小説 鳩胸出っ尻ヴィーナス(3)
1
袖すり合うも多生の縁とか。今生で偶然のように思える微かな出会いも、過去からの深いつながりによるものだと教えは説いている。広い世間で相方一人と知り合う〝えにし〟である。健次郎がたった一度、袖より少し長い邂逅で心が動き芙蓉の虜になったという奇縁ともいえる縁の不思議さである。理性では如何ともし難い男の〝性〟が薄く絡み、彼女への思いが募る身になってしまった。その健次郎に愛しい彼女の容貌が思い出せない。
久しぶりの猛稽古で疲れている筈の土曜の夜だが頭が冴え眠れない。でも想う心より稽古による強い肉体疲労のためか少し眠ったようだ。翌日は日曜であったが、いつものように早く起き、家畜の世話を済ませ父や兄と一緒に畑に出て農作業を手伝い、午後から暇を貰い机に向かった。何にも集中できる健次郎だが気持が散漫気味であった。
芙蓉のせいだ。勉強では神経が鋭敏になるのは毎度のことだが、農作業で疲れた体は快い睡眠を呼び、いつも床へ入ると同時に寝入ってしまう健次郎なのに、その夜は眼が冴え寝が浅かった。今夜もふっと彼女の姿が浮び、何回も「いかん」と呟き、何でも話せる親友の宮入勝造君の顔が浮んだ。相談してみようかと思ったほどだ。同君は旧中学の二年先輩で医学部進学志望し四年終了時と五年卒業時の二回受験し、二回とも失敗して現在浪人中である。
両親が共に医師で父が外科と内科、母が産婦人科を担当し、十五床のベツド数を持つ医院を加納町に開設し盛業中であった。同君が医院を継ぐ必要がもちろんあったが、独自の考えから医学への志が強く、二度の大学の医学部挑戦したが失敗している。中学時代の成績は優秀であったが、柔道が好みで健次郎と気が合い不許可の稽古に励んでいた。二度めの失敗の後は柔道に血道を上げ過ぎたと反省し、好きな柔道をぴたりと止め、受験勉強一本に絞って努力しているとのこと、これが同君の意志の強さである。決断すると目的に向かい徹底的にやり遂げる先輩であった。来春の合格を期し予備校にも通って勉強に励み、指導講師から官立大合格は確実というお墨付きをもらっていたが、決して気を抜かない先輩であった。柔道がめしより好き、弟ばかり三人いる長男であるという兄弟構成は健次郎と少し似たところで気が合い、歳の違いはあったが、俺・お前の付き合いで四~五年過ぎていた。そんな宮入勝造君はいうだろう「俺に相談することはなかろう」と。
2
住居が医院という環境であったから、手の足りない時は頼まれて掃除・片付けなど手伝いをしたり、老齢患者の歩行誘導など父の指導のもと喜んでやっていた。なにしろ体は大きいし腕力が強く手先が器用である。大小の労働は何で引き受けうまくこなしていた。その間に病気・怪我をはじめ病気の診察方法・治療法など基礎的な知識を〝門前の小僧式〟に覚え、この方面の知識が豊富であった。柔道愛好会の稽古での怪我など応急手当など手早くしかも上手で治りが早かった。それ以外に、青年男女の〝性衝動とその意義〟という分野では一家言持っていた。詳しくは他日に譲るが、〝オナニーと間引論〟という聞いたことのないテーマで論文を書き、密かに喋るべき内容を真昼間でも堂々と披瀝し、柔道愛好会の後輩に「いいか、めしを喰い、がんがん勉強して稽古などもしてだ、丁稚が暴れて悩ましい時は間引きしてやるんだ!おろぬいてやるんだ。疎抜きは適宜行う分には絶対に無害!これこそ気分爽快をもたらし、すっきり爽やかに過ごせる。これぞ若い命の洗濯でなて何であろう」と弁じ立てて止まなかった。
偉丈夫で柔道で鍛えた体は頑健そのもので口は達者である。素人のくせに、医師の両親がバツクとして浮ぶのか、勝造が口にする〝オナニーと間引論・或いは有益論〟をよく聞くと、若者ばかりでなく、元若者であった今の大人の殆んどが納得し賛同するから不思議である。
寝付きの悪い晩であった。宮入勝造に相談しようかなどと考えていたが、多分「相談することはなかろう」が返ってきてチョンである。こんな時、「大事な時間を無駄にするのは勿体ない」と健次郎は素早く頭を切り替えた。「また会える」などと薄ぼんやり覚えているが、そのまま寝入ったらしい。快い目覚めは気分がいい。これでよし。やはり疲れていたのか。
明ければ月曜日である。眠りから醒めた健次郎は飛び起きた。朝の青い空に輝く日差しを見ると何となく嬉しいし力が湧く。何もかも忘れ新鮮な空気を胸一杯に吸い込んだ。睡眠も十分に取った。いつものように元気に朝の作業を済ませた。五頭飼う豚舎の清掃や給餌・給水、五十羽ほど飼育する鶏舎の清掃・給餌・採卵など世話を済ませ朝食を摂り登校である。
