芸術公園「ムゼオン」の彫刻群
1991年8月21日深夜、KGB本部前のルビャンカ広場。クレーンで吊り上げられたジェルジンスキー像が台座から外れ、がたりと傾いた瞬間、群衆から大歓声が上がった。ソ連が急速に崩壊に向かう中の、象徴的なワンシーンである。
時代は不可逆的に動いていると思われたが、10年もしないうちに時流は旧弊回帰に転換。像の復活さえ検討される始末である。
(時事通信 2021年02月27日) ジェルジンスキー像は、ソ連崩壊につながった1991年8月の保守派クーデター未遂事件後に引き倒された。しかし最近、愛国主義的な作家らが再建を請願。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021022700230&g=int
もう泣きてえよ、俺は。
さてこの像、このあと群衆に木端微塵にされたかと思いきや、意外にも安穏とした余生を送る。
一旦は保管庫に収容され、今では芸術公園「ムゼオン」で屋外展示されている。ちなみに、台座は像の撤去後も暫く広場に残り、恰好の(主に政治的な)落書きスポットとなっていた。この台座も現在は公園に移されている。(取材した当時、ジェルジンスキー像は補修中のため、撮影できなかった)
ソ連崩壊時に撤去された他の多くの像も、この公園に集められた。芸術公園はモスクワ川沿い、中央芸術会館(ЦДХ)の横に位置しており、開園は1992年。それまでも展示会場として利用されていたが、撤去された像が持ち込まれたことにより、新たな芸術公園の構想が生まれた。現在、公園はソ連時代のイデオロギー色の濃い彫刻と、現代作家による前衛彫刻が奇妙に共存する、独特の空間となっている。
なお、余談であるが。
ジェルジンスキー像が引き倒されたのとほぼ同時に、KGB本部ビルにあったアンドロポフを顕彰するプレートも取り外された。そして、プーチンの首相任命からほどない99年12月、このプレートはひそかに元の位置に復活している。
ソ連の遺物で最も多いのは、やはりレーニン像。第二次世界大戦関連の彫刻も多い。力強さを強調した彫像が、時代を感じさせる。
展示物の中でも強烈な印象を残すのは、スターリン像を囲む、粛清の犠牲者を悼む彫刻群。
スターリン像はソ連期のもの。犠牲者像は彫刻家E.チュバーロフが1980年代に制作し、1998年、公園に寄贈された。独裁者の背後には、鉄条網の向こうに押し込められた無数の顔が、亡霊の如き表情で壁を成している。作品名、「全体主義の犠牲者」。
陽の降り注ぐ公園も、ここだけは、犠牲者の慟哭さえ聴こえてきそうだ。
この一画以外は、のどかな散歩コース。ベンチに、木陰の芝生に座ってのんびりできるのも嬉しい。子連れやカップルの姿も。レーニンにガン見されながら愛をささやき合うのも良いもの(多分)。
彫刻は実に多様で、ピノキオ像やガンジー像なども。上の写真は、D.N.トゥガーリノフ作の「復活」(1997年)。
アインシュタインとボーアが並んでパイプを吸う像(1970年代、V.S.レンポルト作)は、ユーモラスな造形が印象深い作品。
木々の陰からは、クラスヌイ・オクチャブリのチョコレート工場、救世主キリスト大聖堂、プレジデントホテルが見え、景観は申し分なし。自転車やキックボードもレンタルでき、屋外ステージやスタイリッシュなカフェなども魅力。河岸側には絵画や工芸品を売る屋台が連なるスペースも。緑と美術が彩る、楽しい一画が広がる。
おすすめの散歩スポットの1つだ。
芸術公園「Muzeon」
HP: https://park-gorkogo.com/en/muzeon
場所:Krymsky val 10 中央芸術会館(ЦДХ)の隣
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