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経済情勢をどう見るか・・・消費(2)

2022年11月1日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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 なお、本稿の掲載内容を引用する際は、一般社団法人成果配分調査会によるものであることを明記してください。


<ポイント>
*一時金は、短期的な業績動向を反映したものであり、賃上げ(ベースアップ)は、生産性向上の成果配分である。物的(実質)生産性は、永続的に上昇していくはずなので、永続的な賃金である基本給の引き上げに反映させていく必要がある。
*消費は、恒常所得、すなわち安定的に得られる所得と生涯所得の見通しに従って行われる。厚生労働省の試算によれば、所定内給与が1%増加した場合にマクロの個人消費を0.59%増加させる影響がある一方で、所定外給与が1%増加した場合は0.09%増、特別給与が1%増加した場合は0.13%増の影響しかない。
*中高年層の賃金抑制、賃金引き下げは、平均消費性向の高い中高年層の消費抑制につながるだけでなく、若年層の消費抑制を招く恐れがある。現在の若年層が将来、中高年層になった時に、子どもの教育費を賄う賃金が得られないのではないかという将来不安があれば、若年層のころから消費を抑制せざるをえない。

永続的な生産性の上昇は、永続的な賃金の引き上げで配分すべきである

 2014年以降の賃上げ(ベースアップ)をめぐる団体交渉において、会社側によく見られた主張は、
*従業員には、総合的な処遇の改善で報いる。
*賃上げではなく、一時金の増額で配分する。
というものでした。一時金や福利厚生(カフェテリア方式のポイントなど)であれば、企業業績が悪化した際、基本給よりも引き下げのハードルが低い、ということがその背景にあると思います。
 さすがに2023年春闘では、物価の高騰に伴う実質賃金維持が焦点となっていますので、物価の高騰に一時金の増額で対応する、という主張は考えにくいと思いますが、基本給による賃上げ(ベースアップ)の重要性については、再確認をしておく必要があると思います。
 まず第一に、
*一時金は、短期的な業績動向を反映したものであり、
*賃上げ(ベースアップ)は、生産性向上の成果配分である。
ということがあります。賃上げ(ベースアップ)は、
 物的(実質)生産性上昇率 + 物価上昇率
を基本とすべきですが、物的(実質)生産性は、永続的に上昇していくはずなので、永続的な賃金である基本給の引き上げに反映させていく必要があります。

消費拡大には、恒常所得(安定的に得られる所得)の拡大が重要である

 消費不況を回避し、消費拡大を図っていくためには、賃上げ(ベースアップ)が不可欠ですが、賃上げ(ベースアップ)は、単に可処分所得を増加させるだけでなく、可処分所得に占める消費支出の割合(平均消費性向)を高める、という効果も期待できます。総務省統計局「全国家計構造調査(2014年までは全国消費実態調査)」を見ると、2009年から2019年にかけて、平均消費性向は実に12.4%ポイントも低下しています(全国・二人以上の世帯・勤労者世帯)ので、この点はきわめて重要だと思います。
 消費は、
*恒常所得、すなわち安定的に得られる所得
*生涯所得の見通し
に従って行われる、
と考えられています。こうした考え方を、恒常所得仮説、ライフサイクル・モデルと言います。「仮説」とは言いますが、異端ではない、標準的な経済学の世界では定着した考え方であり、「世界で一番で読まれている大ベストセラーテキスト」と言われるマンキューの経済学の教科書でも、次のように記載されています。
*家計が財・サービスを購入する能力は、おもに通常の場合に受け取る、あるいは平均的に受け取る所得である恒常所得に依存する。
*多くの経済学者は、人々は彼らの恒常所得に応じて消費をすると信じている。
*人々の生活水準は、どの時点においても、年々の所得よりも生涯所得のほうにより依存している。
        グレゴリー・マンキュー『マンキュー経済学Ⅰミクロ編』
(注)グレゴリー・マンキューはハーバード大学教授で、元・米国大統領経済諮問委員会委員長

