「ゴールデンカムイ」に、あのアイヌのおじさんは救われたか
その昔、うちの中学校の修学旅行の行き先は、北海道だった。
富良野やら夕張やらいろいろな所へ行ったようなのだけど、途中で寄ったアイヌの村が特に忘れられない。
北海道には無数のアイヌ村がある。ちなみに私達が見学したのは2017年まで白老町にあった、「ポロトコタン」だったようだ。もう遥か昔のことなので、場所についてはかなりうろ覚えだったものの、驚異的な記憶力を持つ同級生が先日教えてくれた。
当時、アイヌの楽器を作ったり、伝統料理を食べたりしたが、一番記憶に残っているのはアイヌの方のお話だった。
大きなホールで、語り部であるおじさんを囲むように座り、お話を聞いた。楽しい話ではなかったと記憶している。だからこそ、印象に残ったのかもしれない。
「私達はアイヌであって、もうアイヌではないのです」
どこか哀しい顔をして、おじさんは言った。
「煮炊きだって普通にガスでやるし、電気も使っている。アイヌの暮らしとは、程遠い生活をしているのです——」
私なんぞがおじさんの気持ちを軽々しく語って良いものではないとは思うけれど、その表情からは、後悔や哀愁のようなものが読み取れた。
シン……と静まり返った会場。目の前の鮭の汁物が、どんどん冷えていったのを覚えている。
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こんにちは、もしくははじめまして。アニィと申します。
突然ですが、私はムッツリスケベならぬ、
ムッツリファンなんですよ。
昔から漫画やアニメが大好きながら、何かにハマっても一人でもくもくと楽しむタイプで、あんまり熱を外に出さない。なのに、今やnoteにこんな記事を書こうとしている。超異常事態だぜ大丈夫か。
いや、全然大丈夫じゃない。
それもこれも、「ゴールデンカムイ」という超すごい漫画のせい、なんですが。
2021年夏、週刊ヤングジャンプがこの漫画を最新話まで、全話無料公開していた。
最初はさほど興味はなかったものの、複数の友達に「頼むから読め」「興味がなくても読め」「読まなければ損する」「いつ読むの?今やろ??キエエエ」とゴリ押しされ、ついに手を出すことになり。
この一気読みの効果が、もう絶大だった。一度サラッと読み終わった後に、久しぶりに自分の中になんだかよくわからない熱が燃え上がるのを感じた。
しかも長年のファンの方々の考察を読んでいたら、もう一度あのシーンを!とか、このキャラのあの話を!とか、とにかく何度も読み返したい衝動に駆られた。
が、無料配信期間が終わってしまったので、仕方がないから単行本全巻セットを購入した。
人生初、漫画オトナ買い。大人ってすばらしい。
感情を掻き乱してくるゴールデンカムイ
この話の舞台は、日露戦争終結後の北海道。元陸軍兵の杉元佐一が、アイヌの少女アシリパと出会い、アイヌが隠した金塊を探す話だ。
こんなにハマっているのに、びっくりするくらいおもしろさが伝わらなくて、パソコンの前で暴れている。
参考にしようとWikipediaを見てみたものの、あらすじがnote 1記事分くらい書いてあった。どっかの論文かな?
↓主人公の杉元
↓アイヌの少女アシリパ
ちなみに、公式サイトによると、
とあった。
公式さん、「ッ」とおびただしい数の「!」でいろいろなものをごまかしがち。
そう、ゴールデンカムイは公式もノリノリ。最新話、めちゃくちゃ手に汗握る展開にもかかわらず、あらすじに、
アオリ文には、
なんて書いてある。
こっちはGAG&LOVE♪ とか言ってる場合じゃないんですがーッ!!
今、私の推しキャラ(月島軍曹)が危機的状況なのでーッ!!
この「感情闇鍋ウエスタン」というのは、なんでも、
闇鍋=おもろいもん全部ぶっ込みました!
ウエスタン=西部劇的なエンタメです!
