『窓の灯り』まーみん(ムーミン風書き方スタディ2)
前回に続いてになりますが、再度スタディ文章を書いてみたいと思います。前回のスタディは中途半端でしたので、今回は以下の記事の分析を踏まえて再チャレンジです。
その前に、なぜムーミンかという事を超簡単に説明します。ムーミンの「脱構築」的に見える書き方を身に付けたいのです。小説では一般にストーリー主義、キャラクター主義的なものが多いのですが、別のポイントにフォーカスして書く事を目指しています。
これから書くスタディは「ムーミン」から習ったとは思えないようなムーミンとは完全にかけ離れたお話にするつもりですし、一般的なファンタジー風ではないでしょう。そしてスタディ1に出てきた「まーみん」も登場させません。種明かしになってしまうと面白くないので解説等はこの記事の最後に書きます。
(公開後に書き換える可能性もあります。)
(約3000文字とコンパクトです。↓)
『窓の灯り』
構内アナウンスが列車の到着を伝えた。はっとして目を開ける。遠くや近くのビルの灯りは既に少なく、まばらに行き交う車のランプが何かの溝に沿ってちょろちょろ歩く虫のようだ。プラスチックのベンチから立ち上がるとコートの裾に冷えた空気が流れ込む。同時にカシャリと音をたてて何かが膝からコンクリートの床に滑り落ちた。座った時にスマホを手に持っていたのだった。
身をかがめてスマホを拾う。肩に掛けていたバッグが前方にずれて床に落ち、そのまま前方にぱたりと倒れて横になった。スマホを拾い上げるとバッグは糸を吊られた操り人形のように起き上がる。スマホの角のギザギザが少し多くなったような気もしたが気のせいかもしれなかった。
再度アナウンスが聞こえるとすぐに、鉄の軋む音が近付いてきた。列車が停まったその時、全ての音が夜の穴に吸い込まれてしまったような無音の瞬間が訪れ、すぐにまた元に戻った。これが仕事だから誰が見ていてもいなくても規則は守りますよと、どこかの宮殿の警備兵よろしく全てのドアが一斉に開き、そして閉じた。ドアのすぐ左の座席に座り、メッキされたツルツルのパイプに頭を持たせかける。
向かいの長座席の最も左側、一つ向うのドアの近くに紺色のダウンジャケットを着て腕を組んだ男が座っていた。サイドの縫い目と膝が擦り切れたブルージーンズは汚れて少し赤茶けており、スニーカーの親指にあたる部分は両足ともに穴が開きこの時期というのに靴下を履いていないから骨っぽいくるぶしが露出したままだ。頭には流行遅れのニット帽を被り、その縁からは切り揃えられていない髪がつる草のように好き勝手にはみ出したままになっている。
ニット帽の縁ぎりぎりのところから男の大きく見開いた目がこちらをじっと見たまま動かない。
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やっと時間かと溜息をつくようにしてドアが閉まるとキュンキュンだかヒュンヒュンだかのモーター音を立てて列車は走り始める。気取りやがって。走り始めてもこの列車はしばらくスピードを上げずにのろのろと進む。高い金を払ってこのあたりに家を買ったやつらに鉄道会社が気を使っているのだろう。上客に逃げられちゃ困るからな。窓の外を流れるマンション群の窓は蜂の巣のように規則正しく並んでいて、誰にも分けてやるものかと閉じた幸福を封じ込めるランプのようだが、こちらの車内は暖房が効いてくるまでにあと2駅ほどは必要だ。いつものように先頭車両方向にも後尾車両方向にも乗客はほんの数人づつだ。ポケットの中で握りしめていたカップ酒を出し、こぼさないように注意してアルミの蓋を開ける。一息で飲み干す。空になった瓶を足元にそっと置く。
広くて黒い河を渡る鉄橋に差し掛かると列車はもうこらえ切れないとばかりに完全に落ち着きを失って、全体に霧がかかったようにぼんやりとした光に包まれた高層ビルばかり目立つ一帯に頭から突っ込んで行く。いくつもの高い位置にある点滅する赤いランプがやけに目立つ。
4つ目の停車駅で1人の男が乗ってきた。こんな時間だというのにベージュのコートには一つの皺も無く、短く切り揃えられた髪は清潔そうにきっちりセットされている。男に見覚えがあるような気がしたが、このあたりに知り合いなどいない。だとしたら思い出してみる価値のある範囲と言えばスポーツ新聞か週刊誌の広告に出ていたモデルかなにか、そんなところだ。ふん、何にしろ余計な事さ。
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「それはできません。先生に診てもらわなければお薬は出せないんです。」
「看護婦さんよ、頼むよ。別に大したことじゃねぇんだよ。痛いのさえどうにかなればいいんだからさ。」