芙蓉の姿がふっと頭に浮かぶ。「お早う」と心で挨拶する。家族の誰にも話していない健次郎だけの秘密であった。小さいが独り持つ秘密は家族に隠し事をしているようで気がひけた。頭を切り替えようと思う一方で、お地蔵さんでまた彼女に会えるかも知れないと、丸反対の思いに駆られ気もそぞろであった。楷書の男も理性の男も好ましい女性には、自分でもこんなに、と驚くほど弱くなる。自転車に跨ると自然にペタルに力を込めて強一杯踏み込みスピードを上げる。八時を少々過ぎに自転車はお地蔵さんの角へ着いていた。
3
いつもより十分以上早かったので、少し待つことにした。自転車を止め小川で手と顔を洗った。まだ水は冷たいが手を清め、地蔵尊に手わ合わすと心が改まる。これをすませて石に腰かけ彼女の現れるのを待った。五分ほど経ったが彼女はこない。短い時間だが長く感じられる。心に余裕を作り辺りの様子や風景に眼をやった。青く晴れた四月の空の下、広い麦畑は伸びた葉が濃さを増した青色に、近くの木立の葉も若黄色から厚みのある濃い緑に変わりかけている。また、好きなハイネ四行詩の一節が浮んだ。
ああ 萌え出るような 春五月
すべての花が 開く頃 僕の心に美しく
初めて咲いた 恋の花
五月はまだ先だが、爽やかな空気の中、木々の葉は青みを増し気分よい朝である。詩を何回も口ずさみ柄にもなくセンチな気分に浸っていた。〝待つ身は辛い傘の内〟と聞いたことがあった。何か辛さを抱えているんだろうが、どういう意味なんだろうなどと考えながら、すぐに会えると思えば辛くなく期待で胸は甘く膨らむ。吹く微風が頬を撫ぜ、伸びた麦の葉を微かに揺らている。眺めているうちに甘い膨らみが萎み、気懸かりな気持に変わっている。
どうしたことだろう、彼女はこないのだ。もう十分近くは過ぎただろう。四つ角へ出て彼女の歩いてくる農道の先をじっと見た。ほぼ直線の農道は左右で六~七百メートルが一望できたが人影はない。八時十五分にはここを発たないと健次郎は遅刻になる。
男子校では生徒の授業態度を厳しく見ている。特に出欠や遅刻・早退は最も態度の基本であるとしてチェツクが厳重であった。特に遅刻は始まった授業の静かな雰囲気を壊すといってどの先生も嫌い、注意したり時には怒鳴ったりする。女子校ではもっと厳しいのではないか。
それだけならいいが、回数が増えると内申書への評価が悪くなるのだ。進学希望者や就職希望の生徒にはこれが怖い。「遅刻防止のための脅しさ気にしない」という級友もいるが気になる。遅刻管理が厳しいのは上の通りだが、例えば五分の遅刻でも授業終了後、理由を担任の先生に口頭で報告しなければならない。彼女と待ち合わせでは三十分からの遅刻となり、〝上申書〟ものであった。遅刻の理由を、規定の用紙に書き担任に提出する決まりであった。
「途中でK女高生と〝逢引き〟していた」とは書けない。「自転車がパンクし、自転車店へ修理のため寄っていたため遅れた、と書いておけばいいんだ。バレないさ…」と普段から遅刻の口実に使っている悪友らの真似をすれば簡単であるが、健次郎は嘘をつきたくなかった。それで通ったにしても自分は騙せない。嘘をつきそれが自らの負い目なるのが何より嫌であった。或る面、健次郎は潔癖な性格でもあった。
腕時計の針を睨みながら突っ立っていたが、しびれを切らした健次郎は自転車に跨ると、四つ角で農道の端を未練がましく透かし眺めていたが、姿のないのを確認すると「九時始めですからゆっくりです」といった彼女の言葉を思い出し「これじゃあずっと会えないな」と呟き、ハンドルを握りペタルを強く踏んで走り出した。
4
学校近くになって自転車通学の友人数人と合流すると、やけ気味な大声で声をかけ、友人達も大声で応じていた。朝の挨拶だ。そのまま徒歩通学の友人らの最終の集団に追いつき、気分を変えそれらの連中にも空元気な声をかける。学校へは始業時間の数分の余裕を残し着いた。
この朝を入れて実に三か月ほど、登校時に彼女と会う機会がなくなってしまった。芙蓉さんの通う高校と始業時間に〝差〟があり会えないとの予想はあったが、これほどとは思わなかった。
健次郎にすれば、思いもしない彼女との出会いで、一瞬の夢だと考えればそれまでだが、男の弱み、一度心に住みついた彼女が忘れられない。逢う瀬はたった一回であっただけなのに、想いは深く切ない。泣き言をいわずに遅刻を覚悟すれば、彼女が朝登校する時間に合わせられたではないか。それに下校時の彼女の動向はどうだったかである。下校時だが、実は彼女をお地蔵さんで待とうと、何日か試みたが会えなかった。三時半から四時頃まで待ったが無駄であった。午後早々の時間なのか、もっと遅い時間だったのかも知れない。健次郎は帰宅後、家畜の世話など手伝い仕事を持ち、下校に心急く思いであったから、お地蔵さんで長居しなかった。弟の茂夫は家畜の世話に慣れてきたが、健次郎がいないとまだ無理である。
