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(3)オーソドックスな経済学とは②

2023年5月8日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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*前号では、マンキューの示す「経済学の十大原理」について、ご説明しましたが、今回は、多くの経済学者が賛同している経済政策、という観点から、オーソドックスな経済学の考え方をご紹介したいと思います。

経済政策と経済学者の賛同率

*『マンキュー経済学Ⅰミクロ編』では、20項目の経済政策に関して、経済学者の賛同率を紹介しています。最も低い経済政策でも賛同率は78%に達していますので、これらは、オーソドックスな経済学の考え方とみなしてよいと思います。
1.家賃の上限規制は住宅供給の量・質ともに低下させる。  賛同率93%
2.関税と輸入割当ては一般的な経済厚生を低下させる。      93%
3.変動為替相場制度は有効な国際通貨制度である。        90%
4.不完全雇用状態の経済では、財政政策(減税や財政支出拡大)には顕著な景気刺激効果がある。                     90%
5.アメリカは企業が外国へのアウトソーシングをするのを制限すべきでない。                              90%
6.アメリカのような先進国における経済成長は、経済厚生のさらなる改善につながる。                          88%
7.アメリカは農業への補助金を撤廃すべきである。        85%
8.適切に設計された財政政策は長期の資本蓄積率を増加させる。  85%
9.地方および州政府はプロのスポーツチームへの補助金を撤廃すべきである。                              85%
10.連邦予算を均衡させるためには、毎年の値ではなく景気循環を通じての値を均衡させるべきである。                   85%
11.今の政策が変更されなければ、社会保障基金とその支出のギャップは今後50年以内に持続不可能なほど広まる。              85%
12.生活保護受給者への現金給付は、同額の現物給付よりも受給者の厚生を高める。                            84%
13.巨額の財政赤字は経済に悪影響をもたらす。          83%
14.アメリカにおいて、所得再分配は政府の正当な役割である。   83%
15.インフレは主にマネーサプライの過剰な増大によって生じる。  83%
16.アメリカは遺伝子組み換え作物を禁止すべきでない。      82%
17.最低賃金の引上げは、若年労働者と未熟練労働者の失業率を引き上げる。                              79%
18.政府は社会福祉制度を「負の所得税」形式に改革すべきである。 79%
19.環境汚染規制のアプローチとしては、矯正税や売買可能な排出権のほうが、総量規制の導入よりも優れている。              78%
20.アメリカ政府によるエタノールへの補助金は削減あるいは撤廃すべきである。                             78%

一般的な感覚とオーソドックスな経済学の考え方とは、ずれていることもある

*これら20項目を見ると、オーソドックスな経済学の考え方が、一般的な感覚とずれているように感じられるものもあるかもしれません。いくつか解説してみたいと思います。

(家賃規制)
*たとえば家賃規制ですが、(いまの日本ではなかなか考えられませんが)賃貸住宅が極度に不足し、家賃が高騰している場合、生活の基盤である住宅に低廉な価格で入居できるよう、家賃規制を導入すべきだ、という主張が出てくるかもしれません。

*しかしながら、家賃規制は賃貸住宅の大家の供給意欲を低下させてしまうので、住宅不足をさらに悪化させることになりかねません。本来は家賃が規制水準に達しないような質の低い住宅であっても、希少化することによって、家賃が規制水準まで上昇し高止まりしてしまうことが考えられます。新たな賃貸住宅が供給される場合も、規制水準内の家賃で最大限の利益が確保できるよう、質の低い住宅とならざるをえません。法的規制を逃れて、ヤミの家賃が横行する可能性もあります。

*こうした状況からすれば、家賃規制よりも公的な家賃補助のほうが優れているかもしれません。しかしながら、家賃補助には財源が必要ですし、賃貸住宅市場において、公的な家賃補助があることを前提に家賃が引き上げられてしまう可能性があります。公共の賃貸住宅の大規模な供給は、住宅不足の緩和、民間賃貸住宅も含めた家賃全体の抑制につながりますが、政府の財政状況をより悪化させることになりかねません。結局、民間の住宅供給に補助を行い、補助を受けた住宅の家賃をある程度規制する、といった政策の組み合わせが採用されることになります。

(関税、輸入制限)
*関税や輸入割当(輸入制限)については、前号の「第5原理:交易(取引)はすべての人々をより豊かにする」でも触れていますが、
・国際競争にさらされないことにより、国内の当該産業の弱体化を招く。
・外国から対抗措置をとられることにより、輸出産業のビジネスが制限される。
・関税や輸入制限の対象となっている商品の価格が、これらがない場合に比べ割高となり、消費者が関税や輸入制限のコストを負担することになる。
という状況を招く可能性が高いので、経済安全保障上、どうしても必要な場合を除き、避けるべきだと思います。

