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(浅井茂利著作集)労働CSRの再構築を

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1639(2019年6月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利

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 厚生労働省は2008年3月、「労働に関するCSR推進研究会報告書」をとりまとめました。社内態勢の整備、労使関係、従業員の雇用形態等の状況、人権、差別禁止、労働条件、両立支援等、能力開発、雇用の安定確保及び再就職支援、労働分野における社会貢献、サプライチェーンとの関係におけるCSRへの取り組み、海外に進出した場合における労働CSRへの取り組み、など幅広い課題に関し自主点検チェックを促すなど、有意義なものでしたが、これを具体化する動きはありませんでした。
 労働の分野はCSR(企業の社会的責任)において核心的な部分であるにもかかわらず、わが国では対応が進んでいないように思われます。政府の「働き方改革」の一部は、労働CSRに合致したものですが、逆に労働CSRの観点からすると、「働き方改革」は緒に就いたばかりです。
 「働き方改革」以外にも、働く者に対する適正な成果配分、職場における多様性の確保や多様性への対応、差別や暴力、ハラスメント、企業不祥事、海外労使紛争といったさまざまな課題・問題がある中で、「労働CSR」の果たすべき役割はきわめて大きく、その再構築を図っていくことが不可欠となっています。

労働CSRと法令遵守

 CSRというと、まず法令遵守、コンプライアンスが頭に浮かびますが、CSRにおける法令遵守、コンプライアンスは、単に企業が法令に違反しないということではなく、法令をよく守る、法令の精神に遵うということを意味しています。労働法令では、努力義務規定や適用除外、猶予措置が数多く存在しており、法令遵守、コンプライアンスの重要性が他の分野に比べてより大きいと言えます。法令をよく守る、法令の精神に遵うという意味での法令遵守、コンプライアンスが根づかなければ、結局、法の抜け穴探し、法令軽視につながり、やがて法令違反を招くことになります。
 たとえば、法令に努力義務規定が設けられている場合、努力することが義務付けられているわけですから、何も努力しなければ、本来、法令違反のはずです。努力したかどうかは、企業の外部からは窺い知れませんし、努力義務違反で労働基準監督署の指導を受けたり、罰せられたりすることもないわけですが、たとえそうであっても、すべての企業が努力し、少なくとも大手企業や優良企業ではその結果を出すということが、法令を「よく守る」ということになります。(注)
 中小企業に対して適用除外や猶予措置が設けられる場合が少なくありませんが、少なくとも労働法令上では、適用除外や猶予措置は、本来、設けられるべきではありません。中小企業に働く者の労働条件が大企業を下回ることを、法律が積極的に容認すべきではないからです。
 中小企業のほうも、できる限りこうした措置を利用せず、たとえ法の適用対象となっていない場合でも、速やかに法令の求める内容を達成するようにしていくことが、法令遵守、コンプライアンスに沿った対応ということになります。

労働CSRにおける労働時間

 今般の「働き方改革」では、はじめて時間外労働の罰則付き上限規制が設けられ、年次有給休暇についても1人1年あたり5日間の取得の義務付けが行われました。労働者福祉の向上という観点から大きな前進だと思いますが、一方で、高度プロフェッショナル制度導入で長時間労働が常態化するのではないか、36協定の特別条項の上限規制の年720時間(休日労働を除く)、あるいは月100時間未満(休日労働を含む)までは従業員を働かせてよい、という意識が醸成される可能性があるのではないか、720時間に含まれない休日労働が増加するのではないか、労働組合未組織の企業などでは、所定労働日を増加させる動きが出てくるのではないか、など心配の種が尽きません。法令遵守、コンプライアンスが根付いていないことが、こうした懸念につながっています。厚生労働省としては、長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保によって、働く者が個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現するという、「働き方改革」の本旨が貫徹されるよう、実態の掌握と適正化に努めてもらいたいところです。
 また労働CSRとしては、
*週2日の週休日とともに、「国民の祝日に関する法律」に定められた休日を休日とする。
*36協定の特別条項はあくまで特別な場合であって、これを常態化させない。
*年次有給休暇は完全に取得するものである、ということを徹底させる。
などが重要だと思います。サービス業や連続操業が不可避な産業では、国民の祝日を休日にできない事情もありますが、そうした産業特性ではなく稼働日数確保やコスト削減のために祝日に働くことは、「美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために」「国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日」という国民の祝日の趣旨に反すると言わなければなりません。

