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美術に触れ、「美しさ」に心を震わせた大学、大学院時代

『sful』vol.18の「MADE IN SEIJO」のコーナーでは、国立工芸館(石川県・金沢市)の主任研究員として活躍する今井陽子さんが登場。自身が企画を担当した話題の展覧会『ポケモン×工芸展』についてうかがいました。今回は、成城大学大学院の卒業生である今井さんとの美術との関わり、さらには展覧会へのこだわりなど、『sful』本誌で伝えきれなかった今井さんの熱い言葉をお届けします。

 2023年に開催されて大きな反響を呼んだ、国立工芸館(石川県)の「ポケモン×工芸展」。その仕掛け人は、同館の主任研究員の今井陽子さん。これまで、近代の工芸に関わる多彩な展覧会を企画してきました。   
そんな今井さんが美術との関わりを深めたのは、大学時代。実践女子大学文学部へ入学後は、目に映るもの全てが新鮮で楽しかったと振り返ります。「付属校からの選択肢で進んだ美学美術史学科でしたが、毎日すごく刺激的でした。講義中は、先生のお話を聞き漏らしたくないし、スライドからも目が離せない。理解して、メモを取って、考えて。それら全てに手が震えるぐらいワクワクし、その時に感じたことを一言も漏らすことなく書き留めたいと思っていました。子供の頃から漠然と考えていた、“美しいとはどういうことだろう”といったことに、とことん向き合うことができた時間でもあります」と今井さん。
 大学卒業後は、大学で学んだ西洋美術をさらに究めるために、成城大学大学院文学研究科の美学美術史専攻へ進学。大学院は、美術への理解を一層深める貴重な時間だったそうです。
 「先輩方と過ごしながら、ライブラリでの資料の集め方や参考文献の扱い方などのテクニカルなことから、精神活動まで、実践を通して学びとることができました。成城学園のカラーなのか、私が所属していた西洋美術専攻の学生だけでなく、他の研究室の先生方や先輩、後輩とも交流があり、まるで一つのチームのようでした。学会で発表の機会があると、互いの発表を応援しに行ったり、発表の後に一緒に観光や食事を楽しんだりと、研究室の枠を超えてつながることで、見識を広げることができました」

工芸を知ることが、日本ひいては世界への理解を深める

 大学院修了後は、民間企業や大学などで勤務した後に、東京国立近代美術館工芸館(現・国立工芸館)に職を得ました。
 「もともと、工芸のかっこよさに魅せられ、興味があり、卒論も工芸と西洋美術とで迷いました。縁あって工芸館に入りましたが、工芸に接することで絵画や彫刻の見え方もずいぶんと変わった気がします。グローバル化という言葉が使われるようになって久しいですが、世界を知るためには、まず自分が育った国の背景や環境について知っているのは重要なこと。工芸を通して、日本への理解をもっと深めたいという思いが強くなりました」
 それまで西洋美術を中心に学んできた今井さんとって、工芸は専門外のジャンル。国立工芸館の研究員になってからは、工芸に関する情報を収集し、アップデートしながら、膨大な知識を得るために注力してきたといいます。
 「学生時代には、パウル・クレー※を研究したのですが、それによって自分にとっての学びの雛形ができました。そこで培った勉強の方法や視点を生かしながら、自分が臨もうとしている新たなテーマに即して新たな情報を取り入れていくことは、決して不可能ではありません。大学生のときに気になっていた工芸という事柄が少しずつ解き明かされていくようで、関心は深まるばかりです」 
※20世紀のスイスの画家、美術理論家 

意思疎通を通して、作家の思いを展示に込める

 国立工芸館では、キュレーターとして数々の展覧会を担当。「ポケモン×工芸展」もその一環でした。同プロジェクトが立ち上がったのはコロナ禍。多くの展覧会や個展などが中止になり、行動が制限されるなかで、美術界全体に停滞ムードが高まっていました。
しかし、そんな時代だからこそ「アートで何かがしたい」という思いを持つ20名の作家が賛同。陶芸や木工、金工、染色、ガラス…といったさまざまな技法を持つ作家陣が、ポケモンの持つ躍動感や愛らしさを表現。作家陣が、この展覧会のために作った多種多様な新作が揃いました。

