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政治用語bot更新原文(2023.07.16)

三ヶ月ちょっとぶりの更新。
 「基本用語だからいつか書かなきゃならんけどなかなか手が出てない」系用語(政党システム論関係と新制度論)と、前々からある縁で興味が出ていた「社会主義」関係用語を中心にしている。1年ほど前から「社会主義」(というよりも「社会主義法」)に興味があり、最近あった「共産党の除名騒ぎ」で「民主集中制」が槍玉にあがったので、良い機会だと思って文献を漁ってみたもの。
 他には、これもある機会で「正戦論」に関して読んでいたため、その関連。グロティウスに触れるんだから啓蒙思想も見とけということで啓蒙思想関係を書いた。さらに、社会学の「事実は一つだが真実は複数ある」という標語…というか社会学全般がなんか馬鹿にされているような感じがしてイラッとしたため、その関連語も書いた。
 といっても、時事的な意図は今回は薄く、いつか書こうとリストに言葉だけ溜めていたものを減らす作業が主となっている。
 
 「社会主義」は以前のbot記述がかなり古い時期のもので、今だと今ひとつポイントを突いていないため書き換え。まだ作業できていないが「権威主義」「全体主義」も同じ理由で直したいところ。「功利主義」は、まだ書いていないと思い込んで書いたら、反映時に既に書いていたことに気づいたため、古い記述と統合して書き換えた。

 実は他の既登録語も、気がついた時にちょくちょく直しているものがあるが、どれを直したか思い出せないため記載しない。

あと、4月頭にあったtwitterAPI仕様変更でbot界隈がドタドタしていた件。政治用語botはbotbird運営の記載に従ってすんなり運営継続できたが、どうやら他の政治学関連botはほぼ死んでいるようである。復旧作業はごくごく簡単なはずなので、止まっているということはすなわち、管理していないのだろう。おかげで現状寡占、少なくとも政治学系ではうちしか残っていない。
かといってフォロワーが増えるわけでもないのだが。ツイートインプレッションも大体2桁台だからなあ…今のフォロワーも大半は休眠なんだろうな。

※追記
新制度論も既に書いていたことに気づいた。新しい方がずいぶん良く出来た記述である。あと「政党組織論」も既に書いていたが、これは大して内容が変わっていない。
更新前
「新制度論」合理的選択論の制度無視的な側面を批判して登場した、政治学・社会学理論の総称。過去に採用された制度に着目する歴史的制度論、制度をゲームのルールと捉える合理的選択制度論、制度は文化としてアクターの行動や現実理解を規定するとする社会学的制度論の三つが代表だが、他にもある。
更新後
「新制度論」政治における「制度」の役割を重視し、人々の行動と制度の関係・相互作用を分析する政治学理論の総称。「脱行動論革命」の影響を強く受け、行動論の制度無視的な側面と、従来型制度論の静態的な制度観の両方に抗い、行動と制度の関係を動態的に把握する。現代の政治学の主流的潮流の一つ。


書き換え

「社会主義」

私有財産、特に工場や産業機械といった商品を生産するための手段(生産手段)の私有を否定し、人々の間で共有することで、「搾取」なき社会、自由と平等を真に実現する社会を形成しようとする政治思想の総称。この根底には自由主義が核心に据える私的所有権の保障がむしろ他の自由を脅かすという理解があり、それ故に自由主義・資本主義と対立する。20世紀において多大な影響力を持ち、ソビエト連邦などの社会主義国家を成立させ、その自由主義・資本主義との対立は国際政治のみならず各国の国内政治の実際をも規定したが、1980-90年代のソビエト連邦の解体によって影響力を大きく減じた。しかし、現在でも政治思想・政治哲学においては一定の影響力を維持している。また体制としての「社会主義」は、共産主義に至るまでの過渡期段階とされる。
書き換え前のbot記述
「社会主義」自由主義や資本主義に反対し、平等・公正により重点を置いた社会を目指す思想の総称。枝分かれが非常に多い。狭義には工場や農場などの何かを生産するための資本の公有化により搾取の存在しない社会を目指すものを指すが、広義には本来対立する無政府主義などを含む。

書き換え後のbot記述
「社会主義」自由主義の核心たる私的所有権の保障が、むしろ自由の実現の最大の障害となるという理解に基づき、「自由と平等を真に実現するには、財産、特に生産手段(商品を生産するための手段となる財産。工場や産業機械など)を人々の間で共有すべき」とする考え方。自由主義・資本主義と対立する。

「功利主義」

政治思想の一派。古典的には「最大多数の最大幸福」に象徴される、社会全体の快楽の量を最大化することを行為や政策の基本原理とする考え方を指す。その行為自体の道徳性などを問わずその結果に着目し、得られる金銭や物品量ではなくそれが与える快楽に着目し、また格差などの存在を考慮せずに全体の量に着目するという点に特徴付けられる。その主張の明快さ、個人の判断や価値観自体には全く介入しない極端ともいえる自由・平等性(動物も快楽計算の対象になり得る)といった特長を持つ。しかし、実際には現実への直接適用が難しいなど問題も多いため、現代に至るまで様々な修正が行われており、歴史的には自由主義もその一つと言いうる。

書き換え前のbot記述
「功利主義」ある行為・制度の望ましさは、その結果として生じる効用の総和の大小によって決定されるべきとする法哲学・政治哲学上の立場の総称。ここでの効用を快楽と苦痛の差引とするか、また総和を単純な量的総和とするかなど、今なお議論がある。18世紀にベンサムによって提示された。

書き換え後のbot記述
「功利主義」行為や制度の望ましさは、その結果生じる効用・快の総和の大小で決定すべきとする考え方。主張の明快さ、極端ともいえる自由・平等性を特長とする。しかし現実への適用の困難など問題も多く、現代に至るまで様々な修正・発展が試みられており、自由主義もその一つとしての側面を持つ。

ナショナリズム関連

「パトリオティズム」

愛国心、愛国主義。自らが属する何らかの共同体に対する強い愛着・帰属意識や、それを強調する考え方で、「ナショナリズム」ではないもの。ただし、その区別の基準は、国家内のより小さな共同体への愛郷心をパトリオティズムとするもの、民族とは異なる意味の国・国家への愛国心をパトリオティズムとするもの、ナショナリズムに比して素朴であったり、排外主義的ではないものをパトリオティズムとするものなど、その基準に一致があるわけではない。

「エスニシティ」

互いに血縁・地縁・言語・宗教・文化その他を共有していることをもって結合した、ある程度大きな人々の集団(エスニック集団)に属する人々が有する、当該集団への帰属意識のこと。この帰属意識は主観的なものであり、必ずしも客観的根拠は要さない。エスニック集団は「ネイション(国民・民族)」に似るが、国民とは異なり、国家への帰属意識により結合した集団ではなく、むしろ一国家内に複数存在したり、国境を跨がって存在しうる。民族との境界線は曖昧だが、それが独自に国家を持つことを想定されず、望んでもいないような集団をエスニック集団と呼ぶことが多い。

「シヴィック/エスニック・ナショナリズム」(長すぎるため分割)

市民的/民族的ナショナリズム。「ナショナリズム」のうち、その前提たる共同体(ネイション)への帰属条件を、領土・法・権利といった政治文化に置くものを「シヴィック・ナショナリズム」。そうではなく、民族・血縁・人種・宗教・言語などの土着文化に置くものを「エスニック・ナショナリズム」と呼ぶ。ナショナリズム研究に大きな影響を与えた区分であるが、この区分は元来、西洋のナショナリズムを「良い・近代的・リベラル」なナショナリズム、それ以外(とりわけこの区分が提示された際に想定されていた中東欧)のナショナリズムを「悪い・前近代的・非リベラル」なナショナリズムとしてそれぞれ位置づけるという色彩が強い。そのため、規範的理想や理念型としてはあり得ても、現実に存在するナショナリズムの実際の把握には役立たないこと、現実のシヴィック・ナショナリズムもその起源にはエスニック・ナショナリズムの要素を持つこと、また規範的理想としても無批判的な西洋中心主義に陥りやすいといった点から、現在に至るまで問い直しが計られている。その結果、現在では西欧中心主義的な色彩を抜き取った純粋な類型論として用いられつつ、多くのナショナリズムはシヴィック・エスニック両方の要素を持つと捉えられる。