ハイネの詩にある青年のように、芙蓉さんのお宅を探し訪れることも考えたが、彼女の住居を知らなかった。バス通学に変えたとしても確かめようがない。K女子高校前のバス停で下車する彼女を待つという方法もあったがその勇気がなかった。青年の真似ごとになるが、彼女の腰掛けたお地蔵さんの休んだ石に、手で触れて彼女を偲び密かに想いに耽ることはできた。
それを健次郎は下校時に一休みして密かにやっていた。それで十分であった。考えてみると、お互いに「翌朝また会いましょう」とか「何日の朝会おう」と約束した訳ではなかった。健次郎が勝手にそう決めていただけに過ぎなかったのである。
その後、ずっと彼女に会えなかった。〝去るものは日々に疎し〟というが、そのうちに考えるのも石に触れるのも空しく、あれは一瞬の出来事だったんだと強いて忘れるようにし、石に触れ偲ぶことも止めた。でも、完全には諦められなかった。柔らかな豆腐に刺した箸は簡単に抜けるが、固いりんごに刺したら抜くに力が要るという。楷書の男といわれた健次郎の頭はりんごであった。思いが頭に固着しお地蔵さんでの休憩が辛くなった。
彼女が腰かけた石がある限り辛さは続く。健次郎は他に登校用の順路がないか探したが遠回りになる。健次郎は効率を考え、登校の順路を最るよりなかった。短距離を選んで走っていた。遠回りだと朝夕の作業時間がなくなる。止む無く現状維持を続けるよりなかった。
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七月の半ば過ぎ一学期の期末試験が行われた。真面目にそれなりの勉強をしていた健次郎は、幸い落した科目はなくほっと一息継げた。これで八月に入ると約一か月の夏季休暇に入る。朝礼で教頭先生の訓話に「夏季休暇は、日々学業に励んできた君ら生徒諸君が、健康保持のため暑さを避け、暫時学業から離れゆっくり休養をとるためにある。この間、自然という良好な環境の下、体を鍛え、安寧の気を養い心身ともに健全となって次学期を迎えて欲しい」とあった。
級友の誰もが、一応尤もらしい顔で聞いていたが、多くは日々家業に狩り出され、「安寧の気を養い心身ともに健全となって」という高邁な生活は送れなかった。訓話は都会や町中の高校生なら通用てきようが〝ど田舎〟の高校生には無理であった。そんな日常が送れるのは、生活時間が自由の〝月給取り〟と呼ばれる勤務者を父に持つ家庭で、金銭的に恵まれたごく一部の級友達だけであった。
それでも休暇の初めには大抵の友人が過ごし方の計画を立て、やる気一杯であったが、連日家業の手伝いなどで疲れたり、時間が取れなかったりで計画倒れになった。生家が農業や商家など自営業の一家である級友のほとんどがそうであった。
その手伝いの場は農家なら田畑や山林である。商家の倅なら我が家の店舗であろう。中には早朝から青果市場とか魚市場へ出掛けて〝せり〟に加わり、品物を仕入れてくる友人もいるだろう。鮮魚店では店先で魚をさばきながら店番をする。環境は良好だか楽しいという程ではないが、体は確かに鍛えられるが早朝からの仕事であり終日忙しい。夜となれば疲れで勉強が手につかず、学校で習得した筈の学業も逆に忘れてしまう。
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大学進学や企業への入社を明春に控えた上級生や、明後年に控える健次郎や級友の総てにとり夏季休暇は受験準備のチャンスであった。教頭訓話の「暫時学業から離れ、ゆっくり休養をとり…云々」とは無縁で、大学入試・企業入社のため緻密に立てた計画通り真剣に勉強していたのである。それぞれの目的のため、本人の勉学努力は当然だがそれ以上に、その気持になれる家庭環境が必要であった。勉学には食事、休養、睡眠に静かさ、温湿度など良好な衛生環境が欲しい。中には環境の乱れによるのだろう、何人か病に罹り勉学を中途で止める友人もいたのである。家族、両親の細やかな配慮が必要であることの見本であった。
健次郎も進学希望だったが休暇中は家業の農作業の手伝いをする。飼育している豚や鶏の世話は一年中だが、ちょうど夏蚕の時季と重なり忙しくなる。このため毎年養蚕に慣れた二人の男衆を雇い人として頼んでいた。一人づつ交互にきて手際よく働いてくれる。お陰で両親も兄も少し楽ができた。この頃、健次郎の疲れもビークになり疲れを発散したかった。溜った疲れを取ると新たに意欲が湧く。思いは同じなんだろうか、休暇が近くなった七月の末、柔道同好会に動きがあった。健次郎もよく知っている三年生で、同好会のボス的存在のUという先輩が、教頭訓話の「…体を鍛え…心身ともに健全となって…」を種に、柔道場全面使用の許可願いを校長に直接提出し、交渉の結果OKを貰ったとのことであった。但し、休暇中頃の一週間、午前中だけという条件つきである。
