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不思議なインボイス論議
株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1692(2023年11月25日)掲載
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利
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10月1日より、無事、消費税にインボイス(適格請求書)が導入されました。しかしながら、なぜかマスコミなどでは、中小の事業者に面倒を押し付ける悪い制度、というような論調が目についたように思います。筆者は金属労協在職中、消費税導入に向けて力を尽くしましたが、そうした立場からすると、インボイスのない消費税は欠陥税制で、その導入はまさに悲願でした。
こうした状況は、実はマイナンバー、マイナンバーカードについても同様で、かつて「グリーン・カード」の導入が1985年につぶされてしまって以来の制度であり、行政のDX化を通じて、迅速かつ手間をかけずに国民が社会保障などの給付を受けるためには不可欠な仕組みなのですが、これも、想定されるであろう範囲のミスが厳しく批判され、その普及が滞る状況となっているのは、大変不幸なことだと思います。
本来であれば、マスコミがインボイスの重要性を広く読者、視聴者に伝えてしかるべきだったと思いますが、本稿で改めて整理したいと思います。
インボイスとは何か
まずはじめに、インボイス(適格請求書)とは何か、ということですが、法定記載事項が書かれた請求書、領収書、レシートなどのことで、法定記載事項は、
①発行者の名称、登録番号
②取引年月日
③取引内容(軽減税率の品目はその旨)
④税率ごとに区分して合計した対価の額と適用税率
⑤税率ごとに区分した消費税額
⑥受領者の名称
となっています。不特定多数の顧客に発行するレシートの場合は、受領者の名称などは記載する必要がありません(適格簡易請求書)。テレビCMなどを見ていると、インボイスの発行が、さも大変なことのように思えますが、レジの機械をインボイス対応にしなくてはならないこと以外は、難しいことではないと思います。
消費税の逆進性
次に、消費税がなぜ必要なのか、という根本問題に立ち戻ってみましょう。
おぼえている方も多いだろうと思いますが、消費税のような大型間接税を導入しようとするにあたり、当時の大蔵省は、
*直間比率の是正
*所得・消費・資産にバランスのとれた課税
という説明を行っていました。
直間比率の是正とは、日本では、税収のうち、直接税、すなわち担税者(税金を負担する人)と納税義務者(税金を納める人)とが一致している税の比率が高いので、間接税(担税者と納税義務者が一致していない税金)の比率を高めようということです。消費税は、担税者が消費者で、納税義務者が事業者ですから、間接税ということになります。
しかしながら直間比率については、どの程度が正しいのか、などという目途はありませんし、外国が正しくて日本が間違っている、とも言えません。あえて言えば、間接税のほうが地下経済から税金をとりやすいので、地下経済の大きな国では、間接税を重視したほうがよい、ということは言えるかもしれません。麻薬を売って得た所得から所得税を徴収するのは、摘発しない限り不可能ですが、その所得で買い物をすれば消費税を支払うことになります。いずれにしても、日本の地下経済の比率がとくに大きいとは考えにくいので、この点で、間接税の比率を高める必要があるとは思えません。
ふたつ目に、所得・消費・資産にバランスのとれた課税ということですが、消費にかかる税金は所得課税の一種です。所得・消費・資産という区分けがそもそもおかしいし、従って、そのバランスというのもおかしな話になります。もし、所得課税の中で所得にかけるか、消費にかけるか、ということであれば、
所得-貯蓄=消費
ですから、所得のうち、貯蓄に回した部分には課税しない所得課税が消費税、ということになります。
消費税は、軽減税率を除けば一律税率であり、所得の低い人ほど、所得に占める消費税支払い額の割合が高くなることから、消費税が逆進性を持っていることは、広く認識されています。所得税と消費税を一体化して考えると、所得課税のうち、貯蓄に回した所得に課税しない部分があるということになりますから、富裕層に対する所得課税の減税制度という意味でも逆進性があるわけです。
ちなみに、こうした逆進性を少しでも緩和しようとするのが、食料品に対する軽減税率です。軽減税率にも批判が多いですが、筆者はもっと活用し、10%に対する8%ではあまりにも差が少ないので、ゼロ税率(非課税とは異なる)でよいと思っています。
前段階控除の付加価値税
消費税の最大の特徴は、「前段階控除の付加価値税」という仕組みです。例えば、鉱山 → 素材メーカー → 部品メーカー → 完成品メーカー → 問屋→ 小売店 → 消費者、というふうに商品が生産され、販売されていくとします。
まず、鉱山が1万円の鉱石を素材メーカーに販売すると、1万円の消費税1,000円を素材メーカーは鉱山に支払い、鉱山はそれを税務署に納付します。次に、素材メーカーが1万円の鉱物を使って3万円の素材を作り、部品メーカーに販売したとします。部品メーカーは3,000円の消費税を素材メーカーに支払いますが、素材メーカーは受け取った消費税3,000円から鉱山に支払った1,000円を差し引いて2,000円を税務署に納めます。以下、完成品メーカー、問屋、小売店と同じことが続きます。最終的に、小売店が消費者に10万円で販売したとして、消費者が小売店に支払う消費税は10,000円ですが、小売店が10,000円を丸ごと税務署に納めるのではなく、鉱山1,000円、素材メーカー2,000円、以下、部品メーカー、完成品メーカー、問屋、小売店が、それぞれ分担して納めるということになります。
