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(浅井茂利著作集)賃上げと消費

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1609(2016年12月25日)掲載
金属労協政策企画局長 浅井茂利

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 2014年闘争から3年にわたって、ベースアップなどの賃上げが行われてきました。しかしながら、これが消費拡大に結びついていないではないか、との見方があります。消費底支えの役割は果たしていると思いますが、消費関連の指標は、一進一退が続いていることは否定できません。
 賃上げの消費拡大効果を高めるために必要なことが、あるのかもしれません。

ベア実施企業は5割に達していない

 まず第一に、すべての企業でベースアップなどの賃上げが実施されているわけではない、ということがあります。厚生労働省の「平成27年賃金引上げ等の実態に関する調査」を見ても、ベア等を実施した企業は、ベア等と定昇を区別している企業の中で、40.8%に止まっています。
 企業規模別に見ると、100~299人の企業が36.5%、300~999人が44.0%、1,000~4,999人が57.2%、5,000人以上が68.9%となっており、企業規模が大きくなるほど増えてくる状況にありますが、そもそも5,000人以上の大企業ですら、7割に達していない、とも言えると思います。
 ベア等と定昇を区別している企業は、規模計で61.2%にすぎないので、残りの4割の企業はどうなのだということになりますが、ベア等と定昇の区別のない企業も含めた「1人平均賃金の改定率(単純平均)」を見ると、「2.0%以上」の企業が37.6%、「1.5%以上」ということでも56.8%にすぎません。
 2016年の結果はまだ発表されていないので、金属労協の全体集計をご紹介すると、賃上げ獲得組合の比率(回答を引き出した組合に対する比率)は全体で56.5%に止まっており、とりわけ組合員299人以下の中小組合では49.0%という現実があります。この数値は、2015年闘争よりもやや低下していますので、前述の厚労省の調査についても、ベア等実施企業の比率が低下している可能性があります。
 このように、賃上げの実施がすべての企業に及んでいないということからすれば、個人ごとにはともかく、マクロ的には、消費拡大効果が限られたものとなっていても、やむを得ないところだろうと思います。

成果主義賃金制度と消費

 1990年代後半以降、多くの企業で、いわゆる成果主義賃金制度が導入されています。ひとくちに成果主義賃金制度と言っても、企業ごとにさまざまだとは思いますが、
①基本給の一本化、ないしは基本給のうち年齢給・勤続給や職能給部分の縮小。
②一定の賃金水準以上の者については、「昇格なければ昇給なし」
③個人ごとに短期の目標を設定し、その成否で成績査定を行う「目標管理制度」
というのが、典型的な3要素として挙げられると思います。
 ③については、いろいろな弊害が指摘され、これまで各社ごとに実情に即した見直しが行われてきましたが、消費に及ぼす影響という点では、②の問題が見過ごせないと思います。

典型的な成果主義賃金制度

 成果主義以前の賃金制度では、基本給は本給(年齢給・勤続給)と、職務遂行能力を評価する職能給の2本立て、比率はおおむね本給4:職能給6というのが一般的だったのではないかと思います。
 職務遂行能力は経験に応じて向上するのが基本なので、「年功的運用」として批判する見方もありました。しかしながら、「年齢的運用」ではなく、「功」の部分を評価していたことに留意する必要があります。「本給+職能給」の仕組みは、入社から定年までの貢献を、入社から定年までの賃金・一時金・退職金で報いるシステムであり、「長期的成果主義」と言うことができるでしょう。
 これに対して、成果主義賃金制度の下では、基本給を一本化するのが典型的なやり方となりますが、年齢給・勤続給を一部残し、職能給の見直しや、職責給、役割給、職務給といった名称の賃金項目に目標管理制度を適用する場合もあります。
 成果主義賃金制度における賃金表は、見掛けの上では、公務員の賃金制度とよく似ているように思われます。国家公務員の場合、たとえば行政職俸給表(一)では、1級から10級までの「級」が存在し、それぞれに号棒が設けられています。高卒採用では1級5号棒から出発し、毎年ほぼ4号棒を目安に昇給し、一定期間を経て2級に昇格、また4号棒ずつ昇給するという仕組みのようです。
 民間企業の成果主義賃金制度では、公務員と同様、たとえば技能職、事務職、技術職といった職種ごとに賃金表が作成されます。職種ごとの賃金表では、公務員の「級」に相当するものが設定されていますが、その数は公務員ほど多くなく、国家公務員の行政職(一)に10個の級があるのに対し、2個から数個が多いようです。名称はさまざまで、公務員と同じ「級」の場合もあれば、「資格」と呼ばれている場合もあります。
 各級ごとにバンド、すなわちその級に位置づけられている従業員に支給される賃金の幅が設定されています。従業員は1年ごとに目標を決定し、その成否などにより成績査定が行われ、それに基づき昇給額が決定されます(目標管理制度)。バンドの幅は各企業でさまざまだと思いますが、各級における賃金の上限金額に達すると、上位の級に昇格しない限り、昇給することはありません。これが「ゼロ定昇」という仕組み、「昇格なくして昇給なし」の原則です。これによって、40歳代半ばくらいで上限金額に達した人が、多数滞留しているというような場合もあるようです。
 各級のバンドの上部に行くほど、査定による昇給は厳しくなります。多くはないと思いますが、企業によっては、通常の成績だと賃金が下げられる「マイナス定昇」の仕組みが設けられているところもあります。ある会社の事例では、7段階評価(うち、最低評価は例外的)の上から4番目だとマイナス定昇になるとのことです。