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その後同好会の仲間に詳しいことを聞いた。前述のように教頭訓話を逆手に、規則だ・規定だと堅い頭の校長や教頭の鼻をあかし愉快ではないか、と居合わせた友人ら喜び合った。休暇中の過ごし方を健次郎はすでに計画していた。同好会の稽古開催は飛び入りで予定外であったが、上級生に混じって部活動への推進メンバーであったから、むしろ歓迎する好ましい動きであった。改めて休暇中の過ごし方を幾分変えた。中頃なら養蚕の雇いが見えて家業が楽になり、健次郎に柔道開催は大賛成であり気軽に登校できる。
一か月の休暇は何回も経験しているが、休暇に入れば長いようで経つのが早い。予定を立て機敏に動かないと休みは忽ち半道中へかかり、あっという間に終り九月の二学期になる。
教頭訓話は高尚だが生徒の誰にとっても休暇の過ごし方は難しかった。健次郎も考えが家業に向き自ら仕事量を多く被り、そのため疲れで予定通り勉強に力の入らないことがあった。こんなことで進学が不首尾となれば、結果として家族全員が迷惑を蒙ることになる。休暇中一週間でも家業の手伝いから離れると体の疲れは半減する。
柔道も肉体を使い疲れは同じではないかと思われがちだが、全力を振り絞る家業は時間も長く、力を出し切るため疲労の強度が大きい。勉強時間に当てる夕べから夜にかけ、疲れで睡魔に負け勉強への意欲が湧かない。柔道も汗をかくが遊びの要素があり、自由に手抜きして休息するから疲れが少なく、夜間の勉強に耐えられるのであった。
休暇中に学業の消化予定を反芻したり、取り組める柔道稽古など頭に浮べ、明るい気分で自転車を走らせていた健次郎を、意外な喜びが待っていた。自転車の速度をそのままお地蔵さんまでくると、そこに思いがけず芙蓉がいたではないか!。もう会えないと諦めていた彼女が、角の大きい休み石に、両脚を投げ出すような姿勢で〝どん〟と腰掛けていたのだ。夢ではないかと驚く健次郎を見て「兄さーん」と低く叫び、立ち上がり笑みを浮かべ健次郎を見ている。
健次郎は飛ばしてきた自転車に急ブレーキをかけた。「キーィ」と怪鳥の悲鳴に似た音を立てて停め、跨ったまま健次郎は「あ、芙蓉!芙蓉さんじゃあないか!どうしてたんだ。高校は?心配してたんだ」と矢継ぎばやに甲高く声をかけた。嬉しくて理性の男も感情が高ぶり声が上ずっていた。言葉を丁寧にと思っていたのに、三ヶ月ぶりの突然の再会に我れを忘れ「芙蓉さん変わりなかったか、え、芙蓉!」と粗く口走っていた。
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健次郎にとり彼女はもう記憶の中にだけ生きる娘になっていた。お地蔵さんへは現れない人になっていた。ましてや、腰かけ石に大きく腰掛けているとは夢にも思わなかった。それがいて会えたのである。粗い声に一瞬眼を見開いた彼女であるが「芙蓉さん!」で、にこっと笑い、健次郎の顔を見てコクンと頭を下げ、「兄さん」と自転車の傍へ寄ってきた。低く太い声の音質だが少し涙声で俯いたがすぐ顔を上げ、「兄さん、会いたかったんよ」とだけいうとハンドルを握っている健次郎の右の拳の上にそっと掌を置いた。風を受けやや冷えていた健次郎の手の甲がぽっと温かくなった。「お、温かい。お前の掌温かいな、いや、俺の手冷えていた。そうだろう?」と健次郎は左の掌を彼女の甲に乗せ「柔らかな掌だな」と低くいった。
彼女は黙ってその上へ反対の掌を置いた。手の甲・掌の四段重ねができた。二人とも一瞬黙ったが、健次郎が「暖かい、それに柔らかいな。女の子の手は皆こうなのか」というと「大抵そうですわ。兄さんのは冷たくて少し硬いようだわ」というと、自分でも恥ずかしかったのかホホホと笑い、健次郎もつられア、ハハハと笑い互いに手を引っこめた。健次郎の手に彼女の温もりが残った。「坐ろう、坐って話を聞こう」と健次郎は自転車のスタンドを立てた。
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「兄さん、時間ありますの?」に「あるよ」と答え、彼女を大きめの石に坐らせ、隣りに健次郎は腰掛けた。健次郎には三ヶ月ぶりの芙蓉だった。手の甲に彼女の掌を置かれた温もりに、心の暖か味・優しさがこもり嬉しく、胸の鼓動が耳に聞こえるほど高鳴った。女性にこのような〝扱い〟を受けたのは初めてである。ましてや一時は寝付かれぬほど心に想った彼女であったからだ。冷静な健次郎もすっかり上気してしまった。心を落ち着かせ、また「芙蓉、あんた、本当に久し振り、元気のようでよかった」と言葉をかけながら彼女を見た。