海外労使紛争

 本欄で何度も触れていますが、ILO(国際労働機関)の掲げる中核的労働基準(結社の自由・団体交渉権、強制労働の禁止、児童労働の廃止、差別の排除)のような国際規範の遵守も、法令遵守、コンプライアンスの重要な要素です。CSRという概念はもともと1970年代には存在していましたが、経済のグローバル化によって多国籍企業が発展途上国、新興国に事業拠点を展開し、そこで人権や労働者の基本的な権利を侵害する事例が多数発生したため、それへの対応を進めたというのが1990年代以降のCSRの取り組みです。従って、海外事業拠点における人権や労働基本権の確保は、CSRのまさに核心的部分であり、企業にとって、グローバルな経済活動に参加するためのパスポートと言えます。
 日本企業の海外事業拠点における労使紛争(海外労使紛争)が頻発していますが、賃金交渉がこじれてストになったなどという場合であれば、労使双方が自らの主張を貫くために当然の権利を行使しているだけですから、とくに問題はありません。しかしながら、
*労働組合の組織化や労働組合活動の妨害、具体的には、業務上の怠慢や能力不足を名目にした、あるいは些細な規律違反を理由とした組合リーダーの解雇や配置転換、労働組合の団体交渉要件を満たすための認証選挙への会社側の介入。
*ストを指導した組合役員や、参加した組合員の解雇。
*会社側が団体交渉や労使協議に応じない。会社の経営状況などについて、労働組合に情報を提供しない。
などといった場合には、中核的労働基準のうちの結社の自由・団体交渉権に抵触することになりますので、見過ごすことはできません。
 中核的労働基準はILOの基本8条約(29号、87号、98号、100号、105号、111号、138号、182号)に規定されており、加盟国はその批准の如何を問わず実現の義務を負っています。一方で企業は、CSRにおいて、国内や海外展開先の法令の如何に関わらず、国際規範を遵守していくことが求められています。国際規範の中でも、4つの中核的労働基準が最重要であることは言うまでもありません。
 海外展開先の国内法がILOの中核的労働基準を満たしていない場合、国連のグローバル・コンパクトでは、「政府が人権(職場での権利を含め)の尊重を認めていないか、労使関係と団体交渉について適切な法的・制度的枠組みを提供していない国においては、労働組合とその指導者の秘密性を保護する」ことを求めています。また、社会的責任規格ISO26000では、
*国内法で適切な保護手段がとられていない場合は、国際行動規範を尊重する。
*国内法が国際行動規範と対立する場合は、国際行動規範を最大限尊重する。
などといった対応を求めています。
 中核的労働基準に抵触する労使紛争は、明確な各国国内法違反、人権侵害という事例も増えてきていますが、一方で、基本8条約には明らかに抵触するものの、国内法違反とは言い切れない、あるいは、合法の体裁を整えている場合も多く、 「国内法に違反しなければよい」という意識が、国内法よりも優先すべき国際法違反を放置することにつながっています。

グローバル枠組み協定

 金属労協の加盟するインダストリオールなど国際産業別労働組合組織(GUF)で、多国籍企業とGUFが、世界中の事業拠点と取引先における4つの中核的労働基準の遵守、モニタリングの実施、実効性の確保に関して合意し、サインするグローバル枠組み協定(GFA)締結の取り組みを推進しており、インダストリオールでは、すでにボッシュ、エレクトロラックス、フォード、ミズノ、ルノー、シーメンス、フォルクスワーゲンなど46社でグローバル枠組み協定が締結されています。2017年7月のG20ハンブルク首脳宣言では、「我々は、多国籍企業に対し、適切に国際枠組み協約(=グローバル枠組み協定)を締結するよう奨励する」ことが明記されました。
日本では、高島屋、イオンが商業系のGUFであるUNIと、ミズノがインダストリオールと締結していますが、金属産業関係では、まだひとつも事例がありません。

付加価値配分の見える化

 企業の持続的な発展のためには、バリューチェーン、ステークホルダー全体でウィン・ウィンの関係を構築していくことが不可欠です。そのためには、企業がバリューチェーン全体でどのように付加価値を創出し、産み出された付加価値がステークホルダー間でどのように配分されているかを把握することが第一歩となります。有価証券報告書など財務諸表では、人件費を把握することはできないため、財務諸表の会計数値を組み替えることにより、収益(売上高+営業外収益)や売上高のうち、どれだけが企業の外部(取引先)などに支出されたか、そしてその残余部分である付加価値が、どのようにステークホルダー(従業員、役員、株主、政府、地域、環境、内部留保、その他)に配分されたかを数値として具体的に算出し、公表する「CSR会計」の普及が必要です。CSR会計の作成・公表の動きが広がり、さまざまな産業・企業におけるCSR会計を比較・分析することが可能となれば、
*他の業界や同業他社と比べて、取引先、従業員、役員、株主などに対する支払いや内部留保、地域・社会に対する貢献が多いのか、少ないのか。
*他の業界や同業他社と比べて多い、もしくは少ないことについて、合理的な説明はできるか。
を検討することができ、企業行動を見つめ直すことによって、企業の抱える潜在的リスクを認識し、持続可能性の確保を図るための対応を促すことが期待されます。
 企業の作成するCSR報告書の国際規格であるGRI(Global Reporting Initiative)「サステナビリティ・レポーティング・スタンダード」でも、開示事項201-1「創出、分配した直接的経済価値」として、企業の収益、事業コスト、従業員給与と諸手当、資本提供者や政府への支払い、コミュニティ投資に関し、報告を求めています。ヨーロッパ系のものづくりグローバル企業では、連結決算で30%程度の売上高人件費比率を確保し、高い利益率を稼ぎ出しているところが少なくありません。CSR会計によって、そうした違いを認識することにより、高賃金・高付加価値の経営を追求していくきっかけにすべきであると思います。

(注) 昭和シェル石油事件(東京高裁判決2007年6月28日。最高裁で原告・被告双方の上告が棄却され確定)では、旧均等法における男女均等取扱いの努力義務について、法の定めた目標を達成するための努力を何ら行わず、均等な取扱いが行われていない実態を積極的に維持する場合には、不法行為を構成するとし、差額賃金および慰謝料の支払いを命じた。

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