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「バイデンを弾劾せよ!」

 ウクライナ戦争で西側諸国とロシアとの対立が深まる中、西側の旗手であるバイデン大統領を弾劾しようという動きがアメリカの共和党内で活発化している。
 
 しかしなぜいま大統領弾劾なのか。その答えはテッド・クルーズ共和党上院議員(テキサス州選出)が発した次の言葉に集約されている。
 
 「ガチョウの雄に許されていいことは、ガチョウの雌にも許される(What’s good for the goose is good for the gander)」
 
これは英語の慣用句で、「一方についてあてはなることは他方についても当てはまる」という意味だ。つまり「民主党がトランプ前大統領を弾劾裁判にかけたのだから、今度は我々がバイデン大統領に同じ事をやって何が悪いんだ」と言っているのだ。
 
クルーズは2016年の共和党予備選でトランプと大統領候補の座を激しく争いあった2番手候補だった。トランプを「異常な嘘つき」「臆病者」とまで口汚く罵倒していた。それが18年の中間選挙でトランプの援護を受けて上院議員に再選されると手の平返し。今では最もトランプに忠実な議員になっている。
 
つまり、バイデン弾劾シナリオは、任期中に史上初2回もの不名誉な弾劾訴追を受けて怒りが収まらないトランプの意趣返しなのである。まるで子供の喧嘩のようだが、トランプは蛇のように執念深い。これが情けないほど劣化したアメリカ政治の現実の姿だ。
 
それならバイデンは胸を張って受けて立てばいいと思うのだが、そうはいかない事情がある。
 
歴史的にみて、アメリカでは大統領就任から最初の中間選挙で与党がほとんど敗北している。バイデン政権の支持率も、コロナ禍やウクライナ戦争、記録的な物価上昇、FRBの金融引き締め政策、アフガニスタン撤兵の混乱などで低迷しており、このままでは11月の中間選挙では2010年のオバマ政権よりも大敗を喫する可能性が高い。そうなれば勢力を奪還した共和党がバイデンを弾劾訴追することが可能になる。
 
クルーズはバイデンを弾劾する根拠は複数あるという。
 
「おそらく最も説得力のあるのは大統領が憲法第2条の「方が忠実に執行されるようにする」という義務に反して、まったくの無法状態で不法移民を入れていることだろう」
 
民主党員の6割、全人口のわずか35%しかバイデンの移民政策を支持していないという世論調査の結果もあるからだ。最新のマサチューセッツ・アマースと大学の全国調査では、共和党員の3分の2以上が、共和党が下院の過半数を奪還すれば、バイデン大統領の弾劾を支持すると答えている。
 
しかし、最も民主党そしてバイデン大統領が頭を痛めているのは、大統領の次男、ハンター・バイデンが役員を務めていたウクライナ企業や中国企業などから得た報酬を巡って検察当局が捜査を加速していることではないか。税法や資金洗浄法、ロビー活動関連法違反の可能性があるという。
 
「フェイクニュース」扱いされて収まったかに見えた疑惑だったが、ウクライナ戦争で再びぶり返された。ウクライナ戦争対応で一旗揚げたいバイデンにとっては最悪のタイミングとなった。ハンターの事業は当時副大統領だったバイデンの影響力なしには考えられないからである。
 
弾劾訴追は下院の過半数があれば可能だ。それを受けて罷免するには上院の3分の2の賛成が必要だが、こちらはかなり難しい。それでも復讐を果たしたトランプはほくそ笑み、2024年の大統領再選に弾みがつくことになるだろう。
 
昨年夏、「あなたの再出馬を阻むのはなにか」と保守派のケーブルテレビ番組に質問された75歳のトランプは、赤茶け得た顔に笑みを浮かべながらこう答えていた。
 
「医者からの悪い知らせだけだ」
 
民主主義の旗手を標榜する米国ではこれから先2年間はさらに醜悪な政治が展開されることは間違いなさそうだ。
                    (写真はAP)

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