吉田泰一郎 サンダース 2022年 個人蔵 撮影:斎城卓
今井完眞 フシギバナ 2022年 個人蔵 撮影:斎城卓

 また同展では、SNSでファン同士がつながることを狙い、作品の撮影を自由にできるようにしたことで、工芸ファンやポケモンファンの双方が作品を通して交流するといった広がりを見せて、大きな話題を呼びました。「ゲームシリーズのポケットモンスター(ポケモン)は、1000種類以上が存在しますが、今展ではその姿や形ばかりではなく、ポケモンの技から想を得た抽象的な作品もあり、ご覧になる方々にどのように受け止められるか正直、不安なところもありました。でも、大学生ぐらいの若者がじっくりと作品を観た後に、一言『やばい、この世界観!』と呟いている様子を見てホッとしました」「作家へのインタビューを終えたとき、自然と握手したくなるように心が通じ合う瞬間がある。それはこの仕事について最も嬉しいことのひとつ」と話す今井さん。同展でも作家の作品作りの思いを汲み入れ、展示に活かしたことで、多くの観覧者の心を掴んだのでしょう。

学生時代は、自分の好きなことに敏感になってほしい

今井さんが、展覧会を企画する上で大切にしているのは、工芸の“かっこよさ”を多くの人に伝えること。
 「日本ではファッションや生活雑貨などに和洋さまざまな文化が混ざり合っていますよね。そのため、工芸の伝統は、今ではこの国のスタンダードと捉えられず、また、普段は身近にありすぎてその良さに気づく人は少ないかもしれない。一方で、素晴らしい工芸品には、日本人ならば感覚的にグッとくるものがあるような気がします。工芸をかっこいいという思える感覚が、日本人のDNAに組み込まれているのかもしれません。私たちが企画する展覧会を通じて、作品を観た方がグッと心を動かされ、工芸をかっこいいと思ってくださる方が少しでも増えたら嬉しいです」
 日々、“かっこいい”工芸から刺激を受け、天職とも言えるキュレーターの仕事に没頭する今井さんにとって、現職の礎を築いたのが学生時代でした。現在の学生、大学院生に、学生時代のうちに取り組んでおきたいことを尋ねると、「特別なことをするのではなく、自分は何が好きで、どんな物事に心が震えるのか、ということに敏感であってほしい」と話した今井さん。
 「私も、学生時代に毎日美術の勉強ばかりしていたわけではありません(笑)。映画を観たり、コンサートに行ったり、ドライブしたりと、学生生活を楽しんでいました。もちろん外に出かけるだけでなく、家から出ずに内向きになることもありました。そうした時間でさえも、感じたり、考えたりしたことは決して無駄にならない。自分の思考や心の動きに向き合うことができたなら、どんな時間も糧になるのではないかと思います」

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ポケモン×工芸展」は麻布台ヒルズ ギャラリー(2024年11月1日(金) ~ 2025年2月2日(日))など巡回。
詳細は「ポケモン×工芸展」特設ウェブサイトをご覧ください。
https://kogei.pokemon.co.jp/

【プロフィール】
今井陽子さん
 1994年成城大学文学研究科美学・美術史専攻博士課程前期修了。東京国立近代美術館主任研究員を経て、2020年より現職。同館でさまざまな近現代の工芸に関する展覧会を企画するほか、美術館教育も行っている。「ポケモン× 工芸展」では、キュレーションを担当。著書に『ボディブック&ノート』(東京国立近代美術館)など。

文=宇治有美子 写真:国立工芸館 外観 写真 太田拓実/作品写真:斎城卓
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