「それはできません。すぐに順番が来ますからそこに座っていてください。」
「だからよ、薬だけくれればいいの。先生に診てもらうと金かかるだろ。払えねえんだって。」
「ダメです。前に手術してそれから今まで病院に来なかったんだから、大人しく診てもらってください。大変な事になりますよ。」
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空の色がただの黒からやっとの事で青っぽく変わってきて、その青さはすぐに不均一になった。近くの高層ビルの最上階のガラスだけが黄色く上空の光を反射している。
上を見ると決まって欠伸(あくび)が出るのはなぜだろう。
100メートルほど向こうから車が近づいて来る。誘導灯を上下させてスピードを落とすように指示する。タクシーは工事でできた路面の段差を意識してスピードを落としたがそれでも車体は大きく上下に揺れた。後部座席で窓ガラスに頬をべったりつけたまま眠っていたトレンチコートの男が驚いて目を開けた。
まずいな、また横っ腹が疼いている。
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記録では2年前に小腸穿孔で手術を受けている。日帰り手術で入院はしていない。腹膜炎の再発となれば広域抗生剤の投与となるが、手順としてはドレナージの必要があるかをCTで確認すべきだろう。夜間ではできないので明日の朝に外科を再診だな。
「先生、明日は無理だよ。仕事あるから。薬だけ出してくれれば良いんだよ。」
「いや、そうはいきませんよ。腸にまた穴が開いているかもしれません。放って置いたらただ痛いだけじゃ済まなくなってしまいますよ。」
「ずっとこうなんだよ、ずっと。今までだって痛かったけど大丈夫だったんだ。痛いってだけなの。そんな大事じゃないって。だから薬だけ出してくれよ、お願いだからさ。」
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「啓介、今日は車で行く?」
「いや、電車にする。最近、残業の後に運転すると眠くてさ。歳かな?」
「ははは、医者もたいへんね。」
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まずいな。また痛くなってきちまった。今日出れば皆勤手当出るんだよな。あと2駅か。
ポケットに突っ込んだ左手をそのまま横腹に当てる。静かに息を大きく吸い込む。止める。しばらくして吐き出す。目を瞑ってまた吸い込む。止める。そのまま待つ。吐き出す。
あと1駅。
息を止めたまま少し前かがみになって止める。吐き出す。手を腹に押し込む。さらに前かがみになる。
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さっきまでこちらを見ていた男は、今は額が膝に着きそうなほどに背を丸め、身体全体を軽い痙攣のようにヒクつかせている。
列車が駅に停まる。男は少し頭を上げて駅名を確認した。顔が赤く、額は汗でべっとりと濡れており、ニット帽からはみ出た髪の毛が額でとぐろを巻いている。列車が走り始めるとすぐにまた頭を下げた。
座席から立ち上がって吊革につかまり慎重に男の方へ歩いた。男は姿勢を変える様子はない。
「どうかしましたか?具合が悪そうですが。」
「いや、何でもない。大丈夫だ。」
ニット帽がゆっくりと持ち上がり、男と目が合った。男はこちらをじっと見つめ、自分も男の目をじっと見ていた。
列車が停まった。男はこちらに視線を合わせたままゆっくりと立ち上がった。半歩下がって男に場所を譲った。男はポケットから右手を出してバーにつかまり、身体をドア側にくるりと向けた。次の瞬間、男はガクリと列車の床に頽れた。反射的に男の身体を支えようとしたが、男は左手の平をこちらに向けて突き出して拒否した。そのまま男は列車を降りた。
ドアは閉まったが男は首をぐるりと回してこちらを見続けていた。
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「お客さん、お客さん、着きましたよ。」
目を開けて窓の外を見るとマンションのドアが見えた。料金を払ってタクシーを降りる。ガラスドアまで続く短いエントランスのタイルは白い霜に覆われている。見上げるとまだいくつもの部屋に灯りが点いている。誰かの帰りを待っているのか、それとも。暖かいベッドまではもう少しだ。
以下が解説です。
今回のポイント
