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経済情勢をどう見るか・・・消費者物価(1)

2022年10月24日
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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 2023年春闘のポイントが物価の上昇にあることは、誰しも認めるところだと思います。消費者物価上昇率(総合)は2022年8月、9月と3.0%に達していますが、これは、2014年の消費税率引き上げ時を除けば、1991年11月以来、30年9カ月ぶりの高い上昇率です。賃上げの要求策定や団体交渉において、消費者物価上昇率はきわめて重要な材料となりますが、今回のコストプッシュインフレという非常事態に対応するため、改めて論点整理をしていく必要があります。

<ポイント>
・賃上げの要求策定や団体交渉における材料としての消費者物価上昇率は、「総合」を用いるべきである。
・過年度上昇率を基軸に、急激な変化が生じていたり、急激な変化が予想される場合には、足元の上昇率や当年度上昇率の予測値もあわせて検討するという姿勢が基本となる。
・2023年春闘に関しては、過年度(2022年度)消費者物価上昇率2.5%程度というのが現時点でのコンセンサスであるが、予測値の上方修正は避けられないものと見られる。当年度(2023年度)については、見方にやや幅がある。
・今回の物価高騰は、コストプッシュインフレである。日本銀行の消費者物価上昇率目標は2%だが、これは需要拡大によって達成すべきもの(デマンドプル)であり、今回2%を超えているとしても、目標が達成されたわけではない。
・コストプッシュインフレに対し金融引き締めによる需要抑制で対抗するのは、本来悪手である。米欧では需要抑制をすべき、できる経済状況にあったが、日本はそうではない。
・コストプッシュインフレの解消に向けて日本政府のなすべきことは、産油国への増産要請であるが、岸田総理が自らサウジアラビアに乗り込むといった積極的な動きは見られない。 
・円安はインフレ要因のひとつではあるが、日本の物価上昇率が米欧より大幅に低いことの結果にすぎない。

消費者物価指数の種類

 総務省統計局から発表されている消費者物価指数にはいくつかの種類(系列)があり、「総合」が代表的なデータですが、マスコミ報道では「生鮮食品を除く総合」が使われています。賃上げの要求策定や団体交渉における材料として、どれを使用すべきなのか、まず整理したいと思います。
総合
消費者物価指数の計算に採用されているすべての品目の価格の変化を反映しているもの。
生鮮食品を除く総合
天候要因で値動きが激しい生鮮食品を除外することにより、一時的な要因を排除しようとするもの。
生鮮食品及びエネルギーを除く総合
さらに、原油価格の影響を直接受けるエネルギーを除外することにより、海外要因を排除しようとするもの。
持家の帰属家賃を除く総合
消費者物価指数には、当然、家賃が含まれているが、借家だけでなく持家についても、持家を借家とみなした場合支払われるであろう家賃=「持家の帰属家賃」を算入している。しかしながら実際には支払っていないので、厚生労働省「毎月勤労統計」における実質賃金の算出や、総務省統計局「家計調査」における実質値の算出には、「持家の帰属家賃を除く総合」が用いられている。
 
 マスコミ報道で「生鮮食品を除く総合」が使用されているのは、消費者物価指数の毎月の短期的な変動で「基調」を示すことにニュースバリューがあるためです。
*賃上げの要求策定や団体交渉では、消費者物価指数の短期的な変動ではなく、年単位あるいは中長期で見て、賃金が物価変動に対応できているかどうかが焦点となる。
*生鮮食品やエネルギーは、生活必需品の中でも最も重要なものである。
というふたつの理由により、賃上げの要求策定や団体交渉の材料としての消費者物価指数から、生鮮食品やエネルギーを除外することはできないと思います。
 また、賃上げの要求策定や団体交渉の材料としては、本来は、毎月勤労統計や家計調査と同様に「持家の帰属家賃を除く総合」を用いるべきではありますが、「持家の帰属家賃を除く総合」とは何か、という説明の難しさがありますので、結局、「総合」を使用するしかないと思います。
 ただし、予測という点では、政府以外の予測、すなわち日本銀行や第一生命経済研究所を含めた民間調査機関の予測では、「生鮮食品を除く総合」が用いられているので、それを流用せざるをえません。

