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(浅井茂利著作集)米中新冷戦における韓国

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1643(2019年10月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利

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 日韓の対立がますます激化しています。日本政府が2019年7、8月に実施した韓国向け輸出管理の運用の見直しに関して、いわゆる徴用工裁判における韓国大法院の判決に対する報復であるかのように見ている人もいますが、今回の措置の中身を見れば、まったく的外れと言わざるを得ません。日韓の対立は、単に日本と韓国の問題ではなく、米中新冷戦の一部であり、文在寅政権が「自由で開かれた」側、すなわち自由主義・民主主義陣営から離脱しようとしている以上、輸出管理において、自由主義・民主主義陣営の国や地域に適用されるカテゴリーには当てはまらなくなった、ということにすぎません。米中新冷戦が長期にわたることが予想されている以上、韓国国民が自由主義・民主主義陣営に留まることを選択するのでない限り、日韓対立の長期化も覚悟しておく必要があります。

韓国向け輸出管理の運用の見直し

 2019年7、8月に実施された韓国向け輸出管理の運用の見直しは、二つの内容からなっています。一応簡単に整理してみたいと思います。
 まずひとつは、7月4日に実施された「特定品目の包括輸出許可から個別輸出許可への切り替え」で、フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の韓国向け輸出およびこれらに関連する製造技術の移転について、包括輸出許可制度の対象から外し、個別に輸出許可申請を求め、輸出審査を行っていくというものです。
①フッ化ポリイミドはレーダーの絶縁材料、レジストは軍用機の半導体、フッ化水素は化学兵器に使用される可能性がある。
②3品目とも、日本の世界シェアが非常に高い。
ということからすれば、これらの品目が独裁国家やテロリストによる兵器の開発などに使われないようにすることは、世界の安全保障上、日本のきわめて重要な責務ということになります。

輸出管理上のカテゴリーの見直し

 二つ目は、韓国に関する「輸出管理上のカテゴリーの見直し」です。
 日本やアメリカなどの保有する高度な製品や技術が、独裁国家やテロリストによる大量破壊兵器や通常兵器の開発・製造・使用・貯蔵に用いられれば、安全保障上の脅威となります。これを未然に防ぐため、核兵器関連、生物・化学兵器関連、ミサイル関連、通常兵器関連の4分野において、それぞれ30~40数カ国が参加して国際的な枠組み(国際輸出管理レジーム)を構築し、輸出管理を行っています。
 わが国では、国際輸出管理レジームを踏まえ、リスト規制とキャッチオール規制という二つの規制を行っています。リスト規制とは、武器や大量破壊兵器の開発などに用いられる恐れの高い品目を政省令で定め、すべての国・地域に対する輸出に関して、経産大臣の許可を必要とするものです。ただし、各国際輸出管理レジームに参加し、輸出管理を厳格に実施している「グループA」の26カ国(注)に輸出する際には、企業が「一般包括許可」を取得すれば、個別に許可を取る必要がありません。
(注)アルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、ベルギー、ブルガリア、カナダ、チェコ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリス、アメリカ

 リストには、武器、原子力、化学・生物兵器、ミサイルなどといったものはもちろんですが、ベアリング、IC、通信用光ファイバー、数値制御工作機械などごく一般的な素材、部品、機械なども記載されています。
 一方、キャッチオール規制は、リスト規制のリストに記載されていない品目についても、先ほどの26カ国以外に輸出して、大量破壊兵器の開発などに用いられる恐れのある場合には、経産大臣の許可が必要となる制度です。これには、経産大臣から輸出許可申請をするよう通知がある場合と、輸出しようとする者が判断して、経産省に相談する場合とがあります。経産大臣からの通知がない場合でも、顧客企業が大量破壊兵器の開発などへの関与が懸念される企業・組織として経産省の作成している「外国ユーザーリスト」に掲載されている場合には、大量破壊兵器の開発などに用いられないことが明らかな場合を除き、経産大臣の許可が必要となります。
 韓国はこれまで、先ほどの26カ国と同じカテゴリーに入っており、リスト規制については「一般包括許可」でよく、キャッチオール規制の適用外となっていましたが、8月28日からは、リスト規制については、韓国に輸出しようとする企業は輸出管理内部規定の整備が求められることになり、またキャッチオール規制の対象とされることになりました。

