堺屋輝一

いろいろなアイデアを試したいと思います。

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最近の記事

とよまのおむすび

とよまのササニシキの塩むすび。こんな美味しいものがあったとは。 シンセサイザーオーケストラの可能性を探る実験的なイベントに参加した。場所は宮城県登米市とよまにある可愛い建物。宮城芸術文化館。とよまは朝ドラおかえりモネの一つの舞台となったまち。 館長はマーブル紙の制作や蒐集家。奥様はブラームスの家系の装幀家。あの川端康成のノーベル賞の表彰状を制作をした芸術家である。 小さな会場にとよまの名だたる人が集まり、ストラディバリウスによる演奏やバイオリンとbehaviorモデルを

    • 天王洲アイルのバンクシー

      小雨が降るか、気にしながらのウォーキング、天王洲アイルまで歩く。 パラパラと人が立っている。有名なグランドピアノの写真の前。ここでバンクシー展が開かれていた。 当日券もあるとのことで並んでみた。倉庫の階段を上がると2階。チケットを買って、長い長い待ち行列の中に身を置く。 「皆さん、ソーシャルディスタンスに慣れて、流石です。列の間隔守ってますね。」とベテランの会場案内の声と誘導で気持ちよくエレベーターに乗り込み5階に移動。 エレベーターの先は英国。すぐに外国の街に溶け込

      • 初めての中国訪問1985年夏、北京原人と盧溝橋(私の中国との出会いと交流 その五)

        宴会が始まった。席には宴会担当のネームプレートをつけた大食漢を絵に描いたような大柄の人を囲んで宴会が始まった。 宴会担当の役割はすぐにわかった。私達のような客人をもてなすために、どんどん食べて料理の美味しさを身体で表現し、客人の皿にこれでもかこれでもかと料理を入れるのである。 白酒の一気飲みに始まり、温いビール、紹興酒をグラスに注いでくれる。ご馳走をたらふく食べて酔いも回り、いい気分の頃にビジネストークが始まった。 ひとしきり話が終わったら、明日は運転手付きで車を用意し

        • 初めての中国訪問1985年夏(私の中国との出会いと交流 その四)

          1985年の夏、北京に出かけた。初めての中国訪問だった。北京空港から市内に移動する車中から見える光景を一言で語ると建設ラッシュ。建設中のうすい灰色の高層住宅の林をかき分けて移動していると広大な北京の街が見えてきた。 友誼賓館というホテルで開催される国際会議で講演発表する旅だった。日本に留学していた知人のC先生が上海から北京に出張し行動を共にすることになっていた。北京に到着したことを連絡したい。通信手段がない中、C先生のご親戚の家の北京の住所のメモが手元にあった。 友誼賓館

        とよまのおむすび

        • 天王洲アイルのバンクシー

        • 初めての中国訪問1985年夏、北京原人と盧溝橋(私の中国との出会いと交流 その五)

        • 初めての中国訪問1985年夏(私の中国との出会いと交流 その四)

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        • ショートポエム
          2本
        • ふと思い出したこと
          1本

        記事

          Season's Greetings

          Merry Christmas! そんな季節がそこまで来ている。街のあちこちでLEDがいろんな色でキラキラ光るそんな季節がやってくる。 幼い子供たちが少し暗くなってもうちに帰らず、立ち話をしているお母さんたちに見守られて楽しそうに歓声をあげてクルクル走り回っている。そんな姿を見ていると自分も幼い子供にもどる。 母が編んでくれたマフラーがクリスマスの朝、枕元に置かれてあった。 サンタクロースがマフラーをプレゼントしてくれた。本気でそう思ってマフラーを首に巻き遊びに出かける

          Season's Greetings

          上手に撮れない星空

          5日目の月が綺麗、少し明るい夜空を見上げるとそこには満天の星。 東の低い空にオリオン座、見上げていくとカシオペア座がくっきりとWの形そのままで安心させてくれる。 星座をいくつか写真に撮って見せたいなと思った。なん度もなん度もスマホのシャッターを押した。 上手く撮れない。星は写真に撮らず願うのがいい

          上手に撮れない星空

          上野の秋

          公園口の改札を出るとそれほど多くはない人の流れが秋の木々の向こうまで繋がっているのが見える。そのゆったりとした流れに身を任せて歩いていくとケーナの音がアンデス山脈の風をここに運び舞いあげている。 煉瓦色の四角い大きな塊が近づいてくるとそこから人の流れが右に曲がっていく。そうすると建物の2階で食事をしている人たちの楽しそうなひとときが一服の絵画のように眼前に広がり、あの絵画の中に没入し、同じ食事をする人としてこの身を固定したくなった。 食事をすませ二次元の絵画の中から解き放

          上野の秋

          笑うに笑えない話(かいじん21面相)

          「お兄ちゃん、いややね」妹からの電話。「なにが?」。「テレビで映像流れてる。似てると思えへん?」 やっとわかった。犯人が特定できず捜査が打ち切られたあの事件の犯人の後ろ姿の映像。菓子売り場の棚に青酸カリ入りのお菓子をおいたあの映像。確かに私の後ろ姿に似ていた。その野球帽にはジャイアンツのマークがあった。私は南海ホークスのファンである。野球帽はかぶらない。 当時キツネ目の男といわれたその犯人の人相書きが出回った。私の顔とは似ても似つかぬ別人だった。しかし研究室の学生の一人が

          笑うに笑えない話(かいじん21面相)