女性に対する審美眼が健次郎になかったが、芙蓉はどこから見ても美しい容姿であった。特に彼女は溢れるほどの健康美人である。運動する者の共通して注目するところは、体形美・動体美それに健康美である。三ヶ月前に初めて逢った時、大柄だが顔に少女の面影があり、紺の生徒服に同色のコート姿が初々しく、溢れる健気さが健次郎の心を惹きつけた。その彼女が短い三ヶ月ほどの間に幼さや少女らしさなどが消え、大人びた女性になっていた。
冷静な健次郎も、成人女性のように変わった芙蓉が、正視できないほど眩しかった。初めて逢った時から彼女は健次郎を兄(あに)さんと呼んでいた。兄さんとはこの土地で年嵩の男性に敬意を示した呼び方であり、青・壮年、老年者の間でよく使われ、画然と上下関係を示していた。実生活で女性も男性にごく普通に使い、型苦しいものではないが、目上に対し一歩下がった呼称であり、この後には尊敬の意をこめた丁寧語が続く。健次郎に対し彼女の言葉はいつも丁寧だった。健次郎を一~二年、それ以上の年長者と見ていたのであろう。
兄から聞いた繭の出荷話で、養蚕組合として新たな売却ルートに富士シルクが上がり、役員がその折衝へ向け動き始めたものの、結果はまだ不明だと聞いた話を忘れていた。芙蓉の父親が社長だとではれば、彼女を通じて組合の役に立てるのでは…の思惑があったのにである。
その彼女が横に坐った健次郎を見て「兄さん、会いたかったんですが、私、それができなくて…」といって言葉を切り、地面に視線を落とした。太く濃い眉に長い睫毛であった。その顔に少女を思わせる可憐さがあり、ふっと可哀そうになった。彼女のいいたいことは何なんだろう。突然の芙蓉の発言に健次郎の理解力が続かなかった。
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「できなかったって?」と健次郎が力をこめて聞くと、彼女は健次郎をじっと見て「兄さん、私、朝夕ここを登下校していたんです」「何、毎日?」「はい、朝家を出るのが早過ぎると母にいわれまして」「お母さんに?」「はい、三十分遅く出なさいと…。それで兄さんに会えなくなりました。でも学校へは遅刻することなくぴったり着くんですの」といって視線を落した。
「下校は大体四時半頃ですが練習の日は遅く、暗くなることこともあり、兄さんに会えませんの。今朝は久しぶりに早く出てきたんです」「どうして早くに?」「はい、今日は早朝練習があり、一時間早く登校することになりましたの」「練習って、何の練習?」「あ、初めて会った時、ちょっとだけお話しましたが、私ソフトボール愛好会に入り一応選手ですの」
「あ、それ聞いた、聞いた。ポジションはどこなんだね?に「捕手です」「どこだって?」「ホームなんですの」と答えてくれたんだ。「あ、そう、捕手でホームを守っているってことか」「はい、そうですわ」「ソフトボールって、実は俺、聞いたことはあるが知らなかったんで、友達にその競技を尋ねたんだ。ルールが野球に似ているとの説明してくれて分かったんだが、その選手なのか。それで鍛えられるんだろうな、前より体が随分大きくなっいるよ」「そうですか、お腹が空きますので食べるんですの、恥ずかしいほど…」
初めて彼女を見た時、体格がいいので、何か運動しているのではないかと思ったが、ソフトボールをしてその選手だという。終戦後数年後であり、この競技はまだ一般に知られていなかった。アメリカから入った新しい競技で。友人が教えてもらい健次郎は始めて知ったが、それによるとルールなど野球にそっくりだが、ボールが大きめで柔らかく、素手でもできるので女性向きの競技に向き、女子中学生や女子校の競技として採用されられるようになったという。
野球なら投手と捕手はチームの要となるポジションだ。彼女がその選手で捕手だという。「それは大役を担っているじゃあないか」に「はい、でも下手なんです」といって明るく笑った。笑顔で見せた歯並らびが揃い白く綺麗であった。
今朝は夏の薄めの制服姿であるところが違うが、改めて見ると大人びた中に清純な娘姿があった。コートにマフラーなど厚い冬の制服を脱ぎ捨て、薄い夏服姿になった体は肉付きが豊で、はち切れるような若さで別人のようであった。
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今、彼女がソフトボールの選手で、毎日練習で鍛えられているといったがそれを聞いて、体が大きいばかりでなく精神も成長しているんだと気付いたが、それにしても随分女性らしく性的な魅力さえ湛えているではないか。当初からふっくら気味で可愛かったが、今見ると不断の鍛錬の跡であろうか首や腕が適度に太く肩の肉がもり上がり、特に女性の象徴である胸が高く膨らみ、腰周り・尻周りが以前より大きく豊かだ。