という意味らしい。
ちっとも意味がわからないと思うけれども、一度読んだら大いにうなずける。まったくもって、その通りなのである。
ほのぼのとアイヌ料理をむさぼっていたかと思えば、次のページで突然人が撃たれ、呆気に取られていたら最後のコマで盛大なボケをかます。
いろんな意味で読者の心を揺さぶる構成が最大の特徴なのだ。
作者 野田先生のこだわりと、
ゴールデンカムイの影響力
シリーズ累計発行部数1800万部を突破し(※2021年12月時点)、今や各賞に名をつらねるゴールデンカムイだけれども、その成功の裏には作者の野田サトル先生の陰なる努力があったらしい。
野田先生は、本作の前に「スピナマラダ!」というアイスホッケー漫画を連載していたのだが、あえなく打ち切られ悔しい思いをしたそうだ。
2017年の朝日新聞のインタビューでは、次のように述べられている。
もし私だったら、打ち切りなんてされようものなら二度と立ち直れない。一生寝正月を決め込み、自宅警備員に転職すると思う。
そもそも、ひとつ話を書き終わるごとにヒィヒィ言っている身からすると、次へ向かう気構えがすでに神様すぎて、下げた頭が永遠に上げられない。
ゴールデンカムイは取材もすごい。
その描き込み、描写、舞台設定の徹底ぶりは、ファンのみならず、研究者やアイヌの関係者からも定評がある。
この漫画の大きな要素の一つは、前述の通りアイヌ文化なのだけれど、先生は資料を読みこみ、博物館に足を運んで取材を重ねたらしいのだ。
単行本の最終ページには、ギッシリと参考文献が書かれていて、数えてみたら60冊くらいあった。
ファンタジーなんだからちょっといい加減でもえぇやん、とならないのが脱帽どころか脱いだ帽子が転がり落ちて地面にめり込む。
参考文献のほかにも、取材に協力した博物館や、方言や各言語を監修された方のお名前もズラリと並ぶ。
作中には、「ヒンナ(食べ物に感謝する言葉)」「チタタプ(肉や魚のタタキ)」「オソマ」などをはじめとするアイヌ語の単語やセリフがたくさんでてくるため、千葉大学の中川裕教授という方がアイヌ語監修に入られている。
2020年8月の「週プレニュース」によると、中川教授に監修の打診があったのはまだ連載が始まる前で、第2話までがほぼ完成した段階だったらしい。
その際に、中川教授は、ヒロイン・アシリパさんが身につけたアイヌ衣装の描き込みに感銘を受け、その場で監修を引き受けたそうだ。
以下は、インタビュー中の中川教授の言葉。
2020年2月の47NEWSでは、ゴールデンカムイをきっかけに大学進学を決めた女性が取り上げられていた。
アイヌの親を持ち、コンプレックスからずっとアイヌであることを隠してきた女性。でも、ゴールデンカムイの中に描かれたアイヌ文化に触れ、「アイヌなのに何も知らない」ということに気づいた。
そして、それまで専門学校へ行くつもりだったところを、もっとアイヌ文化について学ぶために、大学進学を決め、合格したそうだ。
ゴールデンカムイ、人を大学にも行かせる。
野田先生は、北海道のアイヌ工房を取材で訪れた際、こう言ったそうだ。
「命を削って描いています」と。
何が感動するって、この、世の中を、誰かの人生を変えている物語が、
連載打ち切りというひとつの「失敗」から立ち上がり、歯を食いしばって生み出され続けてきたものなのだ、というところに尽きる。
そんないろんな意味で素晴らしいゴールデンカムイですが、2022年1月現在、「ヤンジャン!」アプリで27巻まで無料で読めます(驚)。
アニメ第四期の放送も決定したところなので、この波に乗るなら今!
今しかありません!!(大声)
(2022.4.7追記)
そして私は、あのアイヌのおじさんを想う
ネットやニュースでアイヌについて触れることが多くなってきた気がする。
2019年にアイヌ民族支援法が施行された影響もあるかもしれないけれど、ゴールデンカムイがその一翼を担っているのは間違いないんじゃないかと思う。
なぜか。
そこに描かれているのは、「かわいそうなアイヌ」ではないから。
和人(アイヌ以外の日本人)とも対等に接し、強く逞しく、誇りを持ったアイヌの姿が、読者の心を揺さぶるから。
このnoteを書くにあたって、いろいろな記事を読んだ。アイヌの方のコンプレックスについて書かれた記事にもたくさん出くわした。それについて、私はどうこう述べられる立場にないし、私見を語れるほどの知識もない。
でも、一個だけ。一人だけ、思い出した人がいる。
冒頭に書いた、あのアイヌのおじさんだ。
哀しい表情で、私たちに胸の内を語ってくれたおじさん。
私がこれまでの人生で接した、最初のアイヌの人。
「アイヌであって、アイヌではない」
おじさんが寂しげに語ったあの言葉。
『アイヌにも、和人にもなりきれない。
自分のアイデンティティーはどこにもない』
あれは、そんな意味合いだっただろうか。
あのおじさんは今、どうしているだろう。
アイヌ民族博物館学芸員の方が、ゴールデンカムイを絶賛している記事があった。文化村スタッフだったおじさんも、この漫画を読んだりしただろうか。
そして、少しでも救われているだろうか。
拠り所のようなものを、見出しているだろうか。
ゴールデンカムイのページをめくりながら、あの日に思いを馳せ、
おじさんの「今」に少しでも明るい気持ちがありますようにと願っている。