(変動相場制)
*変動相場制で円高・円安に振り回されている、と感じている人は多いと思います。しかしながら変動相場制は、為替レートが経済の実勢(貿易収支や米国との金利差)に合わせて小刻みに調整される仕組みです。固定相場制の場合でも、当然、永久に固定できるわけではなく、為替レートが経済の実勢にそぐわないものとなった場合には、切り下げ・切り上げをせざるをえません。

*しかしながら、政府による固定相場の変更は、
・固定相場の変更によって不利となる産業からの政府に対する不満が高まる一方で、有利となる産業からの支持が高まるわけではない。
・(切り下げの場合には)国の威信が低下したとみなされ、経済失政と受け止められてしまう。
ことから政治的に困難で、頻繁に変更するわけにはいきません。

*この結果、為替レートと経済実勢との乖離が、市場が許容できないほど大きくなった果てに、やっと変更されることになりますので、変更幅は大きなものとならざるをえず、経済ショックを招く可能性があります。

(財政政策)
*財政政策の景気刺激効果については、「不完全雇用状態の経済では」と限定されています。前号の「第7原理:政府が市場のもたらす成果を改善できることもある」で触れているように、政府による景気刺激は「不完全雇用状態」が解消されたとしても常態化しがちで、その結果、政府頼みの経済体質となって、民間経済の活力を削いだり、民間投資を圧迫したりする可能性があることに留意する必要があります。

(現金給付と現物給付)
*所得の少ない人に対する扶助については、現金給付と現物給付とがありますが、現物給付の場合には、
・ニーズと給付の関係があいまいになりがちで、ニーズを持たない人に対しても、給付が行われる可能性がある。
・「現物」におカネを出すのが政府であり、利用者ではないため、消費者としてのチェックが働きにくく、高価格・低品質になる可能性がある。
・給付を担当する政府機構が複雑になり、政府のコストがかさむ。
ということがあると思います。ただし、教育費のように、現金給付をすることによって他の用途に流用されては困るものについては、バウチャー(金券)で支給するということがあります。

(インフレ)
*「インフレは主にマネーサプライの過剰な増大によって生じる」というのは、前号の「第9原理:政府が紙幣を印刷しすぎると、物価が上昇する」にあたりますので、そちらをご覧いただきたいと思います。なお、「マネーサプライ」とは、一般法人、個人、地方自治体など(すなわち、中央政府と金融機関を除く経済活動の主体)が保有する現金・預金などの残高の合計で、日銀では「マネーストック」と呼んでいます。

(最低賃金)
*最低賃金の引き上げが若年層などの失業率を高めるというのは、一般論として、また3つの市場(商品・サービス市場、金融市場、労働市場)のうち、労働市場についてだけ見れば、否定しがたいのではないかと思われます。ただし、
・現行の最低賃金の水準が低すぎる場合には、その引き上げが失業率を高める影響はごくわずかに止まり、むしろ商品・サービス市場における需要増や産業の高度化の促進につながるなど、経済活動全体にプラスの効果が期待できる。
・最低賃金が十分に高水準となっている場合には、その引き上げは若年層などの失業率を高め、経済活動全体にもマイナスの影響をもたらすことが想定される。
ということが言えると思います。現行の最低賃金が時給1,000円でこれを1,100円に引き上げた場合と、現行の最低賃金が3,000円でこれを3,300円に引き上げた場合とで、影響が異なってくるのは当然です。

(負の所得税)
*「負の所得税」は、一定の所得で所得税をゼロ%とし、これを上回る所得の場合には上回る分にプラスの税率を課し、下回る所得の場合には下回る分にマイナスの税率を課する(=給付する)というものです。「一定の所得」をたとえば年300万円、負の所得税率をマイナス50%とした場合、200万円の所得の場合には、(300万円-200万円)×50%=50万円が政府から給付され、可処分所得は200万円+50万円の250万円となります。

*この仕組みでは、
・働いて所得を得れば、必ず可処分所得が増加するので、勤労意欲を損なわない。
・公的年金、失業保険、生活保護などを一本化することによって、政府機構や諸手続きを簡素化でき、政府のコストが節約できる。
という利点があります。しかしながら、政府機構を簡素にできるというその利点のために、政治的な実現性が乏しいという問題を抱えています。

(環境汚染対策)
*環境汚染に対する量的規制と、炭素税のような矯正税との優劣については、炭素税のような矯正税のほうが、
・環境汚染対策のコストが比較的少なくて済む産業で急速に対策が進む一方で、コストがかさむ産業では、対策コストと税金とを天秤にかけて、税金よりもコストがかからない範囲で対策を進め、あとはおカネで解決することができるので、結果的に少ないコストで目標が達成できる。
・量的規制では、規制値に到達するとそれ以上の対策が期待できないが、矯正税では一層の対策が期待できる。
ということになります。

*ただし温室効果ガスのように、単なる排出削減ではなく、排出ゼロを達成しなくてはならない場合には、どちらが合理的なのか、改めて考えてみる必要があるかもしれません。

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