腹部が締まっているので、その上下の膨らみが作ると曲線が制服の上から目立ち、長めのスカートから伸びた脚はかなり太いが、背丈が高くバランスがとれ引き立って見栄えがする。女性の体型の変化や、その雰囲気が短期日にこんなに変るものか、今も育ち盛りからなのかと妙な驚きもあった。ふと昆虫類が持つ羽化という〝変態〟を想像してしまった。
羽化、そう、昆虫類の大変態のことである。幼虫時代、毛虫も含む醜悪な姿・形もあるがやがてサナギになり、成虫に完全変態することだが、羽化により思いもよらないアゲハ、オオムラサキなど美しい蝶に生まれ変わるなどがある。健次郎の飛躍しすぎかも…、
そういえば〝カイコガ〟もそうだ。養蚕で大事に四齢まで飼育されたカイコは上族し繭玉の中でサナギになり、蛾に変身して繭を喰い破って外に出る。昆虫の世界ではほとんどがその過程を経て命を次代に繋いでいく。彼女の今を羽化した姿に譬えると、過去に不快な形態であったことになり失礼だが、今の彼女は羽化後の蝶に似て美しい。
前回は冬の制服やコートにすべてが隠れて気付かなかったが、今朝は夏の女高生姿に外観を変え、全体に醸す雰囲気まで大きく違って美しく、しかも彼女には力強いパワーが感じれる。コートを脱ぎ棄て薄着の女子高生姿になると妙に艶っぽく、成人女性の色気が周囲に発散されると、異性の健次郎には強い刺激となりはっと息を飲んでしまう。思えば変態も異性を求めるための大変身ではあるが。
そんな彼女が「兄さん、今朝、お会いできてとても嬉しく、もっとお話したいんですが、お時間大丈夫なんですの?遅刻になりませんか」と聞き、「あ、今日は少々遅刻になっても兄さん平気ですわね」と妙なことをいい訂正した。夢中で喋っている間に十分以上経つので芙蓉の方で心配したのだろうが、はっきり改めたのは変であった。「うん、今日は少々遅刻しても構わない。期末試験も無事に過ぎ先生方も肩の荷を下ろしたのか大目に見ている。芙蓉、あんた、よく分かったな。あんたの方はどうなんだい?」といってから、はっとし、何て乱暴な口を利いてしまったったんだろうと悔み健次郎は黙った。
彼女、富士シルクの社長のお嬢さまかも知れないのだ。それを確認したかった。もし事実なら、社長である父上の心象を害する言動をしないことと、決めていた筈なのに、芙蓉に会えた喜びですっかり忘れ、今も雑な調子で喋り、「芙蓉」なんて呼び棄にしてしまった。「遅かった!」と思い健次郎は急いで態度を改めた。石に腰かけているのは同じだが固い姿勢になり、彼女のお喋りに相づちを打つだけにした。
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「僕も会いたかったので、君の姿を見て嬉しさのあまり、つい〝芙蓉〟なんて呼び捨てにしてしまい済みませんでした。実はあの日の翌朝もここでお会いできると思い、お待ちしていたのですがお見えになりませんでしたね。翌朝もその次の朝も…ずっとそうでした」
突然、何ともぎこちなかった。喋っているうちに健次郎は何故か胸が一杯になった。演技している自分が情けなかった。「今朝、君に会えて僕はとても嬉しいのです…」今の今までとはがらりと違い何とも変な調子になった。
聞いていた彼女は坐り直すと健次郎に向かって険しい眼つきになると、激しい口調でになった。「兄さん、何で急にそんなに固苦しくお喋りするんですか?小学生が学芸会で喋っているみたいで変ですよ。第一固く畏まってしまい何ですの?私を見て下さい。男のように脚を広げ不躾な姿勢でしょう。そうです。これこそ一番安全で楽な姿勢ですし、気取らない私のありのままの姿なんです。兄さんにいいとこ見せたいなんて全然ないんですの。兄さんもそうでしょう」ここで息を継いだ。「固い恰好で僕だ君だなんて畏まって兄さんらしくないですね。どうかしたんですか?」「いや、僕はどうもしないんです」「あ、その〝僕〟というのが嫌なんです」「実は君が、いや、あんたが富士シルクの社長さんのお嬢さんらしいと聞いて、僕、いや俺なんかが近くで言葉を交せる娘さんではないと知ったからです、勿体なくて…。あんたお嬢さんなんでしょ、富士シルクの社長さんの?」健次郎が一番知りたいことを聞いてしまった。
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これを聞き彼女の態度と言葉もがらりと変わった。眼が据わっている。「まあ、誰に聞いたんでしょう。わっちの父は薬袋利雄といって富士シルクの社長なんよ。わっし、確かにその娘で芙蓉なんよ。で、それが何なの、〝勿体なくて?〟飛んでもない。そんなでわっちへの言葉遣いや態度がそう簡単に変ってしまうの。そんなの怖いわ、悲しいな。元の兄さんになっとくんな。な、兄ちゃん!兄ちゃんも〝渡世の義理〟で動く軽い人間なのかい。嫌だな怖いな」
