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トランプ復権への悪巧み

 「トランプの新たなクーデターがすでに始まっている」
 そんな衝撃的なタイトルの記事が政治評論で定評のある月刊誌ザ・アトランティックに昨年末掲載され注目を浴びた。

 アメリカのトランプ前大統領が2024年の大統領選でバイデン政権を暴力よりも陰湿な手段で「転覆」させるというのである。

その手段とは「投票抑圧」だ。

 まったく根拠のない陰謀論を主張し続けるトランプと彼に同調する共和党は郵便投票の制限、身元確認の厳格化、投票所の削減、投票時間の短縮など、ありとあらゆる手段を使ってライバル陣営の投票を阻もうとしている。

 米ブレナン司法センターによると、昨年だけで全米50州のうち49州で440本以上の投票規制強化法案が提出され、少なくとも19州(ほとんどが知事や州議会多数派が共和党)で投票を抑圧する法律が成立している。今年に入ってその勢いはさらに加速しているという。

 民主主義政治の根幹は公平な選挙である。有権者は政治家の仕事を票という形で評価し、失敗に対しては落選という形で罰するのが本来の在り方だ。ところが、トランプ一派はそれをねじ曲げて勝利をもぎ取ろうとしているのである。

 例えば、南部ジョージア州では、郵便投票申請書が自動的に有権者に配布される制度が廃止、写真付き公的身分証(ID)の提示が義務化された。IDを所持していない黒人やマイノリティの民主党支持者を投票が排除する狙いだ。テキサス州では車の中からでも投票できる「ドライブスルー」投票も禁止されている。

 新型コロナ大流行で多くの州で郵便投票などで投票がしやすくなるように規則が変更された。それが民主党に追い風となりトランプ敗北に繋がったと共和党はみているのだ。

 対抗する民主党のバイデン大統領ももちろん黙ってはいない。「投票権は民主主義の出発点だ」として不公平な投票抑圧を厳しく批判している。しかしバイデン政権の弱みは共和党の企てを阻止する決定的な手段を持っていないことだ。

 司法省は複数の州を提訴したが、大統領在任中にトランプが選任した3人を含む保守派の判事が多数を占める最高裁で却下される可能性が高い。それならと民主党は連邦議会で州政府の動きを封じる包括的な投票権法案を提出したが、こちらも上院での成立は絶望的だ。重要法反可決には最低60票が必要だが民主党の現有勢力は50議席。そのうえ身内の民主党議員ふたりが造反しているからである。

「共和党の愛国者たちの勢いは止められないぞ!民主党の社会主義者たちを落選させる!」

 中間選挙を目指してアリゾナ州で今年初めての大規模集会を16日開いたトランプはそう怪気炎を上げた。聴衆の数は約1万人。トランプ熱は日本で想像する以上にまだ熱いのだ。

 2月下旬にトランプが立ち上げる新しい保守系のソーシャルメディアプラットフォーム“Truth Social”(真実のソーシャルメディア)を運営するSPAC(米特別買収目的会社)の時価総額も先月24億ドルを上まわった。

 11月8日に実施される中間選挙では、連邦議会上院(任期6年、定数100)の約3分の1にあたる34議席と下院(任期2年、定数435)の全議席が争われる。アフガニスタン撤兵の混乱やコロナ感染拡大、記録的な物価上昇などでバイデン大統領の支持率が40%程度と低迷している民主党の旗色が悪い。

 歴史的にみても、アメリカでは大統領就任から最初の中間選挙で与党がほとんど敗北している。よほどの逆転劇がない限り、今年も与党民主党が負ける確立は極めて高いとおおかたの専門家はみている。バイデン大統領の不人気と露骨な投票抑圧があいまって、共和党の圧勝ということも十分考えられるのだ。
 そうなれば、復讐に燃えるトランプが次期共和党大統領候補に選ばれることは現時点で確実だろう。それほど現在の共和党はトランプに恐怖支配されている。大統領再選となれば、2024年に敗北するのは他ならぬアメリカの民主主義だ。選挙の信頼性が失墜するからである。再選されなければ、今は潜伏している武装した熱狂的暴徒たちが暴動を起こすだろう。

 マンハッタン地区検察はトランプを脱税容疑などで刑事訴追すべく捜査を続けている。一方、連邦議会では流血の議事堂襲撃事件をトランプが扇動したどうかの調査が今も進行中だ。

 しかし、なにしろ相手は在任中に納税申告書すら公開せず、大統領の免責特権を盾に背任、共謀、職権乱用、司法妨害、脱税、詐欺などさまざまな疑惑の追及と2度の弾劾裁判をまんまとすり抜けてきたずる賢い男である。

 昨年、あなたの再出馬を阻むものはなにかと保守派ケーブルテレビ番組で質問されたトランプ(75)は赤茶けた顔に笑みを浮かべながら次のように答えていた。
 「医者からの悪い知らせだけだ」



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