「シオニズム」

ユダヤ人の独立国家をシオン(=パレスチナ、=イスラエル)に建設しようという思想・主張のこと。ナショナリズムの一種。旧来ロシア・ヨーロッパ地域を中心に分散して居住していたユダヤ人達の間で、それまでの差別的取り扱い、及び19世紀末の迫害の苛烈化への反応として、また当時の「民族自決」の考え方の隆盛と共に広まった。この動きは第一次世界大戦末期のバルフォア宣言によってイギリスにより認証され、さらに第二次世界大戦でのナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺もあって加速。その結果、1948年のイスラエル建国として達成された。しかしこのイスラエル建国は従来からパレスチナに居住していたパレスチナ人との間に軋轢を生み、現在まで「パレスチナ問題」として残っている。なお、世界各地のユダヤ人がイスラエルに結集したというわけではなく、むしろアメリカに移住した者、(特に西ヨーロッパにおいては)従来の居住地に残る者の方が多数であった。

「外的自決権/内的自決権」(長いため分割)

(民族)自決権のうち、人民が他国の植民地である状態から離脱し、場合により分離独立する権利を「外的自決権」。既存の国家の枠内において、人民が政治的地位の向上や文化の発展を追求する権利、及びそのために当該国家における民主政府の樹立や自治権・自主権を求める権利を「内的自決権」という。外的自決権は分離独立の達成により自動的に内的自決権に変容し、また内的自決権はその達成が完全に不可能である場合には分離独立の権利に転化すると理解される。なお、外的自決権は「植民地でない状態からの分離独立の権利」を含まないことに注意。

歴史関連

「帝国」

複数の民族・地域に跨がる広大な領域を統治する国またはそれに類する統治体のこと。その性質は近代以前と以後で大きく異なり、近代以前においては異なる様々な社会集団・共同体を緩やかにまとめ上げる枠組みという性質が強い。一方、近代以降には、「国民国家」概念の確立により、それら各社会集団・民族を単一の国民・民族として統合するための同化政策や、「帝国の本国/従属する植民地」という形態の採用が多く見られるようになる。

「帝国主義」

自国利益を拡大するために、他国・他地域・他民族に対して何らかの意味での侵略と支配、収奪と同化を目指す政策、もしくはそれを是認する考え方のこと。典型的には19-20世紀の列強諸国による海外植民地獲得と植民地統治がそれにあたる。現代においてはこのような典型的な意味での帝国主義はなりを潜めたものの、政治的、経済的、軍事的な影響力による他国の事実上の支配や、自由市場経済への他国の巻き込み(グローバル化)、文化輸出による他国への自国文化の浸透といったものも、その類似性から帝国主義と呼ばれる。

「歴史修正主義」

学術的な意図ではなく、政治的もしくは利己的な意図による、既存の歴史学の知見を否定・修正しようという試みのこと。それまでに明らかにされた歴史的事実を、無根拠にまたは極めて弱い根拠によって否定・無視する一方で、他方既に歴史的事実とみなされないものを十分に再検討することなく事実として摘示する。政治的言説としての性格が非常に強いため、そもそも歴史学の学説ではなく、また反論のコストが重くなるとして歴史学からの言及・反論を受けにくいという性質もある。

「日清戦争」

1894-95年に日本と清国の間で発生した戦争。当時の東アジアの国際秩序の西洋型の主権国家体制への変革と、それをテコとした国際的影響力拡大・中国大陸進出を目指す日本と、従来の国際秩序における地位を維持し、日本の大陸進出を抑えようとする清国の間で発生した朝鮮半島を巡る紛争が戦争となったもの。結果日本の勝利に終わり、日本は多額の賠償金と朝鮮半島の独立等を獲得、清国はその弱体化が露見して列強国による中国分割の契機となった。また国内に対する影響として、日本にとっては日本人の国民としての自覚(ナショナリズムの隆盛)をもたらし、清国では敗戦による危機意識から内政改革の気運が高まることにもなった。

「日露戦争」

1904-05年に大日本帝国とロシア帝国の間で発生した戦争。日清戦争後の日本の朝鮮半島進出とロシアの東進政策の間に折り合いがつかず、朝鮮・満州地域を巡る戦争に発展したもの。予想外の長期化によって両軍共に戦闘継続が困難となった状況下での講和は日本に優位な形であったものの賠償金は獲得できず国民の不満を生んだ。その一方でこの講和によって日本は植民地帝国・列強としての地位を確立し、それによる安定的な国際的地位は国内に対する締め付けの緩和としても顕れ、「大正デモクラシー」の基盤となった。

「利益線論」

明治・大正・昭和(戦前)期の日本で唱えられた外交・軍事政策理念。日本本国の主権が及ぶ領域の境界すなわち国境を「主権線」とし、その維持のために、周辺地域を日本の勢力圏に収めて「利益線」として維持するという考え方。1890年に山縣有朋首相が施政方針演説で用い、以後日本の大陸政策を規定した。当初この利益線には朝鮮半島があたったが、やがて利益線への勢力伸長が主権線の拡大を招き、その維持のために利益線がさらに外側に設定されるという、終わりのない拡張路線を招くこととなった。

「啓蒙専制君主」(啓蒙専制主義として再構成)

18世紀後半の大陸ヨーロッパ特に中東欧諸国に登場した、啓蒙思想・啓蒙主義の影響を強く受け、進歩的な政策を実施した「専制君主」のこと。この君主の存在する政治体制は啓蒙専制主義や啓蒙絶対主義と呼ばれる。絶対主義であるがゆえに市民社会が発達せず、またそれゆえに近代化に立ち後れていた国家において、絶対主義を維持したまま「上からの近代化」の実施を目指したもの。一定の近代化に成功したものの、人民側の基盤を欠くがゆえに社会に大きな歪みを生む結果ともなり、また必ずしも啓蒙思想の主張に整合しない政策も多く採用されていたことから、啓蒙専制君主の成否や性格付けは論争的。

思想史関連

「啓蒙思想・啓蒙主義」

18世紀にヨーロッパ大陸で発達した、理性への高い評価と合理主義に特徴付けられる思想・運動潮流。これにより自由主義、道徳哲学、自然法論、経験論哲学の発展が本格化した。17世紀の科学革命の影響を強く受け、それまで支配的であった旧来の諸制度や価値観、権威にただ従うという態度を排し、個々人が自らが持つ理性を用いてあらゆるものについて考察すること、またそれが可能となる状況の整備を重視した。またそれは啓蒙思想の前提たる理性そのものへの考察にも及んでおり、単なる理性絶対主義ではない。少し後にスコットランドで興った同様の思想潮流はその内容の独自性から区別され、「スコットランド啓蒙」と呼ばれる。

「理神論」

デイズム。神の存在や神による世界創造を認める一方で、人間が世界を理解する際には神の啓示などは不要とする立場のこと。神が完全であればその創造する世界も完全でなければならず、そうであるなら神が後から世界に干渉することはほとんどない。であれば、世界に人智を超えた事物は存在しないことになり、全て人間の理性のみで理解可能であり、信仰も要さないという発想による。ただし、神による奇蹟などを、例外的な世界の修正行為として若干ながら認める立場もある。18世紀のヨーロッパで啓蒙思想の影響を受けて登場し、また啓蒙思想の基盤ともなった。

「啓蒙」

enlightenmentの訳語。無知な者を教え導くことを指す言葉。ただし、政治思想・社会思想的な文脈においては、「(理性の)光によって照らす」こと、すなわち(既存の権威や価値観に囚われず、)あらゆる対象を理性によって合理的に考察し判断しようとする態度のことを指す。18世紀にヨーロッパ大陸で発達した、啓蒙思想・啓蒙主義その始まりにして代表例。

「スコットランド啓蒙」

18世紀後半-19世紀初頭にかけてスコットランドで発展した啓蒙思想・啓蒙主義の潮流。ヨーロッパ大陸の啓蒙思想と同様に合理性を重視するが、より経験主義的な色彩が強く、商業社会の発展のただ中にあった英国の状況を反映し、人間の利己心を公共精神の観点から正当化して積極的に評価し、商業活動を強く肯定するという独自性を持つ。アダム・スミス、デイヴィッド・ヒュームが代表的な思想家とされ、また独立した学問領域としての経済学はここに発する。

