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(浅井茂利著作集)待機児童解消はできるのか

株式会社労働開発研究会『労働と経済』
NO.1579(2014年6月25日)掲載
金属労協政策企画局次長 浅井茂利

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 安倍内閣は、「待機児童解消加速化プラン」において、2013~2014年度に約20万人分、2017年度までに合計約40万人分の保育の受け皿を確保することにしています。待機児童問題は、これによって解決に向かうのでしょうか。
「加速化プラン」がこれまでの待機児童対策と異なるところは、認定こども園、すなわち、幼保一元化が対策の前面に出ていない、ということではないかと思います。
 イソップ童話で、「ひばりと農夫」というお話があります。たわわに実った麦畑で、ひばりの親子が巣を営んでいました。農夫の親子が親戚や隣人に頼って刈り入れをしようとしていた時には、ひばりは気にせず麦畑に住み続けていましたが、自分たちだけで刈り入れる決心をしたのを聞いて、すぐに引っ越していったという話です。
 認定こども園頼みのうちは、待機児童解消はあまり期待できなかったのですが、認定こども園が前面に出ていない「加速化プラン」が、本格的な保育所の拡充、待機児童解消を実現する契機となるかどうか、大いに注目されるところです。

幼保一元化では、待機児童問題の解決は困難

 筆者は、幼保一元化そのものを否定するものではありませんし、おそらく一元化が趨勢なのだろうと思います。しかしながら一方で、待機児童問題を解決する方策として、これに期待するのは無理なのではないか、とも考えています。
 幼保一元化で待機児童解消という考え方は、結局、幼稚園の定員割れが著しく、受け入れに余裕があるのだから、ここで保育すればよい、という発想から生まれているのだろうと思います。2013年度のデータで、全国の幼稚園の総定員は230万人、在園者は158万人ですから、定員には70万人分以上の余裕があるわけです。ここで保育ができれば、待機児童は一挙に解消、という発想は、当然出てくるだろうと思います。
 しかも、政府や地方自治体にとって、待機児童解消という行政の責任を軽減するという点でも、都合がよい施策であるように思われます。幼保一元化の仕組み(認定こども園)とその支援策さえ用意すれば、実際には幼保一元化が進まず、従って、待機児童が解消しなかったとしても、それは行政の責任ではない、ということになります。客観的に見れば行政から幼稚園に責任が転嫁されているということになりますが、「認定こども園に転換しない幼稚園はけしからん」と考える人はあまりいないでしょうし、事実、お門違いというものです。結局、誰の責任でもない状態となっているわけです。

なぜ幼保一元化が進まないか

 幼保一元化の仕組みである認定こども園の制度は、2006年10月に発足し、すぐにでも2,000件程度に達するものと見込まれていましたが、現実には、2014年4月になっても、ようやくl,359件にすぎません。
 認定こども園への転換が進まない理由は、単純に幼稚園の側にそのニーズがないからだろうと筆者は考えています。
 厚生労働省の行っている「幼稚園・保育所等の経営実態調査」によれば、2011年度における私立幼稚園1,027カ所のデータを見ると、1カ所平均で15.8%(31人)の定員割れとなっていますが、収支は255万円の黒字(黒字率は2.8%)となっています。
 もともと幼稚園の多くは、地元の資産家、お寺、教会などが、地域への貢献や布教の一環として設立した場合が多いのではないかと思われます。従って、積極的な規模拡大や、経営者の収入増を図ろうとして経営しているところは少ないのではないでしょうか。そうした場合、もちろん赤字では困りますが、黒字である限りは、たとえ定員割れしていても、資金をかけて認定こども園に衣替えし、積極的に定員を埋めようとするモチベーションが低くてもやむを得ません。認定こども園への転換の義務化(幼稚園制度の廃止)が検討されていながら、結局、そうならないのは、そうした事情によるのではないでしょうか。
 もし、認定こども園への転換が義務化されれば幼稚園を廃業して、跡地を賃貸マンションか駐車場にでもしたほうがよい、ということになっても不思議ではありません。
 経営面だけでなく、園児の教育にあたる現場でも、定員いっぱいの状態よりは、定員より少ないほうが、子どもたちに目が届きやすいので、こちらも定員割れを解消する、という意欲は起きにくいのではないでしょうか。認定こども園で待機児童解消という考え方は、現実的ではないように思われます。