 消費が恒常所得に依存するとすれば、消費拡大にとって、一時金の増額ではなく、恒常所得である基本給の引き上げが必須であることは明らかです。
 実際に、総務省統計局「家計調査」を用いて、賃上げ(ベースアップ)の取り組みが再開された2014年度以降の「実収入に占める定期収入の割合」と、平均消費性向との関係を見ると、定期収入の割合が高くなればなるほど、平均消費性向も高くなることがわかります。逆に、実収入に占める一時金(賞与)の割合が高くなればなるほど、平均消費性向は低くなっています。

 厚生労働省の『平成27年版労働経済白書』では、
*恒常所得仮説に基づけば家計はより安定的な所得水準を基に消費を決定することが予想され、恒常所得として捉えられる可能性の高い所定内給与が増加した場合、人々は消費行動を変化させ、その多くを消費に回す一方で、所定外給与や特別給与が増加しても消費行動は大きく変化せず、その多くは貯蓄に回るといった消費行動が起きる可能性がある。
*試算によれば所定内給与が1%増加した場合にマクロの個人消費を0.59%増加させる影響がある一方で、所定外給与が1%増加した場合は0.09%増、
特別給与が1%増加した場合は0.13%増の影響しかない
ことが分かった。すなわち、賃金上昇の中身が所定内給与であった場合、家計は積極的に消費を増やすものの、賞与等の特別給与の増加による場合は消費への影響が限定的であることが分かる。
との分析を行っています。

中高年層の賃金抑制は若年層の消費抑制を招く恐れがある

 また、消費水準が生涯所得の見通しに依存するというライフサイクル・モデルに従えば、成果主義賃金制度の下で顕著に見られた中高年層の賃金抑制、賃金引き下げは、平均消費性向の高い中高年層の消費抑制につながるだけでなく、若年層の消費抑制を招く恐れがあります。現在の若年層が将来、中高年層になった時に、子どもの教育費を賄う賃金が得られないのではないかという将来不安があれば、若年層のころから消費を抑制せざるをえません。
 内閣府の『平成29年版経済財政白書』でも、
*賃金カーブのフラット化が進む局面では、若年層は生涯所得を低く見積もるため、結婚や出産といった将来のライフイベントや老後に備えて貯蓄する動機が強まる。さらに、若年層が、終身雇用を前提とせず、将来離職する蓋然性を高く見積もっている場合、予想生涯所得に対する不確実性が高くなり、予備的貯蓄動機から現在の支出を抑えようとする。
と指摘しています。

 実際、2021年度の内閣府「国民生活に関する世論調査」において、「日常生活での悩みや不安」の内容を年齢別に見ると、20代後半、30代前半、30代後半では、「今後の収入や資産の見通し」が他の項目を大きく引き離して1位となっています。
 5年ごとに実施されている総務省統計局「全国家計構造調査(2014年までは全国消費実態調査)」により、2009年から2019年にかけての平均消費性向の変化を世帯主の年齢階級別に見ると、全年齢平均で12.4%ポイント低下しているのに対し、世帯主が35歳未満の若年層では15.2%ポイントも低下しています。実収入に占める定期収入の割合は、全年齢平均よりも35歳未満のほうが低下幅が若干小さくなっているので、若年層における平均消費性向の低下は、中高年層における賃金抑制を見据えた将来不安を反映している可能性があります。

世帯主年齢階級別の平均消費性向の変化
(全国・二人以上の世帯・勤労者世帯)
           全年齢平均  35歳未満  35~44歳  45~54歳
平均消費性向 2009年  78.4%    77.8%   73.7%   80.6%
       2019年  66.0%    62.6%   61.0%    68.6%
         変化  -12.4%P   -15.2%P  -12.7%P   -12.0%P
実収入に占め 2009年  73.5%    76.9%   80.5%   77.6%
る定期収入の 2019年  66.6%    70.4%   71.8%   73.1%
割合       変化    -6.9%P          -6.5%P          -8.6%P           -4.5%P
資料出所:総務省統計局「全国家計構造調査(2014年までは全国消費実態調査)」より一般社団法人成果配分調査会作成

*この記事に関するバックデータは、会員向けの記事において、随時、提供していきます。

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