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2025年春闘目前の経済情勢
2025年1月7日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利
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2025年春闘を目前にして、経済情勢はやや弱含みで推移しています。その中で、昨年を上回るようなベースアップを要求し、獲得することができるのか、といったような声も聞かれます。
しかしながらこうした経済情勢は、2024年3月以降の金融引き締めの影響と見られ、現時点では、金融政策決定については「様々なデータや情報を丹念に点検したうえで、判断していく」とされていることから、春闘前に、経済情勢をさらに悪化させるような金融引き締めが行われるとは考えにくく、春闘にマイナスの影響を与えるような経済状況にはならないものと思われます。
2024年度の実質GDP成長率は0.4%程度と予測されており、2023年度実績よりも鈍化するものの、これは輸入の回復によるものである
*2024年7~9月期の実質GDP成長率は前年比で0.5%となり、3四半期ぶりのプラス成長となりました。(図表1)
*2024年度平均の実質GDP成長率の予測は、12月時点の政府見通しで0.4%、民間調査機関の予測の平均でも0.40%となっています。2023年度実績の0.7%に比べると成長鈍化ということになりますが、これは、2023年度に輸入が大幅に縮小(▲3.3%)して成長率を押し上げていたのが、2024年度には逆に輸入が回復して成長率を押し下げているためです。
*GDP統計は、
GDP=内需+外需(輸出-輸入)
という構造なので、輸入が拡大するとGDPが押し下げられることになります。実質GDP成長率について、2023年度実績と2024年度政府予測でその内訳(寄与度)を比べてみると、
2023年度:GDP 0.7%=内需▲0.7%+外需 1.4%
2024年度:GDP 0.4%=内需 1.1%+外需▲0.6%
となります。2024年度の外需の寄与度がマイナスになっていますが、これは輸入の回復によるもので、輸出が縮小しているわけではありません。経済活動自体は、2023年度よりも拡大していると言えます。(図表2)
主要な景気指標は弱含みで推移している
*景気の動向を端的に示すことのできる内閣府「景気ウォッチャー調査」の「景気の現状判断DI・方向性」によれば、2024年5月以降、好不況の判断基準である50を下回って推移しており、6、7月には小幅な回復が見られたものの、秋に入って再び低下しています。企業動向関連については、製造業、非製造業とも50近い水準で推移しており、雇用関連も上昇傾向となっていますが、家計動向関連では、小売関連を中心に45前後で不振が続いていると判断せざるをえません。(図表3)
*経産省「鉱工業出荷指数」について、特殊要因のある自動車工業を除いて見てみると、総じて一進一退で推移しており、顕著な回復が見られないところとなっています。(図表4)
*個人消費の状況について、日銀の算出している「消費活動指数」を見ると、実質の旅行収支(インバウンド・アウトバウンド)調整済の指数で前年割れが続いています。ただし、2024年1~3月には前年比1%台のマイナスとなっていたのが、4月以降はゼロ%台にマイナス幅が縮小しており、厚労省「毎月勤労統計」の実質賃金の動向と整合性のある動きとなっています。(図表5)
*設備投資の動向を内閣府「機械受注統計」と経産省「第3次産業活動指数(受注ソフトウェア)」で見ると、「機械受注統計」の代表指標である「船舶・電力を除く民需」では、2024年4~6月期に前年比プラスとなっていましたが、7~9月期には前年割れとなっています。一方、受注ソフトウェアは、2024年前半には伸び率が1%台に鈍化していたものの、その後は回復傾向となっています。(図表6)
雇用情勢では正規雇用が大幅に拡大している
*雇用情勢では、完全失業率、有効求人倍率については目立った変化が見られないものの、非正規雇用、失業者、非労働力人口が減少する一方、正規雇用が大幅に拡大する状況となっています。(図表7)
*また、新卒採用の状況を見ると、
・高卒では500~999人規模の企業で充足率(就職者数÷求人数)が2021年から2024年にかけての3年間で27.8ポイント低下し、
・大卒では300~999人規模の企業で充足率(就職希望者数÷求人数)が1年間で25.1ポイント低下する
など、中小企業のみならず、従業員が数百人規模の企業でも採用の困難さが増してきています。(図表8、9)
2024年11月時点の2024年度通期の業績予想は、全産業では増収増益となっている
*日本経済新聞社が2024年11月に集計した東証プライム上場企業の2025年3月期の業績予想によれば、全産業合計では、売上高が3.1%増、経常利益が3.5%増と増収増益の見通しになっており、8月時点の集計よりも上方修正されています。(図表10)
*一方、製造業では下方修正されており、売上高2.5%増、経常利益▲3.0%と、増収減益が予想されています。しかしながら業種ごとでは、製造業12業種のうち、減益が予想されているのは4業種(パルプ・紙、石油、鉄鋼、自動車・部品)に止まっています。
弱含みの経済情勢は金融引き締めの影響と見られるが、春闘にマイナスの影響を与えるような経済状況にはならないものと思われる
*前述の「景気ウォッチャー調査」の状況と金融政策の状況について、その推移を比較してみると、金融政策の状況がやや先行して、ほぼ同様の動きを示していることから、弱含みの経済情勢は、2024年3月以降の本格的な金融引き締めの影響によるものと考えられます。(図表11)
*しかしながら日銀の植田総裁は、2024年12月20日の記者会見において、
・引き続き政策金利を引き上げていくことになるが、
・タイミングについては、様々なデータや情報を丹念に点検したうえで、判断していく必要があり、
・この点、賃金と物価の好循環の強まりを確認するという視点から、来年の春季労使交渉に向けたモメンタムなど今後の賃金の動向について、もう少し情報が必要と考えている
との考え方を示していることから、春闘前に、経済情勢をさらに悪化させるような金融引き締めが行われるとは考えにくく、春闘にマイナスの影響を与えるような経済状況にはならないものと思われます。
トランプ大統領の再登場に備えて中国依存度を低下させるとともに、ソーシャル・ダンピングが問題視されないように
*トランプ大統領の再登場による世界経済ならびに日本経済に対する影響については、現時点では判断できませんが、米国の貿易政策、金融政策、物価、原油価格などを中心に、不透明感がこれまで以上に増していることは間違いありません。
*米国の関税引き上げについては、具体的にどのようなものとなるかによって、わが国への影響は異なるわけですが、いずれにしてもわが国企業としては、人権デュー・ディリジェンス、および経済安全保障の両面から、開発、生産、調達、販売いずれの面でも、中国依存度を低下させ、リスクを軽減していく必要があります。
*米国の貿易赤字(2023年:1兆596億ドル)に占める対日赤字の割合は全体の6.7%(715億ドル)に止まっており、中国(2,791億ドル)、メキシコ(1,613億ドル)に比べればかなり小さくなっています。しかしながら、わが国の人件費コストの低さが、「ソーシャル・ダンピング」としてトランプ政権に問題視されないようにしていく必要があります。
*米国が金融緩和、わが国が引き締めということになれば、円安修正・円高進行に注意する必要があります。一方で、トランプ政権の下で物価が高騰すれば、米国も金融引き締めに転じる可能性があることに留意しなければなりません。
*トランプ政権の親イスラエル・反イラン政策により、原油価格高騰が懸念されている一方、原油価格は結局サウジアラビアの動向に懸かっており、イランに歩み寄ってきたサウジアラビアの姿勢が、トランプ政権からの圧力によって変化するかどうかが注目されるところとなっています。
<図表>
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