働組合と情報共有や対話を行っている企業があることが事例紹介されているにすぎません。
 個別企業労使とは異なり、経団連の場合、心情として労働組合の役割を軽視したいところだろうと思いますが、人権DDを実効性あるものとするために、人権DDは労使で実施すべきものであるという事実を受け入れる必要があります。

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