どの時点の消費者物価の変動を見るのか

 賃上げの要求策定や団体交渉の材料として消費者物価指数の変動(上昇率)を見る場合、どの時点の変動を見るのかという問題があります。主に次の3つが考えられます。

過年度上昇率
2023年春闘で言えば、2022年度の上昇率。2022年4月~2023年3月の月ごとの消費者物価指数を平均し、2021年4月~2022年3月の消費者物価指数の平均値に対する上昇率を求めたもの。要求策定時点や交渉時点では、まだ年度が終わっていないので確定しておらず、予測(実績見込み)ではあるが、年度の半分から4分の3は経過しているので、突発的な出来事がない限り、予測が大きくはずれることはない。
当年度上昇率
2023年春闘で言えば、2023年度の上昇率。本来、X年度にY%の物価上昇が見込まれるならば、X年の春闘で賃上げしておくことが望ましいので、賃上げの要求策定や団体交渉の材料としては、当年度上昇率が最も相応しい。しかしながら、予測しかなく、結果が予測とまったく違ったものになる可能性も大きい。そのため、労使での認識の共有化が図りにくい。
足元の上昇率
直近の消費者物価上昇率(前年同月比)の動向を見るもの。2023年3月の消費者物価指数の、2022年3月の指数に対する上昇率が2022年度の「年度内上昇率」ということになる。

 賃上げの要求策定や団体交渉の材料としては、結局、過年度消費者物価上昇率を基軸としつつ、急激な変化が生じていたり、急激な変化が予想される場合には、足元の上昇率や当年度上昇率の予測値もあわせて検討するという姿勢が基本になると思います。

2022年・23年度の消費者物価上昇率の予測

 2023年春闘において過年度となる2022年度消費者物価上昇率、そして当年度となる2023年度消費者物価上昇率の予測は、以下のようになっています。
                        2022年度  2023年度
政府(総合、7月時点)               2.6%      1.7%
日本銀行(生鮮食品を除く総合、7月時点)      2.3%              1.4%
民間調査機関平均(生鮮食品を除く総合、10月時点)  2.52%     1.25%
第一生命経済研究所(生鮮食品を除く総合、9月時点) 2.5%      0.9%

 2022年度については、ほぼ2.5%程度というのがコンセンサスとなっていますが、仮に消費者物価指数が9月の水準(103.1)で続いたとしても、年度の平均上昇率は2.7%になりますので、予測値の上方修正は避けられないものと見られます。2023年度については、見方にやや幅があるというところだと思います。

今後の物価動向の見方

 今回の物価上昇の特徴は、コロナ禍に端を発した素材・部品の供給制約、ロシアのウクライナ侵攻に伴う資源価格の高騰という、コスト要因によるもの、すなわちコストプッシュインフレだということです。
 物価の上昇には、資源などの価格が何らかの原因によって上昇し、それが一般的な物価に波及するコストプッシュインフレと、金融緩和を通じて需要が拡大し、これによって物価が上昇するデマンドプルインフレがあります。
 コストプッシュインフレは、基本的には短期間に収束するものです。たとえば原油価格が100から150に急激に上昇し、その影響で消費者物価指数も100から110に跳ね上がったとします。しかしながら、原油価格がその後も上昇し続けない限り、すなわち原油価格が150のままであれば、消費者物価指数も110のままとなり、1年後の消費者物価上昇率(前年同月比)はゼロ%となるわけです。現実的には、原油価格はある程度継続して上昇するでしょうし、その影響が後に残るということもありますが、コストプッシュインフレは短期間で収束するというのが基本です。各機関の予測を見ても、2023年度の上昇率が2022年度よりも大幅に鈍化すると見られているのは、そのことを示しています。
 ただし、コストプッシュインフレが短期的なものであるとはいっても、上記の例で言えば、消費者物価指数が100から110に上昇したという事実は残るわけですから、賃金もこれに対応して引き上げられなくてはならないのは当然です。

 日本銀行は2013年以来、消費者物価上昇率の目標を2%としてきましたが、これはあくまで需要拡大による物価上昇をめざしたものです。コストプッシュで消費者物価上昇率が2%を超えているとしても、それで目標が達成されたわけではありません。
 米国や欧州の中央銀行は、物価の高騰に対抗するため金融引き締めを強化しています。金融引き締めは需要を抑制するためのものですから、コストプッシュに対して需要抑制で対抗するのは、本来は悪手です。しかしながら、米国や欧州では、たとえ悪手であるとしても、金融引き締めで需要抑制を行うべき、行うことのできる経済状況であるのに対し、日本がそうした状況にないことは明らかです。
 日米欧の実質GDP成長率と消費者物価上昇率を比べると、以下のような状況にあります。