賃上げでも賃金表を書き換えない場合

 賃上げが行われた場合、本来はベースアップ、すなわち賃金表の書き換えが行われるはずですが、そうではなく、臨時昇給的に従業員に配分されることがあります。その場合には、バンドの上限は変わらないので、上限金額に達している従業員は、賃上げも行われないということになります。上限に達していない従業員も、上限に達する時期が前倒しにはなりますが、上限に達してしまえば同じことになりかねません。また、在籍している従業員には賃上げになっても、賃金表が書き換えられないので、将来入社する従業員には、賃上げの効果は及ばないということになります。

現実の賃金水準の変化

 こうした成果主義賃金制度の仕組みは、現実の賃金データからも裏づけることができます。労働組合が全体で賃上げに取り組んだのは2014年以降ですから、その前の2013年と、2度の賃上げが行われたあとの2015年の賃金水準について、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」で年齢階級別の所定内給与額(製造業・男)を比較してみると、
*大学・大学院卒では、35歳から59歳までのすべての年齢階級で賃金水準が低下している。
*とりわけ40~44歳では41.5万円が40.3万円、50~54歳で53.0万円が52.2万円と低下が著しい。
という状況があります。
 また、家計調査の信頼性については疑問があるものの、「全国・二人以上の世帯のうち勤労者世帯」の実収入、定期収入、可処分所得について、2013年と2015年とを比べてみると、世帯主が25~34歳、35~44歳の世帯では、いずれも増加していますが、45~54歳の世帯では減少しています。また可処分所得の増加にも関わらず、25~34歳では消費支出が減少しており、35~44歳は消費支出が増えてはいるものの、増加率は小さく、消費性向が1.8ポイントも低下しています。若年世代の節約志向ということかもしれません。

30歳代の不安は将来の収入不安

 40歳代後半から50歳代前半という世代は、子育てに最も費用のかさむ時期にあたります。もしこの時期に賃金がバンドの上限に張り付き、定期昇給やベースアップがないという状況であれば、家計は苦しいものとなりますから、若い頃から、将来の子育て費用を蓄えるために、あらかじめ消費を抑制せざるをえないということになると思います。
 「将来不安」というと、社会保障不安を思い浮かべる人が多いようです。内閣府の「平成28年版経済財政白書」では、「若年子育て期世帯(世帯主が39歳以下の世帯)」と「60歳代前半無職世帯」の消費の弱さが指摘されており、その背景として、「第一に、子どもに対する保育料や教育資金、社会保険料などの負担が発生する中で、将来も安定的に収入を確保できるのか、老後の生活設計は大丈夫なのかといった将来不安が考えられる」と分析しています。しかしながら、同じ将来不安と言っても、子どもの成長に伴って増大する教育費に対応できるかという不安と、老後の生活設計に対する不安とは、区別して考えるべきです。
 日本の社会保障制度は、高齢世代に対する給付を現役世代の負担で賄う賦課方式です。このため、高齢世代人口に対する生産年齢人口の比率が3倍から1倍に低下する、「騎馬戦から肩車へ」と言われる状況では、社会保障制度の持続可能性が憂慮されるのは当然です。しかしながら、若年世代には、老後の生活設計よりも前に、子育てという差し迫った課題があります。
 2016年7月に行われた内閣府の「国民生活に関する世論調査」によれば、日常生活の中での「悩みや不安」は、全体では、「老後の生活設計について」が一番多く(54.0%)なっているものの、30歳代に限ってみると、「今後の収入や資産の見通しについて」が第1位(56.3%)となっています。
 18~29歳でも、「自分の生活(進学、就職、結婚など)上の問題について」の49.8%に次いで、「今後の収入や資産の見通し」が44.4%で第2位となっています。
 賃上げの消費拡大効果を高めるためには、全企業でべースアップを継続的・安定的に実施していくとともに、
*すべての勤労者に対し、職務遂行能力の向上を反映した昇給を行い、これによって、人生で最も子育て費用のかさむ時期に、それを賄うことのできる賃金を確保する。
*ベースアップによって賃金表を書き換えることにより、現在と将来のすべての従業員に賃上げの効果が及ぶようにする。
ということが不可欠なのではないでしょうか。


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