「重商主義」

積極的な商業活動による富の蓄積を目指す経済思想・経済政策の総称。ただし通常は16-18世紀ヨーロッパの特に絶対主義国家など(英仏蘭)で採用されたものを指し、初期は金銀獲得・採掘を重視する重金主義、中期は貿易による貨幣獲得を目指し保護貿易による輸出促進・高関税による輸入抑制を行う貿易差額主義、後期は貿易での優位性を確保するために特定の産業の保護に努める産業保護主義となる。植民地獲得競争・経営もこの一環。長く継続したが、18世紀啓蒙主義から現れた自由貿易主義による激しい攻撃に晒された。

「重農主義」

18世紀後半の経済的苦境にあったフランスで登場した経済思想。自然法思想の影響を強く受け、自然法に従った秩序こそが最善の秩序として、それまでのフランス経済を人為的な重商主義による歪められた経済であると批判し、その上で農業生産を中心とした経済を本来あるべき経済の姿として提示した。農業を重視するのは、農業以外の産業における生産物は全て農業生産物を原料とするか、農業生産物を食す人間により生産されるものであって、その生産物自体に価値があるわけではないという考えによる。現実の政策としては失敗したが、自由貿易の主張や再生産概念の端緒として、後の経済学への影響が大きい。

「パターナリズム」

父権主義。温情主義。上位者(特に国家)が下位者(特に国民)に対して、相手の利益の増進を称する特定の行為の強制または禁止、もしくはそういった強制や禁止を是認する考え方のこと。それが「父親による家族への支配権」「父親による躾け」と同じ原理を持つことからこの名で呼ばれる。個人の自律・自己決定権への介入であるため、特に国家によるそれはリベラリズムから正当化しにくい。家父長主義とも訳されるが、フェミニズムにおけるそれとは若干ニュアンスが異なるため、最近ではカタカナで書くことが多い。またパターナリズムにあたる行為を指す言葉として、パターナリスティックではなくパターナルと言うこともある。

「モラリズム」

道徳主義、倫理主義と訳。他者に対し(特に国家がその国民に対し)、道徳的に善いと考えられる行為を強制したり、道徳的に悪いと考えられる行為を禁止することを認める。つまり道徳の強制を良しとする考え方のこと。通常、リベラリズムにおける「他者危害原理」からは正当化されないような強制についてのみ用いられる。この立場は多かれ少なかれその社会における価値観の多元性を拒否する立場として批判されうるが、一方で一定の価値観の共有は社会が維持されるための条件の一つでもあるため、その扱いは難しい。

「正戦論」

戦争には、神学的・哲学的・法的に正当化できるものと、正当化できないものがあるという考え方と、それをいかに区別するかに関する理論の総称。その内容は、戦争を正しく始めるための条件である「戦争への正義」と、戦闘の方法が正しいとみなされるための条件「戦争における正義」に大別される。その起源はキリスト教教義の観点で論じる4-5世紀頃に始まり、17世紀には自然法論の観点から論じられるようになった。その後「無差別戦争観」の台頭によって一時廃れたものの、一次大戦後の戦争違法化と武力紛争法の整備によってある程度復権しつつ、その内容の再検討も行われている。

「無差別戦争観」

国家が戦争を行うことに善悪や正不正といった観念は馴染まず、故にあらゆる戦争は合法であるという考え方のこと。「主権国家システム」において全ての国家は平等であり、戦争を行う主権的権利も全ての国家が平等に保有し、その行使の是非を判断する上位者は存在しないため、全ての国家は自由に戦争を行いうる、という考えを根拠とする。19世紀に確立した考え方だが、第一次世界大戦、第二次世界大戦を経て段階的に否定された。

(規範的)政治理論用語関連

「理想理論/非理想理論」

規範的政治理論・政治哲学における理論区分の1つ。社会の全ての成員が提示された正義原理を厳格に遵守できるという理想状態における正義原理の導出を行う理論が「理想理論」。そうではない状態、つまり社会の成員が提示された正義原理を部分的にしか遵守しない状態において有効な正義原理を導出するのが「非理想理論」である。この2つは、現実社会に適用可能なのは非理想理論だが、理想理論が提示する正義原理なしに非理想理論を構築できないという関係にある。

「現実主義的ユートピア」

現代リベラリズムの代表的理論家であるジョン・ロールズが、自らの政治理論・哲学の特徴として挙げたもの。政治理論を、完全に理想的な正義原理を提示するユートピア的な「理想理論」と、現実の様々な制約を踏まえた上で有効となる正義原理を提示する現実主義的な「非理想理論」に分割し、その2つの論理的結合と適切なバランスによって、理想の提示と現実性の確保を両立する。

「神々の闘争」

その性質上、学問的に答えを出すことが不可能な、人間それぞれが保有する究極的な価値観の間に優劣をつけようとしたり、最も正しい価値観を特定しようとする論争のこと。「学問的に問うことが不適切または無意味な論点」を示す言葉として用いられる。マックス・ヴェーバーが『職業としての学問』において、近代における宗教の衰退に伴う、人々の信じる価値の多様化・多元化状況を表すために用いた言葉であり、そこから価値自由、「価値多元主義」の主張が導き出される。

「事実/真実」

特に社会科学において重要な区別の1つ。ある物事について、客観的・経験的に観察された「物事それ自体」が「事実」。その事実をふまえた「その事実はどのようなものか」という価値的な認識・判断が「真実」である。例えば「コップに半分水が入っている」のは「事実」の領域だが、それを「半分しか水がない」と判断したり「半分も水がある」と認識するのは「真実」の領域に属する。社会学に多くある「事実は1つだが、真実は複数ある」というのはこの区別を踏まえた言明。

「本質主義」

ある事物・概念の性質・意味は、それらが有する「本質」によって規定されているという考え方のこと。ここでの「本質」は、時間がどれほど経過したり遡ったりしても、また空間的にどこに存在したとしても変化することのない普遍的な実体として想定される。古代ギリシャ以来支配的な考え方だったが、20世紀にその対義語でもある「構成主義」「構築主義」が登場・確立することで、その妥当性は大幅に相対化された。なお、本質主義という言葉は構成主義・構築主義の立場からの批判的呼称であり、自称することはごく少ない。

経験的政治学関連

「記述的推論/因果的推論」

推論(既知の事実からの未知の事実の見出し作業)のうち、事実を単純化し、整理して記述するために行われる、相関関係の見出しを「記述的推論」。その相関関係の中に原因と結果の関係つまり因果関係の見出すことを「因果的推論」と呼ぶ。両者は共に社会科学の主要な研究手法とされる。また、あらゆる事実は他の事実との関係においてでしかそのありようを把握できないことを踏まえると、「記述的推論」は、人が何かしらの事実を認識する際に必然的に行われているとも言える。

「解釈/推論」

いずれも、観察された事柄や知見から、思考を用いて、観察しえない事柄・知見を明らかにする作業を指す。特に区別する場合、その事柄の「意味」や「真実」、主観的な「理由」を明らかにするのが「解釈」。対して、その事柄の「法則」や「事実」、客観的な「原因」を明らかにするのが「推論」ということも一応可能ではある。

「グランドセオリー」

社会科学理論のうち、その理論を用いて記述・説明できる事象の範囲が包括的かつ一般的なもの。端的には「社会で生じる現象をそれ単体で説明しようとする理論」。ただし、実際にはある程度相対的に「説明できる範囲が極めて広い理論」を指すことも多い。理論構築の困難さとその高い説明力から巨大な業績として扱われる。しかしその高い一般性ゆえに社会現象の個別具体性を取り落としやすく、現実政治において排除や抑圧の論理に転化しうる危険を持つ。マルクス主義や社会システム論は、グランドセオリーの代表例。