登場人物の行動にフォーカスする。行動はするが、それによってお話全体に展開が出来たりする事やその結果となるオチを求めない。極端な例としてはウルトラマンが怪獣をやっつけて地球が平和を取り戻したというようなオチを求めないという意味です。よくある寓話のように「ね、だからこうなっちゃったでしょ」みたいなのは作らないのです。
行動の意味は、個人的なものとして社会性は考えない。ウルトラマンが世界平和の為の戦いをするような行動はしない。また長期的、中期的な合目的的行動はとらない。
前回に引き続き、エピソードどうしの関連は無くてもかまわない。また、物、背景や人物に関する説明は極力省き、ムーミンのように背景が真っ白に感じても可。
さて、それで何になるかと言うと、ストーリーの個々に目的も方向性も示されなくても、お話全体に「書く側の」意味が表現できれば良い事にする。トーベ・ヤンソンさんがムーミンを書いて、読んでいる側がそのストーリーを詳細に理解できるわけではありませんが、全体に染み込ませたある意味があるのですから、そうした書き方を目指します。ストーリーより1つ上のレイヤーで何かを表現するという意味です。
あとがき
どのように書いたかを解説します。
1.視点移動
いつもは1人称で書く事が多いのですが、今回は細かく視点移動を入れました。読んでいてちょっとわかり難いかと思われましたが、それでも可としました。ファンタジー小説であれば不可解で整合性の無い事をOKとしますが、それと同じです。そして、このお話では登場人物が各自に行動していますが、その行動によって生じる「結論や結果が無い」ので誰が何をしてもそう変わる事はありません。読みながら迷って誤解してしまっても良いですし、このお話が書かれた意図から外れる事は無いはずです。
なお、視点移動は「ムーミン」にはありません。
2.時系列
時系列通りに書いてはいません。人間はいつも何か考えながら生きています。物理的な時間に沿って生きてはいますが、その途中途中で過去を思い出し、未来を夢見るような事を自然にやっています。あまりに自然過ぎて気付きませんが、そうして人間は時間を細切れに入替えながら生きています。その方法をトレースして書いています。タイムライン上はおかしい事になっていますが、全ての情報を頭の中に入れた時点で情報の整合性がとれます。
3.展開
読んでいてわかると思いますが、何も起きません。何の結果も結論も用意していません。ストーリー主義的なものを捨てているからです。ただ登場人物が動いているにすぎません。その動きは登場人物の日常の中でいつでもあるものだけにしています。事件は無しです。
4.メタ領域
(ここはヒントだけで詳しくは書きません。)
このスタディは、まさにこのために書いたものです。登場人物は幾人かの人間です。各々、自らの生活があって相互に関連性はありません。たまに何かの拍子にすれ違う事があるだけです。ですからストーリー主義のように考えますと「無意味」としか読み取れません。ですが、それぞれの登場人物はある1つの法則 (←これは読者もちょっと考えてみていただきたいポイント)に則って動いています。それはもちろん、これを読まれているあなたにも共通しますし、書いている私も同じです。あなたと私は同じ世の中の同じ時代 (もしこれを10年後や20年後に読まれていたらごめんなさい。今は2022年です。) に生きていて、それを自然に考えています。この時代をお互いに生きてます。私がこうしてこんなものを書いていてもあなたには何の影響も与える事はないかもしれません。その逆も同じです。私に関して言えばお金を手に入れるためにある仕事をし、そこで得たお金で妻と猫たちを養っています。そのやり方以外をしている人はこの世の中にそう多くはないでしょう。
ただ、言えることは、私たちのこのやり方はこの後の時代にもずっとそうであるべきと言えるほど絶対的なものでしょうか?これが唯一のやり方でしょうか?極端を言えばこのお話を10年後、20年後、100年後に読んだ時に違和感無く読めるでしょうか?
4.あれじゃない、それでもない
「ちょっと何言ってるかわからない」かと思います。表現すると言うのは、基本的には、あれやそれとも違うやり方を探す事だと考えています。これはその1つとして書いています。
5.まとめ
ムーミンの「ムーミン谷の彗星」の冒頭でスニフとムーミントロールがあたらしい、怖い道を探検に行きました。そこでいくつかの事がありましたが、その話はそれで終わりました。ムーミントロールとスニフは家に帰り、ママに面白い事があったと言います。それで終わりです。それで何になったかという発想はストーリー上では無くて、読んでいる側にだけ出てきます。このスタディもそんな風にしてみたかったのですが、今後もうちょっといろいろ考えてやってみたいと思います。
つまらないかもね。