ソ連で出版された日本文学とか-4-
今回で最後。80年代。例によって、たまたま我が家にあった古書を羅列しているのみで、ソ連における外国文学の出版傾向を反映しているとは限らないことに留意されたい。ついでに、本項末尾に、ロシア人作家による日本描写の一文を紹介する。
現代日本中編小説 1980年 10万部 4.10ルーブル
収録作は:
三浦朱門「箱庭」 翻訳:A.ドーリン
郷静子「れくいえむ」 翻訳:B.ラスキン
窪田精「死者たちの島」 翻訳:V.スカリニク、I.ボンダレチコ
野呂邦暢「草のつるぎ」 翻訳:G.ロンスカヤ
小島信夫「抱擁家族」 翻訳:E.レージナ
坂上弘「優しい人々」 翻訳:L.イェルマコワ、E.マエフスキー
収録作品について、「アクチュアルなテーマが取り上げられており、作家たちは日本の軍国主義復活の兆候、ブルジョワ社会における人間の孤独、伝統的家族制度の崩壊などに心を痛めている(意訳)」と前文で紹介している。
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(左)安部公房 1982年 10万部 3.50ルーブル V.グリヴニン
「他人の顔」、「燃えつきた地図」、「箱男」の3篇を収録。阿部公房は最も知られた日本人作家の一人だろう。「現代散文の巨匠たち」というシリーズの1つで、同シリーズから刊行されている他の日本人作家は川端康成、大江健三郎。余談ながら米国作家では、リチャード・ライト、ウィリアム・フォークナー、ソーントン・ワイルダーがこのシリーズから出ている。
(右)山本周五郎短編集 1980年 7万5千部 1.0ルーブル B.ラスキン
表紙欠落。「季節のない街」(映画「どですかでん」の原作)、「ビスマルクいわく」、「枯れた木」、「プールのある家」など18編を収録。
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(左)「曇り日の行進」 1985年 10万部 1.60ルーブル
戦争と原爆を扱った作品集。
林京子「曇り日の行進」、「祭りの場」 V.グリーシナ
大田洋子「ほたる」 E.レーディナ
原民喜「氷花」 G.ロンスカヤ
右遠俊郎「初恋」 O.モロシュキナ
及川和男 原題不明 O.モロシュキナ
井伏鱒二「遥拝隊長」 B.ラスキン
郷静子「れくいえむ」 B.ラスキン
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(右)井上靖「猟銃」 1983年 5万部 1.0ルーブル B.ラスキン
短編集。「猟銃」、「闘牛」、「比良のシャクナゲ」、「伊那の白梅」、「姨捨」、「補陀落渡海記」を収録。
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(左)大江健三郎「ピンチランナー調書」 1983年 5万部 2.10ルーブル V.グリヴニン
(右)安岡章太郎「海辺の光景」 1983年 5万部 0.7ルーブル V.グリヴニン
表題作の他、「サアカスの馬」、「ガラスの靴」を収録。
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(左)「宮本百合子選集」 1984年 5万部 2.50ルーブル
「伸子」や「播州平野」といった作品の他、「私の会ったゴーリキイ」などのエッセイや紀行文を収録。翻訳者はA.リャブキン、A.パシコフスキー、M.ドーリャ、A.ゾーリン、T.ラッソッシェンコ、A.ギブラッゼ、T.ヤスク、K.レーホ、L.グロムコフスキー。
(右)海がきこえる 日本・オーストラリア・アフリカ・西インド諸島の詩人たち(20世紀) 1983年 1万部 0.65ルーブル
ジブリ作品ではない。日本の詩人からは三好達治、北川冬彦、高見順、金子光晴、小野十三郎の詩を収録。翻訳はA.セルゲーエフで、日本語と英語から訳したとある。日本とオーストラリアはともかく、アフリカと西インド諸島については、重訳ということになるのだろうか。
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川端康成選集 1986年 5万部 4.0ルーブル V.グリヴニン、B.ラスキン、V.マルコワ
「山の音」、「古都」、「伊豆の踊子」、「みづうみ」、「夜のさいころ」、「女の夢」、「ほくろの手紙」、「水月」、「禽獣」、「竹の声 桃の花」、そして「掌の小説」から11篇を収録。ハードカバーで600ページ近い分厚い一冊。
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黒柳徹子「窓ぎわのトットちゃん」 1988年 10万部 0.65ルーブル
「児童文学出版」が刊行。翻訳はL.レーヴィン。
児童書だけあって、挿絵も多め。挿絵の人物は小林先生。
巻末のカラーイラスト。
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「囚われの心の園 東洋の古典恋愛譚集」 1989年 30万部 3.30ルーブル
タイトルは読めるように書いてくれ…芸術性が高いのは分かるから、読めるように頼む…アラブ、ペルシャ、中国、日本の恋愛譚を収録した1冊。収録作は:
「大和物語」 翻訳:L.イェルマコワ
「枕草子」 翻訳:V.マルコワ
「源氏物語」 翻訳:N.コンラッド
「好色一代女」(井原西鶴) 翻訳:V.マルコワ
いずれも抄訳。カラー挿絵付き。
