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800年分の感謝を込めて

 高祖日蓮大士ご降誕八〇〇年を慶讃して、京都佛立ミュージアムでは「思想としての法華経展」を開催しました。

 これは仏教思想研究家・作家の植木雅俊氏の著書『思想としての法華経』を企画展としてまとめたもので、展示の中で法華経を身に読まれた日蓮聖人の生涯を紹介し、「信仰としての法華経」へと昇華してゆく過程を解説しています。

 アル・ゴア氏や「焼き場に立つ少年」のオダネル氏の時と同様に、サンスクリット語原典から法華経を解説し、法華経に説かれた仏陀の真意や普遍的な仏教思想を紹介する植木雅俊先生の著作に惹かれ、ご自宅まで押しかけて体当たりで開催許可をお願いいたしました。快諾いただいた時には飛び上がるほど感激しました。一般の方にも分かりやすく法華経や日蓮聖人の価値がお伝えできると思ったからです。

 開催準備を進める中、先生からサプライズの情報が届きました。なんと日蓮聖人のご降誕八百年を期して主要なご消息を取り上げた『日蓮の手紙』と題する本を出版することになったというのです。しかも、京都佛立ミュージアムの「思想としての法華経展」の開催初日と出版日がほぼ重なることが分かりました。偶然とは思えず、出版社である角川ソフィア文庫の方々と連携し、『日蓮の手紙』出版特別講演会「〈原始仏教・法華経・日蓮〉との出会い」を開催。会場を埋め尽くす参加者の姿に関心の高さを痛感しました。当日の内容はすべて図録に収録しております。

 植木先生のお話は快哉胸をすく痛快なもので、仏教界の権威主義化や人立宗の乱立を喝破したり、密教化した仏教を嘆いてみたり、極めて論理的、学術的に展開してゆきます。私にとっては佛立信仰への讃歌のように聞いていました。

 企画展も中盤を過ぎた昨年の秋、植木先生からさらなるサプライズが届きました。

 令和四年二月、まさに高祖日蓮大士のご降誕から満八百年の時に、NHKの「100分de名著」で『日蓮の手紙』が取り上げられることとなったのです。感激でした。

書斎で原稿を確認する植木雅俊先生 撮影:京都佛立ミュージアム

 不思議なことですが、こうしたことを想定して、ミュージアムのオープニングの映像収録はいつも以上に丁寧に行いました。NHKから映像提供の依頼があった時に対応できるようにしていたのです。

 実際、植木先生が書斎で原稿に目を通している映像などを提供し、番組づくりに協力させていただくことが出来ました。何よりも日蓮聖人の尊い足跡やご一生、ご意志が、広く一般の方々へご紹介いただける機会が尊く、有難いのです。

 民放連の定める放送基準には「宗教の自由の否定」や「他宗教の誹謗中傷」を禁じる文言があり、殺伐とした風潮が強まり萎縮する業界の中で「日蓮は他宗を批判するので扱えない」という不文律を生み出していたのでした。

 どうでもいい人物や当たり障りのない情報は出せるけど本物には近づけない、踏み込めない、語れない。目には見えない大きな壁が立ちはだかっていたのでした。

 しかし、植木先生の著書『日蓮の手紙』にはこれまであるようでなかった視点から日蓮聖人の実像、人物像が分かりやすく、立体的で、論理的に描かれています。門下の僧侶や信徒でなくても、日蓮聖人の人柄に触れて感激するであろう内容となっているのです。

 日蓮聖人のご消息を拝見すると、特に弱い立場に置かれた人びと、愛する人を失った者、病気の人、誹謗中傷を受けている者、いじめられている人、職場で孤立しリストラの危機にある者たちを励まし、その心に寄り添い、丁寧に心構えや対処法を伝える人間味に溢れた姿が浮かび上がってきます。植木先生は消息の行間からにじみ出る人間味、熱く、やさしく、真摯な人間性を感じ取っていただきたいと述べておられます。

 確かに、この書を読めば独善的、偏狭という誤ったイメージは払拭されるに違いありません。

日蓮聖人 辻説法図

 今、高祖日蓮大士が末法の世にお出ましになられてから八百年の慶讃の時。もし、高祖がこの世にお出ましにならなければ、いかに尊い思想が法華経の中に説かれていようとも、救済の御法もなく、救済の方法もなく、仏教は世界の濁流の中で埋没していたでしょう。

 植木先生は「日蓮聖人は法華経のサンスクリット語原典を読んでいたかのようだ。」と語っています。法華経には「仏教の原点に還れ」という仏教界を再生させる意志や思想が内包されており、日蓮聖人も生涯の全てを仏教の再生、仏教ルネサンス実現のために捧げておられます。当たり前と言えば当たり前ですが、本仏釈尊と上行菩薩。その目的は完全に一致しているのです。

 八百年慶讃で賑わうはずの境内はコロナ禍にかき消されました。しかし、今や人類史上類を見ないほどのダイナミックな変革期です。人類存亡の危機と次なる価値観に気づくためのチャンスが同時期に到来しているのが現代社会です。この時節に日蓮聖人出現の意義を問うご降誕慶讃ご奉公が重なったことは必然でありましょう。

 このことは「正しい仏法に還れ」という久遠からのサインではないでしょうか。

 世界に暗雲が垂れ込めています。声なき悲鳴に耳を傾けてください。

 不登校の小中学生、自殺した児童生徒も過去最多。青年層の死因の第一位は自殺です。犯罪の件数は戦後と比べれば減少していますが、DVや児童虐待やストーカー行為は増加しています。真理を語る人、心を磨く教えが欠落しています。

 全国の宗教法人はATMよりも多く、寺院はコンビニよりも多く、僧侶は警察官よりも多いそうです。それなのに私たちの社会は危機に瀕している。恥ずべきことです。

 私たちはお祖師さまの弟子旦那、本化上行の流類、門下の子弟です。お祖師さまの強い意志、深い慈悲、熱く、やさしく、真摯な人間性の一分を汲みとって、少しでも世のため、人のため、お役に立つよう精進させていただきましょう。

 強い危機感と揺るぎない意志、慈悲の心を発露して、今こそ日蓮聖人のご奉公を継承し、実践してゆかなければなりません。仏教の再生は社会の再生に直結します。仏教を再興することが地球の再生、人類の持続可能な発展につながると教えていただいています。

 八百年分の感謝を込めて、日蓮聖人が夢に描いた未来へ向かって、仏教ルネサンス、明るく、楽しく、みんなで実現してゆきましょう。

(妙深寺報 令和4年2月号 巻頭言 住職 清潤)

妙深寺報 令和4年2月号

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