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(浅井茂利著作集)「行政事業レビューシート」を活用してみよう

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1588(2015年3月25日)掲載
金属労協政策企画局次長 浅井茂利

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 「労働移動支援助成金」は、企業がリストラ要員の従業員の再就職支援を民間人材会社に委託すると、助成金をもらえる制度です。かつては、再就職が実現した段階で、元の会社に支給されていたのが、今は支援を委託しただけで、一部が支給されるようになっています。不況で苦しんでいた時ならばともかく、今の経済情勢にはマッチしない制度のように思われますが、いったいこの助成金は、どのように、どのくらい使われているのでしょうか。
 労働移動支援助成金は、労働保険特別会計ですから、雇用保険事業年報のような業務統計に載っていてもいいと思うのですが、残念ながら確認できませんでした。業績が悪化してもリストラを行わず、雇用を維持し続ける企業に対して支給される雇用調整助成金については、以前は毎月、データが発表されていましたが、労働移動支援助成金については、そうした発表も見受けられません。労働移動支援助成金は、安倍内閣の目玉政策ですから、その成果を積極的にアピールしてはどうかと思いますが、残念ながらそうなっていません。
 しかしながら、全然データがないかというと、実はそうではなくて、「行政事業レビューシート」という資料を見ると、労働移動支援助成金の予算や執行額、支給状況などを確認することができるのです。

行政事業レビューシートとは何か

 行政事業レビューシートとは、「各府省自らが、5,000を超える国の全ての事業について、概算要求前に、前年度の執行状況(支出先や使途)等の事後点検を行い、事業内容や目的、成果、資金の流れ、点検結果などを書いた各府省共通のシート」です。国の場合は1事業につき数ページの資料で、事業の内容を簡潔に見ることができます。民間シンクタンク「構想日本」が考案した「事業シート」がそのはじまりで、国では「行政事業レビューシート」と名づけているわけです。
 何はともあれ、行政事業レビューシートの実物を見ていただきたいと思います。グーグル検索や各府省のホームページで検索すれば、すぐヒットしてもいいと思うのですが、労働移動支援助成金のシートの場合は、なぜか古いものが出てきてしまうので、
①厚労省のホームページの先頭ページで「行政事業レビュー」というバナーを探し(かなり下のほう)、クリック。
②「平成26年行政事業レビュー」をクリック。
③「行政事業レビューシートの最終公表」欄の「平成25年度の事業に係る行政事業レビューシート」をクリック。
④「基本目標4」の「施策目標2-1」をクリック。
⑤事業番号486をクリック。
でようやく平成26年作成の労働移動支援助成金のシートにたどりつきます。ちなみに、「平成25年度の事業に係る行政事業レビューシート」というところを経由するのがわかりにくいところですが、「平成25年度以前から行われている事業」という意味です。
 これによれば、2013年度の予算は、5億6,800万円で執行額は2億300万円、執行率は35.7%、2014年度予算は301億3,300万円、2015年度概算要求は363億2,500万円となっていることがわかります(桁は間違えていません)。 
 2013年度には4,594人分の支給が見込まれていましたが、実績は619人分、1人分あたりの支給額は32万7,600円です。最も多い金額を受給したA社は1,600万円、そのあと1,000万、900万、800万と続きます。受給した企業数はなぜか掲載されていませんが、上位10社で全予算の4割近くを受給しています。

地方自治体でも「シート」を作成している

 「シート」を作成しているのは、国だけではありません。地方自治体でも、名称はそれぞれですが、同様のシートを作成し、公表するところが出てきています。
 たとえば長野県では、「事業改善シート」という名称で、849の事業について、シートを作成し、ホームページで公開しています。埼玉県は「予算見積調書」という名称ですが、1,126の事業について発表しています。市町村でも、栃木県佐野市では、1,518の事業で「執行行政評価・各評価表」を公表しています。
 このシートを使って、職業高校の産業教育設備(工業高校の機械のようなもの)の更新状況を見てみると、長野県では32校から200点、7億円を超える更新要望が出ていますが、2014年度の更新は14品目にとどまり、2015年度予算でも6品目が予定されているだけ、ということがわかります。一方、埼玉県(職業高校は39校)を見ると、この3年間で、5,000万円台の予算を組んでいる年と、1億円台の予算の年が交互になっていることがわかります。
 最近、埼玉県所沢市で、小・中学校におけるエアコン設置をめぐり、住民投票が行われたことが話題となりました。対象となっている中学校のひとつについて見てみると、準備室など小さな部屋も含めて68室(ただし普通教室は15クラス)+体育館、武道場という規模の学校で、集中冷暖房の事業費は3億1,200万円となっています。一方、栃木県佐野市で行っている「中学校エアコン設置事業」の評価表を見ると、2014年度は1教室175万円の予算が計上されており、年により変動があるものの、1教室あたり140万円から180万円程度で設置してきていることがわかります(2014年度までに累計200教室で設置)。所沢の場合、航空祭で有名な航空自衛隊入間基地の騒音への対応であり、防衛省予算がからんでくるので費用が割高になる、というようなことが巷間では言われていますが、佐野市の例と比べてみると、解決の方策が見えてくるような気がします。