「新制度論」

なんらかの「制度」が社会・政治・経済において重要な役割を果たしているとし、実際に制度がそれらにおける人々の行動にどのような影響を与え、また制度がどのように構築されるかに着目する社会科学理論の総称。「脱行動論革命」の影響を強く受けており、アクター中心の行動論の制度無視的な側面と、従来の制度論による静態的な制度観の両方に抗い、行動と制度の相互作用を動態的に捉えようとする。現在の社会科学における主潮流の一つだが、新制度論自体はあくまで合理的選択制度論、社会科学的制度論など諸々の理論の総称であることに注意。

「合理的選択制度論」

新制度論の一つ。社会は自らの目的達成のために合理的に行動する個人の集合であり、制度がその諸個人の行動に影響を与え、またその諸個人の行動の集積によって制度が変化するということを前提として、制度の役割や動態を分析する研究手法。あらゆる社会現象や社会制度を個人の合理的行動の集積として説明することを目指す。ただし、個人がその行動を合理的と見なす際に影響している非公式の規範や慣習を上手く取り扱えないという弱点を持つ。

「歴史的制度論」

制度と人々の行動の関係を分析する「新制度論」の一潮流。人々による政策や制度の選択の歴史的積み重ねが、後の人々の政策・制度の選択に影響を与えることを重視するもの。特に、一度ある方向性を持つ政策が採用されたならば、以後も似た方向性の政策が選択され続け、相当の事情が生じなければ変化することはないという「経路依存性」の指摘で有名。

「社会学的制度論」

新制度論の一つ。社会は個人の集合であり、個人それぞれ自らの目的達成のために行動し、その行動の集積によって社会や制度が変化する。「但し、」その個人の持つ目的や選好は、個人が行動するより先に社会や制度によってある程度規定されている、ということを前提として、制度の役割や動態を分析する研究手法。「合理的選択制度論」と異なり、対象とする制度には非公式の規範や慣習も含まれ、それらが個人の行動時だけでなく行動前にも機能すると捉えることが特徴。

「構造的制度論」

新制度論の一つ。体制やシステムといった言葉で言い表されるような、社会制度・政治制度、人々の抱く理念、人々の間の関係といったものの相互に連関した総体である「構造」を一つの制度として捉え、その役割や動態を分析する研究手法のこと。他の新制度論と異なり、社会と個人、制度と個人、制度と組織といった区別をとらず、その総体を扱うことに大きな特徴がある。

議会・政党システム論・政党組織論

「分割投票」

二院制議会や、大統領制と議会制が並存する政治制度において投票者が行う、一方の選挙での投票先ともう一方の選挙での投票先をそれぞれ別の政党・政治勢力にする行為のこと。一方の選挙で勝利した・勝利しそうな政党・政治勢力に対する抑制としてであったり、一方の選挙では投票先にできない政党・政治勢力にもう一方で投票するという形であったりする。例えばアメリカにおける中間選挙(大統領就任2年後の連邦議会議員等の選挙)で大統領の所属政党が敗北しやすいのは、この分割投票によるといわれる。

「票割り」

大選挙区制や非拘束名簿式比例代表制など一つの選挙区から複数人が当選する選挙制度で、同じ選挙区に同じ政党の候補者が複数人立候補する際に行われる、特定の候補者に得票が集中することを避ける戦略のこと。これら選挙制度では自党候補者のうち1人にだけ得票が集中すると他の自党候補者が落選してしまうため、有権者の居住地域などにより投票先を分け、得票数を適度に平坦化させる。ただしこの戦略は状況次第では候補者の共倒れに終わる可能性もある。

「票割れ」

選挙において、同じ選挙区に同じ政党からの候補者、もしくはかなり近い政策志向・イデオロギーを持つ候補者が複数人立候補した結果、その候補者達が得票を食い合ってしまい、当選に必要な票数を得られずに落選すること。いわゆる「票割り」が意図せずして発生してしまった状態である。

「M+1ルール」

M+1法則とも。議会に存在する有力政党数は、その議会が採用する選挙制度の「選挙区定数+1」となるという法則のこと。選挙で小選挙区制をとる議会では二大政党制になりやすいという経験則である「デュヴェルジェの法則」を、1993年以前の日本の選挙制度である「中選挙区制」に拡張適用し、一般性を高めたもの。これによれば、小選挙区制(定数1)では2つの有力政党が生まれ(=二大政党制)、定数4の中選挙区制であれば5つの有力政党が生まれる。

「政権交代」

民主主義体制において、政権(大統領や首相)を輩出する政党や政治勢力が入れ替わること。つまり与党と野党の交代・入れ替わり。典型的には現職大統領や与党の選挙での敗北によって発生するもので、二大政党制で多く見られる。他にも連立政権における連立政党の入れ替えや、与党内の派閥争いによる派閥間での政権交代もあり、二大政党制以外ではこの形態が多い。

「二大政党制」

政党システムの1つ。選挙で勝利して政権を担当することが現実的な主要政党が議会に2つだけ存在し、議席を二分している状態のこと。小選挙区制の採用、有権者がゆるやかかつ安定的に二分化されているなどの条件を満たした場合に成立しやすく、イギリス議会(労働党・保守党)、アメリカ議会(民主党・共和党)はこれにあたる。主要政党は過半数議席を得やすいため、比較的少ない票の動きで政権交代が発生する。また政権は単独政権になりやすいため大きな政策転換がありうるものの、主要政党となるにはある程度主張を中道寄りにする必要も生じるため、一概には言えない。

「多党制」

政党システムの1つ。ある程度継続的に、議会に存在するどの政党も単独で政権を担える勢力(≒議席の過半数)を持たない状態。比例代表制の採用、有権者の政治的志向が多様であることといった条件において成立しやすい。ドイツや北欧を代表に多くの国に見られる。政権獲得の際は複数の政党による連立政権となるのが通例であり、また政権交代の際には政権政党が丸ごと変わる形式に限られず、連立する政党の組み替えという形になることもある。

「一党優位政党制」

議会制民主主義において継続的に大勢力を保持し、長期に渡って政権を担い続ける政党が存在する政党制のこと。一見「二大政党制」に見えても政権交代が発生しない場合や、一見「多党制」であっても継続的に政権を担当する大政党がある場合は一党優位政党制にあたる。日本はこの代表例の一つとされる。但し、多党制での一党優位性は連立の組み替えなどで政策転換を担保している場合も多いため、一党優位制内部での差異はそれなりに大きい。

「ヘゲモニー政党制」

政党システムの1つ。議会に複数の政党が存在するものの、その中の一党が圧倒的な勢力を保有して政権を担当し続けることが前提となっており、その他の政党がその支配に抵抗することが許されないもの。一見すると複数政党制だが、実質的には一党独裁制となっている状態であると言える。ただし、強力な「包括政党」の存在により、政党レベルの政権交代はないが、政党内の派閥争いによって事実上の「政党内政党による政権交代」が発生しているものもヘゲモニー政党制に含まれるため、少し注意が必要。

「優越政党を伴う多党制」

議会に複数の政党が存在する「多党制」のうち、それら政党の勢力がそれぞれ同程度ではなく、他よりも優越した大勢力を持つ優越政党が存在する多党制のこと。この多党制では、政権はほとんどの場合優越政党を中心に、その単独もしくは他の中小政党を加えた連立によって担われることとなるため、結果的に安定的な政権・政策方針が長期的に維持されやすいとされる。

「穏健多党制/分極多党制」(分割)

議会に複数の政党が存在する「多党制」のうち、それら政党の政策選好やイデオロギーの差異が小さいものを「穏健多党制」。そうではなく、各政党毎の政策選好やイデオロギーの差異が大きいものを「分極多党制」と呼ぶ。「穏健多党制」の下での議院内閣制では、その時々の政治状況に応じて連立政権が組み替えられ、結果安定的な政権・政策方針が維持されやすい。一方「分極多党制」では各党の差異が大きいため連立が困難であり、政権・政策方針の不安定、最悪の場合には政治自体が麻痺するとされる。なお、「穏健多党制」は西欧・北欧国家に多い。

「政党組織論」

主に議会制民主主義における「政党」の内部構造を対象とする政治学の一分野。党執行部、所属政治家、一般党員の関係。党執行部が他の構成員の自律性をどの程度まで許すか。党としての意思決定・意思統一がどのように図られるのか、そこで主導権を持つのは誰かといった事柄を扱う。「名望家政党」や「大衆政党」といった政党の類型論はこの分野に属する。

