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「ジョブ型人事」にどう対処するか(1)

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1689(2023年8月25日)掲載
一般社団法人成果配分調査会代表理事 浅井茂利

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 2023年5月、政府の「新しい資本主義実現会議」がとりまとめた「三位一体の労働市場改革の指針」において、「職務給(ジョブ型人事)」の導入が打ち出され、6月の「骨太方針」、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」もこれに基づいたものとなっています。
 「指針」の特徴としては、
①従来は、「職務給(ジョブ型雇用)」とされていたのが、「職務給(ジョブ型人事)」に変更されていること。
②「個々の企業の実態に応じた職務給の導入」が謳われているが、このため、職務給の具体的な制度設計については、とくに示されておらず、ジョブ型人事制度がすでに導入されている3社の事例が紹介され、さらに事例集をとりまとめることが打ち出されているに止まっていること。
が挙げられます。
 ①については、雇用システム全体を変えるには、法律も、慣習も、そして人の心も変えなくてはならず時間がかかるので、とりあえずは、企業の人事制度、人材マネジメントの中でできることからやる、という趣旨のようです。しかしながら、賃金・処遇制度はその国の社会環境を反映し、賃金・処遇制度以外の諸システムと一体となって形成されてきているわけですから、仮に職能給を職務給に転換した場合には、定年制や労働時間をはじめさまざまな制度や慣行について、職務給との整合性を図っていかなければなりません。
 ②については、「個々の企業の実態に応じた」賃金制度を導入するのであれば、なにもあえて政府が「職務給」の導入に旗を振る必要はないように思われます。とりわけジョブ型人材マネジメントの本家である米国では、「脱職務主義・職能給化」が進んでいるということですから、日本がこれに逆行して職務給化を図れば、いわゆる成果主義賃金制度を導入した時と同様、わが国産業・企業の成長力を削ぐことが強く懸念されます。

そもそも職務(ジョブ)とは何か

 「職務給(ジョブ型人事)」に関する考察を始める前に、そもそも職務(ジョブ)とは何か、ということを整理したいと思います。職務(ジョブ)という言葉はあいまいなイメージの言葉ですし、「指針」でもきちんと説明されていません。人事・労務の世界では、同じ言葉であっても、人によって意味が異なるのが当たり前なので、この点は非常に重要です。
 ここでは、「職務(ジョブ)」とは、ひとつまたは複数の職務内容を遂行する「ポジション」である、と定義したいと思います。そして職務内容は、さまざまな作業によって成り立っています。
 職務は職務内容を遂行するもの、という定義がひどいものであることは承知していますが、「職務内容」を言い換える適切な言葉がないので、がまんしていただきたいと思います。職務内容のことを業務とか、課業とか言う場合もありますが、別の意味で用いられることもあるので、ここでは用いません。
 たとえば、自動車販売会社の営業職の場合、
職務:販売課員
職務内容:①新規顧客開拓
     ②既存顧客管理・販売促進
     ③イベントの企画・実施
     ④新人課員の育成、など
作業:顧客訪問、パンフやメンテナンス案内の送付、接客、見積の作成、メンテナンス部門との調整、新人課員の行った作業のチェック、など
といった具合になると思います。ただし、職務内容と作業の区分は相対的・流動的です。パンフやメンテナンス案内の送付のためにアルバイトを雇っているとすれば、パンフやメンテナンス案内の送付は、その人の「作業」ではなく、「職務内容」になります。

「指針」では、「職務給(ジョブ型人事)」についてどのような姿を想定しているか

 次に「指針」では、「職務給(ジョブ型人事)」について、どのような姿を想定しているのか、「基本的考え方」や、紹介されている「導入事例」の記載内容から整理したいと思います。
①企業内のそれぞれの職務について、職務内容と必要なスキルなどを明示した職務記述書(ジョブディスクリプション)を作成する。
②個々の企業の実態に応じて、賃金が職務に紐づく職務給を導入する。
③職務記述書に基づいて、職務と、それに必要なスキルを持つ人材とのマッチングを図り、人材を最適配置する。ポスティング制度も活用する。
④社員は、自分の希望する職務への異動やキャリアプランの実現をめざし、自分の持つスキルと要求されるスキルとのギャップを埋めるため、上司と相談しつつ、自分の意思でリ・スキリングに励む。
⑤社外からの経験者採用にも門戸を開く。転職により賃金が増加する者の割合が、減少する者の割合を上回るようにする。
⑥国内外のグループ企業で共通の制度とする。
ということになると思います。
 賃金が職務に紐づいているのが職務給ということですが、現実には、職務だけで自動的に賃金が決定されるのではなく、
 功 績+スキル → 職 務
 職 務+成 績 → 賃 金
という経路になります。