        実質GDP成長率      消費者物価上昇率
         2020年   2021年   2020年 2021年 2022年8月
日本     ▲4.6%  1.7%    0.0% ▲0.2%  3.0%
米国     ▲2.8%  5.9%    1.2%  4.7%  8.3%
ユーロ圏   ▲6.1%  5.2%    0.2%  2.6%  9.1%
資料出所:外務省「主要経済指標」

 たとえば米国では、2021年の実質GDP成長率が2020年のマイナス幅を大きく上回る5.9%となっており、物価は2%目標を大きく上回る4.7%となっています。金融引き締めによる需要抑制をすべき、できる経済状況であることは明らかです。ユーロ圏も米国ほどではありませんが、同様の傾向です。
これに対し、日本の成長率はコロナ禍からの回復分込みでやっと1.7%成長にすぎず、直近の物価上昇率も3.0%です。
 コストプッシュインフレを鎮静化させるために行うべきことは、
①ウクライナの国土回復による早期戦争終結に向けた支援
②資源供給の拡大に向けた資源国への働き掛け
です。①はもっぱら欧米諸国に委ねるとして、②については、短期で成果をあげられ、しかも影響が大きく、アナウンス効果も大きいのは原油の増産なのですが、産油国への働き掛けは米国主導ではうまくいかず、OPECプラス(OPEC+ロシア、メキシコなど)は9月、10月の会合において連続で減産を決定しています。まさに日本の出番なのですが、岸田総理が自らサウジアラビアに乗り込むといったような、積極的な動きは見られません。

円安の問題

 円安に歯止めがかかりません。10月下旬には140円台後半~150円程度で推移しています。円安が物価上昇の一因となっていることは明らかで、9月16日の東洋経済ONLINEに掲載されている大和証券の分析によると、2022年7月の消費者物価上昇率(生鮮食品を除く総合)2.33%のうち、
*現地通貨建ての輸入物価要因が0.95%
*為替要因が0.54%
*GoTo・通信料要因がマイナス0.09%
*その他要因が0.93%
となっており、消費者物価上昇率のうち為替要因が全体の23%を占めるところとなっています。
 経常収支が黒字である限り、円安は日本経済全体にとってプラスということになりますが、2022年8月の経常収支は、わずか589億円に止まっています。また、製造業では、円安により業績が押し上げられていますが、バリューチェーン内で、円安によるコスト増が適切に負担されているのかどうか、という問題があります。いずれにしても、日本の対ドルの購買力平価(日米の物価水準がイコールになる理論的な為替レート)は、ちょうど1ドル=100円(2021年)ですから、この水準から大きく、例えば20%以上乖離することは、為替相場の急激な変動を招きやすく、好ましくありません。
 円安の原因が、日本と米欧との金融政策の違いにあることは明らかです。日本では、(少なくとも表向きは)金融緩和を続けていますが、米欧では急速に利上げを進めています。資金は金利の高いほうに流れるので、円を売ってドルを買うことになるわけです。
 とはいえ、前述のとおり、日本の経済環境は米欧とはまったく違いますので、米欧と同様に金融を引き締めて円安を是正しろ、というのは乱暴な主張です。円安は、日本の物価上昇率が米欧よりも大幅に低いことの結果にすぎません。
 日本のGDPギャップは、2022年4~6月期時点でマイナス2.7%となっていますが、これは、日本経済全体の潜在的な供給力に比べ、実際の需要が2.7%少ない状態にあることを示しており、この状況で金融引き締めを行うことは好ましくありません。
 ちなみに、日本銀行の金融政策は、表向きは大幅な金融緩和を続けていることになっていますが、実際にはほぼ金融緩和は終了しており、現時点では、緩和でも引き締めでもない、景気に中立的な金融政策になっているものと見られます。この点については、後日、ご説明したいと思います。

*この記事に関するバックデータは、会員向けの記事において、随時、提供していきます。

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