          大学祭の水餃子店(私の中国との出会いと交流 その三)

          私が大阪の大学にいた頃の話。薬師丸ひろ子がセーラー服で機関銃を連射し、原田知世がタイムトラベラーに恋をして時をかける少女になり、イエロー・マジック・オーケストラが君に、胸キュンと盛り上げ、中原めいこに君たちキウイ、パパイヤ、マンゴーだねと言われ、上田正樹が大阪の海は悲しい色やねと歌っていた。この楽しくなってきた昭和の時代があと5,6年で終わるとはだれも思っていなかったそんな時代のこと。研究室で大学祭に水餃子店を出そうと企画し学生を総動員して店舗計画とおり出店したところ大盛況だ

          大学祭の水餃子店(私の中国との出会いと交流 その三)

          私の中国との出会いと交流 その二

          大学受験をひかえた1970年の夏、高校三年生の私は、7月の最後の週、友人の誘いにのり大阪の中之島にあるフェスティバルホールに出かけた。中国の上海舞劇団(上海バレー団)の来日公演を観劇するためであった。 この年の9月に日中国交正常化のための日中共同声明が発表されるのを目前にし、日中の文化交流が始まっていたのである。 その日は受験勉強にも飽き飽きしていたし、ちょうどよい息抜きだと思って出かけた。 大阪には昔もいまも在日華僑の方がたくさん住んでいるが、あのベールに包まれた共産

          私の中国との出会いと交流 その二

          私の中国との出会いと交流 その一

          重層的かつ多層的な中国とその国に住む人たちとの交流を振り返ってみたくなった。 小学生の頃、香川県にある母の実家には夏休みになると1ヶ月くらい一人で滞在していた。 とても居心地がよかった。 その家の向かいに住むお兄ちゃんにはよく遊んでもらった。 このお兄ちゃんはラジオ少年だった。 その家にはラジオの製作という雑誌やアマチュア無線家向けの雑誌であるCQ誌がたくさんあって、夜になると貪るように雑誌を読み漁っていた。 このおかげで、中1のときに電話級アマチュア無線技士の国家試験

          私の中国との出会いと交流 その一

          法隆寺の百済観音と救世観音

          法隆寺の宝物が収蔵展示されている大宝蔵院に向かうと石の板が敷かれたフローリングの床のようなすっきりとした中庭の奥の建物の正面に扁額が見える。これ以外の装飾や文字がまったくなく、この扁額の文字だけが目に飛び込んでくる。 補陀落 と書かれてある。チベットのポタラ宮の名前に使われたポタラの発音を漢字に置き換えたもので観世音菩薩の住むところを意味する。 目を左右に向けると両翼となる建物が庭を取り囲んで建っている。その中には国宝の玉虫厨子や数多くの貴重な仏像や文書が展示されている

          法隆寺の百済観音と救世観音

          空飛ぶストレート

          道の向こうからストレートがやってきた。頭はストレートパーマ。ストレートな恋愛志向。お酒は何でもストレート。そしてまっすぐこちらに向かってきた 「ストレート、毎日明るく元気で、楽しそうだね」 「いや困ることも多かった。まっすぐにしか歩けないので道を曲がるときは、誰か人が来るのを待って、歩く向きを変えてもらっていた。でも怪しい人だと思われて三人に二人は無視する。それでこのような回転盤を作ってもらったんだ。曲がりたいところでこの回転盤の上にのって反動で向きを変えるんだ」 「そ

          空飛ぶストレート

          コロコロ変わる名探偵

          名探偵カードゲームを始めます。優勝者にはトロフィーと副賞500万円を差し上げます。参加資格は嘘つきでないこと。本日は5名の参加者です ルールは単純、21枚のカードから1枚ずつ引いてください。名探偵の特徴的なイラストが描かれています 引いた人はコロコロ変わる名探偵の名前を言ってください。正解ならわたしが首を縦に、間違っていたら横に振る。全部のカードの正解が出るまでゲームを続けます ではあなた 工藤新一! 正解です 私は三番目。明智小五郎だった。これを正解すると年がば

          コロコロ変わる名探偵

          数学ギョウザ "少し書き換えました。"

          先生が黒板に数字を書き並べた。 この数列をフィボナッチ数列という。1,2,3,5、8、13、21、34、55...と数字が続く。例えば5はその前の並びの2と3を足したもの、21はその前の2つの数の8と13を足したものだ。 そして先生が語り始めた。 「今日は数学好きの店主が経営する数学ギョウザという店の話をしよう」 「その店はギョウザをフィボナッチ数列の数で皿に盛り客に提供する。ギョウザを6個食べたいと思えば、ギョウザ1個の皿と、ギョウザ5個の皿の2皿注文しなければなら

          数学ギョウザ "少し書き換えました。"

          アナログバイリンガル

          大阪出身の同僚と関西支社に出張した時のこと 東京駅から新幹線に乗って大阪まで移動した社内で同僚の話す言葉の訛りが連続的に変化してきた。 東京駅の会話 「久しぶりの出張だね」 「本当にそうだね。新幹線に乗るのも新鮮な感じがする」 三島駅を過ぎる頃の会話 「大阪駅についたら、支社に行く前にランチにするか?」 「それいいやん。お腹をすかせて支社に行って打ち合わせの時におなかが鳴ってもみっともないよね」 名古屋駅を過ぎた頃の会話 「もう名古屋駅も過ぎたし、もう少しで

          アナログバイリンガル