日本の輸出管理強化はコレグジットへの対応である

 こうした規制の内容からすれば、韓国に対する輸出管理の厳格化が、徴用工裁判への報復などというレベルの問題ではなく、世界の安全保障上の問題であるということがよくわかります。
 経済産業省の発表では、これらの措置は、
*韓国との信頼関係の下に輸出管理に取り組むことが困難になっていること。
*韓国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生したこと。
を理由としていますが、単に日韓間の信頼関係が損なわれたというだけでなく、自由主義・民主主義陣営と文在寅政権との信頼関係が損なわれたと考えるべきだと思います。
 米中新冷戦の下で、好むと好まざるとに関わらず、世界は「自由で開かれた」側、すなわちアメリカを中心とする自由主義・民主主義陣営と、中国に従う独裁主義の陣営とに二分されていきます。日本は当然、自由主義・民主主義陣営の主要なメンバーであるわけですが、文在寅政権については、自由主義・民主主義陣営を離脱し、独裁主義陣営に加わろうとしている(コレグジット)という見方が、いまやコンセンサスになっていると思います。徴用工裁判において法治主義を放棄したことは、そのひとつの証拠ですし、GSOMIA(日韓秘密軍事情報保護協定)の破棄は、まさにコレグジットの第一歩ということになります。もちろん、韓国国民に対しコレグジットを正面切って打ち出したりすれば、国民の困惑・反発は相当大きなものになるでしょうから、文在寅政権としては「反日」を前面に掲げ、その陰に隠れて、自由主義・民主主義陣営からの離脱を図ろうとしているものと思われます。
 ちなみに、日韓関係の悪化は、徴用工裁判からではなく、2012年の李明博大統領の竹島上陸に端を発しています。李明博大統領は保守派であり、自由主義・民主主義陣営からの離脱など、夢にも想定していなかっただろうと思いますが、その軽率な行動が、文在寅政権誕生とコレグジットに道を開くことになったということは、日本としても他山の石とすべきだと思います。

新アチソンラインの構築

 これまで、自由主義・民主主義陣営と独裁主義陣営との境界は、板門店のある北緯38度線だったわけですが、これを対馬と朝鮮半島との間の朝鮮海峡(対馬海峡西水道)まで後退させる「新アチソンライン」がクローズアップされるようになってきました。もともとの「アチソンライン」とは、トルーマン大統領の下でアチソン国務長官が、共産主義を封じ込めるために示した不後退防衛線のことで、まさに対馬と朝鮮半島との間を境界線としていました。「アチソンライン」では、台湾が不後退防衛線の外、すなわち中国側に置かれていましたが、「新アチソンライン」では、台湾と大陸の間の台湾海峡に境界線が引かれています。

弱い地域の切り捨ては安全保障上むしろ必要

 アメリカがそんなに簡単に韓国を放棄するのか、と思う人がいるかもしれませんが、安全保障上、弱い地域を内部に抱えていることは、得策ではありません。ローマ帝国では、五賢帝2人目のトラヤヌス帝の時に、版図が最大となりましたが、次のハドリアヌス帝は帝国の辺境をくまなく訪れ、防衛が難しいところからはさっさと撤退してしまいました。ローマ帝国はこのあと、五賢帝5人目のマルクス・アウレリウス帝の時代から、衰亡に向かうことになりますが、それでも西暦476年(西ローマ帝国)まで存続できたのは、ハドリアヌス帝の防衛策が機能していたことも要因のひとつだろうと思います。
 とりわけトランプ大統領の同盟国に対するスタンスは、同盟国は甘えるな、同盟国は同盟国として、しっかり責任を果たしてくれ、というものです。同盟国のはずなのに、同盟を離脱しようとしている国などは、とっとと出て行ってくれ、というのがトランプ大統領の感覚なのではないでしょうか。

日韓対立の方向性は三つ

 日韓対立が米中新冷戦の一部である以上、日本政府の対応でどうこうできるものではありませんが、今後の方向性としては、次の三つが想定されるのではないかと思います。
 まずひとつは、本当にコレグジットが成立し、新アチソンラインが構築されるという状況です。この場合、米中新冷戦が決着するまでは、韓国との関係も冷え切ったままとなります。日本は、自由主義・民主主義陣営の最前線となりますので、日本の置かれた立場は、米ソ冷戦の時以上に、シビアなものとなることは避けられません。
 二つ目は、文在寅政権が崩壊することにより、韓国が自由主義・民主主義陣営の側に留まる、というシナリオで。文大統領は、次々とスキャンダルが明るみに出ている曺国(チョ・グク)氏を法務大臣に就けましたが、これは民主国家では考えられない選択です。しかしながら、韓国に再び保守政権が誕生し、コレグジットが覆される事態を避けるためには、曺国氏の法相就任が不可欠となっているのだろうと思われます。
 三つめは、北朝鮮が自由主義・民主主義陣営の仲間入りをするというシナリオです。荒唐無稽のように思われるかもしれませんが、金正恩委員長が北朝鮮の指導者となってまず行ったことが、中国政府との窓口だった叔父の張成沢氏の処刑であったことから窺えるように、金委員長はもともと中国に強い反感を持っているとの観測があります。自らの生命と政権の存続が保障され、中国からの侵攻を阻止することさえできれば、表面的には中国政府との友好を保ちつつ、事実上は自由主義・民主主義の陣営に加わるという可能性もないわけではありません。
 独裁政権の北朝鮮が、独裁政権のままで自由主義・民主主義の陣営に加わるというのは悪い冗談のように感じると思いますが、自由主義・民主主義に反する勢力を放置しておけば、自由主義・民主主義が崩壊する、自由主義・民主主義を守るためには、表面的には自由主義・民主主義に抵触するように見えることでも許される、というのが、ナチズムの台頭を許した過去の経験から得た自由主義・民主主義陣営のコンセンサスです。少なくとも米中新冷戦に勝利を修めるまでは、アメリカが金正恩政権の存続を容認したとしても、なんら不思議ではありません。北朝鮮が自由主義・民主主義陣営に加われば、韓国も当然、自由主義・民主主義陣営に留まることになるだろうと思います。

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