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(浅井茂利著作集)円高是正と最近の貿易動向

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1582(2014年9月25日)掲載
金属労協政策企画局次長 浅井茂利

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 2013年1月以降、消費者物価上昇率2%を目標とした日銀の量的・質的金融緩和により、円高是正が実現し、物価ももはやデフレを脱したと言える状況となっています。
 筆者は、円高是正がなされれば、半年から1年ののちには、輸出が拡大し、やがて貿易赤字も縮小・解消に向かうものと思っておりましたが、残念ながら2013年の輸出の増加率は金額では9.5%に達したものの、数量ではマイナス1.5%となっており、2014年に入ってからも一進一退の状況が続いています。一方で、円相場の下落に伴う円建て輸入価格の上昇による輸入金額の増大(2013年で14.9%増)のため、貿易赤字は拡大が続いてきました。
 何のための円高是正だ、という声も聞こえてきそうですが、少なくとも円高是正を活かし切れていない、ということは認めざるを得ないでしょう。

円高是正後の貿易動向

 2013年1月以降、日銀が消費者物価上昇率2%を目標とする「量的・質的金融緩和」に踏み切り、着実に円高是正・デフレ脱却が進んでいます。消費者物価上昇率は2013年6月に前年比でプラスに転じ、11月以降は、消費税率引き上げの影響分を除いて、1%台半ばで推移しています。円相場も、2013年4月ごろより、1ドル=100円程度、1ユーロ=130~140円前後の水準で安定しています。円ドル相場でいえば購買力平価(日米の物価水準がイコールになる、理論上の為替レート)が1ドル=100円台半ばですから、これを超えた円安は色々と弊害も出てくることになり、現在の水準は、比較的居心地のよいところではないかと思われます。
 1ドル=70円台の超円高から、100円程度に円高是正がなされれば、半年から1年程度のタイムラグを置いて、輸出は拡大傾向に転じ、これによって貿易赤字も縮小・解消に向かうものと思っておりました。しかしながら現実には、残念ながら輸出は、思ったほど増加していません。
 2013年の輸出の増加率は、金額では9.5%に達しているものの、数量ではマイナス1.5%となっており、2014年に入ってからも、1~7月の輪出金額が前年比3.3%増、数量では7カ月間のうち4カ月が前年割れとなっています。
 一方、円相場の下落で円建て輸入物価が上昇したため、輸入金額は2013年に14.9%増、2014年1~7月も前年比8.8%増加しています。こうしたことから、貿易赤字は2013年には65.2%増の11.5兆円、2014年1~7月は前年比46.5%増の8.6兆円に達しています。

輸出伸び悩みの理由

 輸出が思ったほど伸びていない理由としては、一般的に、
①海外市場の弱さ
②これまでの超円高の下で、海外生産比率が急上昇したこと。
③輸出品の現地価格を引き下げていないので、輸出数量が増加しない。
といったことが挙げられています。
 ①の海外市場については、もちろん力強い世界経済というわけではありませんが、米英独といった国々は景気が回復してきており、中国も堅調、ドイツ以外のユーロ圏もひところよりは明るさが見えてきています。2013年における世界の貿易量は3%程度伸びていますので、日本の輸出数量増加率がマイナス1.5%となっているのは、もの足りないと言わざるを得ません。海外経済がもっと好調であれば、輸出がもっと伸びるのは間違いないでしょうが、輸出の伸びない理由を世界市場の弱きに求めるのは、少しおかしい気がします。
 ②の海外生産比率については、経済産業省「海外事業活動基本調査」で算出している製造業の海外生産比率が、2002年度に14.6%だったのが、2011年度は18.0%、2012年度には20.3%となっています。2013年度のデータはまだわかりませんが、2011年度 → 2012年度と同じくらい伸びているとすると、相当な輸出の下押し要因になることは否定できません。「海外事業活動基本調査」では、2012年度の製造業海外現地法人の売上高は、前年に比べ10.1兆円拡大していますが、10.1兆円は2013年の日本の輸出金額69.8兆円の15%にあたります。
 ただし、海外生産拠点の拡大は、輸出の代替ばかりでなく、新規需要の開拓という面もあります。工場の海外移転・国内縮小の結果、国内がフル稼働でこれ以上、生産や輸出を増やすことができない、というのでない限り、海外生産拠点の拡大は、日本からの輸出が増えない決定的な理由にはならないと思います。
 エコノミストが経済動向を分析する場合、構造要因を強調しがちです。デフレの時にも、グローバル化や人口減少をその要因に挙げている人がいました。しかしながら実際には、金融緩和からわずか半年で、物価はプラスに転じています。
 構造要因の可能性を排除すべきではありませんが、構造要因だから仕方がない、という姿勢は避けなければなりません。

