人が面白いほど騙されるのには訳がある
人は面白いほど騙される。美女の甘言にウソと知りながら大枚はたくのは男の助平心のなせる業である。まがいもののブランド品をつかまされて悔しがるのは女の浅はかさ以外のなにものでもない。しかしこの程度はまだまだ可愛い者である。
昨今は「おれおれ詐欺」などという不届きな騙し技をつかって罪もないおとり寄りから金をかすめ取る手合いが蔓延している。そのために振込み口座が売買されているというのだから世の末だ。そんな馬鹿なことは日本だけかと思ったら、そうでもないようだ。
私が愛読する米経済誌「FORTUNE」に以下のような詐欺事件が取り上げられていた。手口はシンプルだ。
哀れな被害者のひとりは元ニューヨーク市社会福祉担当員サリー・ミコラジェックさん、86歳だった。 ある日、彼女のところに1通のカナダ宝くじメールが届いたという。暇つぶしに返事を出したところ、数週間後に税関職員を名乗る男から電話が入った。
その宝くじで彼女に大金が当ったというのだ。まさに予期せぬ幸運。ただし当選金を受け取るためには、税金など手数料として2,200ドルを振り込む必要があった。さっそくミコラジェックさんはその金額を指定の口座に振り込んだ。当選額と比べれば雀の涙だったからだ。すると今度は別の別の名前を名乗る男から電話があり、彼女の当選金が350万ドルに増えたという知らせ。ただし手数料に上乗せが必要だという。
結局、騙されたと気づいたときには彼女はすでに90,000万ドルもの大金を振り込んでいた。愚かな女性だと笑ってはいけない。騙された理由は金に目が眩んだだけではなかった。
記事によれば、電話をかけてきた男たちはいづれもカナダ訛りがあったという。それがどうしたと思われる読者の方が多いと思うが、じつは米国人はカナダ訛りに弱いのである。多くの米国人にとってカナダは平和維持軍、厳しい銃規制、充実した医療保険制度を持つ心優しい人々の国なのだ。
だから信頼も厚い。例えば、米国で最も信頼された公人はトロント生れのABC放送のニュースキャスター、故ピーター・ジェニングズで、甘く知的なマスクとカナダ訛りの彼の英語に女性視聴者はうっとりしていた。
じつは遠い昔に、私もこの手の詐欺にひっかかりそうになったことがある。やはりカナダからの一通の手紙だった。私が1億円の宝くじに当選したというのだ。そして、当選金受け取り手続きに数百ドル送れと書いてあった。思わずニンマリしてしまったが、過去に洋服詐欺、消火栓詐欺、真珠詐欺(映画館でくじを引くと真珠が当るのだが、加工料金を請求されるもの)などを経験していた私は(お恥ずかしい)、すぐさまカナダ大使館に問い合わせ、被害を被らずにすんだ。
似たような手口を使った米グリーンカード(外国人国内労働許可証)詐欺もある。グリーンカード取得の手続きを代行する弁護士事務所に手数料を振り込んだが、まったく返事が来なかった。こちらが不審に思って問い合わせた頃には敵さんはとっくに姿を眩ましていた。
やはり世の中にうまい話はそうそう転がっているものではない。それでも京言葉で優しく声をかけられると思わず暖簾をくぐってしまう男たちよ。今夜も騙されよう。
(写真はpanasonic.jp)