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〈正解のない問い・4〉 「最近、蝶々を目にする機会が多いです!どういう意味なんでしょうか? 黄色と白の蝶々です!」


『正解のない問い』

ワタクシ 米山哲司のfacebookで、「正解のない問いをください」、「問いはご自身が気になっている問いでも、どうでもいいようなお気軽な問いでも結構です」と呼びかけたところ、数日間で個性あふれる問いを50以上もいただきました。嬉しい限りです!(いただいた問いは こちらの投稿のコメント欄をご覧ください) いただいた順に私がぼんやりと思ったことを返信として投稿しますね。着飾らずに書きますので、ゆるやかな気持ちでお読みいただければ、と。 では早速…

〈問〉
「最近、蝶々を目にする機会が多いです!どういう意味なんでしょうか? 黄色と白の蝶々です!」

〈返信〉
この『正解のない問い』は一往復のみ。つまり いただいた問いに私から1回だけ返信させてもらう、というシンプルでドライで刹那なやりとりです。私から「これは何を問われているのですか?」などの文意の確認はしませんので、質問者の意図を私が勘違いすることもあります。むしろ それのほうが多いでしょうが、そのあたりも含めて楽しんでいただくなり、お許しいただくなり、で。

さて、今回の問いは勘違いしそうですねぇ(笑) 問いの目指すところが、珍しい昆虫なのか、気候変動なのか、スピリチュアルなのか、と捉え方がさまざまにありそうです。ちゃんと迷走するよう頑張りますね。

そうそう、「蝶々」の読みは〝ちょうちょ〟ではなく〝ちょうちょう〟でしたよね。「夫人」や「ミヤコ」のことを先に思い出せたなら〝ちょうちょう〟とスッと出てくるのですが、うっかりすると〝ちょうちょ〟と言ってしまいます。それは「ちょうちょ、ちょうちょ、菜の葉にとまれ」の童謡『蝶々』の影響でしょう。実はこの曲には幻の2番以降の歌詞がありましてね、歌詞に登場する生き物が違うのですよ。2番はスズメ、3番はトンボ、4番はツバメなのですよ。ならばタイトルは『蝶々』ではなく『飛べ、小さき生き物たち』とかに すればいいのに。

早速、いい感じに迷走しております(笑) 頑張って迷わないようにするより、頑張って迷ったほうが人生は面白いはずなんですがね。さぁ本題に戻りましょう。

私は特に「いやぁ~、最近 蝶をよく見かけるようになったなぁ」とは感じてはいませんね。私が蝶がいるところに行っていないだけかもしれませんが。変化を感じられる場所にいないと発見しにくいですからね。大都会の住民が駅前を歩いても「日本は人口減少だねぇ」とは思わないですからね。同じく過疎地に住む人もそうは思いません。もともと少ないからです。変化のなさでくくれば大都会も過疎地も同じなのかも。

変化と聞いて思い出すことがあります。『ブラジルで1匹の蝶が羽ばたたくと、テキサスで竜巻が起こる』。バタフライエフェクトです。『風吹けば、桶屋が儲かる』と同じ意味ですね。あるところでナンヤカンヤあると、どこかでナンヤカンヤなる、ということですね。そう 変化。この質問者の問いは変化の意味を求めるものです。これを機に独自のバタフライエフェクトを考えてみるのも面白いかもしれませんよ。『蝶を見かけることが増えると…』さぁ、何がどうなりますか? ポジティブな話だといいのですが。
あっ、小学生の頃にありませんでした? 『フォルクスワーゲンのビートルを1日に〇台見ると幸せになる』のたぐい。『ホンダのシティを…』ってのもありました。それを見たところで幸せになるという根拠も実感もないのですが、下校しながら元気に探していましたよ。なんも考えていない頃が一番幸せだったのかもしれませんね。あぁ 蝶々でも探しに行こうかなぁ。(あっワタクシ、別に悩みがあるわけではありませんが)