輸出品の現地価格が下がっていない

 海外生産拠点の拡大は、いま始まったことではなく、長期的なトレンドです。そうした中でも、わが国の輸出はリーマンショック前までは拡大を続けてきました。円高は是正されているのに、なぜ輸出が期待されたほど増加しないのか、その本質的な要因は、輸出品の現地価格があまり下がっていない、ということにあるのではないでしょうか。そもそも円相場の下落が輸出拡大に直結するわけではなく、円相場の下落 → 輸出品の現地価格の引き下げ → 輸出品の競争力改善 → 輸出数量の増加 → 輸出金額の増加というプロセスを通じて、輸出が拡大するのです。
 しかしながら今回の円高是正では、現地価格の引き下げは、非常に小さなものとなっています。日銀の調査している輸出物価(契約通貨建て)を見ると、2014年7月時点で、前年比でマイナス0.9%、安倍政権発足後で最も輸出物価水準が高かった2013年2月と比べてもマイナス3.3%に止まっています。品目ごとでは、2013年2月との対比で、金属・同製品、電気・電子機器の値下がりが比較的大きくなっていますが、それでもマイナス6.7%、マイナス4.4%に過ぎません。
 円相場が下落しているのに、輸出品の現地価格を引き下げなければ、輸出企業の利益は単純に増大しますが、その代わり、競争力の強化には結び付かず、輸出数量も増加しません。
 もちろん、現地価格を引き下げれば、当面は、輸出企業の利益がある程度、圧縮されてしまいます。しかしながら、そのような短期的利益を犠牲にしても、競争力が強化され、輸出数量が拡大し、シェアを広げて、市場の主導権を握ることができるようになれば、中長期的な利益の増大につながるはずです。圧倒的な競争力を持っていて、円相場が下落しても現地価格を引き下げる必要はない、という製品なら、それでよいのですが、そんな製品は決して多くないはずです。
 現状では、例えば従来、1万ドルの輸出をしていて、1ドル=80円で80万円の売り上げだったのが、1ドル=100円になって100万円の売り上げになった、差額の20万円はまるまる利益になった、というだけのことなので、もし、その製品が中長期的に競争力を失いつつあるとすれば、その傾向もそのままということになります。1ドル=100円程度に円が下落した2013年度決算こそ、大幅増益となりますが、円相場下落が終われば、それとともに増益も終わってしまいます。
 反対に韓国企業では、ウォン高により、収益は非常に厳しいものとなっていますが、日本企業が輸出品の価格をあまり引き下げていないので、輸出は好調という状況になっています。日本企業の行動は、ライバルに塩を送っていることにならないでしょうか。
 なお、『通商白書2014』によれば、円建てで契約している場合には、円相場下落で現地価格が下がり、輸出の増加につながっているようです。

なぜ現地価格が下がらないのか

 輸出品の現地価格が下がらないことについては、税務当局が企業の海外子会社への輸出価格の引き下げを厳しく制限しているのではないか、という見方がありました。海外の子会社に対する輸出価格を不当に引き下げて、国内の利益を圧縮し、法人税逃れをすることのないようにする仕組みが、移転価格税制ですが、これが過度に働いているのでは、という指揃です。しかしながら、財務省幹部に確認したところ、あり得ない、誤解であろう、との回答でした。
 そうであれば、輸出品の現地価格が下がらないのは、企業の経営判断ということになります。企業経営で最も重要なことは、企業の持続的な発展のはずですが、短期的な利益重視の傾向が、ますます強まっているように思われます。現地価格を引き下げないのも、短期利益重視のためなのでしょうか。
短期利益重視も、株価を維持するためには必要なことかもしれませんが、企業の競争力確保を犠牲にした短期利益の捻出が正しい選択であるかどうかは、はなはだ疑問です。
 景気は回復しているものの、わが国は様々な成長制約要因を抱えています。引退世代に対する現役世代の人口比率の低下、膨大な財政赤字と政府債務、エネルギー制約、環境制約といったものです。
 これらの成長制約要因を打破して安定的な成長を続けていくためには、わが国が最も得意とするものづくり産業が競争力を取り戻す以外にはありません。もちろん観光で稼ぐ、アニメで稼ぐというのも大変結構なことですが、そうした努力をしつつも、ものづくり産業が経済活動の主軸であり続けなければ、わが国経済が安定した成長を続けることはできません。円高是正、円相場の下落はその絶好のチャンスなのですが、それを十分に活かし切れていないのは、大変残念です。

今後の貿易の動向

 さて、今後のわが国の貿易動向ですが、ここ数年の輸入金額増大の要因は、
①原発の停止による鉱物性燃料の輸入増
②円相場の下落による輸入品の円建て価格の上昇
です。原発の全面停止が続いているので、これ以上の鉱物性燃料の輸入増は考えにくく、従って、エネルギー価格の高騰や一層の円安といった事態が起こらなければ、輸入数量・金額とも、大幅に増加する可能性は少ないものと思われます。
 問題は輸出ですが、2014年7月には、わずか0.9%ではあるものの、3カ月ぶりに数量が前年比プラスとなりました。ただし、輸出物価(契約通貨建て)は前年比マイナス0.9%で、マイナス幅の縮小傾向が続いています。貿易赤字は7月には前年比でマイナスとなり、最近4カ月間のうち3カ月が前年比マイナスとなっていますが、縮小傾向が続いていくかどうかは、なかなか予断を許さないところです。


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