護りし者 / 文 青紗蘭
これは、ある日、ある時、あの場所の物語。
旅をしているひとりの男がいた。
旅人が、歩いていると突然、目の前を大きな茨が塞いでしまった。 無数の棘が、強くしなり、今にも刺さりそうなほどだ。旅人がその様子を見つめているとき、後しろの方から話しかける声が聞こえた。
「おっ!何だ?にーちゃん。向こう側に行きたいのか?やめときなって。そのでかい薔薇を見ただろう?いつの間にかこんなにでかくなっちまって、あちら側に行こうとすると…ガッシャン!と今のあんたみたいになるだけだ」
声をかけてきた男は、ぼやくようにそう言った。
旅人は、その男に礼をのべながら問いかけた。
「この茨は…大分傷ついていますね」
「そんなもん、切り倒そうとしたときに、できたんだろう。向こう側にいくには、この先の橋をわたるしかねぇ。そして、邪魔になるなら切るしかねぇ。まっ結局は、力自慢の奴が切りかかって逆に深傷を負って寝込んじまったんだがな」
「そうでしたか…」
「まっ、にいちゃん、そのうち火でもつけて燃やしちまうからよ、しばらく宿にでも泊まりなよ」
旅人は、男が去った後。
静かに歌を紡いだ。
「茨の女王、あなたにお約束いたしましょう。私は、あなたを傷付けない。あなたに、毎日癒しの歌を捧げさせて下さい」
旅人が茨の元へ通う姿をいぶかしげに見る人、不思議そうに見てゆくもの。声をかけるもの。幾人ものひとが行き交った。
茨の女王の心は、深く閉じていた。
茨の女王の元に、どのくらい通った頃であろう。旅人は、ふと馨しい薫りがふわりと広がるのを感じた。
「旅人よ…いえ、詩人よ。あなたの想いは充分に伝わりました。お陰で、私の傷も癒えました」
語りかける声と薫りが、より重なり響く。
「ああ…それは良かった。…茨の女王よ、何故あなたは、咲くことを辞め人を拒んだのですか?」
しばらく茨の女王は、旅人の目をみつめ、話し始めた。
「実は、私の元に本来ならば生まれない命が生まれたのです」
「その命とは、その蒼薔薇ですか?」
「あなたには見えて…。あなたなら…そうでしょうね。そうです。この子が誰かの目に触れればたちまち…命を散らしてしまうのではないかと…守っていました。
人を傷付けたことも人々の道を塞ぐのも苦しかったのですが、私は、この子を守りたい一心にそまってしまっていました」
茨の女王は、こころが潰れるような葛藤に苛まれていた。
「そうだったのですね…。それは、さぞお辛かったでしょう。これからどうするかお考えですか?」
「私は、ここから動けぬ身であり、またこの地を護る宿命があります。それゆえ、知恵をお貸し頂ける方を探しておりました。その為道を塞ぎ、この子を守って頂ける方に…出会いたかったのです」
旅人は、しばし宙を眺めながら話しかけた。
「では、私に托してみるというのはどうでしょうか?その大切な命に、人の体を模した仮の体を与え、旅を一緒にします。
そうすれば、今よりは確実に未来は拓けましょう」
しばしの静寂が続いた後…茨の女王は、語りかけた。
「詩人よ…そのようなことが出来るのでしょうか?」
「それは、やってみなければ実際のところはわかりません。蒼薔薇の気持ちも伴わなければ叶いません。
しかし、あなたの護りたいと言う想い。その祈りを詩にすれば叶うかもしれませんよ。私も蒼薔薇との意思を通わせます」
「わかりました」
女王は、蒼薔薇に慈しみの詩を捧げた。また詩人は、命の詩を捧げた。
すると、いつの間にか愛らしい青い帽子を被った女の子が、ちょこんと座っていました。目をパチリパチリとして不思議そうです。
「あぁ…!まさか…本当に。間違いないく私の愛しい蒼薔薇が、人の姿に…」
「この先にある未知の中で、彼女と共に学び経験を積みます。そして、いつか彼女自身が、自分に相応しい場所に根をおろすことでしょう」
「はい…。そうですねきっと…。どうか、この子の行く末を紡いで下さい」
旅人と青い帽子を被った女の子が、手をつなぎ深紅の薔薇を越えて歩いて行きます。
後ろからは、街の人々の驚きや何が、起きたかわからないというようなザワザワと騒いでる声が聞こえた。
中には「なおったぞー!」という声も混じっていた。
これ以降、茨の女王が人々を妨げることも傷付けることもなかった。
その姿は、本来の深紅の女王として凛と咲き、この地を護る誇りに満ちていた。
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青い薔薇というのは、作れないと言われています。もともと薔薇の色素には青が無いそうで、園芸品種として青薔薇を誕生させようと挑んだ方は沢山いらっしゃいますが、やはり未だに叶わずということだそうです。
遺伝子を操作してしまえば出来ないことは無いでしょうが、それは、もはや薔薇ではなくなってしまう。
私は、何色でも元気に咲いてくれることが一番嬉しいですが😸🍡🎶