“ライフシフト視点”で考える「雇用延長」の二つの側面
雇用延長を実施する企業が増えているといいます。
・ニトリホールディングス:雇用延長の上限を65歳から70歳に引き上げ
・カルビー:専門性の高い人材は65歳を超えても嘱託社員として雇用する
・スズキ、など:雇用延長の際の給与を定年前と同じ水準に引き上げ
こうした動きは、まずは何といっても、構造的な人手不足という人材マーケットの需給バランスを反映したものでしょう。
様々な機関が発表する人材マーケットの将来予測は、とても厳しいもので、中には、2040年には1,100万人の労働力が不足し、日本は「労働供給制約社会」になるというものまであります。
こうした厳しい人手不足の状況に対応していくために、企業はシニア層の活用をかなり本気で考えなければならない状況になっているわけです。
また、こうした動きは、厳しくなる年金財政を睨んで、高齢者の雇用促進を図りたい国の思惑とも一致して、今後、さまざまな優遇措置などが実行される可能性もあるでしょう。
しかし、一方で、働く人の立場で考えると、こうした高齢者の雇用延長には、ちょっと別の視点での検討も必要ではないかと思わざるを得ない側面もあります。
数年前から55歳の時点でのキャリア研修を担当させてもらっている企業が定年を60歳から65歳に延長しました。雇用延長ではなく、定年そのものを65歳まで延長した訳です。
社員にしてみると、65歳までの安定した仕事が保証されるという意味で、素直に喜んでいると(少なくても会社側は)思ったのですが、研修に参加した複数のメンバーは「げんなりしている。」と素直な気持ちを吐露していました。
「あと5年頑張れば(大胆に意訳すると「我慢すれば」)いいんだと思っていたのが、突然、10年に引き伸ばされて、正直、呆然としている」という訳です。
“Live Longer, Work Longer”
「人生が長くなることで、働く期間も長くなる」というライフシフトの視点から考えた時に、企業の雇用延長には、ポジティブな側面とネガティブな側面の両面があると思います。
ポジティブな側面は、当然、それまで慣れ親しみ、愛着のある会社の仕事をより長く続けることができるという点ですね。それまでの経験や知識、スキルを活かして働くことができるし、後輩を育成するという役割にやりがいを見出す人もたくさんいるでしょう。
一方でネガティブな側面は、人によっては、それまでと同じ会社に拘束される期間が長くなり、会社の外に飛び出して、新しい仕事や環境に挑戦する機会を奪われてしまうというケースも出てくるのではないかという点です。
現時点では、日本の会社は、「シニア活用」という国や社会の要請に応えるポジティブな側面を前面に出す一方で、ネガティブな側面の問題は、個々人の判断に委ねて、定年延長や雇用延長を希望しない人は、自らの判断で退職してもらって構わないというスタンスを取っているケースが多いように思います。
そんな中で気になるデータがあります。
多くの指摘がされているように日本企業で働く人たちのエンゲージメントは“どん底”の状態にあるのです。
この状況は分かりやすくいえば、「仕事にやりがいも熱意も湧かないけれど、会社を辞めるのはリスクが大きいと感じるので、辞めるに辞められない」ということを表しています。
こういう状況をそのままにして、多くの企業が「雇用延長」をどんどん伸ばしていくということは、エンゲージメントの低い状態をさらに拡大し、70歳まで社員を抱え込む社会を目指しているとも考えられるわけです。
深刻な人手不足が叫ばれ、私たちの日々の生活のために必要な“エッセンシャル”な仕事が崩壊してしまうかもしれないという「労働供給制約社会」の到来が指摘される今だからこそ、私たちは、「雇用延長」の二つの側面を冷静に考える必要があるのではないかと思います。
それは、「シニア」に限定した議論ではなく、一人ひとりの個人と会社の基本的な関係を見直す視点です。そして、「雇用」という側面だけではなく、個人が社会と関わる上での「働き方」の多様性を広げていく視点も持った議論が求められていると思うのです。