正調粕取焼酎への思い
はじめまして。
Twitterアカウント「正調粕取.net」の中の人です。
日本の伝統的蒸留酒である「正調粕取焼酎」のことを中心に、お酒のこと、食文化のことなどを Twitter に投稿しております。
このたび、Twitterでは書ききれない長文を発信するため、note を始ることにしました。
その「初回兼自己紹介」として、正調粕取焼酎への熱い思いを語りたいと思います。
1.農村の暮らしと歩んできた「悠久のロマン」
正調粕取焼酎とは、「酒粕」を主原料し、通気性を確保するために「籾殻」を混ぜ込み、昔ながらの蒸篭(セイロ)で蒸留した焼酎です。起源は正確に分かりませんが、江戸時代の17世紀後半以降の文献には、その製造方法が記されています。
酒粕は栄養価が高く良い肥料となるのですが、アルコール濃度が高すぎると植物に害を与えます。このため、農民たちは酒粕を蒸留して焼酎を造り、残った粕を肥料として利用しました。つまり、正調粕取焼酎は元々「副産物」だったという見方もできます。
また、正調粕焼酎は「早苗饗(さなぶり、さなぼり)焼酎という呼び名もありました。「早苗饗」とは田植えの後のお祭りのことで、そこで「祝い酒」として振る舞われたことから、この名がつきました。
このように、正調粕取焼酎は、当初から農村・農民の手で育まれ、継承されてきました。そこには派手な歴史のエピソード、技術革新のストーリー、市場を席巻した武勇伝などはありません。だからこそ、逆に、かつての日本の農村文化がそのまま封じ込められている、そんなロマンがあります。
2.地元のみで消費されてきた「ザ・地酒」
近代以降、日本酒や芋焼酎、麦焼酎などは、輸送手段の発達や技術革新などによって広範囲へと流通するようになり、全国ブランドの大企業も生まれました。しかし、農村とともに生まれ育った正調粕取焼酎は「地元の、地元による、地元のための酒」であり続けました。
それ故、農村の近代化とその後の衰退によって正調粕取焼酎の存立基盤が揺らぎ、また、飲み手の嗜好の変化で癖の強い味わいが敬遠されたことによって、正調粕取焼酎の製造元は大きく減少し、今や絶滅の危機に瀕していると言っても過言ではありません。
「酒は世につれ、世は酒につれ」と言われる通り、正調粕取焼酎の退潮は時代の流れなのかも知れません。でも、それは同時に貴重な「地域文化」の一つが失われてしまうことを意味します。世がどうであろうと、我々には守るべきものはあるのではないでしょうか。
3.今こそ世界に問いたい「比類なき個性」
正調粕取焼酎の味わいは、米の甘味、籾殻の香ばしさ、蒸篭の木の香りなどが主体です。さらに、熟成するとチョコレート、ナッツのような風味も加わります。その味わいは決して万人受けするものではなく、人によっては「畳」などと表現されることもあります。個人的には、正調粕取焼酎を特徴づける「籾殻香」は、スコッチの「ピート香」に匹敵すると思っています。「籾殻」も「ピート」も、身近な場所の原料を使う事によって付加された香りであり、決して美味探求の結果ではありません。つまり、「土地に根ざした文化の香り」と言えると思います。ちなみに、西洋には、ぶどう粕を原料とした「グラッパ」「マール」「オルーホ」などの蒸留酒があります。これらと正調粕取焼酎は、原料が全く異なるにも関わらず、なぜか共通の風味があります。これも、「自然の恵みを余すところなく活かす」という「人類共通の文化の香り」なのかもしれません。このような正調粕取焼酎の「ローカルに根ざした風味」は、世界の蒸留酒と比べても決して遜色ないものであり(比べる必要など無いのですが、敢えて…)、いまこそ世界に問われるべきではと思っています。
以上です。
それでは、今後ともご贔屓に。
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