職能給について

  職務給と対比されるのが職能給ですが、「指針」では職能給を中心とする「戦後に形成された雇用システム」について、
*職務やこれに要求されるスキルの基準が不明瞭
*評価・賃金の客観性と透明性が不十分
*個人がどう頑張ったら報われるかが分かりにくい
という問題があり、
*日本の賃金水準の長期にわたる低迷、外国企業との賃金格差
*働く個人の多くが受け身の姿勢で現在の状況に安住しがち
*エンゲージメントの低さ
の背景になっている、と批判していますが、その根拠やロジックは明らかにされていません。
 仮にこうした状況があったとしても、
*職務給(ジョブ型人事)に転換することによって、解消することが可能なのか。
*職能給を改善することで解消することができないのか。
という点についても、定かではありません。
 厳密な職務給においては、成績査定も行われないので、職務と賃金が完全に結びついており、たしかに客観性、透明性、わかりやすさが確保できるということになるかもしれません。しかしながら、そのような厳密な職務給は、欧米でも一部の職種に止まっています。厳密な職務給の導入を意図しているわけではないのに、職務給導入の理由として、厳密な職務給の特質を挙げるのは間違いだと思います。
 職能給に対する批判は、ある程度、職能給に対する誤解によって生じている、正確に言えば、職務給への転換を主張する人々が、職能給に対する誤解を利用しているというところがあると思います。
 たとえば、職能給に対して、「顕在能力のみならず、潜在能力をも含めて職務遂行能力を評価し、それを賃金に反映させる仕組み」というような説明がされる場合があります。潜在能力を評価するのは困難ですから、こうした説明では、評価基準が抽象的、情緒的に見えてしまいます。客観性と透明性が不十分で、個人がどう頑張ったら報われるかがわかりにくく、結局、年齢や勤続年数によって賃金が決定されることになるのだろう、という誤解が生じるのはやむを得ないかもしれません。
 しかしながら、職能給は潜在能力を評価するものではなく、
①基礎的な職務遂行能力:たとえば規律性、協調性、積極性、責任制、報告・連絡・相談、改善意欲、信頼性、時間意識・時間活用、自己啓発、消費者志向性、安全意識、など
②実務的な職務遂行能力:たとえば知識、技術・技能、理解力・判断力・表現力、実行力・行動力、計画力、折衝力・交渉力、外国語力、業務改善力(創意工夫力)、情報収集力、バランス感覚、トラブル対応力、クレーム対応力、気力・体力、ストレス耐性、など
を評価するものです。
 基礎的な職務遂行能力は、一般的には情意、勤務態度などと呼ばれているので、これも客観性、透明性が不十分という批判の一因になっているかもしれません。
 たしかにこれらの職務遂行能力は、一部を除き「大学入学共通テスト」のように厳密に点数化できるものではありません。しかしながら、それでも複数の評価者の目を通して、可能な限り客観性を確保することは可能だと思います。
 職能給の場合、スキルが職務を決定し、かつスキルが賃金を決定する、すなわち、
 功績+スキル+成績 → 職務
           ↘ 賃金
となるわけです。
 結局、職能給であろうが、職務給であろうが、
*功績(実績の積み重ね)
*スキル(基礎的な職務遂行能力、実務的な職務遂行能力)
*成績(短期的な実績)
が賃金を決めることになるので、職務給であれば自動的に客観性、透明性、わかりやすさが確保できる、ということにはなりませんし、職能給であると、必然的に客観性、透明性、わかりやすさの確保が困難である、ということにもなりません。どちらの制度であっても、スキルと実績の評価、およびスキルを職務に結び付ける任用について、客観性、透明性、わかりやすさを確保した仕組みを構築し、運用していく以外に方法はありません。
 職能給の場合、会社が功績やスキルに見合った職務を従業員に提供できていない場合でも、賃金では報いることができますが、職務給ではそれが難しくなります。また、職務への任用過程の透明化には限度がありますから、任用過程が不透明であれば、職務給の下では、自動的に賃金決定も不透明になってしまうということにも留意する必要があります。

人材活用スタイルは、産業・職種によって異なる

 企業における人材活用のスタイルは、産業や職種の特性、企業の経営戦略によって異なっているはずです。人材活用スタイルを類型化すると、たとえば以下のように整理できるのではないかと思います。
①「駒」型人材活用スタイル
 
従業員を「駒」として非正規雇用を中心に確保し、できるだけ人件費を安くすることによって、企業利益の源泉とする人材活用スタイル。主にマニュアルに沿って仕事を進めていく職種が対象。
②「モジュール」型人材活用スタイル
 
従業員を「モジュール」として、必要なスキルを持つ人材を獲得し、次々と入れ替えることによって、企業の発展の源泉としていく人材活用スタイル。弁護士、コンサルタント、データサイエンティストなどのように、スキルと職務が一体化し、市場性の高い、専門的な職種に適したスタイル。従業員も会社を移動することによって、キャリアアップ、収入増を図ることができる。
③「乗組員」型人材活用スタイル
 
従業員は「乗組員」であり、従業員の保有する技術・技能、情報や知恵、ノウハウの蓄積が競争力の源泉となっている産業や職種における人材活用スタイル。従業員一人ひとりが得意とするさまざまなスキルを発揮し合い、サポートし合い、影響し合うことによって成果をあげており、チームワークが基本となる。
 これらの人材活用スタイルは、どれがよい、悪い、というわけではありません。古い、新しいというわけでもありません。ひとつの会社の中で、ひとつの人材活用スタイルしかない、ということでもありません。企業規模がごく小さいうちは、役員以外は①の従業員だけ、あるいは③の従業員だけ、という企業もあると思います。しかしながら、ある程度の規模になれば、複数の人材活用スタイルの従業員が混在しているのが普通です。
 また、産業が違っていれば、直接部門、すなわち企業において実際に付加価値を産み出している現場(製造業であれば生産現場、小売店であれば仕入れと店頭、飲食店であれば厨房とフロア、コンサル会社であればコンサルタント)における人材活用スタイルも、当然異なってきます。
 人材活用スタイルが異なっているのであれば、賃金・処遇制度が異なっていて当然です。新しい資本主義実現会議の「指針」が、「個々の企業の実態に応じた」という前提つきではあるにしろ、一律に職務給の導入を求めているのは間違いだと言わざるを得ません。

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