
(浅井茂利著作集)2020年闘争を振り返る
株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1653(2020年8月25日)掲載
金属労協政策企画局主査 浅井茂利
<情報のご利用に際してのご注意>
本稿の内容および執筆者の肩書は、原稿執筆当時のものです。
当会(一般社団法人成果配分調査会)は、提供する情報の内容に関し万全を期しておりますが、その正確性、完全性を保証するものではありません。この情報を利用したことにより利用者が被ったいかなる損害についても、当会および執筆者は一切責任を負いかねます。
2020年闘争は、米中新冷戦や2019年10月の消費税率引き上げなどの影響により景気の低迷が続く中で、新型感染症の拡大がさらに追い打ちをかける状況での闘争となりました。
その結果、賃上げ獲得組合の比率が大幅に低下しましたが、一方で、賃上げを獲得した組合の賃上げ額は、環境激変の影響を一定程度に押し止めるという、二極分化の状況となりました。
方針策定時点の情勢認識とその後の変化
2020年闘争を推進するにあたり、JC共闘は、次のような情勢認識に立って、方針を策定しました。
*わが国金属産業は、米中対立の激化、日韓関係の悪化、英国のEU離脱をめぐる混乱の長期化など国際環境激変の渦中にある。一部の業種では景況の改善が見られるものの、全体としては、輸出の減少、生産・出荷の低迷、中国にある現地法人の不振など、打撃を受けている。
*わが国は2018年末以降、経済の減速が続いている。2019年8、9月には、消費税率引き上げ前に若干の駆け込み需要が見られたが、10月以降、その反動減、および消費税率引き上げや台風・大雨など災害の影響が注視されている。
*米中対立は、単なる貿易摩擦、経済戦争に止まらず、人権、イデオロギー、政治体制、軍事・安全保障、経済・産業、科学技術、情報通信などすべてを賭けた「米中新冷戦」であることが広く認識されるようになっている。米中貿易交渉の一部合意により、一時的な関係改善も想定されるものの、対立は相当長期に及ぶことを覚悟する必要がある。
2020年に入ると、米中対立の激化に加え、新型感染症の拡大により、中国からの部品供給が途絶し、金属産業の一部では、操業を停止せざるを得ない状況となりました。4月7日には、政府から新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言が発令され、外出や営業の自粛、施設の使用制限などが求められ、経済活動は大幅に縮小しました。
金属産業では、中国からの部品供給の途絶に加え、世界的な需要の大幅な減少により、生産縮小のための稼働日振り替え、一時帰休などの雇用調整の実施などさらに影響が広がりました。
JC共闘の集中回答
2020年の集中回答日は3月11日でしたが、これはJC共闘の集中決戦方式が始まって以来、最も早い日程ということになります(これまでは最も早くて12日)。
早い回答日であったために、結果として大手企業では、労使交渉において、新型感染症の影響が比較的少なかったということが言えると思います。一方、集中回答日よりもあとに回答を引き出したところでは、中堅・中小の労使を中心に、
*速やかに有額回答での決着を図り、感染対応を急いだところ。
*極度の収益悪化により有額回答に踏み切れなかったところ。
など、それぞれ対応が分かれるところとなりました。
この結果、回答引き出しはやや遅れ気味となりましたが、全体として大幅にずれ込むという状況にはなりませんでした。緊急事態宣言の影響により前年同時期の比較ができませんが、2019年には5月下旬の時点で、要求提出2,699組合中2,389組合で回答引き出しという状況でしたが、2020年には5月中旬の集計で、2,700組合中2,235組合の引き出しとなっています。
7月の最終集計では、2019年が要求提出2,764組合中2,684組合の回答引き出し、2020年が2,767組合中2,680組合の引き出し、とほぼ同水準の回答引き出し状況となっています。
賃上げ獲得組合は2019年に続いて大幅に低下