「寡頭制の鉄則」

あらゆる(大規模な)組織・集団は、その中の少数のエリート達によって支配されることから逃れられないという理論のこと。社会学・政治学の古典的な理論の一つ。集団は大規模になればなるほど、その成員間の平等を維持したままの運営や統制、一体としての行動が困難になり、組織化の必要が生じる。この組織化とはすなわち少数者への権力集中と、その他多数者のそれへの従属であるため、組織・集団が大規模化すれば必然的に寡頭制となり、また逆に組織・集団を大規模にしようとするならば寡頭制を採用せざるを得なくなるとする。

「寡頭制」

ある社会や組織、国家等の支配権や政治権力を、継続的に、特定の少数の人物が保有する状態・政体のこと。「貴族制」もこの一種だが、貴族制はある程度公的に承認された「貴族としての身分・階級の出身であること」によって支配権や政治権力を付与された者達による支配のみを指しており、寡頭制はよりも広く、「特定の少数者の支配」を指す。継続的な縁故主義、派閥抗争の結果、一種のエリート主義、選挙の機能不全などにより発生・成立する。

「公認権」

政党上層部が保有する、選挙での候補者を自党の候補者として公認し、公にその選挙活動の支援を行うか、行わないかを決定する権限のこと。公認を得られない候補者は、その選挙を自らの政治的資源のみで戦うこととなり、また政党の名による得票も減少することで不利となる他、比例代表制ではそもそも立候補が不可能となるため、公認権は政党上層部が自党政治家を統制するための重要な一手段。また候補者同士で公認を巡り争うことを「公認争い」という。ただし、選挙制度によっては公認権の威力が大きく目減りすることもあり、かつて日本の衆院選でも採用されていた中選挙区制はその1つ。

「拒否点」

何らかの意思決定の際に、その意思決定の参与者がその意思決定の内容について拒否権を行使できる、意思決定過程の「段階」のこと。単純化した例だが、例えば政策決定の際には、有権者にとっては選挙が、議会議員にとっては本会議や委員会が、政党政治家にとっては党内の審議手続が、首相にとっては閣議が拒否点になる「段階」である。より卑近な例であれば、会社における各役職が決済印を押すか押さないかは、その役職の人物にとって拒否点が存在する段階である。

「執政」

ある国家や地域における政務を執り行うこと。政治学用語としては、国家の権能のうち立法と司法ではないもの(=行政)から、立法の制定した法律の執行や司法の出した判決の執行を除いたもの。あるいはいわゆる首相や内閣、大統領の持つ、立法・司法の一方的統制を受けず、むしろそれらに先立って行使されることで立法・司法を統制しうる、純粋に政治的な権能のこと。政治全体の方針決定や政策・法案の立案・決定、行政府内の人員の配置、外交の多くの部分はこの「執政」に含まれる。

「分割政府」

分裂政府とも。大統領制においてしばしば発生する、大統領の所属政党と、議会の多数派政党が異なる状態(立法―行政分割)。および半大統領制における、大統領の所属政党と首相の所属政党が異なる状態(行政分割)のこと。いわゆる「ねじれ国会」の大統領制版だが、議院内閣制ではある程度柔軟に内閣総辞職・新勢力による組閣によって行政府を立法府に合わせられるが、大統領制・半大統領制では不可能であるため、政権運営・議会運営が行き詰まりやすいと言われた。しかし、現在では分割政府自体が問題ではなく、大統領の保有する権限や政党システムなど他の政治制度の影響の方が大きいとする見解が通説。

「国会中心主義」

日本における、政治の中心が国会にあるとする風潮のこと。本来、議院内閣制は行政権(内閣)と立法権(国会)の分立が弱く、しばしば一体化さえする政治制度であって、内閣が議事運営の主導者として機能することも予定されている。しかし、このことを是認すれば各国会議員個人の政治的影響力が大きく減ぜられることから、日本国憲法第41条の「国会は、国権の最高機関であって…」の記述などを根拠に、国会を政治の中心と位置づけることでその影響力の維持を計る戦略をとり、定着したもの。

「一院制議会」

議会制のうち、議会が一つだけ存在するもののこと。二つの議会が存在する「二院制議会」に対する言葉。単純に審議手続が簡素であるため審議が迅速になり、選挙の回数が少なくなるためそのコストも低減するといった利点を持つ。代わりに、議会―議会間の権力分立が存在しないため抑制が効かなくなりやすく、また有権者に対する議員の数が少なくなるため議会の代表能力が低下するといった欠点がある。現在のところ、先進国では二院制議会が多いが、それ以外の国家を含めると一院制議会の方が多い。

経済関連

「中央銀行」

共通の通貨を用いる経済圏、典型的には国家において、その金融システムの中核としてその管理・維持を担う銀行・組織のこと。紙幣を発行して市場に供給する「発券銀行」の側面、市中銀行への資金供給を行い、市中銀行同士の資金のやり取りを仲介する「銀行の銀行」の側面、政府の歳入・歳出を管理する「政府の銀行」の側面を持つ。またそれらの調整などにより、金融経済に影響を及ぼして金利上昇・下降の誘導を狙う「金融政策」を実行し、物価安定など経済に影響を及ぼす。日本の中央銀行は日本銀行。

「中央銀行の独立性」

ある国家における金融システムの中核たる中央銀行が、政治家・政府の意向を無視して自律的に振る舞いうる可能性のこと。しばしば支持獲得のためにインフレ政策を望みがちな政治家の意向に常時従って金融政策を行うと、強すぎるインフレ圧による物価高騰や揺り戻しとしての深刻な不景気を招きかねない。そのため、中央銀行は一般に、政府から独立した専門機関として、政治に対して中立に振る舞うことを制度的に担保される。ただし、その独立性の程度は各国で異なり、また時代の変化とともにその内容も変化していることに注意。

「日本銀行」

日銀と略。1881年に設立された日本の「中央銀行」。日本銀行法に基づき設置されており、日本における紙幣発行と金融政策を担う。役員のうち総裁、副総裁、審議委員は国会の同意のもと内閣が、監事は内閣単独で、そして理事・参与を総裁・副総裁・審議委員からなる最高意思決定機関たる政策委員会の推薦に基づき財務大臣が任命する。かつては政府からの独立性が低い中央銀行の一つだったが、1998年以降はその独立性の法制化もあり、各国の中でも高めの独立性を保持している。なお、読みは「にっぽんぎんこう」「にほんぎんこう」どちらでも良く、紙幣は「NIPPON GINKO」とあるが、日本銀行法は「にほんぎんこう」と読む。

「連邦準備制度」

FRS。アメリカ合衆国の「中央銀行」システム。連邦準備制度理事会(FRB)が、全米に12行ある連邦準備銀行(地区連銀)を統括することで、総体として中央銀行としての役割を果たすもの。FRBは上院の同意に基いて大統領が任命する7人の理事からなっており、任期は14年。なお、FRBは政府からある程度独立した行政機関であるが、地区連銀は政府から完全に独立した銀行である。

「財政政策/金融政策」

いわゆる経済政策の二大分野。政府による増税・減税、国債発行量の増減、公共事業など支出の増減といった、政府の財政を通じて経済に影響を及ぼそうとする政策が「財政政策」。中央銀行による、政策金利の利上げ・利下げ、公開市場操作による市場への資金放出・市場からの資金吸収による貨幣流通量・金利調整などによって経済に影響を及ぼそうとする政策が「金融政策」である。なお、財政政策は需要と供給の調整、金融政策は物価の安定という役割分担があるとされたが、現在ではその区分はかなりの程度崩れている。

軍事・安全保障関連

「国連平和維持活動(PKO)」

国際連合が紛争地域で行う、武力紛争の平和的解決のための諸活動のこと。安全保障理事会の承認と、原則として紛争当事国の同意の下で、小規模の軍隊・警察を加盟国が自発的に紛争地域に派遣し、活動に従事させる。かつてその活動は停戦状態の監視と、紛争当事国の軍隊の引き離しに限られていたが、現在では警察活動や、選挙や戦後復興といった行政支援、人権保障などの法的支援、元兵士の武装解除や社会復帰など、多様化・複雑化している。なお、国連憲章にPKOについての具体的規定はなく、1948年のアラブ・イスラエル戦争での国連休戦監視機構の設置以来、慣行として定着したものである。