待機児童統計の弊害

 2013年4月時点の待機児童数は全国で22,741人ということになっていますが、「待機児童解消加速化プラン」では、40万人分の保育の受け皿を作ることになっています。22,741人という数値に意味がないことは明らかです。
 統計上の待機児童の定義は、「入所申込が提出されており、入所要件に該当しているが、入所していないもの」ということになっていますが、そうすると、たとえ保育所を利用したくとも、場所や開所時間(保育所を利用できる時間)などの関係で、利用可能な保育所がない場合には、保護者はそもそも入所申込を提出しないので、統計上は待機児童にはカウントされないということになります。保育所が利用できず、幼稚園に入園し、預かり保育などでやり繰りしているような場合も、入所申込を提出しないかもしれません。利用可能な保育所がないので働けない、あるいは子どもを生むことを躊躇している、というような場合も多いものと思われます。こうした統計から漏れている潜在的待機児童や潜在的ニーズは、膨大な数に達するのではないでしょうか。
 大雑把な計算ですが、2013年4月時点の就学前児童数は634万人、うち1~2歳児が211万人となっています。1~2歳児の保育所利用率は34%(72万人)なので、この利用率が50%に上昇するだけで、34万人分の保育所が必要ということになります。
 厚生労働省の統計では、47都道府県のうち13県、20政令指定都市のうち4都市、42中核市では18市で、待機児童が「ゼロ」となっていますが、そうした自治体では、待機児童問題を他人事のように考えがちです。
 また待機児童が「ゼロ」ではない都道府県や市町村でも、統計を前提にしていると、現在は、いわゆる団塊ジュニア(1970年代生まれ)が子育てをしているので待機児童がいるけれど、あと何年かすれば、団塊ジュニアの子育てが終わり、待機児童はいなくなる、それまでの数年間をしのげばよい、と自治体が考えていたとしても不思議ではありません。
 いずれにしても、統計上の待機児童数がどうなのか、ということにとらわれず、仕事と子育ての両立支援の観点、男女共同参画推進の観点、少子化に歯止めをかける観点、さらには地域の人口をいかに維持するか、などといった中長期的な観点から、抜本的な保育所の拡充に努めていく必要があります。

小・中学校への保育所の併設

 金属労協は従来より、小・中学校の余裕教室への保育所の設置を主張しています。
*小・中学校は日本全国に、多くの場合、徒歩圏にある。
*保育所には給食の調理施設が不可欠だが、小学校の48%、中学校の28%が校内に調理施設を持っている。しかも、待機児童の多い大都市圏のほうがその比率が高い。
*保育所の場合、園庭(屋外遊技場)は不可欠というわけではなく、近所に適当な場所があればよいが、小・中学校には校庭がある。
*校内に保育園児がいるということは、小・中学生に対しても、よい教育効果をもたらすことが期待される。
など、小・中学校への保育所の併設は、有利な点が多いものと思われます。
 2013年5月現在、小・中学校の余裕教室(約6万5千)のうち、保育所 として活用されているのは、63教室(東京25、福岡14、奈良6、千葉・大阪4、徳島3、埼玉2、北海道・宮城・滋賀・島根・高知1)となっており、余裕教室全体の0.1%にすぎません。


 余裕教室は完全な「空き教室」という意味ではなく、ほとんどは何らかの用途に使われていますが、その中身を見ると、保育所への転用は十分可能であるように思われます。
 小・中学校は文部科学省の管轄、保育所は厚生労働省の管轄ということもあり、これを併設しようとすると、財産区分、費用負担、区画など色々と決めなくてはならないことが多く、現場にとって非常に手続きが煩雑であることが、小・中学校への保育所の併設が進まない要因ではないかと思われます。現場の小・中学校で一から検討しなくても済むように、金属労協では、手続きの標準化を主張しています。


事業所内保育所

 事業所内保育所や、事業主が共同で設置する保育所も、保育所の拡充策として、大いに期待できます。大都市圏の都心では現実的ではありませんが、地方の工場や工業団地では、地理的にはもちろん、勤務体制にも適応した、利用者に使い勝手のよい施設とすることができます。
 国の支援策としては、「事業所内保育施設設置・運営等支援助成金」というものがありますが、
*支援期間が限られている。
*ひとつの企業で全国一カ所だけ。
*中小企業には優遇措置があるが、複数の事業主が「事業主団体」を設立して保育所を運営する場合には、全部が中小企業であっても、中小企業として扱われない。
といった問題点があります。金属労協では、こうした問題点の制度改善を求めています。

良質で便利な保育所を効率的に

 最近、ベビーシッターを利用したことによる大変不幸な事件が発生しましたが、何よりも大切な子どもの命を預ける以上、そして、子どもにとって、保育所が主要な生活の場である以上、できるだけ良質な保育所でなくてはなりません。また通勤の途上で預けやすく、職場の勤務体制にも対応していることが重要です。厳しい財政事情からすればできるだけ効率的に整備していかなくてはなりません。こうしたすべての条件を満たすためには、小・中学校への保育所の併設、事業所内保育所を推進すべきだと思います。

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