しかしながら、回答引き出し組合に占める賃上げ獲得組合の比率は、2019年に続いて大幅低下となったことは否定できません。
2018年闘争では、賃上げ獲得組合の比率は、全体での賃上げの取り組みを再開した2014年以降で最高の67.0%でしたが、2019年は63.1%に低下、2020年にはさらに14.9ポイント低下して48.2%となりました。
組合規模別で見ると、299人以下の中小組合が前年に比べ14.9ポイント低下して42.7%と約4割に止まり、300~999人の中堅組合は16.9ポイント低下して60.1%となりました。
300人以上の大手組合も12.4ポイント低下して66.1%に止まりました。
賃上げ獲得組合が過半数割れとなったのは、2014年以降でははじめてとなります。とりわけ、5月中旬の集計と7月の最終集計を比べると、回答引き出し組合は445組合増加しましたが、このうち賃上げ獲得組合は145組合に止まり、まさに新型感染症の打撃が浮き彫りになったと言わざるを得ません。
賃上げ獲得組合での賃上げ額は小幅減に止まる
賃上げ獲得組合における賃上げ額の平均は1,230円で、前年(1,450円)に比べ220円のマイナスとなりました。賃上げ獲得組合の比率は大幅に低下したものの、賃上げ獲得組合の賃上げ額は、緊急事態の状況下において、労働組合として社会的相場形成の力を発揮することにより、環境激変の影響を一定程度に押し止めることができたと言えます。5月中旬と7月の最終集計を比較すると、回答引き出し組合は145組合の増加に止まりましたが、賃上げ額の平均は1,211円から1,230円に、わずかではありますが上昇したことは、象徴的と言えます。
規模別で見ると、1,000人以上の組合が961円(前年差マイナス277円)、300~999人が1,123円(同マイナス180円)、299人以下は1,316円(同マイナス220円)となっています。
賃上げ額は全体として前年を下回っていますが、中堅・中小労組の落ち込みは、大手労組よりもやや小さく、2019年と同様、規模の小さい組合ほど、賃上げ額が大きくなっています。とりわけ299人以下の組合は、4年連続で1,000人以上の組合の賃上げ額の平均を上回り、その額は大手よりも3割以上高くなっています。
賃金格差是正に関しては、要求額が大手を上回る傾向が続いており、個別賃金方式で取り組む組合も増加しているなど、状況の厳しい中で、継続的な取り組みが行われています。金属労協や各産別が賃金の底上げ・格差是正を掲げ、各組合が賃金水準を重視し、めざす水準を明確にして賃上げに取り組むことによって、経営側の理解が進み、産別・単組ごとに見ても、中小労組が大手労組を上回る回答を引き出す動きがさらに広がっており、特別なことではなくなってきています。
今後も賃上げを基軸とした「人への投資」が不可欠
近年、経営側、とりわけ大手企業では、2014年以降の6年間の賃上げの累積による負担の重さ、産業内において賃金水準が相対的に高いことなどを理由として、 「人への投資」は賃金だけではなく、職場風土の改善や個々の意識の尊重こそ重視すべき、などの主張が見られ、賃上げに対する抵抗が年々強まる状況にあります。2019年闘争以降、大手組合における賃上げ獲得比率の低下が顕著となっており、2020年闘争では、経済環境悪化とあいまって、JC共闘の代表的な組合である集計象組合において、56組合中12組合が賃上げを獲得できませんでした。
4年連続で中小労組の賃上げ額平均が大手を上回っていることにしても、格差是正の取り組みが成果を上げてきたのと同時に、大手労組の賃上げ額が低下していることも要因のひとつであることは否定できません。
しかしながら、
①働く者にとって、ライフステージに即した生計費確保の見通しが立っているという、生活の安心・安定が重要であること。
②個人消費拡大による安定的・持続的成長のためにも恒常的な所得の引き上げが不可欠であること。
③実質賃金のマイナス傾向が続いてきたこと。
④わが国の人件費水準が主要先進国中で最低に止まっていること。