挿絵。
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以下は、日本関連の書籍。
(左)V.S.グリヴニン「芥川龍之介」 1980年 5520部 1.40ルーブル
翻訳家として多くの文学作品の訳書をてがけたグリヴニンによる芥川評。芥川といえば河童。
(右)ニコライ・T・フェドレンコ「川端康成 時代の色彩」 1982年 10万部 1.90ルーブル
東洋学者にして外交官のフェドレンコの随筆。前半は川端康成との邂逅から始まる川端の文学論、そして後半は日本の文化芸術論。
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A.A.ドーリン 日本現代詩概論 1984年 2500部 1.80ルーブル
20世紀の日本の詩歌論。「プロレタリア詩歌-階級闘争の前線‐」から始まり、「経済的奇跡の時代の詩歌」まで。
A.A.ドーリン 日本の近代詩 1990年 4900部 2.50ルーブル
明治・大正期の詩歌の研究。ハードカバー。
「近代詩」のカバー裏。
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(上段)T.グリゴリエワ「日本の20世紀文学 伝統と現代に関する考察」 1983年 1万部 1.40ルーブル
安部公房、大江健三郎、川端康成を中心に。
(下段左)G.D.イワノワ「森鴎外」 1982年 5000部 1.40ルーブル
「東洋の作家と学者たち」と銘打ったシリーズの、森鴎外伝。
(下段右)L.L.グロムコフスカヤ「徳富蘆花」 1983年 3800部 1.0ルーブル
こちらも、「東洋の作家と学者たち」シリーズより。同シリーズから出ている他の日本作家の評伝は、「紀貫之」と「一休宗純」。
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(左)キム・レーホ「ロシアの古典と日本文学」 1987年 5000部 1.0ルーブル
ロシアの古典文学が日本の作家たちに与えた影響について。特にゴーゴリ、L.トルストイ、チェーホフ、ゴーリキーを中心に論じられている。
(右)N.S.シェフテレヴィチ「日本の新詩歌 島崎藤村」 1982年 3360部 0.90ルーブル
モスクワ大学による出版。島崎藤村の作品論で、詩歌も多く収録。
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日本におけるロシア文化の100年 1989年 4800部 3.20ルーブル
日本におけるロシア研究、ロシア文学と日本文学、日本におけるロシア芸術の3部構成。二葉亭四迷、片上伸、ワルワーラ・ブブノワ、ニコライ・ヤポンスキー、アンナ・パヴロワ、エリアナ・パヴロワらの業績が取り上げられている。ロシアの音楽、演劇、映画、バレエが日本の文化に与えた影響にも章が割かれている。特に映画に関しては、黒澤明の作品が大きく注目されている。
図版も多く力の入った一冊という印象だが、オールモノクロで、紙質もよくない。89年にもなってこれは寂しい。
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さて、これだけではいかにも寂しいので、蛇足かもしれないが、最後に変わり種をご紹介。
ナターリヤ・ロイコ「ヤマとは山である」 1970年 3万部 0.42ルーブル
タイトルは解説が必要だ。露語でヤーマは、穴を意味する。日本語の「山」とは対を成すわけで、要はダジャレ的タイトルである。本作はロシア人作家による中編小説で、夏休みに親の勤務先である日本を訪れることになった14歳の少女・オーリャの物語である。海外旅行、しかも資本主義国へ出国できるなど、ソ連人にとっては例外中の例外である。一般の読者にとっては、あまりに縁遠い特権階級のお話といえよう。それでも、日本やその文化に関心を寄せるソ連市民にとって、本作中の描写もイマジネーションを豊かにする貴重な読書だったのではないか。作中の一部を翻訳して引用する:
「日本の大地…祖国の広大さとの、なんという違いだろう!
疾走する特急の左手には青い海が広がる。右手には陽光に包まれた山脈が続く。線路のすぐ近くは、わずかな土地を利用した畑があり、簡素な建物が建っている。
オーリャも大人たちも、几帳面に整えられた畝に感心し、小さく丁寧な作りの耕地に目を見張った。と、ほの暗い土の上に、オモチャのように小さな、黄色いトラクターが現れた。新生児ベッドサイズのこのモデルは、子供向けの公園用に造られたのではない。れっきとした農作業用なのだ。
ーソ連の巨大トラクターは、日本の農地ではセトモノ市に紛れ込んだ象みたいになるだろうな、と、レフ・アレクサンドロヴィチが冗談を言った。母が同伴していないオーリャを退屈させまいとする気づかいだ。
退屈するわけがない!老年の組合員たちはずっと窓に張り付いたままだ。その一人、アンナ・クジミニチナはオーリャの耳元で、真剣な声色で囁いた:
ー驚いたね!おとぎの国に来たみたいだ。
そう、おとぎの世界なのだ!」
車窓から見える風景、小型のトラクターの描写など、作者の実際の観察に基づくであろう、正確な描写である。別段称賛一辺倒ではなく、主人公は貧困をも目撃しているようだが、ちゃんと読んでいないので詳述は控える。
このシリーズは以上。
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