「武力行使の(旧)三要件」(自衛権行使に変更)

自衛権行使の(旧)三要件とも。日本が自衛権を発動し、武力を行使するための条件として2014年6月30日まで用いられたもの。「日本に対する急迫不正の侵害があること」、「これを排除するために他の適当な手段がないこと」「必要最小限度の実力行使にとどまること」がその内容。日本国憲法第9条を「個別的自衛権」のみを認めたものとする解釈を前提としている。

「武力行使の新三要件」(自衛権行使に変更)

日本が自衛権を発動し、武力を行使するための条件。2014年7月の閣議決定により採用され、2015年平和安全法制(安全保障関連法)で法制化された。「日本や密接な関係の他国への武力攻撃で日本の存立が脅かされる明白な危険があること」、「これを排除するために他に適当な手段がないこと」「必要最小限度の実力行使にとどまること」がその内容。日本国憲法第9条を「限定的な集団的自衛権」を認めるものに解釈変更し、それを明示したもの。

「存立危機事態」

2014年の「武力行使の新三要件」で提示され、2015年平和安全法制(安全保障関連法)よって各法律に規定された、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」のこと。この事態の発生は、日本が「集団的自衛権」を行使するための要件の一つ。なお、日本国憲法第9条が集団的自衛権の限定的な行使を認めていると解した上であっても、ここで言う「密接な関係にある他国」「明白な危険」の判断基準が不明瞭であるという問題は残っている。なお、この「存立危機事態」の定義からは、日本政府が集団的自衛権の性質をどのように捉えているか(他国防衛説、個別的自衛権共同行使説、死活的利益防衛説など…)のどれを採っているかは不明瞭であり、政府も特定の学説を支持する意図はないとしている。

「平和安全法制」

日本で2015年に実施された安全保障関連の法整備のこと。平和安全法制二法(安全保障関連の10の法律を改正する平和安全法制整備法と、新法である国際平和支援法)の成立によって行われた。法整備の対象は、「集団的自衛権」の限定的行使のための基準・制度の法定、在外邦人の保護措置の法定、「PKO活動」の拡充・柔軟化など多岐にわたる。2014年7月1日の閣議決定「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」の内容を実現したもの。安全保障関連法、安保法、戦争法など様々な俗称がある。

「経済的徴兵制」

近代・現代の徴兵制をとらない軍制度(=志願制の軍制度)について、それがあくまでも自由意思による入隊を建前としているにも関わらず、事実上「貧困層から徴兵している」状態にあることを指す言葉。学歴や高度な知識を要さない入隊条件と、ある程度の賃金や、奨学金の支給、訓練に付随する資格取得などの経済的メリットが入隊後に得られるという状況が組み合わさることで、入隊が他では良い職にありつけない貧困層が貧困から抜け出すための手段として機能し、結果的に「貧困層に入隊を押しつけている」状態となる。

「OSA」

政府安全保障能力強化支援の略。自国の安全保障の強化を目的として行われる、途上国の軍隊に対する公的な無償の資金・インフラ・装備協力のこと。ある程度外交目的などを共有する途上国を「同志国」に設定し、その軍に対して支援を行う。ODA(政府開発援助)とは別の枠組み。日本では2023年に導入が決定され、ODAと共にFOIP(自由で開かれたインド太平洋)構想の一環に位置づけられている。

法学関連①

「違憲立法審査権」

司法、多くの場合は裁判所が行いうる、立法府が成立させた法律や行政府が発令した政令などに対し、それが憲法と整合的かどうかを判断し、憲法違反であった場合に当該法律・政令を無効とする権限のこと。つまり違憲審査の権限。法律・政令が施行された後に、その適用を巡る訴訟で争点となった際に行う「付随的違憲審査」。単に憲法違反の疑いのみによって訴訟し、審査を行う「抽象的違憲審査」が有名だが、他にも当該法令が施行される前に審査を行う「事前審査制」もあり、フランス憲法院はその一例。

「法系」

法・法律、より正確にはある国家の法と法制度の一群を、その歴史的な継受関係によって分類したもの。簡単に言い換えれば、ある国の法・法制度の祖先がどこの法であったかによる分類のこと。イギリス(+アメリカ)の法を祖先とする「英米法(コモン・ロー)」、古代ローマ(+ドイツ・フランス)の法を祖先とする「大陸法(シビル・ロー)」が代表的だが、他にも社会主義国家に見られる「社会主義法」、イスラーム圏の「イスラム法」などもある。なお、日本の法・法制度は大陸法を基盤として二次大戦後に英米法の要素が加わったもので、これを独自の「日本法」と呼ぶ研究者もいる(なお、この分類を用いれば、カンボジア民法・民事訴訟法は日本法に属する)。

「私法の公法化」

元々は私人間の法律関係を定める「私法」(民法・商法など)に属する領域の事柄が、行政機関と個人の間の法律関係を規定する「公法」(憲法・刑法など)のような規定によって定められるようになること。言い換えれば、私法と公法の両方の要素を持つ法律が登場すること。労働法や経済法などの「社会法」の多くがこれにあたる。雇用主と被雇用者の関係のように、私法において形式上対等とされる私人間関係が実質的に不平等関係となる例が多発したことから、国家がその関係に介入して解決を図ろうとすることで生じた現象。

「裁判官」

国家の持つ司法権を行使し、裁判を行う官職のこと。社会において発生する様々な紛争を法的に解決することによる社会秩序の維持や、抽象的な法・法令の意味内容を事例に則して具体的に明らかにする役割を担い、「法の支配」を貫徹させる重要な役割を持つ。また特に英米圏では、政治権力の暴走に対する制度的な最後の砦としての政治的機能を伝統的に保持・期待されており、それ故に裁判官には高い独立性が与えられ、地位が保障される。裁判官の任用制度には、弁護士や検察官としてのキャリアを積んだ者を採用する「法曹一元制」と、当初から裁判官としてのキャリアを積む「職業裁判官制」に大別され、日本は後者にあたる。

「公序良俗」

公の秩序(社会の一般的利益)と善良の風俗(社会の一般的倫理)を略した言葉。民法第90条において、この公序良俗に反するような法律行為(契約など)は無効とされることが規定されている。公序良俗違反にあたる契約には、例えば不当な高利の借金の契約、売春の契約、男女差別的な雇用契約といったものがある。この条文は、社会通念上認められるべきではないという理由一つで広汎な法律行為を無効にする効力を持ち、濫用の危険が大きい。そのため、あくまでも他の規定では解決できないような事例に対する最後の手段として、個別具体的な事情を十分加味して適用する。

「理念法」

もっぱらある事柄に関する国や地方の方針・理念を提示することを目的としており、具体的な罰則や権利義務関係を規定しない法律・条例のこと。権利や義務について規定していても、単に権利の存在を宣言したり、努力義務を課すにとどまる。その機能は国民・住民に対する啓発・世論形成効果だけでなく、立法・行政・司法それぞれの裁量の範囲を狭めることで、法律の立案・修正方針、政治の方針、法律を執行する際の判断、法律の解釈に影響を与える。ただし、その理念を実現するための諮問会議などの設置や政策・法案の立案、国会への報告など、国に対する政治的な義務はある程度具体的に規定することが多い。なお、最初から理念法として法案化される場合もあれば、具体的な規定を置こうとしたが政治的事情から諦めて理念法となる場合もある。

「努力義務規定」

法律などに存在する、私人に対して、ある行為を義務として一応定めてはいるものの、特に具体的な罰則は置かれていない規定を指す言葉。日本においては「~するよう努めなければならない」などという規定がこれにあたる。但し、行政指導の根拠としては用いられうる。もっぱら、その規定による義務づけ自体は必要であるものの、法律制定時の社会・政治的状況や、(法)技術の水準に照らして、全国民に対して一律に強く義務づけることが現実的でないと判断された際に用いられる。なお、司法や行政に対する同様の規定もあるが、それらは「訓示規定」と呼ばれる。