一変して伝法肌の口調になり、続いて〝渡世の義理〟があの芙蓉の口から飛び出たのだ。健次郎はびっくりした。股旅物映画で聞いた事のある言葉を、何で芙蓉が使うのか分らなかった。その彼女が咽ぶように低くいい、厚ぼったい瞼を上げ健次郎の眼をじっと見ている。両眼の淵が紅く潤むと溢れた涙の粒がつーっと頬に流れた。健次郎を見つめ瞬きする度に溢れた涙が頬を濡らして落ちる。泣いているのだ。握りしめた大きな拳の甲を眼に当ててぐいと拭き、大きな肩を揺らし鼻を啜りながら俯く。何故?涙する彼女が健次郎は怖く感じられた。
それまで淑やかだった口調が与太者風に変った。「私」が「わっち」から「わし」に、「兄さん」は何と「兄ちゃん」である。想い続けていた上品な女子高生の芙蓉さんが、私を「わっち」といい、兄さんが「兄ちゃん」で少々喋りが粗くなっている所へ、やくざが好む〝一宿一飯〟の好む古びた用語が出てきた。何と健次郎は突然の変わりように驚き少し緊張した。
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「これには訳があったんだ。実はな…」と健次郎が釈明しょうとした時、「あ、わっちその理由は分っているんだ」「何も話していないのに何が分る?これには訳があるんだ」に「わっち勘で分る」「勘でだって?」「そう、わしを仲介に父に繭の売り込みを図りたかったんだろう。違うか?」「何でそれを?」「わっちの勘なんよ。生まれつきそういう妙な力が、このわっちにはあるんだ!何もかもわっちには分るんじゃ」「…」
彼女は真剣な顔で続けた。「組合のこと、これは担当者がじかに社長、つまりわっちの父、薬袋利雄に会って交渉詰めていくべきことなの。父はよく話に応じる男なんよ。企業の舵取りは難しいんよ、利のある方へ目が行くのは自然なの。わっちは赤子のように無力なんよ」
健次郎は呆然として言葉が出なかった。理数系が得意で物事を科学的に考える習慣であり、芙蓉の「わっちの勘なの。勘で分るんよ」と顔色一つ変えず断言するのをみて、そんな非科学的な根拠でものをいって大丈夫かな、と呆れてしまった。でも健次郎の考え通りいい当てている。「組合のこと」ともいった。これはピタリで愕然とした。
確かに富士シルクとの交渉に行き詰っていると聞いていたので、娘の芙蓉に力を借りたい純粋な気持はあった。それを勘の力で知った彼女、組合や両親にいいところを見せ、その後この芙蓉をもはや弊履とばかり捨て去るんではないかと、勘違いしたのではないか。
養蚕組合の内情を知った誰かが漏らしたように芙蓉の勘は正確であり、偶然では起こりえないことである。健次郎が突然態度や言葉を改め、芙蓉に「富士シルクの社長さんのお嬢さんでしょえう」の問いが〝利〟に走る健次郎の心だと知り、彼女には何とも悔しく悲しかったのだ。
それを聞くには順序があろうというのが彼女の考えである。彼女を〝だし〟にするような行動が不快であった。彼女の存在を無視した健次郎に腹が立った。人は誰でも自分の存在を認められたい、無視されたくない意識を強く持つ。認められていると分れば、雑な喋りや扱いであっても気にならない。健次郎の言葉や態度は、養蚕組合の利益のためであり、彼女を差し置いたように「社長の娘か」となったことが悲しく腹立たしかった。彼女が涙したのは、健次郎にそれだけ純粋な気持で信頼し頼りきっていたからであろう。
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勘といえば隣村に〝霊感婆さん〟と呼ばれるお年寄りがいて、悩みことの相談や〝吉凶〟の占いなどがよく当たり、相談者が絶えないという噂であった。世の中には、易者という職業があり、身の上相談・吉凶・禍福・運勢・金運・結婚その他よろず相談を受け人助けしていると聞く。でも健次郎の全く信じられな世界であった。その世界を〝若い霊感婆さん〟然、として芙蓉が、健次郎の考えをずばりいい当てているではないか。だとすれば恐ろしかった。
〝女の涙に男は弱い〟はよく知られた俗諺である。女という言葉には下卑た響きがあり、健次郎は芙蓉に使いたくなかった。彼女は健次郎が密かに想う〝聖女〟であった。芙蓉の伝法な言葉に崩れた感じを受けるが、この地方の生活用語で普通に使われ、使い慣れした彼女が使っただけに過ぎない。今まで健次郎とのやり取りが淑やかな丁寧言葉だったため、一瞬その差が大きく奇異に感じられたが、目の前で涙する彼女に品性に欠ける低俗さはなかった。