消費税として、顧客から売上に10%をかけた金額を受け取るけれど、税務署に納付するのは、仕入れ先(前段階)に支払った消費税を控除した金額です。正確には、「販売額マイナス仕入額」が企業の産み出した付加価値で、それに10%をかけた金額が、その企業が納めるべき消費税になる、これが「前段階控除の付加価値税」という仕組みです。
なぜ消費税が必要なのか
一般的に「公平・中立・簡素」が税の三原則と言われていますが、逆進性ということからすれば、消費税は公平性に欠ける、と言えるかもしれません。また、前段階控除の付加価値税という仕組みが「簡素」からほど遠いことは明らかです。消費税が、もし間接税の税収を増やすことを目的としているのならば、付加価値税ではなく、工場出荷段階で課税する「庫出(くらだし)税」とか、小売り段階で課税する「小売売上税」といったもっと簡単な仕組みにすればよいのです。
直間比率の是正や、所得・消費・資産にバランスのとれた課税という理屈が成り立たず、しかも公平性に欠けて複雑な税制がなぜ必要なのかと言えば、それは消費税によって、所得税の徴収に際しての所得捕捉率を高めることができ、それによって税制全体として公平性を向上させることができるからです。
かつて、トーゴーサンとか、クロヨンとかいう言葉があったことをおぼえていらっしゃる方も多いと思います。
勤労者の所得は10割捕捉されていて、自営業者は5割、農家は3割だというのがトーゴーサン、勤労者は9割、自営業者は6割、農家は4割だというのがクロヨンです。
消費税を導入すると、仕入れ先に支払った消費税、顧客から受け取った消費税、そして売上との関係に整合性がとれていなくてはなりませんので、いわば「適正に処理しないこと」のハードルが上がり、所得税申告の適正化を促すことになります。旧通産省の検討会が2000年に行った試算によれば、消費税の導入によって、所得捕捉率は勤労者10割、自営業者8割、農家3割(トハサン)に変化しており、少なくとも自営業者の所得捕捉率は、改善が見られたようです。
インボイスの役割
所得税申告の適正化をさらに後押しする仕組みが、インボイスです。というよりも、前段階控除の付加価値税によって所得捕捉率を高めるためにインボイスは不可欠であり、これまでの消費税が欠陥税制だったわけです。
わが国では違いますが、本来あるべきインボイスの使い方のイメージは次のようなものです。
まず、取引が行われた場合、売り手は4枚つづりのインボイスを発行し、うち2枚を買い手に渡します。この時点で、売り手と買い手は2枚ずつインボイスを保有していますが、消費税を納める際、1枚を税務署に提出します。税務署には売り手と買い手から、同じインボイスが提出されるはずなので、一方が提出していなければ、おかしいということになるわけです。売上を過少に申告するためには、顧客と共謀する必要がありますし、仕入れ先が提出したインボイスで仕入れ額がわかり、そこから売上が推測できるので、仕入れ先も巻き込まなくてはなりません。
わが国では、消費税納税の際、インボイスの提出は求められていません。どの事業者に消費税を支払ったのか、仕入れ先の登録番号の提出も不要です。しかしながら、インボイスは7年間の保存が求められていますので、そのことが、企業や自営業者に対し、税務署の存在感をより意識させることになり、所得税申告の適正化を促すことが期待できるわけです。
益税の解消
インボイス導入のもうひとつの効果は、いわゆる「益税」の解消です。消費税では、消費税抜きの売上高が1,000万円以下の事業者については、免税事業者として消費税の納税をしなくてよいことになっています。
例えば、売上高が1,000万円、消費税込みの仕入れ額が330万円の事業者があったとします。仕入れ先に支払った消費税は30万円、顧客から受け取った消費税は100万円で、本来はその差額70万円を納税しなくてはなりませんが、免税事業者なので手許に残って利益となる、これが益税です。
前述のように、消費税を税務署に納める事業者は、インボイスに自分の登録番号を記載します。免税事業者には、登録番号が付与されないので、発行する請求書に登録番号を記載することができず、益税が発生することが顧客にわかってしまいますので、顧客には不満が生じるかもしれません。また、登録番号の記載のない請求書に基づいて免税事業者に消費税を支払った場合、その分は顧客の事業者が納付する消費税から控除されません。顧客の事業者は免税事業者に消費税を支払った上に、同じ額を税務署にも納付しなくてはならないというのが基本(経過措置あり)なので、免税事業者からの購入はやめよう、ということになってもやむを得ないところです。
売上高1,000万円以下の免税事業者であっても、届出により課税事業者となって、インボイスを発行することができますので、これによって益税が解消されることになります。小規模事業者には面倒かもしれませんが、作業を軽減するため、簡易課税という制度を利用することもできます。インボイスを集計して消費税納税額を計算するのではなく、業種ごとに「みなし仕入率」が定められていて、
顧客から受け取った消費税額×(100%-みなし仕入率)
で消費税を納付する、という仕組みです。
消費税導入までの経過
ぜいたく品のような特定の商品に課税する物品税ではなく、すべての商品・サービスに網羅的に課税する大型間接税が俎上にのぼったのは、今日につながる議論としては、大平内閣の「一般消費税」が最初でした。これによって1979年の総選挙で自民党は大敗、党内抗争が勃発し、翌1980年の衆参同日選挙中に大平総理が急逝するという事態を引き起こしました。鈴木内閣を経て中曽根内閣では、「税額票」を用いる「売上税」が法案提出されましたが、あえなく廃案、ようやく1989年、竹下内閣によって、インボイスを用いないという妥協の下に消費税が導入されたわけです。
今回のインボイス導入は、まさに40年越しで、消費税の仕組みが前進するということになります。消費税に対しさまざまな批判があり、また現在の制度がベストとは言えませんが、少なくともこうした経過を踏まえた上で、批判がなされるべきだと思います。