などからすれば、「生産性運動三原則」に基づく「成果の公正な分配」は、基本賃金の引き上げが基軸でなくてはなりません。金属労協では、マクロの生産性向上に見合った賃金への配分、消費者物価の上昇を踏まえた実質賃金確保という考え方を基本に、「人への投資」を求めてきました。今後とも、働く者の生活の基盤である基本賃金の引き上げこそが成果配分、「人への投資」の基軸であるという方針を揺るぎないものとして堅持し、取り組んでいく必要があります。
なお、産別確認の下、基本賃金の引き上げを基本としつつも、産別内において相当程度高い賃金水準となっている組合の一部では、賃金と類似性の高い「人への投資」を賃上げ回答として引き出しました。JC共闘として、基本賃金の引き上げを基本とする姿勢を堅持した上で、こうした回答について、適正な成果配分を確保するための必要性、基本賃金引き上げに匹敵する価値や安定性の確保、社会的相場形成に寄与するための情報共有化のあり方などについて、十分に検証する必要があります。
一方、産業が大きな変革期を迎えているところでは、収益に関わらず、正規雇用で働く者の賃上げに対する経営側の抵抗が一層強いものとなっています。金属産業全体として、基本賃金引き上げを基軸とした「人への投資」をどのように求めていくのかが課題となります。
中小労組が大手労組を上回る回答を引き出す流れが広がりを見せているものの、大手労組が賃上げ要求を行わないと中小労組も要求できない、大手労組が賃上げ回答を引き出せないと中小労組も引き出せないという状況は根強く残っています。大手労組が賃上げを要求することによって、中堅・中小労組の賃上げ要求に波及し、賃金の底上げ・格差是正につながっており、共闘効果を高める上で、引き続き大手労組は役割を果たしていく必要があります。
同時に、すべての中小労組が大手労組の動向の如何に関わらず、あるべき賃金水準の実現と適正な成果配分を図るべく必要な賃上げの要求を行い、獲得できるよう、その自力の向上に向けて、JC共闘全体として、環境整備、交渉支援強化などを行っていくことが重要です。中小労組が産業内における賃金水準の位置づけを把握・分析し、めざす水準を掲げて取り組むことができるように支援する必要があります。
また、法定最低賃金の引き上げへの対応や人材確保のため、初任給など若年者の賃金が引き上げられる一方で、中堅世代の賃金の停滞や、賃金カーブの歪みが生じている場合があります。組合員の納得感の得られる公正な配分が行われるように賃金水準のチェックを行うとともに、歪みが見られればその是正に取り組まなくてはなりません。
最低賃金の取り組み強化
2020年の闘争方針では、企業内最低賃金協定の水準について、高卒初任給準拠を基本とした上で、月額177,000円程度(時間あたり1,100円程度)をJC共闘の中期的目標とし、各産別でその達成をめざして計画的に取り組んでいくことにしました。各産別では、要求基準を引き上げ、交渉資料を充実させるなど取り組みを強化した結果、多くの組合で水準引き上げを獲得し、金属産業全体の賃金の底上げに寄与することができました。
最終集計ではありませんが、7月の時点で企業内最低賃金協定(18歳最賃・月額)の水準は、引き上げに至らなかったところも含め、昨年に比べl,066円増となっており、引き上げを行ったところの引き上げ額の平均は2,240円で昨年の2,112円を上回っています。
地域別最低賃金が政府目標である全国加重平均1,000円に到達する際には、東京都・神奈川県の地域別最低賃金は1,100円程度となることが見込まれています。JC共闘ではこれに抵触しない水準として177,000円を示しましたが、これによって地域最低賃金の見通しを労使で共有し、企業内最低賃金協定を引き上げる必要性について認識する上で効果を発揮しました。
企業内最低賃金協定は、組合員の賃金の底支えによって安心を確保するだけでなく、特定最低賃金の申出要件の確保や金額審議に大きな役割を果たしています。金属産業で働く未組織労働者や非正規雇用で働く労働者の賃金の底上げを果たすためにも、締結拡大と水準の引き上げに、さらに強力に取り組んでいく必要があります。