おとなしく見えたが芯の強い彼女が嘘で流す涙ではなかった。眼差しは真剣であり口にする言葉の総てに、健次郎は胸を衝かれる思いであった。密かに想う彼女が初めて見せた涙の顔であり、その純な心に冷静な男、健次郎も情で胸が詰まり「うっ」と泣けそうになった。思わず彼女の手を握ってやりたい衝動に駆られたが、この気持を振り払うように立ち上がった。腰に下げた手拭を引き抜き手に掴んで小川の淵に座り込むと、清流に浸し漱いで固く絞り、「ふよう、分った。まあ顔を拭けよ。涙でくしゃくしゃだ」といって彼女に手渡した。
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健次郎の眼をじっと見てまたほろっと涙を流し、こくんと頷くとそのまま受け取って彼女は「有り難う。兄ちゃん、わしのこと〝ふよう〟と呼んでくれてたんだね。だと、わし本当に嬉しいんよ」と咽るようにいった。「呼び棄ては気が咎めていたんだが、つい口にしてしまうんだ。呼んでいいのか」に「うん、そうなん。ふようと呼んでくれて、それ、わしにどんなに嬉しいんか、兄ちゃん分かってよ…な」と返事し、手拭を顔に当て「あ、冷たくて気持いい」と呟き、わし「兄ちゃんと呼んで、いいのね」と呟きまた眼を潤ませた。
健次郎の「ああ、いいんだ。もう泣くな。お前の涙で俺も泣きたくなっちまった」に彼女の涙の顔が和み「兄んちゃんもか?嬉しいな」といって手拭を広げ、力を入れて何回も顔を拭いた。拭き終わると力を入れて絞り小さくたたんで健次郎に返した。受け取った健次郎が手拭を広げ、彼女と同じように顔をごしごし拭いた。それを見ていた彼女「あ、その手拭で…」と低くいうと眼をしばたたかせ健次郎の顔を見た。涙の顔が笑顔に変わっていた。
「わし」も「兄ちゃん」も、くだけたこの土地の生活用語である。兄ちゃんは、兄さんの訛った言葉で色々に使われる。当地では昔から、弟や妹が兄をごく普通に、兄ちゃんと呼んだが、兄に頼る気持と少々甘えたいい方だった。父や母も時には姉も主に長男だけを弟や妹達がいうのと同じように「兄さん」とか「兄ちゃん」と呼んで引き立てていた。長男とつすれば自分が将来この家を責任を持って継ぎ差配するんだと教えられ、家族内で己が「兄ちゃん」であることを幼くして自覚し、少々横柄に振舞うことが普通であった。
女性でも自分と歳がそう違わず、目上と思われる男性には敬意を払って「兄さん」であり、近づきになり気のおけなくなると親しみを込め、兄ちゃんと呼ぶこともあった。彼女が健次郎を兄ちゃんと呼んだのも、自分より学年が上で、同姓でより身近に感じたからであろう。
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これ以外にも、主従関係にある小企業や商店などで、年嵩の者が年下の若い者を「兄い」とか「兄ちゃん」と親しげに呼んだが、古い時代の「おい、丁稚」や「おい、小僧」などと呼び棄てるより、周囲の人達の耳に快く響き、そこに自ずと親愛の心が湧いたものだ。
普通、あんちゃんと呼びかけた後には、すぐ土地言葉で打ち解けたものだ。与太者が若い男衆などに「よお、あんちゃんよ」とからむのとは全然違った。
今朝の出来事で、健次郎は芙蓉が女性、いや、男性にもない特殊な能力の持ち主かも…と密かに思い、いい加減なことはできない、考えもできないと恐れを抱くようになった。事実、健次郎が見せた緊張した行動を、彼女は健次郎が養蚕組合のため演じたお芝居と見抜いていたのだ。それも健次郎が芙蓉を「自分は富士シルクと知り合いなんだ」と吹聴したい功名心もあり、この場合、芙蓉の名は〝だし〟に使われるだけで後は埋没しかねなかった。
緊張のあまりとはいえ芙蓉の立場を無視した言動となり、芙蓉には無神経の兄さんに映ってしまった。それが信じていた健次郎であれば、何にも増して悲しかった。釈明しょうとした健次郎に「その理由は分っている」と抑えたのも勘で分っていたからであろう。思えば四月の始め、互いの名札に奇縁を知ったが彼女は大きく頷いていた。何か分かっていたのか。「俺の知らない能力を彼女は持っているんだ」健次郎は彼女を畏敬の眼で見るようになった。
(続く)
参考「ハイネ名詩選」満足卓 訳註
健次郎も長く柔道をやっているので、運動で鍛えた体の特徴は分かっていた。運動の種類により使う筋肉にかかる力に相違があるものの、四肢、躯体を構成する筋肉の発達が目に見えて力強くなるので分かった。目立つのは頚周り、肩・腕・胴・腰周り・脚が少し太くなるので直ぐに分る。彼女は太い頚・盛り上がった肩・太い二の腕・締った胴・大きな腰・太い大腿と続く下腿・頑丈な足であった。に腕・脚のどこを動かすにも頸の筋肉を使うので筋肉肥大を起こす。男子についてしか知らないが女子も理屈は同じであろう、全体の雰囲気で分る。