私自身が蝶々を見かける実感がないので、この問いは〝誰もが蝶々を…〟として取り扱うのではなく〝質問者が蝶々を…〟と捉えることにしましょうかね。そう、質問者が蝶々のいるところに出向いているから、という可能性はありますね。
さて蝶々はどこにいるのでしょう。生き物を探すときは食べ物から考えるといいですね。高級レストランに行けば金持ちと出会え、安い酒場では安いオッサンと出会えます。ここでの蝶々はモンシロチョウとしてみましょう。蝶々になる前の幼虫は何を食べるのでしたっけ? 菜の花、キャベツ、ダイコンなどの葉ですね。親である蝶々はそれらの葉の裏側に卵を生みます。もちろん強い農薬を散布されていると卵は死滅します。

わかった! 質問者は無農薬の野菜畑に行くことが多くなった。そして無農薬野菜の生産者も増えてきた。エシカル消費、これだ! 
そうそう、お知らせがありますよ。ワタクシどもNPO法人Mブリッジのエシカル推進チームが番組で取り上げられましたよ。そのYouTubeがこちら。大人気なんですよ♪

と、どさくさで宣伝も行い、もうひとつ思い出した話へ。

以前にダイアログ・イン・ザ・ダーク(以下、DID)の志村真介代表に講演をお願いしたことがあります。私自身がDIDで気づきの体験に何回か参加しており ファンでもありました。講演を依頼しましたところ、ご多忙にもかかわらず三重県までお越しくださいました。内容は「障がい者に無関心になっていないか」など多様性にまつわる話題でした。講演の最後には「これ以降、まちに出ると障がい者にたくさん出会うことになるでしょう。それは障がい者が増えたのではなく、あなた自身が認知するようになった、ということです」と。ちゃんと意識する、ちゃんと関心を持つことで〝見えてくる〟というお話。DIDは視覚障がい者がワークショップ参加者をアテンドする場です。志村さんは視覚障がい者の支援者、そして〝見えてくる〟のお話。深さも重みもありました。

話を戻します。
見かけることが多いのは、質問者が蝶々のいる場所に行くことが増えたから、なのかもしれません。とはいえ、そこに蝶々たくさんいたとしても それが見える人と見えない人がいます。意識の問題。目で見る前に、心が欲していないと、在るものも無いものになりかねませんからね。質問者は蝶々に意識が向くような なにか心の変化があったのかも。変化。

『てふてふ ひらひら いらかをこえた』
種田 山頭火の自由律 俳句です。
蝶々が屋根の上を越え飛んでいった、と。

蝶が鳥などの外敵を意識しながらも屋根を越えていく様子です。わざわざ危険を冒して高いところを飛ばなくてもいいものを、あえて越えていこうとする姿。しかもひらひらと軽やかに。高いところで頑張る蝶々を山頭火は低いところから見ている。蝶々はそのさらに向こうに行ったという情景です。

整えます。
問いは「最近、蝶々を目にする機会が多いです! どういう意味なんでしょうか? 黄色と白の蝶々です!」でしたね。
その意味は何なのでしょうか。質問者はそこで「何かに気づくこと」、「変化が起こる予感」、「けなげに努力し越えていく」という〝意味〟を見たのかもしれませんね。そしてそういうことを〝考える時〟だったのかと。
そんな質問者を私はなんだかうらやましく思えましたよ。こちら側から見ている山頭火のように。
~以上~

・・・
〝正解のない問い〟ですので、残念ながらどこにもたどり着きません。思いを巡らす中に、「ひらめく予感」や、「モノを言いたくなる自分」にたどり着ければ、それを〝変化〟と捉えたいなぁ、と。結局、モヤモヤ製造所みたいになっているかもしれませんが(笑)

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このような問いがまだまだ続きます。大丈夫なのだろうか?(笑) 
第5問目は『毎日の食事の回数ですかね。人によって1日3回、または2回など。たまに考えたりします』です。現実的な問いも嬉しいです。返信しますね。

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