法学関連②・社会主義

「社会主義法」

ソ連、中国など社会主義国の法の総称。「大陸法」の流れを汲みながらも社会主義理論由来の独自性を持つため、独立した「法系」でもある。「法の支配」の観念が薄く、法がもっぱら政治的目的を達成するための指令としての性格を持つこと。それに伴い裁判所も強い政治的機能を保持すること。「社会主義的所有」のように、私法の公法化が早期に、かつ広範に発生していること、男女同権、人種・民族の平等のいち早い法制化、といったものが特徴として挙げられる。ただし、それらを社会主義法の特徴とみるかは論者により差異があり、またこれらの要素が「社会主義法」の事実上の共通点であったとしても、それが真に社会主義理論に由来するのかには疑問もある。なお、現代では大半の社会主義国家が資本主義化しつつあるため、社会主義法も消滅しつつある。

「法の死滅」

マルクス主義用語。共産主義社会においては法は国家と共に消滅するという考え方のこと。マルクス主義において法や国家は支配階級の意思を他の階級に強制するための道具であるため、階級対立がなくなり、階級そのものが消滅する共産主義社会では、法や国家はその存在意義を失って消滅するということになる。この考え方は初期の社会主義法(ソビエト法)でも支配的であり、ソビエト法はやがて消え去る過渡期の法に過ぎないとされた。しかし1930年代になるとこの考え方は放棄され、むしろ法の持つ秩序維持能力・社会形成能力に積極的意義が与えられるようになった。

「社会主義的適法性」

社会主義法に見られる概念の一つ。公権力の行使は法に依拠して行われなければならないという考え方のこと。非社会主義国家における「法の支配」や「法治主義」にあたるが、その目的が単なる秩序維持あるいは基本的人権の保障ではなく、社会主義体制の維持と強化であるところに大きな違いがある。1920年代に登場するも。ソ連でのスターリン体制や中国での文化大革命により形骸化、または強権行使の論理として機能する結果となったが、その後には人治の横行や個人崇拝を抑制する論理として復権し、また資本主義国家流の基本的人権を取り入れる動きも生じた。

「社会主義的所有」

社会主義法、とりわけソビエト法に見られる概念の一つ。生産手段(生産活動に必要な土地や設備や道具)を、個人ではなく国家や協同組合などで集団的に所有することを指す。なお、生産財ではない財、すなわち消費財については社会的所有の派生物として、個人所有が認められる(少なくともソビエト法では相続や預金の利子も個人所有できる)。但し、この社会的所有の派生物というのは、そもそも社会的所有物なくして消費財が生み出されることはないという程度の意味であり、資本主義法における一般的な意味での「財の私有」との違いは実際上では不明確。なお、この概念は国有・交有といった概念を、私法における個人所有と同列に構成しようとした結果生まれたものである。なお、実際には例外が多く、社会主義国の多くでは多数の個人農園や個人商店が合法的に存在していたりする。

「生産手段」

労働と組み合わされることで、新たな生産物を生み出すモノのこと。生産手段はさらに、工場や農場、機械・道具といった労働手段・生産財と、鉱石や農産物などの原材料である労働対象に分けられる。なお、社会主義における「私有財産の否定」は、あくまでも「生産財の私有の否定」であり、生産手段ではない財すなわち消費財の私有は認められる。

「プロレタリアート」

労働者階級、無産階級とも。マルクス主義用語。近代以降の賃金労働者を指す言葉。対義語はブルジョアジー。商品の生産に必要な資源・機械・建物など(=生産手段)を所有しない人々。それ故にプロレタリアートは自らのみで商品を生産することができず、自らの労働力を商品としてブルジョワジー(生産手段を持つ人々)に売る以外に生きる術を持たない。

「ブルジョアジー」

多義的な語。一つは、フランス革命など近代市民革命の担い手となった都市部の知識労働者・資本家。もう一つは、生産手段(商品の生産に必要な資源・機械・建物など)を所有し、労働者を雇用して働かせることで利潤を得つつ、資本主義社会を支配することで(ブルジョワ独裁)その立場を強固にしている階級。後者は主にマルクス主義用語。

「プロレタリアート独裁」

マルクス主義用語。資本主義社会から共産主義社会への過渡期(=社会主義社会)における、プロレタリアート(労働者階級)が政治権力を完全に掌握した状態のこと。プロレタリアート独裁は、まず少数者たるブルジョワジー(資本家階級)への多数者による独裁に始まり、やがてブルジョワジーの消滅によって全人民による全人民に対する独裁、真の民主主義の成立に至るとされる。

「民主集中制・民主主義的中央集権」

どちらもDemocratic Centrarismの訳語。社会主義国家で採用される、政治制度の組織原理。「下部組織による上部組織の選出の積み重ね」によって政治制度を組織し、下部組織は上部組織への定期的な報告義務・上部組織の決定の遵守義務を負い、決定の遵守を通して少数者は多数者に従属する。対義語は官僚主義的中央集権。しばしば中央からの一方的な人民支配、単なる上意下達を意味する中央集権制を民主主義と調和させようと試みるもの。なお、現実の制度について考察する場合、民主集中制を中国や日本共産党の仕組みを指すもの、民主主義的中央集権はソビエト連邦の仕組みを指すものとして区別することもあり、同じ言葉を用いていてもそれぞれ違いがある。

「ブルジョワ独裁」

マルクス主義用語。資本主義社会における、ブルジョワジー(資本家階級)が政治権力を完全に掌握した状態のこと。これは即ちブルジョワジーによるプロレタリアート(労働者階級)に対する支配、少数者による多数者の支配である。ブルジョワジーはこのブルジョワ独裁を通じて、多数者たるプロレタリアートを政治から排除しながら、資本主義社会とその構造を維持・強化し、搾取を継続するとされる。

「ブルジョワ民主主義」

マルクス主義の立場から自由民主主義体制を呼ぶときに用いられる語。「ブルジョワ独裁」の類義語もしくは同義語であり、「形式的には民主主義であるが、その実態は少数のブルジョワジー(資本家階級)による多数のプロレタリアート(労働者階級)の一方的支配に過ぎない」という含意を持つ言葉。対義語は「プロレタリアート独裁」や「人民民主主義」、あるいは「民主主義」。

「マルクス主義」

カール・マルクスの経済理論・政治理論、とりわけその社会主義思想(科学的社会主義)を引き継ぐ思想・理論の総称。「グランド・セオリー」の一つとして、弁証法的唯物論に基づく史的唯物論によって世界を把握したことで著名。また「階級」「疎外」「搾取」「物象化・物神化」「イデオロギー」など数々の概念の理論化の道を拓いた。20世紀末まで、その継受のみならず批判、乗り越えの対象として様々な思想に多大な影響を与え、また派生となる思想・理論を数多く生み出して現在に至る。

「科学的社会主義」

マルクスとエンゲルスが自らの社会主義理論を性格付ける際に用いた言葉。対義語はそれまでの社会主義思想を指す「空想的社会主義」。当時の資本主義社会や歴史・世界を、経済学及び史的唯物論の観点から考察して体系化し、理論的未来像として社会主義・共産主義社会を導出した。なお、ここでの「科学的」とは、唯物論に立脚していること、体系的な理論に立脚していることを指す。

「マルクス・レーニン主義」

レーニン主義。主にウラジーミル・レーニンによって理論化され、またのちにヨシフ・スターリンによって修正定式化された社会主義思想の一派。マルクス主義を継受しつつ、マルクス以後の世界やロシアの状況を踏まえて再解釈・修正を加えたもの。特にその「帝国主義」論が著名なほか、「プロレタリアート独裁」の強調、「前衛政党論」「永続革命論」といったマルクス主義の実践・戦略理論の比重が大きいこともその特徴とする。この実践・戦略理論としての特徴を抜き出して、非共産主義・反共産主義を掲げる組織が参考にした例もあり、中国国民党はその一例。