政策・制度要求と行政事業レビューシート

 当たり前のことですが、一般的に国や自治体は、新しく始める政策や目玉の政策については、その中身を積極的に紹介します。(労働移動支援助成金も目玉政策のはずですが)
 しかしながら、以前から継続的に実施されている政策については、予算書で確認する以外にはなく、名前と金額くらいしかわからないのが普通で、中には、金額すらよくわからないような事業もあります。行政事業レビューシートによって、古い事業も新しい事業も、目玉の事業もルーティンの事業も、すべて公平に、簡潔に、そして具体的かつ定量的に、内容を理解することができるようになったのです。
 労働組合の活動の大きな柱として、政策・制度の取り組みがあります。単組が直接、国や自治体に要請活動を行うことはないと思いますが、産別や地方連合に参加する中で、政策・制度の取り組みにも参画しているはずです。
 労働組合として、何か「こうして欲しい」という要望があった場合、行政がそれに関連する事業をまったく行っていない、というようなことはあまりないと思います。国や自治体に「こうして欲しい」と政策・制度要求を行っても、「すでにこうした制度があります」「調査の予算をつけました」「予算を増額しました」というような回答があって終わり、ということになりかねません。
 国や自治体に対し政策・制度の要請を行う前提として、まず現時点で実施されている事業について、その内容、規模、成果などをチェックしていく必要があります。既存の制度の問題点を具体的に指摘した上で、制度の改善や新制度の導入を主張できれば、労働組合の政策実現力は著しく高まるはずです。

市民としての行政のチェック

 市民としては、税金が無駄に使われているのではないか、ということが大変気になります。疑心暗鬼になって、何となく無駄遣いが行われていそう、と憶測で判断するのではなく、行政事業レビューシートを活用して、無駄な事業が行われていないかどうか、チェックしていってはどうでしょうか。
 無駄な事業には、いくつかのパターンがあります。まず第一に、建前では、住民、勤労者、子ども、高齢者、中小企業、農家、芸術家、スポーツ選手などの支援のための制度、ということになっていても、実際には、周辺の関係者の利益になっているだけ、という場合がよくあります。例えば、市町村がコミュニティバスを走らせている場合、コミュニティバス事業の受益者は本来は住民のはずです。しかしながら、市の施設を循環する路線になっていたりすると、施設を行き来して仕事をする市役所の職員には都合がいいのですが、住民にはあまり役立たない、ということになりかねません。
 マンション建設の際、敷地内に児童公園の設置を義務づけていた自治体もありました。設置すること自体の費用は、マンションにとってそれほどではないかもしれません。しかしながら、本当に狭い猫の額のような公園ですから、子どもたちの遊んでいる姿も見受けられず、しかしその清掃費用は自治体が出しているということで、清掃を委託された業者以外は、マンションにも、子どもにも、自治体にも、誰にとってもよいことのない制度となっていました。
 何かイベントをすると、自治体として仕事をしたように感じる、というケースもあります。ある自治体は、交通事故が多かったので、汚名返上のため、交通安全イベントを開催していましたが、効果が現れないのが悩みでした。その自治体は、狭く曲がりくねった道路が多かったのですが、それにもかかわらず、一時停止などの路面の白い標示は、驚くほど消えていました。イベントが無駄だとは思いませんが、イベントで満足するのではなく、実際的な部分に予算をかけなくてはいけないのではないかと思います。
 自治体が民間の事業者と取り交わす契約が、適正な価格になっているかどうかというのも、重要なポイントだと思います。建設工事については、かなり厳しい目で見られるようになってきていますので、自治体が建設コンサルタントなどと契約し、建設工事の契約や施工の適正化を図っているところがあるようです。マンションが大規模修繕をする際、管理組合が直接、建設会社に依頼したり、管理会社頼みにしてしまうと、価格が割高だったり、余計な工事を発注させられたり、施工のチェックが不十分だったりする危険性があるので、管理組合がマンションコンサルタントと契約し、アドバイスを受けながら進めていくのが一般的だと思います。自治体の建設工事でも、事情はまったく同じです。
 しかしながらこれに対して、清掃とか、市営駐車場管理とか、自治体がサービスを委託する際の契約については、チェックが甘くなっている可能性もあります。
 市民の目で見て納得できないところがあれば、どんどん自治体に問い合わせる、という姿勢が重要なのではないでしょうか。

 国や自治体が実施している事業には、どれもありがたい、立派な名称がついており、誰も否定できないような目的が掲げられています。名称や目的を聞いただけで、何となくいい制度だと判断してしまいがちですが、名が体を表しているかどうかチェックできるのが、行政事業レビューシートです。
 もちろん、数ページのシートで、何もかもわかるわけではありません。わからないところ、記載されるべき情報が記載されていない場合などは、どんどん問い合わせをしていく、それが緊張感を持った行政を育てていくことになるのだと思います。


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