「スターリン主義」

スターリニズム。「マルクス・レーニン主義」の、ヨシフ・スターリンが定式化した型のもの。およびスターリンが権力を掌握した時期のソビエト連邦の全体主義体制を指す言葉。他称としてのみ、批判的な意図で用いられる。レーニン主義にあった多元主義的要素・国際主義的要素を否定し、一国社会主義論に基づく共産党執行部の強権化、秘密警察の積極的利用、軍拡と介入的外交、マルクス、レーニン、スターリンへの個人崇拝を進行させたが、スターリンの死と共に終焉に向かった。

「毛沢東思想」

毛沢東主義、マオイズム。毛沢東の影響を強く受けた社会主義思想の総称。「マルクス・レーニン主義」を、かつての中国のように産業化が極めて遅く、植民地のように他国からの収奪を受ける地域・国家に適用しようとしたものであり、いわば農村からの革命思想という性格を持つ。体系的な理論ではないが、その反面として、政治・経済・産業・軍事・外交と様々な要素を含み込む。中国と同様に産業化に立ち後れていた東南アジアの社会主義国家や、1960年代の欧米学生運動に強い影響を与えた他、途上国の反政府組織には現在も毛沢東主義を標榜するものがある。

「権力分立」

国家の権力を何らかの形で分割し、それらの役割分担・相互監視・相互抑制を図るべきという考え方。最も有名なのは、それを立法・行政・司法の3つに分ける「三権分立」であり、多くの場合この存在が「自由主義国家」もしくは「自由民主主義国家」と呼ばれるための要件の1つとなる。ただし、権力分立にはそれ以外にも、国家の意思決定権を国王・上院(貴族)・下院(庶民)に分けるような形や、中央(国家)・地方(州)に分けるような形も歴史的に存在し、一部は現在にも残っている。

「権力統合論」

国家の権力を分割して相互監視・相互抑制を行うべきとする「権力分立」の考え方を否定し、むしろ国家の権力を一元化することを良しとする考え方。主に社会主義法によって採用される。国家権力はそもそも分割不可能であるにも関わらず、分割することで権力の相互監視・相互抑制が達せられるとするのは欺瞞であること。仮に立法議会から独立した行政府を置くならば、それはやがて行政府による立法議会の抑圧(=人民から選出された代表達の無力化)を招き、端的に言えば非民主主義的であるというのがその理由。ただしこの権力統合論においても、国家権力の「機能を」分割して分担することは否定しない。

その他

「パブリックコメント」

パブコメと略。意見公募手続とも。行政機関によって行われる、命令等を出す前にその内容に関する意見を広く国民から募集する仕組み。原則としてあらゆる命令が対象となる。直接民主制的な仕組みの一つであり、行政手続への国民の参与の確保、行政手続の透明化を目的とする。アメリカ合衆国におけるものが著名であり、日本においては1994年より導入されており、住所等の入力が必要だが、以下から誰でも可能。https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public

「政策提案手続」

特に日本の地方自治体に存在する、当該自治体の住民から、広く「政策の提案」を受けつける仕組みのこと。名称は自治体によりそれぞれ異なる。直接民主制的な仕組みの一つ。地方分権改革の気運が高まり「三位一体改革」が打ち出された2000年代前半、自治体側の応答として登場した。現在でもこの仕組みを置く自治体は多いが、実際の提案数の少なさにより廃止した例も少なくなく、課題が残る。

「中央―地方関係」

ある国家における中央政府と地方政府の権限配分や役割分担といった関係のこと。細かな実態は様々だが、伝統的には、「集中―分散」(権限が中央政府にどの程度集中するか)、「融合―分離」(中央と地方がどの程度協働するか)。「集権―分権」(地方がどの程度自律性を持つか)の三つの軸によって類型化される。これら全ての要素をまとめて「集権―分権」として言い表す例が多いが、これは不正確で誤解を招くとの指摘が強い。なお、2000年代以降の日本は、分散・分離・分権型とされる(それ以前は分散・融合・分権型)。

「足による投票」

人々による、ある集団や共同体への参加・不参加や、ある地域への転居といった行動を、その人々の選好を反映した政治的行為として捉えた概念。集団・共同体の成員の多寡は、その勢力や人的資源の大きさを規定し、またある地域の人口や成員の所得水準はその地域の政府の税収等を規定するため、それら集団・共同体・地域には、より多くの参加、より多くの人々の定着を目指す誘因が働く。対義語は選挙での投票を指す「手による投票」。

「ラストベルト」

錆び付いた工業地帯。アメリカ合衆国北東部、五大湖周辺から東海岸までにかけて、イリノイ州、インディアナ州、ミシガン州、オハイオ州、ペンシルバニア州に跨がる(旧)工業地帯のこと。19世紀後半から20世紀半ば頃にかけてのアメリカ合衆国における一大工業地帯であり、スチールベルトなどと呼称されて1952年にピークを迎えたものの、その後の金融システムの変化や産業構造の変化を受け、工場の海外移転や失業者の増大に悩まされることとなった。ただし、現在においてもアメリカの主要工業地帯としての地位は維持しており、IT企業等の進出も見られる。

「シスジェンダー」

自らが出生時に割り当てられた性別、生物学的な性別と、自らが自認する性別が一致する者のこと。つまり「トランスジェンダー」ではない者。一般的に、社会における多数派を占める。「トランスジェンダー」ではない者を簡潔に示す言葉として、トランス(trans-)の対義語であるシス(cis-)を用いたもの。

「争点」

主に2つの意味で用いられる。一つは、論争において争われている内容のうち、その点に合意・決着があれば論争そのものが消滅する部分のこと。もう一つは、世の中に存在する様々な対立のうち、表だって争われており、なおかつその争いがある程度重要な争いであると広く認識されているもののこと。

「イデオロギー」

人々の思考や行動の「根本を決定づけ、正当化する」価値や規範の体系や、そのような体系たることを志向する包括的な思想・言説を広く指す言葉。世界観や常識といった言葉とある程度互換性を持ち、その意味で全ての人間は何らかのイデオロギーに従って思考・行動している。またその際にはイデオロギーは人間の思考コストの低減装置として機能する。但し、現在に至るまで様々な観点から様々な定義付けと評価がなされている言葉であることにも注意。

「中立」

なんらかの対立において、どの対立当事者や思想・立場のいずれにも与せず、いずれの味方にも敵にもならない立場のこと。言い換えれば「立場を持たないという立場」のこと。この立場を究極的に維持するためには、その対立について全く何も知らない状態か、知っていたとしても何も語らず行動もしない状態をとることを要する。

「緑の党」

ヨーロッパを中心に各国に存在する、環境保護、多文化主義・多元主義、反戦・平和主義を掲げる政党。いわゆる環境政党が好んで用いる政党名。単に緑の党という場合は、その中でも最初(1979年)に設立されて成功を収めたドイツのものを指すことが多い。設立経緯は複雑だが、一言で言えば1960年代後半市民運動・学生運動(いわゆる「新しい社会運動」)における極右から極左まで幅広く超党派的に結合し、穏健化したものと言える。

「シャトル外交」

日本の内閣総理大臣と韓国の大統領が、ある程度頻繁に互いの国を訪問する外交形態のこと。頻繁な会談による緊密な外交関係の構築・維持とそのアピールを目的とする。2005年から開始されたが一年を待たずに中断し、2008年に再開。その後2012年に再度中断し、改めて2023年に再開が決定した。日韓外交でのみ用いられる言葉だが、同様の外交は日印間でも行われているため、シャトル外交自体は一般名詞と考えて「日韓シャトル外交」ということもある。なお「シャトル」は英語で「近距離往復(便)」を指す言葉。

「敵国条項」

旧敵国条項とも。第二次世界大戦における連合国の旧「敵国」(=旧枢軸国)に言及する国連憲章の条項(53、77、107条)、特に旧「敵国」に対する経済的・軍事的制裁には安全保障理事会の許可を要さないとの規定(53条)及び第二次世界大戦後に、旧敵国を継承した政府が行った戦後処理は国連憲章によって無効化されないとの規定(107条)を指す。長らく国連憲章からの削除が要求され、1995年には国連総会にてその削除が決定した。現在では実際に削除するには至っていないものの、事実上死文化したものとして扱われている。なお、ここでの旧敵国がどの国家を指すかが明示されているわけではないが、ドイツ、イタリア、日本ブルガリア、ハンガリー、フィンランドと言われている。

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